124話 錦糸町
コボルドにオーク。ファンタジーの定番商品だが実際に見るのは初めてだ。だが、オークって、鈍重じゃないのかよ。ブヒブヒ言って、簡単に殺られる役じゃないの?
『素早いですよ、猪ですから。そもそもよくあるファンタジーのお話の中で、生やしている牙をオークはいつ使うんですか? 2本足で立って戦うなら必要ないですよね?』
コテンと雫は首を傾げて、疑問の表情だ。
『仰るとおりで。ファンタジーの定番商品は、現実だと強そうだ』
フッと雫の言葉に思わず笑ってしまう。たしかにファンタジーのオークってでかい牙を生やしているけど、頭突きをするわけでもなく、たんなる飾り以上のものはないわな。
グルルと歯をむき出しにして、四つん這いで唸るコボルドたちの後ろにオークたちが待機する。猪の顔だが、にやけた厭らしそうな顔が俺を餌だと見ているとわかる。
「おとなしく食べられる餌か、確認してみろよ」
不敵に笑いながら敵との距離を確認する。
前方の道路に10匹のオーク、コボルドパーティー。両脇のビル内にそれぞれ10匹ずつだ。距離は前方のオークたちは30メートルほど、横のビル内の奴らは20メートルほどの距離だ。
「ブヒィィ!」
前方にいる一際体格が大きいオークリーダーが叫び合図を出す。その声に合わせて、獣たちは勢いよく走り出す。
「武装影虎、歓迎してあげろ!」
「みゃん」
こちらも合図をだすと、影虎たちも迎え撃つために駆け出す。悪いがレベル4の武装影虎はコボルド如き相手にはしないぜ。
信頼溢れる影虎たちは前衛として飛び出してきたコボルドを踏み潰そうとジャンプする。漆黒の虎は前脚で先頭のコボルドの頭を踏み潰し、2体目も同様に踏み潰そうと再び飛翔する。いつものように全員踏み潰そうと影虎たちは牙を剝いてその凶悪な戦闘力を見せようとするが
『投擲槍』
オークたちが立ち上がり、4本の槍を投げてきた。粗末な木製の槍とはいえ、闘気が込められており、装甲車の装甲を貫くほどの威力を誇る。
武装影虎は飛翔して空中にいたために回避することができずに、その身体に槍が食い込む。全ての影虎たちが同じように攻撃されていた。
幸い皮膚に軽く食い込むぐらいではあったが体勢を崩して、地面に横たわるように落ちてしまう影虎。隙を見せた影虎たちに、コボルドたちは歯をむき出しにして、一斉に噛みつこうとする。集団での狩りに慣れているのか、コボルドたちは武装影虎の脚にそれぞれ噛みつく。
だが、その程度で強靭な影虎を押さえることはできない。身体をくねらせて、跳ね起きようとする。
「フゴォ」
そこに新たにオークたちが追いつき、影虎の脚を押さえようと手を伸ばしてくる。頭の良い奴らだぜ。
自慢の機動性を封じられてしまう影虎の横を、オークリーダーが四足で走り抜けてくる。
『火炎矢』
3本だけ炎の矢をうみだすと、オークリーダー目掛けて放つ。省エネである。Cランクのソロタイプと同等のステータスの俺が放つ魔法だ。同ランクならば相手にはしない威力だぜ。
火の粉を散らし、火炎の矢はオークリーダーに向かうが、迎え撃つ方法に俺は驚き目を見張る。
「なにっ! マジかよ!」
オークリーダーは傍らに倒れているコボルドの死体を持ち上げて、炎の矢を防ぐ盾としてきたのだ。炎の矢は盾となったコボルドに突き刺さり、勢い良く燃やしていく。オークリーダーは防げたことを確認して、肉盾として役に立ったコボルドの死体を持ち上げると、大きく振りかぶる。
『投擲』
「うおっと」
とんでもないことに、燃えるコボルドの死体に闘気を流し込み、力いっぱい振りかぶると放り投げてきたので、慌ててしまう。しかもやはり3方向同時に同じように行動してくるのだ。
『氷柱』
3方向から飛来する質量弾を前に、地面に魔力を込めて、ちょうど投擲されたコボルドに合わせるように、同時に地面から3本の氷の柱を突き出して、その軌道を変えておく。
アスファルトに赤い花を咲かせるコボルドの死体を気にすることはなく、俺は敵の頭の良さに舌打ちをしながら魔法を放つ。
『炎蝶』
手のひらから、無数の炎の蝶が生まれて、火の粉を散らしながら空中を埋め尽くす。
「久しぶりの炎の蝶だ。その美しさを堪能してくれ」
キラキラと輝くように無数の炎の蝶は舞う。その鱗粉は火の粉であり、熱さにより敵の集中力を乱し、ともすれば目にでも入れば盲目とできるのである。だが、あろうことか3方向から迫るオークリーダーたちは目を瞑り、闘気を身体に巡らせて、炎の蝶のダメージを無視し、角を突き出して突進してきた。
『牙突進』
「ヤバい、マナをケチりすぎた」
『加速脚』には及ばないが、それでもアクセルベタ踏みの普通自動車の如き速さで迫るオークリーダーたちに焦ってしまう。こいつら戦い慣れていて、和田一族よりも断然強い。いや、俺が慢心していたか、本来の魔物はこんなもんだ。
雫と交代をしようかと迫りくるオークリーダーの対応に迷ってしまうが
『ハイパーブリッツ』
『ハイパーブリッツ』
『ハイパーブリッツ』
紅いオーラに覆われた3発の銃弾が、3体全てのオークリーダーの頭を吹き飛ばす。肉片を飛び散らしつつも突進の威力は消えずに、アスファルトにめり込むと、バタンバタンと数回ゴムまりのように跳ねて、ピクピクと身体を痙攣させて息を止めるのであった。
「チャンス。影虎、殺れ!」
オークリーダーが死んで、スキルによる支配が解けたオークやコボルドたちの動きが一瞬止まる。その隙を逃さすに指示をだすと、脚を押さえられてのしかかられていた影虎たちがバネのように跳ねて吹き飛ばす。そうして大きく口を開けると、コボルドとオークたちへと食らいつき蹂躙を開始するのであった。
多少冷や汗をかいたので、汗を拭いながら安堵で胸をなでおろす。そうして、弾丸が飛んできた方へと視線を向ける。百メートルは離れた場所から狙撃したのだろう。かなり離れた廃墟ビルから、中年と老齢のおっさんたち3人が自動小銃を肩に担いで、ビルから出てくるのが見えた。
影虎たちはリーダーが倒されて統制を失った魔物たちを駆逐しており、問題なく殲滅できそうだ。
『あの3人、最低でも銃術3はありますね。3人いるから、左から大地、ヒポポタマス、じゃが芋とあだ名をつけましょう』
『初対面の人に酷いあだ名をつけないように』
雫さんのネーミングをスルーしつつ、即死したオークリーダーを見つめる。それにしてもリーダーを一撃か……。闘気の込められた銃弾は危険だな。オークとの戦闘も含めて良い勉強になったぜ。初心に戻らないと、次は簡単に死ぬかもしれん。危ないところだった。
「おーい、大丈夫か〜?」
「あぁ、助けてくれてありがとう。命が助かったよ」
片手をあげて、挨拶をしてくる先頭のおっさん。他のおっさんたちは、油断大敵とばかりに俺に警戒の目を向けてきて、それを隠そうともしていない。黒ずくめだからなぁ……。そうなるか。
『あ〜っ! これって定番のオークに襲われていた行商人を助けるイベントですよ、テンプレです。私は初めて見ました、感動ですね! 私たちが助けられた方ですけど』
『普通は初めてだと思うけど、なるほどなぁ、そんなテンプレがたしかに昔読んだ小説にあったわ。それじゃそれっぽく振る舞ってみますかね。とりあえず影法師は脱ぐか』
感激したのか、空中で無邪気な笑みでぴょんぴょん飛び跳ねる可愛さ抜群の雫さん。俺はその言葉に苦笑しながら影法師を脱いで、近づいてきている男たちを笑顔で迎える。
「助かりました。死ぬところでしたよ」
朗らかにお礼を言って頭を下げる。なのに、警戒が解かれた様子はない空気をビシビシ感じ取れる。こっちは善良な行商人のおっさんだぜ? お礼にエール樽をあげても良い。
『防人さんの顔はゾクゾクしちゃいますからね。少しだけ目つきが鋭くて、鋭利なカミソリのような顔立ちから狡猾さを感じるのかもしれません。とっても良い人なんですが』
『最後にとっても良い人なんですがと付ける時って、だいたいそのセリフを抜いた内容が真実だよな』
あの人はケチだけど、とっても良い人なんですとか、この人は口うるさいですが、良い人なんですとか。語尾に良い人とつければフォローしていると思うのは口にしている本人だけだからな? 周りは語尾のセリフはスルーするから。
ジト目になる俺に、そっぽを向いて口笛を吹く雫さん。まぁ、いいや。俺もその評価で良いと思っているし。
「貴様は習志野基地から来たのか? ようやく支援が来たのか?」
俺をジロジロと見つつ、ジープにも視線を向ける男たち。やけに尊大な言い方だが。ふむ? こいつらなんなんだろうな。いったい何者だろうな、軍人ぽいが。
さり気なく服装を見ると戦闘服だ。たしか22式戦闘服に軍用ブーツ。ちゃんと勉強したんだぜ。服に22式と刺繍されているし間違いない。自衛隊時代ではないのは確かだな。型は落ちるし、薄汚れてはいるがまともな服装と言えよう。手入れがされた自動小銃も持っているし、こいつら、軍の連中か?
「いや、俺は西からやって来た。足立区方面の天津ヶ原コーポレーションという会社を経営している。新たなる市場を開拓しに来た天野防人だ。よろしく」
自己紹介をすると3人はお互いの顔を見合わせて、意外なセリフであったのか、驚き、そして苦々しい表情へと変える。西から来たのが珍しいのかな?
「そうか……ようこそ、天野。こんな所までやって来るとは逞しいな。俺の名前は伊達。独裁竜政宗と呼んでくれや」
ニヤリと山賊みたいな凶悪そうな笑みを浮かべて、荒々しい声音で握手を求めてくるので、手を差し出して相手を見る。古傷だらけの強面で、四角い顔つきのおっさんだ。角刈りにしており無精髭を生やしている。目つきが鋭くて、油断できなさそう。背丈は190センチぐらいで筋骨隆々の大柄な身体だ。歳は40代か? ジョークのセンスはなさそうだ。
「私は相馬」
相馬は中肉中背の禿げた元気そうな爺さん。
「南部だ」
南部は痩せぎすで、シワが目立つ老齢の爺さんだ。
警戒しながらも挨拶をしてくるので、俺もにこやかに会釈する。
「しかし、本当に習志野からじゃないのか?」
「あぁ。独裁竜は軍人なのか? 人の良さそうな顔をしているが」
ニヤリと笑いながら腕を組むと、三人衆はキョトンとした顔を浮かべて、次の瞬間に大笑いをしはじめた。
「伊達を見て、人の良さそうな顔と評するとはなかなかの胆力だな。そうだ、俺らは軍人だ。いや元軍人だな。3年前までは国から給与を貰っていた」
相馬という男が、疲れたようにため息を吐くと、地面を蹴る振りをする。
「3年前から? あぁ、ここで地下帝国を調査だか、警備だかをしていたが、支援を打ち切られたのか」
全て話さずとも予想を簡単にできる。習志野から支援を受けていたんだな。
『名探偵サキモリーズ、簡単なことだよ、ワトソン君。真実は常に1つ! サキモリーズの灰色の頭脳にとって簡単なことです!』
『習志野、習志野言ってて軍人で、地下帝国のある場所にいるんだ。簡単に推測できるだろ。照れるからやめてくれ』
ムフーッと自慢げに宙を舞う雫さん。そこまで褒めるレベルじゃないからね? 褒めすぎで、反対に恥ずかしいじゃんね。あと、色々混ざりすぎ。
「ここに一人で訪れる力と頭は持っているようだな。歓迎するよ。天野」
「防人で良い。これから仲良くしたいしな」
なかなか良い拠点にあたったようだと、俺は内心でほくそ笑む。
「俺は独裁竜だ。拠点を独裁支配している男だぞ?」
その言葉に伊達は威圧を込めた目つきで見てくるが、呆れてしまうぜ。
「部下に任せないで、トップが助けに来てくれるとは、とんだお人好しの独裁者だな」
ジョークのセンスは本当にないらしい。肩をすくめて答える俺に南部と相馬がまた大笑いした。
「抜け目のなさそうな奴だ。俺はこいつを気に入ったぞ」
「俺もだ。ぼったくりにあいそうだな」
「商人なんて、皆そんなもんだろ?」
ひとしきり笑うと、出会った軍人たちは自分の拠点へと俺を案内してくれた。