125話 要塞
ジープに3人を乗せて、廃墟街の中を案内の下に走らせる。ガダガタとジープはひび割れたアスファルトの上を走り、人気のない滅びた世界を通り過ぎてゆく。
「ジープとは久しぶりだ。あまりメンテナンスをしていないようだな」
助手席に座り、迷彩色のつば広の帽子をかぶっている政宗が俺を咎めるように見てくるので、飄々と答える。
「車検って、数年に1度受けりゃ良いんだろ? これはこの間、親切なやつにもらったんだが」
車ってそういうもんじゃないのか? 俺は免許を取ってすぐに車を買って、すぐに売ったからなぁ。壁が完成する数年前の話だ。
「そりゃ駄目だ。軍用ジープは頑丈だが、その分無茶な使い方をするからな。せめて整備士に数カ月に1度は見せねえと」
後部座席に座る南部が嗄れた声で話に加わる。整備士ねぇ。俺は全然無茶な使い方をした覚えはないけど、それでも必要か。
「俺の会社に整備士はいないんだよなぁ。軍用って、そんなもんなのか。装甲車とかあるんだが。近々戦車も貰う予定」
きっとセリカは用意してくれると信じている。ヘリの運転も習わないといけないぜ。
「すぐに駄目になるぞ、それ。というか戦車を貰うって、お前の会社はどんな会社なんだよ」
「ごく平凡な会社だよ。荷物にエールとかあるだろ? ほそぼそとした商品を売る零細会社」
荷物置き場としてある後部座席には、段ボール箱や、樽が置いてある。相馬の爺さんがそれを見て、ふむと、ごま塩ひげをジョリジョリと擦る。
「お前さんが零細会社ねぇ……。不用心なのはわかるが。よく儂らをジープに乗せたな?」
言外に不用心なのではと咎めるように尋ねてくるが、かぶりを振る。そんなことはないぜ。
「殺すつもりなら、とっくに殺してるだろ? 近づいてズドンだ」
廃墟街ならもう殺されていた。この爺さんたちは殺しに来ないからお人好しだ。少し倫理観の基準が一般よりも違うかもしれないが。
「違いない。どうじゃ、儂に整備させんか? 格安で整備を請け負うぞ?」
「なんだ、南部の爺さんは整備士なのか?」
後部座席から、ニカリと笑う南部の爺さんを鏡越しに見る。
「あぁ、最近は整備するもんがなくて寂しく思ってたところじゃ。これでも腕はまだまだ若いもんに負けんぞ?」
「そりゃ良いな。それじゃ、後で軽く頼むか」
セリカめ、俺を騙したな。1年に1回で良いと言ってたじゃんね。
『たぶん、セリカちゃんは通常のメンテナンス回数を告げてきて、嘘は言っていないんですよ。いつもの常套手段ですね』
『優しいな雫さんや。詐欺師の手口って、言っても良いんだぜ』
苦笑をしつつ、たしかにそう言い張るに決まっていると予想する。まったく困った取引相手だよ。
そうしてしばらく話した後、案内された場所に到着して、ほほぅと感心する。
キィッとブレーキを踏み、眼前に聳え立つ壁を見る。ジープがガタンと揺れて停止すると外に出て周りを見渡す。
「しっかりとした軍基地じゃないか」
目の前には高さ20メートル近い壁がある。継ぎ接ぎだらけの適当に作られた壁ではなく、分厚いコンクリート製の強靭そうな壁だ。
ビルとの間を繋げるような省エネ法ではなく、周り全てのビルは解体されて、きちんと要塞として周囲を壁で覆っている。対魔物用の軍の要塞だ。
各所の見張り台には重機関銃が設置されており、自動小銃を手に持つ軍人たちが油断なく辺りを警備している。
強力な防備を持つ軍の要塞だ。ここは要塞として稼働をしている。壁の合間に金属製の扉というより、その重厚感溢れる様子から隔壁と言った方が良い物が備え付けられている。
「ようこそ、筑波線要塞に。まぁ、もうすでに張りぼての要塞だがな」
手を振って拠点の名前を教えてくれる政宗だが、素晴らしい名前じゃんね。呆れちまうよ。
「マジノ線要塞かよ。それなら鉄壁の要塞だな」
どんな大軍をも防ぐだろうよ、頼もしいね、まったく。
「皆、そう言うんだ。この要塞名を決めた当時の陸軍大臣を殴りたい」
皮肉げに言うと、政宗たちは苦笑いを浮かべるので自覚はあるらしかった。
「開けろ! 珍しいお客様だ」
「ん? おぉ、習志野から支援が復活したのか? 今開けるぞ!」
政宗が大声で叫ぶと、見張り台にいた兵士が満面の笑みで下へと合図をする。
こいつらも習志野か。習志野、習志野ねぇ……。
『なぜこの人たちは放棄された要塞に残っているのでしょうか?』
『予想通りなら、すぐにわかるさ』
雫が不思議そうにしてくるが、合理的に見る彼女はそこらへん人間の感情の機微や行動に疎いところがある。
ありがちなパターンなんだけどな。わからないか……。
運転席に戻り、隔壁が重々しい音をたてながら開くのを見ながら、少し寂しく思う。まぁ、昔よりマシか。
「徐行運転で頼むぞ」
政宗の注意に肩を竦めて頷く。
「俺はゴールド免許だから安心してくれ」
なにしろ、ここ十年以上無事故無違反だぜ。警察に捕まったことがないからな。俺って模範的運転手に違いないぜ。
隔壁が開くのを待ってジープを中に入れる。隔壁の向こう側に入ると、綺麗にプレハブ住宅が建ち並んでいた。一部はコンクリート製の建物だ。プレハブ住宅の中にあるので目立っている。
「司令センターに向かってくれ。この先だ」
「了解だ」
ハンドルを回して、政宗の案内どおりに走らせると、建ち並んでいるプレハブ住宅の窓が勢いよく開けられる。1つではなく、そこらじゅうから。
疲れた顔の痩せぎすの老若男女が顔を出して、ジープを見て騒ぎ始める。
「やった! 国からの救援だ!」
「見捨てられたわけじゃなかったんだよ!」
「皆に言ってこないと!」
ワイワイと希望の表情で歓喜して騒然とする人々に、多少罪悪感を覚えてしまう。国からの救援ではなく行商人です。
「やれやれ、なんとなくわかっちまうぜ」
「勘の良い奴で助かる。さぁ、ここだ」
コンクリート製の3階建ての横に伸びたビルにて、政宗はニヤリと笑ってくる。
看板がかけられており、筑波線要塞司令センターとかいてある。泣けてくるぜ。要塞を維持するための大兵力はどこにあるんだよ。
ジープのあとをつけてきたのだろう。大勢の人間が集まってくるので、入る前に立ち止まる。
「どうしたんだ?」
訝しげに南部の爺さんが立ち止まった俺に問いかけるので、手をひらひらと振ってみせる。
『やはり宣伝活動は必要だよな』
『そうですね。皆に天津ヶ原コーポレーションの名前を覚えてもらわないといけませんし』
ニコリと優しげに微笑む雫は、ようやくなぜ放棄された要塞に軍人が残っているのか、その理由を理解したらしい。
ここは一つ宣伝活動をしておきますか。
「あ〜、皆さん。俺は天津ヶ原コーポレーションの社長。天野防人です。今日は行商人として商売にきました」
声を多少張り上げて告げると、ジープの後をついてきた人々は戸惑いの表情になる。予想していたものと違ったからだ。俺は気にせずに話を続けるけど。
「安心安全格安で、皆様に商品を販売する天津ヶ原コーポレーション。まずはご挨拶をと思います」
腰を折り頭をさげて、多少キザに挨拶をする。その言葉にますます人々は騒然とする。軍用ジープに乗って現れたから当然か。
「あ、あんたは国からの救援隊じゃないのか?」
おずおずと集団の中で一人の中年男性が手をあげて尋ねてくる。男に対してニコリと頷くとなぜか男は顔を引きつらせて後退る。くっ、雪花を連れてくるべきだったか。それか花梨。いや、花梨はここに来る前に逃げそうだから駄目だな。
『むぅ、全機召喚の時間制限さえなくなれば、良妻賢母の雫ちゃんが夫の手伝いをするんですが』
『雫さんの頭の中では、俺たち夫婦になって何年目になってるの?』
拳を握って悔しがる雫さんだが、君は最近妄想逞しすぎるね? しょうがない娘だなぁ。ま、いいや。
「私は国からの救援隊ではありません。行商人です。今日はご挨拶代わりに、試供品を配ろうと思います」
俺の顔の怖さを気にしなくなる方法。簡単だ、物だよ、物。
ジープの荷物置き場から段ボール箱を持ち出して、地面に置く。ドスンと意外と重そうな音をたてる段ボール箱に、皆は注目してくる。
バリバリと音をたてながら段ボール箱を開けて、紙に包まれた中身を取り出す。そうして集団へと近づいて、小さな子供の前で腰を屈める。
「これは試供品だ。どうぞ揚げパンだぜ」
砂糖たっぷりのあまーい揚げパンだ。カロリーたっぷりの栄養不足の子供たちの味方だぜ。商品としては、これどうなの? と首を傾げてしまうラインナップだが、インパクトを与えるために選んで持ってきたのだ。
「揚げパン? もらっていーの、おじちゃん?」
「おぅ、食ってくれ、食ってくれ。感想聞かせてくれよ?」
コテンと小首を傾げて聞いてくる子供に優しく頷いてやると、子供はそれを聞いて、紙包みを急いで破る。そうして急いで揚げパンにかぶりつく。
モキュモキュと頬張って、揚げパンを味わうと顔を喜びで輝かす。
「あまーい! 柔らかい! とっても美味しい!」
一言叫ぶと、あとは夢中になって食べ始める。むしゃむしゃと食べるその姿をいつの間にか静まり返って人々が注目していた。誰もが羨ましそうに食べている様子を眺めている。
「あ〜、試供品として300個近く持ってきている。他にも小麦、じゃが芋、とうもろこしの粉にエールと。とりあえず、揚げパンをどうぞ。足りなかったら半分ずつに」
「俺にもくれ!」
「私も」
「僕にも!」
一気に段ボール箱に人々が群がろうとする。並ぶこともせずに押し合いへし合いと箱の揚げパンを取ろうと混乱の狂騒となろうとしていた。が………。
ダーンと銃声がして、皆の動きを止める。
「この試供品は全てこの俺、伊達独裁竜政宗が管理する! 文句がある奴は前にでろ! 全部貰って良いのか、防人?」
厳しい目つきの政宗が銃を掲げて怒鳴った。どうぞと俺は肩を竦める。
「後ほど、これらは公平に分配する! この話を皆に伝えてこい! 相馬、兵士を連れて揚げパンを切り分けろ。それと防人の試供品を全て管理して目録を作れ!」
「おう。わかった。それじゃ少し後にな」
相馬の爺さんが頷き、近くにいる兵士に指示を出して、ジープから段ボール箱を運び出していく。それを見て、周りの人々は臨時の配給だと叫びながら、仲間に伝えようと走り出す。
人々は今の政宗の行動に恐れた風もなく、慣れている感じで、揚げパンが切り分けられるまで、待つことにして周囲に待機する。
その様子を俺は見て、この拠点がどのような管理をされているか、なんとなく理解して目を細めて、薄く笑う。
「防人! あまり俺たちを試すのはやめてもらいたい。追い出すぞ?」
「頭の回る男だな、政宗」
俺の行動の意味をすぐ理解するとは、なかなか頭の良い奴じゃんね。
「混乱を巻き起こして、俺がどういう行動をとるのか試したんだろ。怪我人が出たらどうするんだ!」
「その時は見舞い品を贈るさ。それよりも大事なことだったんでね」
下手なジョークのおっさんが管理しているなら良い。本当に横暴な独裁者なら、事故か病死してもらわないといけないからな。見た限り、今の政宗の行動に反発を持った者はいたものの、恐怖とか嫌悪といった感情を持つ人々はいなかった。優しい管理の拠点らしい。
「政宗よ、こいつは危険な奴だぞ。面白い奴でもあるが」
「魔物渦巻く危険な平原を越えてきたんだ。当然だろ」
「はぁ〜。少しは手加減してくれよ?」
南部がゲラゲラと笑い、政宗がため息を吐く中で、俺はのんびりと司令センターとやらに入るのであった。
熱いお茶を希望します。