122話 奈落
最上は自身が構造も作り方もわからない銃を構える。
『ハイパーブラスター充填率5%。ユーザーの使える制限に達しました』
銃から聞こえる機械音声に舌打ちする。いつもこれだ。たったの充填率5%で使用制限となる。わけがわからない。
「だが、5%でも充分だ!」
引き金を引いて、エレベーター内の水晶ゾンビたちに銃口を向ける。クリスタルの銃身が赤く輝き、熱線を発射した。細い一条の超高熱の光線は空気を陽炎のように揺らめかせながら、若い男を喰らっていた水晶ゾンビを貫く。
「うぉぉ!」
そのまま銃を動かして、熱線を放ちながら薙ぎ払うようにして水晶ゾンビたちをバターのように切り裂く。一瞬の内に水晶ゾンビたちは身体を分断されて、床に落ちる前に灰へと変わっていった。喰われていた若い男も含めて。
恐ろしいほどの高熱がその銃からは撃ち出されていた。が、水晶ゾンビたちを焼き尽くした熱線は、なぜかビルの壁を多少焦がすだけでビクともしない。よくよく見ると、壁に張り付いている鍾乳石が燃えただけで、本来の壁自体は焦げ目一つない。
「エレベーターに入れ!」
最上は通路の奥から押し合いへし合いやってくる水晶ゾンビへと、引き金を引き続ける。パネルの数字が減っていく中で、次々と水晶ゾンビたちが灰に変わっていく中で、転がるように仲間たちはエレベーター内へと入る。パネルの数字が6となった時点で、最上もエレベーター内へと飛び込み、すかさず仲間がボタンを押下してドアを閉じる。
「一人やられた! 喰われちまった! 灰になっちまった!」
床に座り込んだ仲間が灰となってエレベーター内に散らばる元仲間を見て、恐怖の表情で叫ぶ。
「危険な場所なのは百も承知だった! 彼も死ぬ覚悟があってここに来たんだ!」
その様子に最上は冷や汗をかきながら怒鳴り返して、ブラスターを強く握りしめる。ブラスターはあれだけの熱線を放ったにもかかわらず、ヒンヤリとしており熱さをまったく感じさせない。未知のテクノロジーというやつだ。
「そうだと良いんだが……あいつは生きて帰るつもりだったと思うがね」
「皮肉は結構だ。1階に降りるぞ」
エレベーターのパネルに取り付けられた数字がどんどん減っていく。振動は小さく異常は見られない。
『1階です』
機械の合成音が聞こえて、チーンと音がしてドアが開き始める。皆はゴクリとつばを飲み込み、お互いに顔を見合わせて銃を構える。
徐々に開かれていくドアの前にコクリと頷き、一斉に飛び出す。
半円に陣形を作り、銃を構えて皆は周りを警戒して見渡す。銃を落ち着きなく通路の奥へと向けて確認するが、シンと静寂のみが広がっていた。
「拍子抜けだな」
「そうだな。……それにしても1階は綺麗なものだ」
エレベーターの外は玄関ロビーであった。
上階と違い、1階は埃は積もっているものの、綺麗なものであった。天井から明かりがロビーを照らしている。壁も床も汚れ一つなく、受付カウンターも綺麗なものだった。
少し先には外へと出られるガラス張りの玄関があり、暗い外の世界を覗かせている。外には聳え立つ複数のビルがあり、その中に広大なドームが建っていた。
暗闇の中でトーチのように最上たちがいるビルが辺りを照らしているが、ドームは巨大で端が見えない。
「あのドームに入れれば……」
悔しそうに最上はドアのそばに駆け寄ると、遠くドームを見て呟く。その肩に老齢の仲間が手をかける。
「いまさらそんなことを言っても仕方ないだろ。十年調査しても入れなかったんだからな」
「……そうだな。いまさらだ。それよりも研究室に向かおう」
頷き合うと、再び走り出す。数十年経過しても劣化していない、不可思議なビル内を。
通路を慎重に進み、いくつかの角を曲がって目的地まで到達する。パネルにはラボと記されており、分厚い金属製のドアで閉じられた部屋だ。
「セキュリティカードがまだ通じると良いのだが」
ポケットからカードを取り出して、ドア脇にあるカードリーダーへと通すと、ピッと電子音がしてドアがスライドして開く。
「……まったく問題ない……なぜメンテナンスもされていないのに、ここまで滑らかに動くんだ?」
「どうでも良い。中に入るぞ」
顔をしかめて疑問の表情となる最上の横を、仲間が走って中に入る。皆、緊張と恐怖で顔が強張っている。1階には敵はいないようだが、それでも安心などできるわけがないのだから当然のことだ。
中に入るとそこは50メートルはある広大な部屋であった。強化ガラスケースに覆われた実験ボックスや電子顕微鏡。フラスコや試験管といった実験器具に、レンチやドライバーなどの工具も置いてあり、雑多なまとまりのなさそうな研究室であった。
「武器はどこにあるんだ?」
若い連中が研究室を血眼になって探す。ここに来た目的は最上が持つ強力な武器であったからだ。
「恐らくはほとんどは軍に回収されただろうが、まだ残っている物があるはずだ。俺のセキュリティカードでないと開かないボックスがある。当時は既に管理者権限を変更できる人間は死んでいた。恐らくは変更されていないはずだから放置されているだろう」
「ボックスを破壊されていたら?」
「中には貴重かつ再現不可能な物が入っているんだ。それはない。こっちだ」
混乱する中を放棄されたのだろう。床にも雑多な道具が転がっている中を、邪魔だと蹴り飛ばして奥へと進む。
奥にはもう一つ部屋があり、同じように金属製のドアが設置してある。そして同じようにカードリーダーが設置してあるので、カードを通してドアを開く。
「ここはあんたらが建てたビルじゃないんだろ? どうやってこんなドアのカードとか作ったんだよ?」
若い連中が不思議そうに尋ねるので肩を竦める。
「人っ子一人いなかったが、施設は丸々残っていたんだ。管理用端末もあった。その横にパスワードを書いたメモ帳もあったんだ。複雑すぎるパスワードを作るとよくあるんだよ、会社はセキュリティを厳重にしたい。なので、一つ一つのシステムに面倒くさいパスワードをかけるよう指示を出す」
「下っ端はそのとおりに複雑なパスワードを設定する。だが、その数は百とかになるんだ。設定作業などでは管理者権限を上司に与えてもらわないといけないのだが、歳のいった老齢の上司がそんな数のパスワードを覚えることができるわけもないから、面倒くさがって、こっそりとメモ帳などに書いて隠しておくのさ」
「建前上のセキュリティってやつかよ。酷えな」
「そのおかげで、ここの施設を俺たちは使えるようになったからな」
奥の部屋に入ると、小さな部屋であった。最上はかつて、この部屋を行き来していたことを思い出しながら壁に設置してある3メートルの高さと横幅5メートルはある金庫のようなボックスへと近づく。分厚い装甲のような金属の壁でできているボックスだ。カードリーダーとパネルが設置してある。
「ここに武器や水晶生成装置の予備があるはずだ」
最上はカードリーダーにカードを通すと、その横にある数字のパネルを叩く。
「325986……確かこれで……あぁ、違うな。325896。久しぶりすぎて忘れたよ。これも違う」
「おっさん、早くしてくれよ! いつ水晶ゾンビが現れるかわからないんだぞ!」
苛立ち怒鳴る仲間に顔をしかめて、数字を思い出そうとする。
「321987」
ピッと音がして、鍵が外れる音がして最上は安堵の息を吐く。
「良かった、思い出せたようだ」
「単純じゃねえかよ」
ホッとしながら、ボックスが開くのを期待を込めて、周りの仲間と一緒に見守る。
「あれの原理が分かれば、エネルギー問題は解消できる。このブラスターだって量産できるんだ」
「十年かけて研究成果が出なかったんだ。ゆっくりとやろうじゃないか」
そうだなと頷き、ボックスが開かれて中身を見ようと身体を乗り出して……最上は顔を青ざめさせる。
「なんだ、なんだこれは?」
「なんだこれ? なにもないじゃないか!」
「この穴は?」
ボックスが開かれた中には、本来なら武器や水晶生成装置が置かれているはずなのに何もなかった。瓦礫が積もっているだけだ。
そして大きな穴が反対側に空いていた。ブラスターでも傷一つ負わせることができない硬い壁が破壊されて。
「これは………内部から破壊されているな?」
金属の壁が捲れ上がり、コンクリートの壁をボックスの中から破壊しているように見えることに眉を顰める。
「おい、瓦礫の下に武器があったぞ。ブラスターだ!」
数丁の銃が瓦礫に埋まっていることに気づき、歓声をあげて掘り出す仲間たち。我先に引っ張り出すと宝物のように抱きしめて、ニヤニヤと厭らしそうに嗤う。
「これでもうあんたにデカイ顔をさせないぜ」
「あぁ、これで俺たちがここの顔になるな」
「……好きにしろ……それよりも………嫌な予感がする。水晶生成装置はどこだ?」
冷や汗をかきながら、辺りを見渡す。と、ガラガラと音がして瓦礫が崩れる音がしてくる。
「なんだ?」
新たに手に入れた武器を欲しかった玩具でも手に入れたかのように持ち、音のした方向へと銃口を向けて、仲間たちは前へと出る。
「ブラスターの力を見せてもらうぜ」
パワーが充填されて機械の合成音声が5%の充填が終わったことを告げてくる。その中で穴の先からなにかが歩み出てきた。
「獅子?」
黄金の毛皮を持つ獅子。5メートル程度の大きさのそこまでは大きくない獅子だ。凄みを見せる黄金の瞳と、強大な力を感じさせる獣であった。毛先は水晶のように透明な色合いでキラキラと輝き美しい。
「剥製にしてやる!」
仲間の一人がブラスターの威力を確かめようと引き金を引く。銃口が輝き紅き熱線が放たれて、獅子の頭へと命中する。超高熱の一撃は通常ならば敵を容易く焼き尽くす。
が、くすぐったいように、獅子は身じろぎをして、頭を洗うように手を動かすだけだった。
「なんだ、こいつ!」
他の面々もブラスターを撃つが、躱すこともせずに獅子はその攻撃を受けながら、燃えるどころか、毛一本焦げもせずに平然と歩いてくる。その様子に、口元を引きつらせて仲間たちは恐怖の表情で後退る。
『超加速脚』
なにかの音がした。グシャリ、と。
そして、仲間の一人が潰されていた。獅子の前脚により。獅子にしては小柄な体格であるのに、その前脚で潰していた。
獅子はゆっくりと顔を周りへと巡らせて
グシャリ
と、いつの間にか、もう一人のそばに立っており、やはり仲間は潰されていた。
瞬きするたびに獅子は移動を終えており、グシャリグシャリと仲間が潰されていた。
「なんだこいつは……」
獅子は優雅に顔を巡らせて、その美しさに最上たちは、魂の底から恐怖を覚える。
『【奈落】に来るべきではなかったな』
威圧感を感じさせる声が思念となって最上たちの脳裏に伝わって、戦慄と共にその獣を見つめる。
「な、【奈落】とは?」
『もはや人では立ち入れぬ場所。汝らは不幸であった』
グシャリとまた仲間が潰されて、最上たちはその動きをまったく捉えることができなかった。高速で動いているのだろうが、そよ風一つ感じさせることはなく、ただ結果のみが残る。
「罠だったのだな……。最初から。あの装置は罠だったのだな!」
最上はその言葉に気づくことがあった。
『人類は敗北を決定づけられている』
「こんなところで死んでたまるか!」
ブラスターを構えて、他の面々も銃を獅子に向けて
銃声が響き渡るが、それもしばらくして止んだ。
そうして再び静寂のみが広がるのであった。