12話 花梨
情報屋花梨。特性は猫化。生まれたときに両親に気持ち悪がられて捨てられた……ということはなかった。猫耳と尻尾が生えても、このダンジョンと共生し、スキルのある世界では珍しい、という程度の認識になっていたからだ。
特に生まれたときに、猫娘だったので両親のどちらかの願望だったのではとか言われた。
獣人特性はスキルレベルが低くても使える良スキルで反対に周りから羨ましがられた。ドワーフやエルフ化スキルと同じである。初期から有用なステータスなのだ。隠蔽能力に、器用なところと、高い身体能力。花梨はすでに猫化スキルがそこそこ育っているという理由もある。ゼロと1ではかなりの差がある。さらに上では尚更だ。無論、まっとうな手段で上げたわけではない。
目の前の人間のように。数十年かけて成長したわけではない。目の前の男は延々とダンジョンに潜ってスキルレベルを上げた狂っているとしか思えない男だ。
「本当に良いんですか、防人さん?」
今回の大鼠を退治するための準備を手伝った少年たちが、コッペパンを手にして顔を綻ばせている。それを黒ずくめのアホな格好をしているいい歳をしたおっさんは、フッと笑って頷く。相変わらず、お人好しだと花梨は内心で呆れる。
防人が倒した大鼠は300匹を超えた。その半分を少年たちに渡したのだ。150個のコアを手にして、少年たちは感動で涙を潤ませている。
「だが、条件がある」
重々しい声で背筋が震えるほどの冷酷な目を持つ防人は、珍しく条件などと口にする。なんだろうと興味を持ってしまう。いつもは集りに来る子供たちにタダで配給券をあげてるのに。
花梨は知っている。防人の縄張りというものがあるということを。珍しく固有スキルを知る限りで4つ持っている男は、ただ一人で自身の縄張りを持っていた。本人は認めないが。
そして、その縄張り内であれば、子供たちは危険が少ないということを。
各所に黒猫やカラスを配置して、接近してくる敵を察知する。花梨だって危険な壁登りをしないと見つかるだろう。恐ろしいスキル持ちだ。
そして、使い魔はある程度の攻撃力も持っている。寝ている子供たちを守ってくれる程度には。倒せる魔物は倒してくれて、危険が迫るとニャアとカァと鳴くのだ。だからこそ、防人は子供たちに好かれていた。
影魔法。自身の魔力を使い魔に変える能力者。同じスキルを持っている者は知っているが使い魔化はできない。この男、スキルを扱う腕が信じられないレベルで高いのだ。それに合わせて、炎、水、再生の能力者でもあると分析されている。ソロであるにもかかわらず、その危険度はD+ランク。なぜ政府はこの男を勧誘しないのか不思議なぐらいだ。
ダンジョンコアの秘密を知っているとも思われるが、不明である。だが、彼がある時から怪我を負っても、しばらくしたら治癒されるところから、再生スキル持ちなのは確実だと言われている。
正直言うと、仲間にしたいがきっと無理だろう。彼の瞳の奥には、ただならぬ恐ろしさを感じる時が花梨はあった。まぁ、なんだかんだと言われても、銃で殺せるレベルなのが人間だ。書類上だけの危険度となって放置されている。
もっと危険な奴らはいるのだ。スキルレベルは低くても、内街を襲おうと考える集団や、カルト宗教の暗躍などが。それは人間というより群体だ。危険度は跳ね上がりAランクにもなっている。
防人を見ながら、つらつらと考える花梨であったが、次の言葉に驚きを隠せなかった。
「俺の部下になってもらおうか」
「え? 防人さんの部下にですか?」
珍しい。というか初めてだ。防人が部下を持つなんて。なんでだろうと考える。これまでは部下などは持たない流儀だったはず。部下を作るということは、部下を養う義務もあるということだ。守る必要もあるということだ。
だが、ピンときた。コアストアの存在のせいだと。
「よ、喜んで! 部下になります!」
「あ、あたしも!」
「僕も〜」
「なるなる!」
その場にいた子供たちは、考え込むこともなく、深く頭を下げて喜びの声をあげる。そりゃそうだと花梨も思う。ここらへんで最強の男なのだから。その部下になるならば迷うことはない。
力も何も持っていない明日は目が覚めるか不安な存在なのだから。
「珍しいニャア、防人が部下を持つなんて。どういう心境の変化にゃ?」
軽い口調で確認する。ニャアニャアと私のスタイルだ。だが、その軽い口調に防人は騙されない。こちらを射抜くような視線で見てくるときは心臓が縮まるほど怖い。
今回のように。
「わかっているはずだ。あのストア。あの存在は廃墟街のやり方を変えるだろう。食料品が安定して手に入るのなら、勢力を増す連中が必ず現れる。ソロで暮らして負けるつもりはないんでな」
壁によりかかり、腕を組みつつ語る防人の内容はストアが現れたたった数日で考えられた内容とは思えないほどだ。彼は先の未来を見据えている。力を得るつもりだ。その瞳に隠した強い野心を解き放つときが来たというのだろう。
廃墟街には腹を空かせた連中はたくさんいる。その連中が腹を満たして活動できるとなれば、一気に廃墟街は騒がしくなるだろう。最強とはいえ、ソロの防人は数で押せば殺せるはずだ。危険を察知したと推測したのだ。恐ろしいほどの頭の良さだ。
「たしかにニャア。強いってのはそれだけで不自由なんにゃね」
「天津ヶ原コーポレーションとでも名乗るかね?」
ニヤリとふざける防人にニャアと私も笑い返す。
「なかなか良い名前かもニャ。でもあちしは部下になれにゃいにゃ。情報屋を部下にするには、全然力が足りないにゃよ」
「ま、そうだろうな。お前は色々知りすぎだ。部下にしたら、他の勢力を敵にしちまう」
肩をすくめてあっさりと言う。私が断っても予想内だと応えない様子に少しだけ頬を膨らませる。もう少し、勧誘に熱を入れてくれてもいいんだけどにゃ。
おっさんを私は結構気に入っているのだ。
「で、どうするにゃ? 部下を養うのにコッペパンだけなのかにゃ?」
いつもお腹を空かせている連中とはいえ、コッペパンだけだと厳しいだろう。どうするのだろうか?
「花梨。コアストアの現れた場所を言ってみろ」
ポイッとコアを投げてくるので、情報料として頂いておく。
「えっと、廃墟街のダンジョン付近に12台、内街に3台にゃ」
「ほう? 内街のコアストアも確認しているのか。さすがだな」
口元を歪める防人の視線に内心でギクリとする。気づかれたのか? 内街の台数を正確に知っているのはまずかったかもしれない。迂闊だった。
「猫はどこにでも入れるからにゃ。内街だって、入るのは簡単にゃよ」
えへへと、ふざけるように笑って、身体をくねらせて胸を張ってアピールする。その様子に僅かに息を吐く防人。むむむ、なんで反応しないのかにゃ? 今のは結構勇気も必要だったんだけど。ちょっと女心が傷つくにゃ。
「そういうことにしておこう。とりあえずは思ったとおりだ。外街には現れていないだろ?」
微妙に気になる言動だが、その先が気になるので黙っておく。敢えてつっこむことでもない。その方が怪しさを醸し出すだろうし。
「そのとおりにゃよ。ダンジョン周りにしか現れないから、外街にはないにゃ」
「外街の奴らは廃墟街の危険性も知っている。コアストアを使うのは無理だろうな。やばい連中以外は」
「たしかにそうにゃね。で?」
話の続きが気になるので、促すように尋ねると、ニヤリと狡猾な笑みで考えを口にしてくる。なるほどと、私はその内容に感心するのであった。
ばっははーいと、手を振って、ついでに尻尾もフリフリと振って、花梨はその場から離れて帰路につく。
廃墟街の何もない世界。薄汚れた家屋をてくてくと進む。かつては綺麗なフローリングであった床は見る影もなく泥だらけだ。ガラスの破片も混じるなかを、ブーツで踏んでいく。細道に出て、次は廃ビルを通過しようとして、ピタリと足を止める。
「なんにゃ? なにか欲しい情報があるニャ?」
その声が聞こえたのか細道の角から、3人の薄汚れた男たちが飛び出してきた。その手に鉄パイプやナイフを手にしている。
「ヘヘッ、よう花梨。景気はどうだ?」
厭らしそうな嗤いを見せて、通せんぼをするように3人は立ちはだかる。気づくと後ろにも2人、同じような格好をしている男が2人。
「貧乏暇無しにゃんね。あちしはいつも貧乏でお腹を空かせているにゃん。で、なんのようニャン?」
シクシクと泣き真似をして、ふざけると、男たちはゲラゲラと嗤う。なにが楽しいのだろうか?
「ふざけんな、お前が貯め込んでいるのはわかってるんだよ。さっさと寝床に案内しな!」
「そうそう、寝床にな」
「可愛がってやるからよ」
「何が楽しいのか、わからないにゃね? 意味もわからないにゃ」
ふんと、鼻で笑って冷え冷えとした視線で見つめてやると、花梨のいつもの陽気な様子と違うことに、男たちは怯み、僅かに後退る。
「危険を察知する能力はあるみたいにゃね。それじゃあ見逃してやるから、さっさと消えろにゃ」
手を振って去るように伝える。優しい私の最後通牒だ。だが、自分たちが怯んだことに恥ずかしさを覚えたのか、顔を真っ赤に激昂してくる。
「ふざけんなっ! てめえら、こいつの手足の1本でも折ってやれ!」
「ヘイッ」
強盗たちは頷いて、花梨へと向かってこようとするが、走り出した先頭の男がズルリと崩れるように地面に倒れ込む。
「あ、何が?」
怪訝に思い立ち止まる他の男たちだが
キラッ
空中に僅かに光の反射か小さな輝きが一瞬見えて、次の男もその次の男も倒れ伏す。
「な、何が?」
突如として次々と倒れる男たちにリーダーは声を震わせて、花梨を凝視してくる。花梨はその姿に冷笑を浮かべながら、腕を振るう。
またキラリと光が見えると走る男は崩れ落ちた。
『暗器』
びくりと震える男に教えてあげる。
「あちしの固有スキルは『猫化』。そして……『暗器』にゃ」
手に持つ細く伸びる針を見せてあげる。倒れた男たちの額にもその針は刺さっている。
「あ、暗器? てめえがそんなスキルを持っているなんて聞いたことがねぇぞ? いや、そもそも強すぎるぞ、てめえ!」
歳に合わない圧倒的力を見せる花梨に男は違和感を覚えて叫ぶが、口元を薄く笑いにして返すに留めておく。
「そりゃそうにゃね。この技をみた連中はだいたい殺しているからにゃ。暗器ってのは、あまり周りに知られたくないスキルだからにゃ」
「くっ、このやろうっ!」
想定と違う展開に、死を覚悟したのか鉄パイプを振り上げて迫ってくるが、冷静に鋭い振りで、針を投擲する。
普通は映画のように人の頭に針など簡単には刺さらない。……だが、強盗のリーダーの額に針は深く突き刺さった。スキルの力だ。鋭くそして貫通性を持たせた攻撃へと花梨の針は変わっていた。
数十秒であっさりと敵を倒した花梨は肩をすくめて、
「警告しておくにゃ。佐官には喧嘩を売らない方が良いにゃよ。このあちし、風魔花梨は少佐にゃん」
死体が積み重なる中で、花梨は再び歩き出す。今夜のディナーは何にしようかと、内街の自宅へと足取り軽く帰るのであった。