13話 天津ヶ原コーポレーション
天津ヶ原コーポレーション。良い名前かもと、防人は放置された家屋の汚れた椅子に座りながら考える。廃墟である家屋の1つだ。ボロボロであるが、そこまで汚くはない。ガラス片もなく、泥もそこまで床を汚していない。
いいんじゃね? なかなかいいんじゃね? 神の国みたいな感じを聞いた人間に思わせる。高天原を少しだけもじった名前だ。おっさんは結構考えたのだよと、少し得意げだ。
『社長は防人さん、私は副社長ですね。わかります。わかっちゃいました』
るんるん気分で、くるくると回転して舞う幽体の雫。輝くような微笑みを浮かべて、可愛らしい舞を見せてくれて、思わず口が緩み和んでしまう。相変わらず可愛い娘だ。
「防人さーん。出ました〜」
そこへペタペタと足音をさせて、布を羽織っただけの少女が身体を濡らした格好で、ヒョコリと現れる。チラチラと肌色が、いや、思いきり肌色で埋め尽くされています。
「てい」
ビシッと指を防人の目に殺気を持って突きこむ夜叉化した雫である。幽体であるから、傷つきはしないが、驚くだろ。
ビクンと身体が震えるが、表には出さずに手をふらふらと揺らす。
「他の奴らも汚れは取れたか?」
平然とした表情で尋ねる。雫がバスケのディフェンスみたいに、へいへいと反復横飛びをしながら、防人の視界を塞いでくる。相変わらず嫉妬深い娘であると苦笑してしまう。
「はい! 綺麗になったと思います。初めてお風呂なんて入りました! お風呂って温かいんですね!」
眩しいほどの笑顔で、悲しいことを言ってくる少女の頭を撫でる。雫よ、撫でるのが目的じゃないから、頭を突き出してくるんじゃない。
濡れた頭はゴワゴワでまだ脂ぎっている。シャンプーもないし、初めてというぐらいだ。雨の時などは身体を洗ったのだろうが、基本的に身体を洗わないから、まだまだ汚い。ま、予想通りだ。
頭をぐしぐし撫でると猫のように気持ち良さそうに目を瞑るから、僅かに微笑んでしまう。
「お風呂出ました〜」
「綺麗になりました〜」
「木の棒持ってきました」
「たくさん手に入りましたよ」
バタバタと少女たちが出てくる。少年たちが木の棒をたくさん抱えてちょうど外から戻ってきた。木の棒を手に入れるように指示を出しておいたのだ。
少女たちより早く風呂をすませたために、こざっぱりとしている。
「よし、とりあえずは準備はオーケーだな。子供たちはそこに並ぶように。着替えは隣の部屋に置いておいたから」
「は〜い」
素直に並ぶ子供たち。全員こざっぱりとしている。少女たちはとてとてと隣の部屋に移動して着替えをしてすぐに戻ってくる。
服装は色が見える。垢と汚れで元の色がわからなくなった服。今は古ぼけて色褪せているが、それでも風呂に入る前までとは違い綺麗だ。洗濯したのである。
風呂。放棄された家屋の風呂を掃除して、防人の水魔法にて熱い湯を作り出し、風呂に入らせたのだ。お湯は真っ黒になり、数回張り直したりしたが。
コアストアの水と、水魔法で生み出した熱湯を混ぜたので、そこそこ消耗は低い。
自分の家の風呂を使えば良い? 風呂場がかなり汚れるのがわかっているのに、貸すほど善人じゃないんだ。この子たち泥沼で身体を洗っても、綺麗になる可能性があったからな。排水口が泥で詰まったら困るよ。
「お前らはまだまだ臭いからな。少しだけじっとしてろ」
人差し指を突き出して、バレーボール大の水球を作り出す。汚れからの臭さは信用をなくすからな。
「目を瞑ってろ〜」
そう一言告げると水球をぎゅっと目を瞑る少女の頭に被せる。そのまま集中を途切らすことなく、振動させる。簡易ジェット風呂だぜ。高振動の水は細かい汚れを石鹸を使わずに取ることができるんだ。
振動させると、少女の髪の毛からみるみるうちに汚れが取れていく。おっさんのマナも減っていく。端に映したステータスボードのマナ表示がすごい速さで減っていく。
ほんの少しの間だからと、すぐに隣の子供へとお湯を移動させる。集中を解かなければ、大丈夫だ。視界から見えなくなると、動かすことはできなくなるが。なので、相手の体に侵入させて、内部から破壊! などはできない。体内は魔力が充満しているのか、魔法の効果がすぐに失われるということもある。
補助魔法などは途切れないらしいが、使える人間は見たことないしな。例によってスキルレベルゼロだと筋力アップの補助も10グラム程度持ち上げる程度の筋力アップしかないんだろ。
キャアキャアと、くすぐったいのかクスクス笑う少女、少年たち。そうして、脂ぎった髪の毛も艶を取り戻し、顔も細かい泥も取れて洗顔終了。生まれてから初めて綺麗になったかは知らないが、廃棄街の人間であるのに、綺麗な格好となった。
同じ魔法で、服も洗ってやった。本当に水魔法は便利だ。生活に限り。万能とさえ思ってしまう。取ってよかった水魔法スキル。
机に置いてある用意した青色の毛玉を手に取り、魔力を送り込む。
「よし、これで少しは見られる格好になったな。それじゃあ、これを着ろ。『影法師』」
影が青色の毛玉に侵食して、解いていく。そして、姿をストールへと変えていく。自画自賛ながら器用なものだ。
6人分の薄手の黒いストールを生み出す。これでもうおっさんのマナは2割を切りました。やはり、マナ量の多さは魔法使いのネックだな。使えば使うほど、マナ量が上がるシステムでもない。本当に人類に優しくない世界だ。
「これ貰っても良いんですか?」
リーダーの男の子がストールを見ながら戸惑う。他の子供たちも同じく。見かけは新品だから、これ。
ビロードで編んだような艷やかな黒い光沢のストールだ。肩に巻く程度の布切れとも言える。高価そうにも見えるが、マナの塊である。
「これから、お前らは俺の部下だ。俺の部下には全員このストールを着てもらう」
ちょっとマナを使いすぎたので、疲れを覚えて椅子に座り腕を組む。ストールは漆黒の光沢の中で、『天津ヶ原コーポレーション』と青色毛糸で刺繍されている。
「やった! 私、これ!」
「俺、これを貰う」
「それじゃあ、私これ!」
競ってストールを取る子供たちを見ながら、水を差すようだが教えておく。
「それは魔力に極めて弱い。弱い魔法でも受けたら、氷よりも早く溶けるからな」
影魔法の弱点だ。光に闇はあっさりと消えるが如く、影は魔力に弱い。この魔法で服を作り儲けるのは不可能だということ。
「はい!」
「似合う?」
「こう着れば可愛くない?」
いい返事をしながら、皆はストールを着て、キャッキャッとお互いの姿を見比べて楽しそうだ。まぁ、初めてのオシャレだともなるのかもな。
頬杖をついて、目を細める。このストールを着ていれば、俺の部下だと、わかりやすいだろう。俺がこいつらのボスとなるわけだ。平均年齢12歳が良いところの子供たちのボス。酷い搾取をする男に見えるかもな。猿山のボス猿よりもかっこ悪い。
「壊れたら、新しいのを作るから、すぐに言うように。それとお前らを傷つけようとする奴らがいたら、すぐに言うように」
スッとナイフのように鋭い眼光を光らせて、はしゃいでいた子供たちはその言葉に黙り込む。
「そいつらには、お前たちのボスが誰かを教える必要があるからな」
馬鹿にされないように、舐められないようにする必要がある。これからは、少しばかり派手に動くこともあるだろう。小綺麗な格好をしているからと、部下に手を出す輩には……痛い目に遭ってもらおう。
「はい!」
元気に返事をする子供たちに頷きを返す。さて、では次の行動に移るとするか。
「では、天津ヶ原コーポレーション初の仕事を始める!」
ビシッと直立する子供たちへと指示を出す。初めが肝心なのだ。怖くてかっこよいダンディなおっさんボスを目指すのだ。
『かっこよいです。私も影のボスとして、たまに姿を現しますね? マンホールから現れるとか、どうでしょうか。次点で井戸から現れます』
クールな空気に当てられたのか、ふんすふんすと鼻息荒く幽体少女が私もボスをやりたいですと、小柄な身体を可愛らしく、くねくねさせて、視界に入ってゴロゴロするが、見ないふりをしておく。井戸からだと、呪い殺す人になっちゃうだろ。
「それじゃあ、最初の仕事は手に入れた木の棒にスライムの欠片を染み渡るようにする。これが天津ヶ原コーポレーションの仕事だ!」
なんかショボいけどね。仕方ないよな。
少年たちが持ってきた木の棒。そして、倒したスライムの欠片。既に集めておきました。
木の棒に染み渡らせておきます。そして、後で、他の場所で燃やします。
あら、不思議。大鼠が10体ぐらい現れます。コッペパン2本分だ。燃えている間は大鼠はその煙と火に集中する。タコ殴りにしていけば簡単に倒せるのだ。
正直、この間は燃やす量が多すぎた。試したところ、木の棒一本分で良いらしい。
器に入れたスライムの欠片に、子供たちは木の棒を漬けていく。
スライムも大鼠も尽きることがない。たぶん下水道かどこらかに、ダンジョンがあるんだろう。大鼠やスライムしか入れないような穴の大きさのダンジョンがさ。
というか、定期的にポップはするが、食物連鎖でしか消えない肉を持ったものたちだ。下水道内は溢れかえってヤバいことになっていると、専らの噂だ。廃墟街が汚水で溢れ返らないのは、下水道完備なだけではないという訳。
だからストアさえあれば、稼ぐのに困らない。尽きることを心配しなくて良いから、ここはダンジョンと共生して良い部分……なのかなぁ。差し引きで人類は大幅に赤字だろうけど。
「完成したら、近場の廃ビルで燃やしてこい。影猫がついていくから、大鼠で稼いでくるんだな」
「俺ら行ってきます!」
あんまり漬けていないように見えるが、よほど稼ぎたいのか、リーダーの男の子が木の棒を取り出す。
「気をつけるんだな。ミケ、行ってこい」
部屋の片隅でじっとしていた影猫に命令すると、ニャアと鳴いて立ち上がり、とてとてと子供のそばに向かうミケ。
簡単なお仕事だ。上手く行ったら、あと数匹影猫を作って、大鼠狩り隊を作ろうと思う。コアストアもあと最低でも40台は東京に設置したい。できれば100台は欲しいところだ。
さらなるマナが必要だ。子供たちが大鼠のコアを集めている間に、準備をするとしよう。
この間、手に入れたレアFコアを使用してな。
内心でこれからの行動を考える。自身の強化は必須だ。ロンリーウルフはもはや無理だ。ある程度の治安が良い場所なら裏世界の連中は騒がれると困るので、一匹狼を殺すのにそこまで労力を使わない。食うや食わずの人間たちなら、殺すより、利用した方が良いと考える。
だがこれからは違う。騒いでも問題ない廃墟街。腹を満たして、勢力を増やす荒くれ者たち。邪魔な奴を殺そうと動いてもおかしくない。その前に勢力を築く必要があるのだ。
はしゃぐ子供たちに罪悪感を持ってしまう。もっとも裏切りにくい年若い子供たちだから、俺は真っ先に声をかけたのだ。
『ウィンウィンの関係だと思いますよ? 子供たちは初めての庇護を得たのですから』
雫が穏やかな目で慰めるように言ってくるが
「俺は大人。あいつらは子供。ウィンウィンにはならないな」
だから、まぁ、大事にするかと、防人は優しげな笑みを浮かべ、雫はフフッと微笑むのであった。