138話 救援
筑波線要塞では怒号が飛んでいた。怒りの声が飛び交い、悲しげに泣く人々の声が木霊する。
やれやれだぜ。俺はこういう愁嘆場が苦手なんだ。そういえば廃墟街では助けを求めるより、助けを求めるふりをして、襲いかかってくる連中の方が断然多かったなぁ。
やはり廃墟街は過酷だよなと苦笑しながら防人は様子を見る。
「お前ら、国の救援隊だろ!」
「なんで俺たちを連れていけないんだ!」
「国民を大事にしろ!」
「助けてよ」
多くの人々が装甲車とバスの車両群に集まっている。軍隊が自動小銃を構えて周囲を固めており、威嚇をしており近寄らせることはない。
「近寄るなっ! 撃つぞ!」
「警告ではない、お前らへの射殺許可は簡単に出るんだ!」
「来るんじゃない!」
怒号渦巻く混乱の中で兵士が怒鳴り、警告射撃をする。パパパと銃声がして、人々は悔しそうに見てくるが、危険だと、本気だと、兵士の纏う空気から感じたのだろう。遠巻きに見てくるだけであった。
防人はその様子に死人はでなさそうだなと、安堵をしながら壁の上から眺める。影猫の目を通して。
そんな空気の中で、苛立ちを隠さずにいる男がいた。ジープの中で鞘に納めた日本刀を手にイライラと辺りを見渡す。
丸目中佐である。神経質な軍人で、内街の四天王とも呼ばれる強い男は最近出世した。ようやく自分は正当なる評価がされたと思っていたが、出世した早々に、とんでもない仕事が舞い降りてきた。
即ち、筑波線要塞の難民の収容である。とんでもない貧乏クジを引いてしまったと、舌打ちする。依頼を受けてしまったことに後悔していた。
「難民は収容できたのか? まったくなぜ私がこんな仕事をしなければならないんだ!」
中佐だぞ、中佐になったのだ。前線で難民などを回収する仕事など他に任せればよいのだと怒っていた。
「仕方ありません、丸目中佐。今回の仕事は優秀なスキル持ちを手に入れて、哀れなる難民を救い出す大切な仕事ですので」
運転席の少尉が疲れた声音を隠さずに答えてくるので、ますます苛立つ。
難民を救い出す。そんな馬鹿げた命令を上から受けた。三好家の意向だ。三好家の少将から発せられた命令だ。ヘッドハンティングを受けた際に提案された契約に含まれていた。
丸目は中立である。派閥に属しておらず、腕一本でのし上がろうとも昔は思っていた。
今はどの派閥に属せば成り上がることができるかと考えている最中だ。なにしろ高レベルスキル持ちは、今や天井知らずの優遇を受けて、引き抜きやヘッドハンティングされている。腕自慢ではあるが、派閥に属していないために軽く見られていた丸目は現在数多の誘いを受けていた。
三好家からも誘いは受けて、今回の仕事となった。落ち目な一門に属しても楽しい未来はない。この要塞の兵士を部下に与えると言われているが……その場合はダンジョン攻略のための使い捨てにされそうだ。まぁ、部下となる人間を見てからでも遅くはないと思ってはいたが……。とりあえずは受けてみようと思ったのが間違いだった。
「三好家め、なにが難民を回収するだけの簡単な仕事だ。幽霊があんなにたくさんいるではないか。わざと隠していたな!」
問題は周囲にいる人々。身分証明書を持たない、即ち金を持っておらず、内街には必要ない人間たちだ。こちらを睨むやつ、涙を流している女、子供たちもいる。
「チッ、幽霊とはよく言ったものだ。誰が考えたかは知らないが、廃墟街の連中と違い、普通に見えるだけたちが悪い。臭くないからな」
廃墟街の滅びた光景と不潔なる臭いは大嫌いであったが、ここの者たちは、小綺麗にしており、臭くはない。なので、罪悪感が少なからず湧く。
とはいえ、ここで正義感などを見せるつもりもない。正義感などというものが、自分にあるわけもない。それどころか、正義感などという言葉が浮かんできたことすら、自分自身驚いていた。自分にもっとも似合わない言葉だからだ。丸目はそのことに苦笑を浮かべてしまう。
そんな丸目が乗るジープの外には大型バスが軒を並べて駐車している。難民を乗せるために用意された。全20台。ジープ5台と歩兵輸送用トラック1台が護衛についている。
科学者たちとその家族を救うように言われたのだ。身分証明書もあり、口座にも金がある。内街に入れるレベルの者たちだ。よくこんな場所で生きていたと感心してしまう。
優れた科学者たちらしいが、派閥があり半分以上は習志野に行ったとか。残りの科学者も優秀な者らしいが、中核の人物は死亡しているらしい。どうでも良いことだが、どうでも良くないこともある。
難民以外に、いや、本当の難民がこの要塞には住んでいたということだ。教えられていない。見捨てることは確定だが、暴徒となったら、対処が面倒だ。
「だというのに………なんだ、あいつらは!」
怒気を纏わせて、食いしばるように声を出す。外の自称難民が問題だ。
「私の夫は最上なのよ! 救われるのはエリートなのだから当たり前でしょうが。あんたたち、寄生虫とは違うのよ!」
「そうよ。あんたらは邪魔だから、さっさと解散して、ここでほそぼそと暮らすことね!」
「俺たちはエリートなんだ! まったく国の救援が遅すぎる!」
自称難民たちが、バスの窓から顔を出して、厭らしい得意げな顔で、周りの難民たちを罵って蔑んでいた。あいつらは馬鹿なのだろうか。なぜに火に油を注ぐような、いや、ようなではない。火に油を注ぐ行動をとっているのかわからん。
難民たちの空気はドンドン悪くなり、すぐに暴徒となってもおかしくない。
「清々しいほどのエリートっぷりですよね。この要塞にいる間も良い生活をしていたようですし」
「はっ。こんな所でも、格差はあるのか。さっさと暴徒化する前に帰還するぞ。伊達とか言う奴らはどこにいるんだ? さっさと合流する」
スキルレベル5の人物。どんな奴らか興味はあるのだが……。
バタバタと駆け寄ってくる部下の兵士たちに、嫌な予感がして眉をひそめる。
「なんだ?」
「はっ! それが……ここの兵士たちはほとんどが死亡したと、報告がありました」
敬礼をしてくる部下の言葉に、啞然として口を開く。今、何を言ったのだ、部下は。
「それが、伊達率いる兵士たちは先日現れた魔物の群れとの戦闘でほとんど戦死したらしいです」
「戦死? 戦死したと?」
「はっ! トロール率いる魔物の群れとの戦闘でなんとか追い返したらしいですが、ほとんどの兵士は死亡。残りの兵士は伊達たちの遺志を継いで、要塞を守るために残る、と………」
口元が引きつく。窓の外を見渡すが要塞の壁に崩れた所はなく、血なまぐさい跡もない。
ガランとした本来は機銃が置かれていたと思わしき見張り台があるだけだ。要塞にしては変だとは思っていた。弾薬が無くなっても銃は残るはずなのに、1丁も見えず、車両も1台も見えない。
「嘘くさい、嘘だろうが! 本当に誰もいないのか?」
部下の兵士も嘘だと理解しているようで、目を泳がせてこちらを見てこない。
「謀られたか! あの面倒くさい奴らを回収させるだけさせるつもりだったのか? だが、こんな所に残っても、もはや国からは支援など……。そうか、そういうことか!」
国とは別の所に所属したということだろう。どこかの一門に丸ごと抱え込まれたのか……。
「だが、要塞を保持するレベルの支援をできるとは……御三家か? この要塞を保有するとなると、かなりの金と資材が必要だが」
「御三家ではない可能性もありますが、もうこの地は離れた方が良いですよ、中佐」
少尉の言葉に苦々しい表情で頷く。たしかに難民が暴徒となる前に移動するべきだ。
バスの窓から覗く馬鹿共は、未だに難民たちを罵っている。難民たちはそれに対抗して叫ぶ。もはや爆発するのは時間の問題だ。
「さっさと移動する。バスを出発させろ!」
伊達とやらを見つけるのは諦める。ここにはもうなんの価値もない。つまらない仕事となってしまった。
バスの出発を待ってから出発しようと、丸目は嘆息しながら待つが……。先頭のバスらが動いたと思ったらすぐに停車した。
またぞろなにが起こったのかと、ため息を吐く丸目に停車したバスを調べていた部下が近づいてくる。
「中佐! 先頭車両を含む10台のバスのタイヤが破壊されております! タイヤ自体交換が必要でありますが、予備のタイヤはありません。交換タイヤを内街に取りに戻る必要があります」
クラリと頭が揺れる。あまりにも酷い報告だ。バスのタイヤが破壊とはいつの間に……。嫌がらせであろうか? 難民たちは近寄らせなかったのだが……。
ちらりとバスを見ると、窓から罵る馬鹿共と、それに対峙する難民たち。部下となるべき兵士はおらず、回収するべき銃も車両もない。ここにいる理由は欠片もない。
「はぁ……。バスは捨てる! どうせ三好家の物だ。もう知るか! 恐らくはバスのタイヤを取りに戻る間に、こいつらは死んでるぞ。残り半分のバスに馬鹿共を押し込めろ!」
「了解であります!」
もはやどうでも良くなったと、丸目は任務を効率的に行うこととした。即ち、乗員を荷物として扱うこととした。
もはやどうでも良くなった。丸目は軍人だ。確実に任務を行うこととした。
バスなど知ったことか。危険な地域なのだから、大破して放棄する可能性はあったのだ。
「狭いわよ、私は最上の妻よ!」
「私たちはエリートよ!」
「ふざけるな、おい!」
バスを降ろされて、すし詰め状態となり文句を言う荷物を、ハッと笑って出発させる。どうせ数時間の旅だ。
難民たちが恨めしい表情で見つめてくるが、もはや会うこともあるまい。
要塞を出発して移動する。廃墟街の中を進みながら、つまらなそうに手に持つ刀を触る。
「神代一門に入っても良いかもしれんな」
あそこは新興だ。そして、勢いがあり、成り上がるのにちょうど良い。あの神代セリカは勢いがある。
「それに……武器を製作するスキル持ちだ。これからの世には一番良い一門かもしれないしな」
手に持つ、刀を少しだけ抜く。刀身は透き通り水晶のような輝きを煌めかせている。
「この武器も素晴らしい威力だ。信じられないほどに」
来る時と同じ道を使い、丸目たちは帰還する。窓の外には、多くの魔物の死骸が転がっていた。
コボルドはもちろんのこと、オークも身体を引き裂かれて倒れている。
「これならば、私一人で軍隊を相手にできるかもしれんな」
日本刀を鞘に納めて、フッと笑う。
要塞に向かう時に襲いかかってきた魔物の群れだ。その数は数百におよび、道路のあちこちに転がっている。既に息をしている魔物はいない。
自動小銃を持った部隊でも、この数を倒すのには苦労をするし、下手をすれば死人が出るかもしれない。
それをひとりで倒せたことに、丸目は目を細めて、新たなる時代の到来を薄っすらと感じとるのであった。
それは高レベルのスキル持ちが支配する世界。あり得ない話だが、それでもそんな世界は面白そうだ。