128話 研究区域
要塞の内部は複数の壁で仕切られて、一定間隔で分け隔てられている。どうやら侵攻してきた魔物を途中途中で阻むために作られているらしい。やけに硬い防備の要塞だ。壁ごとに配置できる兵隊がいればだが。今はスカスカで良くて1人の兵士が見張りに立っているだけだ。
『これは外側からの攻撃と、内側からの攻撃を予測されて作られています。筑波線要塞とは正しい名前だったのかもしれません』
『専門家としての意見か?』
『そうです。この要塞、少し建物の配置がおかしいんです。通常はコンクリート製の建物は重要施設のはずなのに、変にその外壁に近い。重要施設にしては変な配置です。見てください、地下街への入口がいくつかありますが、必ず壁が設置されています』
鋭い目つきで告げてくる雫の言葉に、ふむと顎に手を当てる。中からの攻撃を想定されていた、か。されど今は寂しいものだ。
『建設当初は危険を考えて、誰かが建設を提案した。だが、今はもはやその意思は忘れられて、残骸のみが残ったか』
『当初は周囲を守る意味もあったのでしょうが、今は大都市しか残っていないですものね。守る意味は今でもあると思うのですが……いえ、戦力がこの程度なら意味はないですので、放棄しても問題はないかと』
『悲しいねぇ。だが俺はここを手に入れる予定だ。数十年は先の話か?』
『予測不可能。現状ではまだまだ大丈夫だとは思います』
迷う言い方だな。だが、電気と水、そしてこの要塞は是非とも欲しい。なにしろ完成された建物があるからな。
こうやって愚かな選択肢を人間はとるんだよなと苦笑をしてしまう。何もないから、デメリットがあっても仕方ないんだよ。危険がないように、本格的に使用する際は雫の意見を聞こうっと。
周りを見ながら進んでしばらく経ち、ようやく目的地に到着した模様。壁の上には数人の兵士が立っており、近づく俺の運転するジープに大きく手を振っている。自動小銃を持っているから兵士だとは思うのだが私服だな? 戦闘服ではないな?
「なんで一般人に銃を渡しているんだよ」
無防備に手を振ってる奴らはどう見ても素人だ。どうなっているんだよと、責める目つきで政宗たちを睨む。自動小銃だぞ。
「あいつら、元研究員の子供たちだ。昔は素直な奴らだったんだが」
「家族でこの施設に来てたのかよ、呆れたね」
「そうなんだ。当時は普通に暮らせる環境だったからな。撤収時にも一部の研究員は役立たずとして置いていかれるか、自ら残ったんだ。その家族だな」
苦々しい表情で政宗が肩を竦めて、南部の爺さんがフォローする。
「あいつらは、自分の拠点は自分で守ると言い張って、俺たちを追い出した。強力な武器を持っていたから、妥協するしかなかったんだ」
「それが今はあんたの姿を見て喜ぶと。なにかしら面倒くさいことが起きたのは確実なようだな」
しかもあれほど喜ぶということは、かなり面倒くさい状況になっているということだ。極めて厄介なことになりそうな予感。
他の壁と同じような隔壁が開かれる。先程から気になっていたが、どうやら隔壁自体は燃料電池を使った発電機で開け閉めしている模様。う〜ん、真面目にここはよく考えられている。
研究区域というだけあって、コンクリート製の建物ばかりだ。政宗たちの区域とは施設の充実ぶりが違う。建物の上には太陽光パネルが取り付けてあり、建物自体も鉄格子がつけられており、ドアも分厚い鉄製だ。さすが研究区域ということがわかる優遇ぶりだよな。
その優遇された研究員たちが家族で置いていかれたと。……なんでこいつらおいていかれたんだ? 研究員なんて貴重な人材だろうに。
「あぁ、伊達さん、来てくれたのね!」
俺の疑問を他所に、平凡そうな婦人が喜びの声をあげて近寄ってくる。痩せてもおらず、小綺麗にしている。水が使えるって良いよなぁ。
愛想の良い笑顔で婦人は、伊達へと話しかけながら、俺の乗るジープへとちらりと視線を向けて、ますます笑みを深める。
「やっぱり国は私たちを見捨てなかったのね! そうよね、夫は優秀な研究員だもの!」
キィキィとコウモリのような婦人の甲高い声に、政宗は苦い表情で尋ねる。
「俺たちは相互不干渉とかいうやつではなかったか? ブラスターを片手に最上はそんなことを言ってきたはずだが?」
「夫は少し感情的になって、売り言葉に買い言葉となっただけよ! 違う! 貴方たちは、私たちを守る義務があるのに、それを拒むから!」
「危険な地下帝国に向かおうとか言うからだ! 何回この話を繰り返したと思ってるんだ、最上は自身の妄想に囚われていた! あいつの取り巻きもだ! ずっと研究していてもわからなかったのに、サンプルを撤収時に持っていかれて、もう一度サンプルが欲しいなどと…危険な地下帝国になんぞ行けるわけないだろう? 無意味だとわかっているのに!」
言い合いを続ける二人を放置して、相馬の爺さんに視線を移す。俺、もう事情わかっちゃった。政宗って説明上手いよな。
「お前さんに聞こえるように話してるんだ。最上という科学者がこの区域のリーダーでな。ブラスターという地下帝国で見つけた武器を振り回して、この区域を支配していた」
「名前からして物騒な武器だこと。魔物に殺されたり、そいつはしなかったのかよ」
「政宗は優しいからな。その点、お前さんは容赦なさそうだ」
「失礼な。俺は優しい人間だと、社員は口を揃えて言うはずだぜ。……それよりもこの区域に発電機があったのかよ」
嫌な予感がする。キィキィと騒音を奏でているおばさんがこちらをチラチラと見てくるし。
「国が救援に来たなら、問題ないわね! そこの貴方! 私の夫の最上雅人が地下に降りて帰ってきていないの! 最上雅人よ! 名前ぐらい知っているでしょ?」
コウモリ語を俺はマスターしていないので、相馬の爺さんに顔を向けて、もっとも重要なことを尋ねる。
「発電機ってのは地下帝国にあるのか?」
「そうだ、近くに地下へ行く入口がある。地下帝国のビルと繋がっているやつだ。そのビルの150階に非常発電機があって、そこから賄っている」
「非常用? 非常用で賄っているのか?」
え? 普通は非常用って、ワンフロアとか、必要な電源を回復したりとか最低限の電力供給しかできないんじゃないの?
『たぶん【奈落】のセントラルタワーです。あのタワーの非常用発電機は周囲一帯に供給できるパワーを持っているはず。非常用発電機といっても、区画全体の電力供給を行うための非常用発電機なんです。たぶん使い方がわからずに、ビル内だけで使用するように起動したんですよ。そして、その発電機の線から供給したはず』
『確実にここの科学者よりも、雫さんの方が地下帝国に詳しいよね』
セントラルタワーね。しかし、そんなもんを使っていたのか。そして、政宗よ……自分で発電機は管理していてほしかった。強引さってのが、時には必要なんだぜ?
「そうだ。本来は従来の発電機があったんだが、利用できるもんは利用しようということになってな」
皮肉げに口を歪める相馬。たしかに従来の発電機は燃料を食うからな。
「やはり地下に潜ったんだな? あれほど地下には行くなと言ったのに!」
「あんたたちがそうやって反対するから、世界の救済のために夫は仲間だけで地下に向かったのよ! さぁ、そこの貴方! 他にも部隊は来ているんでしょ! さっさと救助に向かいなさい!」
政宗が詰問するが、ヒステリックにおばさんは俺に向かってコウモリ語を使ってくる。
周りの面々を見ると、早く救いに行けという非難の目をしているので感心してしまう。この人たちはどういう生活をしていたのか、興味が湧くね。
「ブラスターはどうしたんだ? 最上が持っていったんだな? 自動小銃は? 何丁残っているんだ?」
「貴方たちが夫の提案を」
さらにコウモリ語を叫ぼうとするおばさんだが、動きをピタリと止める。ヒステリックから興奮しすぎたのか、息ができないようで顔を真っ赤にして、そうして崩れ落ちた。
俺はそっと、おばさんの伸びた影から足を離す。いやはや、興奮しすぎは身体に毒だぜ。
「建設的な話をしようぜ。こいつらが何丁自動小銃を残していても意味がない。その最上ってのが地下に行って、そしてその取り巻き連中も大量の自動小銃を持っていった。そして、こいつらはそのブラスターとかいう武器がなくなって、追い払ったはずの政宗を見て喜ぶ始末。制圧しろよ、その方が問題ない」
映画みたいな展開はノーサンキューなんだ。どう考えても厄介な奴らを内部に放置しておくなよ。きっと独善的に悪いことをするだろうぜ。
「………発電機を復活させる必要がある。ここは電力がないと稼働できない要塞なんだ。その後にここを制圧する」
苦々しい表情で答えてくる政宗だが、順番が違うな。
「いや、今だ。お前ら! ここは既に防衛力を無くしている。抵抗したい奴らはしてくれ。俺が優しく相手をしてやる!」
両手をあげて、周りへと大声で伝える。
優柔不断なところは美徳じゃない。ここは廃墟街の流儀でやらせてもらう。
「おい、勝手をするな!」
「おままごとが許される歳じゃねーだろ。目を覚ますんだな。目を覚ますつもりがないなら、永遠に目を瞑って見ないふりをしておけよ」
ハードボイルドに怒鳴ってくる政宗を睨む。しばし睨み合いが続き……政宗は苦虫を噛んだような表情になるとため息を吐き、目を険しくする。
「酷い奴だ……わかった! ここは独裁竜政宗が支配する! 兵士を駐屯させるから、貴様らは武器を捨てろ!」
強面の政宗が、その顔を顰めさせて、怒鳴ると周りの男たちはあっさりと自動小銃を投げ捨てて両手をあげる。どうやら政宗の力は知っている模様。本当にブラスターとかいう武器頼りだったのね。こちらは僅かに4人なのに、戦意なさすぎだろ。
「正直、こいつらを抱え込むのは面倒くさいことになるのだが?」
「俺に任せろよ。矯正とかって得意なんだ。殺したりはしないから安心しろよ」
南部が嫌そうな顔をするので肩を竦める。そこらへんは矯正するしかないな。たしかに面倒くさいことになりそうだが。
『プラスから始まる人を仲間にすると、面倒くさいですよね』
『ここのエリート研究員の住人、そこまで多くはないはずだ。面倒くさい奴らは外街に放り込んでおこう。たぶん身分証明書があるはず。難民じゃないようだからな。習志野シティの連中はこいつらがどこにも移動できないと踏んで置いていったに違いない』
ここの人たち、口座とかありそうな予感がするんだよな。なんで置いていかれたんだろう? いや、自分から残ったとか言ってたか。天才科学者の夫がいたみたいだし。
『既に対処方法を決めていたんですね?』
『エリートの暮らしを忘れられないなら、外街で思い知ってもらおう。もしかしたら親戚とかもいるかもしれないしな』
雫が目を細めてクスクス笑う中で、口元を僅かに歪める。絶対にこいつら厄介なことをするだろうからな。矯正をするのは何も俺でなくても良いだろう。コウモリ語が通じる相手が外街にはきっといるだろうさ。猫娘に先導させてあげよう。
「面白くない話は終わりだ、政宗。もっと面白くない話をしようか?」
「地下に潜る話か? 正直、地下には潜りたくないが仕方ない」
「いや、ここで制圧を進めておけよ。俺が対処しておこう」
苦渋の表情となる政宗だが、【奈落】とやらに有能な人材を送り込むつもりはない。多少優柔不断で、お人好しだけど。
「発電機は地上からならすぐだ。もう1時間程度電力供給がないから、電灯が消えて真っ暗闇のはず。もっと時間がかかるかもしれないが、危険だぞ? それにお前だけに任せるわけにはいかん、俺たちの拠点だ」
「問題ない。俺の魔法はこういった場合に役に立つからな。被害を出したくないだろう? 試しに俺に任せてみろよ。試すだけなら問題ないだろ?」
さっさと発電機を回復させて、建設的な話をしようぜ。ハードボイルドにサクッと復旧させてくるから。