123話 地下帝国
防人は平原を通過した。通過してしまった。雪解け後の多少泥濘んだ地面をジープで走りぬけて。
何もなく。何事もなく。極めて平和に通り過ぎた。
周りには膝程度まで伸びる草むらと、森林がぽつりぽつりと存在している。ただそれだけだった。いや、森林にはダンジョンがあるだろうから、地図に印はつけておくけど。
「ドライブをしただけになっちまったな」
ハンドルを指でトントンと叩きながら苦笑いをしてしまう。マジかよ、生存者いなかったわ。
『なんかこう、レベルの高い戦士たちが守る隠れ里的なものがあると思ってたんですけど』
雫が手足を振って、戦うふりをしながら言ってくる。同意するぜ。
俺も思った。木の柵とかで丘を囲んで、そこを村にしている隠れ里の住人。強い戦士たちがそこにはいて、俺と力比べとかを求めてくる。そんな感じの村があると思っていた。
ちょっと夢を見すぎたか、現実は世知辛い。実際にそんな村を作れるなら、廃墟街にでも足を延ばして、勢力を作っているか。
「雪花を置いてきて良かったぜ。無駄な時間を過ごすところだった」
『そうですね。二人きりでのドライブデートは私とだけしたいですもんね』
「あ〜、うん、……そうだな」
とりあえずフヨフヨと浮く、ニコニコ笑顔でご機嫌の雫さんに同意しておく。否定したら後が怖い。
肩をすくめて、これからの行動を考える。さて、どうしようかな?
「北に行って埼玉、群馬を目指すか、それとも習志野方面に南下するか……それか筑波に向かって、地下帝国を観光に行くか」
『地下帝国って、なんですか? 意外と強制労働者たちが楽しく暮らす場所?』
不思議そうに雫が尋ねてくるが、まぁ、たしかに知らないだろうな。この話題を出したことなかったし。それと、強制労働者ってなに? 怖いです。
「25年ぐらい前にだったか。秋葉原と筑波を結ぶ線路が陥没して電車が横転した大事故があったんだ」
『ほうほう?』
「で、なぜ地面が陥没したか、当時は大騒ぎになった。世界中でそんな騒ぎが同時期に起きた。ニューヨーク、パリ、ロンドン……エトセトラエトセトラ。多くの地域でな。なにが起きたと思う?」
かつての平和な子供時代を思い出しながら、話し続ける。当時はテレビを見て驚いたもんだ。
『わかりました。ダンジョンが現れたんですね?』
簡単ですと、フンスと胸を張る美少女の得意げな顔を可愛らしいと思いながら、かぶりをふる。
「ダンジョンはもっと後だ。その数年後だな。違うんだ、地下に街ができていた。およそ地面から1kmは下に大空洞ができていてな、錦糸町辺りから茨城の半分ぐらいまで、その地下にすっぽりと街があったんだ。地盤が陥没したのは、1kmは高さがある超高層ビルが地下から地上まで岩盤を貫通して到達していたからだったんだよ」
『それは……魔物はいなかったんですか?』
「あぁ、いなかった。巨大な都市が丸々入っていて大騒ぎにはなったが、人っ子一人いなかったし、映画などでありがちな化け物などもいなかったんだ……ふむ?」
眉根を寄せる雫の言葉に、答えながら俺も当時は不思議に思ったと思い出す。アクセルを踏んでジープを発進させながら、再び会話を始める。
「地下帝国だとあだ名は付けられたが、一番疑われていたのは、国のシェルターだ。なにかあった際の避難用だと噂された。丸々都市一つをシェルターにするなんて大工事を周囲にバレずに行うなんて不可能なんだが、それが一番しっくりくる噂話だったんだ」
『根拠があったんですよね?』
ジープを走らせると、開いた窓から緑の香りが入ってくるので、清々しいと思いながらハンドルを回す。
「全ての都市はその国の言語を使った、ごく普通の建物群だったんだ。日本ではもちろん日本語で書かれていた看板などが存在した。……なんだったかな、すぐに観光名所にしようとして、一般人も立入禁止区域以外は入れるように1年後にはなったんだが、入れない区画に超巨大ドームがあって、地球連合……筑波研究……ドーム……忘れたなぁ」
当時は政府は無駄な金でシェルターを作ってと、国民の非難が凄かったから、異例の速さで観光できるようにしたんだよな、たしか。支持率が絡むと、政治家って行動が早い。それに観光名所にすれば金になる。立入禁止区域以外は観光名所となったんだ。でも、ドームは入れなかったんだ。なんて名前だったかなぁ。
『地球連邦日本地区筑波研究ドーム』
「そうそう。それだ。雫は知ってたのか?」
俺の言葉を補完してくれた雫を見ると、真剣な表情となっていた。ここまで真剣な表情を見るのは初めてだ。
『その場所で地下都市に巨大ドーム。名前も同じだとすると……。それは巨大シェルター【奈落】です。皮肉を込めて名付けられたシェルターシティですね。そうですか防人さん、地下に降りることができても【奈落】には決して行ってはいけません』
「理由を聞いても?」
ただならぬ雫の様子に眉を顰めて、俺も真剣になる。なにかまずいことがあるらしい。
『【奈落】は危険だと思うからです。当時は観光できたということは、何もなかったんですか?』
「あぁ、ダンジョンができる少し前に地下から有毒性ガスが噴き出して、全面的に立入禁止区域となったんだ。……有毒ガスではなかったと?」
有毒性ガスにより、多くの人が亡くなって、地下は立入禁止区域となった。たしか数万人が犠牲になったはずだ。だが、有毒性ガスではなかった?
『可能性はあります。その場合はろくなことになっていないでしょう。行くならもっと力をつけてからですね。最低7レベルにはならないと私は【奈落】に潜入することはお勧めしません。きっと死にます』
確信を持って、告げてくる雫の表情には、いつものお茶目な様子はない。なるほどねぇ。
「理由は教えてくれないんだよな?」
『情報を集めて、市場を開拓しましょう。きっと地上には拠点がありますよね?』
ピシッと指を遠くに見える廃墟街へと指差すシステムさん。わかりやすすぎるはぐらかし方だと思わず苦笑してしまう。
「教えてくれないと。まぁ、たしかに生存者はいそうだ。たしか地下帝国の地上部分には自衛隊の臨時駐屯地も作られたと薄っすらと覚えている。それを利用して拠点を持っている奴らがいるかもな。だが危険じゃないのか?」
『もちろん危険です。ですが、周辺地域に影響がなさそうですし、それぐらいは許容範囲だと思いますよ』
「だな。新たなる市場を開拓するのにリスクばっかり目を向けても仕方ない。それでは行きますか」
危険だなんだと、俺が言うことじゃないよな。ソロでダンジョンに入ったり、軍隊と戦っているんだから。
いざゆかん。新たなる地域へとってやつだ。アクセルを強く踏んでジープを加速させて、俺は平原を抜けて廃墟街に向かうのであった。
エンジン音をたてて、平原から再び廃墟広がる街の中に入る。錆びた歩道橋にかけられている外れかけた看板には、ここから1km先錦糸町と書かれており、ギィギィと風で軋む音を立てていた。
辺りは見慣れた廃墟だ。倒壊しているビルが周りの家屋を巻き込んで、瓦礫の山を作っている。その上をスライムがのそりのそりと這っており、遠目にダンジョンの洞穴が盛り上がって存在していた。
『コアストアを設置できれば良いが、俺が来た途端に設置されれば、怪しいことこの上ないよな』
『止めておいたほうが良いですよ。それよりも地下帝国へようこそって看板が至るところにありますね』
『当時は一大観光名所となっていたからな』
スピードを落とし、徐行しながら辺りを見回して苦笑する。地下帝国まんじゅうなどの幟が汚れて判別がほとんど不可能な状態で、あちこちに支柱からぶら下がっており、当時の賑わいの凄さを物語っていた。
有毒性ガスが発生した。政府の公式回答は今考えると嘘臭いが、当時は皆は騙された。シェルターを作ろうとして失敗したんだろとか、地下を無計画に調査のために掘りすぎたんだとか言われて。
放置自動車をハンドルを回して避けながら、当時の様子を思い出すが、目を多少険しくさせて、再び放置自動車を迂回する。
放置自動車は、やけにトラックが多かったのだ。見える先にも多くのトラックが停止している。
『おかしいな。なぜトラックばかり放置されているんだ?』
『たしかに天津ヶ原コーポレーションの周りは普通自動車が多いです』
『それに明らかに他の自動車などよりも、状態が良い。他は真っ赤な錆だらけでタイヤもないし、フロントガラスも椅子やハンドルすらもないのに、ここのトラックは無事だ』
苔むした放置自動車を見て、すぐそばに放置されたトラックと見比べる。明らかに放置された年月が違う。
ここ最近までここは人の出入りがあったのだ。その理由も簡単だ。馬鹿でもわかる。
『地下帝国をまだ諦めずに調査していたのか』
『ですが放置されたトラックを見る限り、なにか諦める理由ができたのでしょう。トラックの運転席のドアもフロントガラスも破壊されていますし』
無理矢理剥がされたのか、トラックのドアはねじ切られており、フロントガラスも粉々で細かく砕けたガラス片が散らばっている。そして、人の骨がバラバラとなって放置されているのだ。
『食べられているな。魔物の数に圧されたか』
『そうだと思いますよ。ワンちゃんの遠吠えも聞こえますし』
『可愛らしい表現だこと』
雫の言葉どおり、遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。しかも、唱和をしてだんだんと声は近くなってきていた。
ジープを停止させて、迎撃しようと外に出る。ドアを破壊とか勘弁してほしいからな。
目を凝らすと、ボロボロの薄汚れた服を着た狼がビルの影から現れて、四つ足で猛然とこちらへと駆けてきていた。舌をダラリと出して、ハッハッと息を吐きながら、獣の瞳は俺を捉えている。その数は5匹。
『コボルドですね。Eランク。その後ろのはコボルドリーダーです。Dランクで統率スキル持ちですよ』
『たしか統率スキルは連携が上手くなり、その分パターン化されるんだったな』
『さすがは防人さん。そのとおりです。攻撃は噛みつきももちろんですが、2本足で立って人間のように戦うこともできるんですよ。爪が小剣のように伸びて武器として振り回します』
厄介な敵だ。獣の素早さと瞬発力、そして人間のように戦えると。
「ここでマナを使用したくないな。狼には猫をけしかけるか」
『武装影虎』
指をパチリと鳴らして、影から武装影虎たちを3体呼び出す。コボルドたちはグルルと唸り声をあげて、突如として現れた影虎たちを警戒して口元を歪める。
「みゃー」
体の各所を金属の光沢を放つ装甲で覆われた武装影虎たちは可愛らしい鳴き声をあげて、身構える。
武装影虎の内、2匹がのそりと身体を動かして、俺の左右に分かれて横へと身構えて、にゃーと鳴く。コボルドたちはさすがは犬系統。連携して襲撃するために、俺たちの横合いに仲間を回り込ませたらしい。
だが、所詮はEランク。コボルドリーダーを含めても影虎たちの相手ではない。
「殲滅……んん?」
駆逐させようとして、途中で止める。なぜならば大きいマナの塊がコボルドに負けず劣らずの速さでビルの陰から現れて、近づいてきていた。その数は15体。
横合いに隠れているコボルドと合流するのだろう。10体は分散していき、残り5体が正面に出てくる。
「ブヒィ」
鼻を鳴らして現れたのはやはり四足で走る獣。ボロボロの服を着て、背中に粗末な木の槍を担いでいる猪の毛皮を持つ口元に牙を生やす魔物だった。
『オークです。Dランクでコボルドと同じく四足で攻撃も移動も可能です。突進系統スキル持ちで、2本足で立って戦う際は槍を使います、投擲もするし、分厚い毛皮と脂肪が生半可な攻撃を通しません。オークリーダーは統率とコボルド、ゴブリン眷属化を使います』
『俺一人に大歓迎だなぁ。なるほどねぇ、トラック野郎たちが撤退した理由がこれか』
数で押すタイプ。少しばかり厄介かもなと俺は敵の戦力を見極めるかと口元で酷薄に笑うのであった。




