118話 土蜘蛛
防人は周囲を睥睨して、馬鹿にしたように嗤う。マナや闘気がまるで夜中のネオンの輝きのように廃墟ビルのあちこちから漏れている。
その数は50人近い。その中で大きさからステータスを推測すると、スキルレベルが高いのは20人程度か。スキルレベル1の奴らが30人。一般兵はいないようだ。驚きの分厚い精鋭の布陣だぜ。
「俺と春の踊りをしたいから、お誘いに来たってところか? だが、俺はダンスは苦手なんだ。お前らが踊るのを見るだけにしておくよ」
僅かに肩を上げて、ニヒルに微笑んでやると、銃声が止み、不幸な事故にあった男が憎々しげなまなざしで口を開く。
「平家の独占にはさせねえよ! てめえをここで殺して、まずはポーションの入手方法を減らしてやる!」
ツバを飛ばして、怒鳴り散らす男の言葉に、なるほどと片眉をあげるに留める。平家ねぇ。冬の間に何度か、レイに会いたいとコノハが鏡の伝言でコンタクトをとってきた。何回か雫は仮面の少女として会って、ポーションを売ったんだよ。
同じく風香が本社に訪れた時にもポーションを売った。ステータスポーションを2本に、スキル2レベル50%アップポーションを2本。もちろん平家と同じ数だ。平等に渡さないとな。
俺って、公正な取引をする男だから、偏らないようにしたんだ。それでも平家の力を恐れるってことは、他にプラスアルファなことを平家がしているってことか。
後で源家へポーションを多目に売るとするか。気休めになればいいんだけど。
「我らがこの時代の覇者となる! 魔法攻撃だ! 銃よりも届くはず!」
「学習してやがるな。よく考えている」
ビルの陰からマナを放出する奴らを確認して、へぇと感心してしまう。
『魔法破壊』
杖持ちの兵士が魔法を放つ。空間が歪んでいき『粉雪』が『魔法破壊』により打ち消されて、その間に他の者たちが銃を撃つ。本来は粉雪対策というよりも、障壁対策なのだろう。よく練られている連携だ。
だが、俺には届かない。チュインと音がして、俺の前の空間に歪みができて弾かれるのみ。
『魔法硬化壁』
結局、『魔法硬化壁』を使っちまった。『粉雪』は『魔法破壊』に性質上弱すぎるか。
「な、なに? こいつも複数の障壁を張れるぞ! 『魔法破壊』と通常魔法攻撃!」
ビルの中から指示が聞こえてきて、道路に立っていたやつはビルの中に駆け出していく。状況判断も優れているな。マナを隠蔽している凄腕がいたら厄介だが……さて、どこの誰が複数の障壁を張れるか、今度花梨に調べさせてやる。
『主様。雪花ちゃんはどう動く?』
思念での会話に移す雪花に感心する。アホっぽい少女だが、戦闘についてはプロフェッショナルというわけか。
『雪花ちゃんは範囲攻撃ができないので気をつけてください。なんちゃって範囲攻撃の『円陣剣』とか『氷鞭』しか使えないので。それは魔法も含まれます』
『単体特化タイプか。そこまで都合の良い力は持っていないと。『一点』のもう一つの弱点なんだな』
『すまんのじゃ。隠していた』
雫が真剣な表情で忠告してきて、バツの悪い顔で雪花が謝ってくるので、なるほどと納得する。破壊力が高い代償か。
『問題はない。ジープが破壊されそうな攻撃が来た時は防げ。あとは俺が片付ける』
両手のひらを両脇の廃墟ビルへと翳してマナを集める。
『反応火炎壁』
『反応氷結壁』
ビルの窓際で銃を構える連中の前に厚さ5センチ程度の炎の壁と氷の壁を作る。レベル4の今なら半径5メートル高さ10メートルの体積分の魔法を扱える。ビルの窓を薄い壁で塞ぐことなど容易いぜ。
「苦し紛れのハッタリだ、気にするな! AP弾なら、こんな壁なぞ簡単に打ち壊せる! 撃てっ!」
隊長らしき者の声が響き、再び兵士たちは銃を構えて引き金を引く。
「いやいや、気にした方がいいと思うぜ?」
目の前にあるんだ。破壊するのは躊躇った方が良い。俺の忠告は聞こえなかったようで、兵士たちの銃からは銃弾が放たれて壁に当たり
ドドドドド
と、命中した箇所が爆発して、目の前の兵士たちを吹き飛ばしていった。
「グハ」
「ぎゃあ!」
「爆発した!」
銃弾が当たるごとに壁は爆発していき、目の前で銃を撃った者たちをその爆風で吹き飛ばす。
「気をつけないと、リアクティブウォールは、命中した箇所が爆発するからな」
『爆発を覚えた途端に、反応装甲を作ることを思いついたんですね?』
『そのとおり。これなら敵の攻撃を爆発で相殺する』
『そんな魔法はレベル4で見たことないのじゃが』
おぉ〜と感心する雫と、冷汗をかく雪花。戦車の装甲を参考にしたんだ。AP弾は粉雪と同じように衝撃を受けて、その軌道を捻じ曲げて飛んでいった。
『魔法破壊』
慌てて後退しながら、兵士たちの数人が再びアホみたいにマナを消耗する『魔法破壊』を使う。壁が打ち消されるが、窓から離れたな。隙ありだぜ、こちらの攻撃のターンだ。
『鋭刃火炎蛇乱舞』
闘技により火炎蛇に切れ味を付加する。物理的な切れ味を持った無数の火炎の蛇が空を舞い上がり、ビルの中へと飛んで入っていく。
吹き飛ばされた敵もほとんどが無事だ。さすがはスキル持ち。やはり爆発は気休めだな。
だが鋭い刃をもつ火炎蛇はビルの中に入っていき、レーザーのように敵の体を貫いていく。貫通した場所が高熱により燃えていき、兵士たちの苦痛の声が合唱のように鳴り響く。
「があっ! 水、水を!」
「マナを高めるんだ、抵抗しろ!」
「そこまでダメージはないぞ!」
苦痛により、のたうち回る者たちの中でも、高レベルだろう者たちは体内で燃える炎を自身のマナと魔力で抵抗して打ち消す。
『混乱目的の魔法。防人さんの戦闘は変わりませんね』
雫さんがクスクス笑うので肩を竦める。
『褒め言葉どーも』
多数を倒すには、まずダメージは低くても苦痛を与えて混乱する攻撃が良いだろ。去年までは苦労して目潰ししていたが、レベルアップしたからな。今ならこういうこともできる。
『で、動ける奴らが高レベルか、腕が良いと』
俺の目には苦痛を我慢して炎を打ち消して、普通に動くマナの塊が見えている。仲間の混乱を収めようとしているが、判断違いだ。
『4重凝集槍』
マグマのように輝く炎の槍、全てを凍らせる冷気を漂わせる氷の槍、漆黒の死をもたらすイメージを与える影の槍、青白い水晶のような透明の魔法の槍。
4本の槍を俺の周りに浮かせて、人差し指をタクトのように振るう。
『踊って穿て』
キュンと空気を切り裂く音とともに、高速で4本の槍がビル内の高レベルだろうスキル持ちへと向かう。
『か、加速脚』
『剛盾』
数人が迫る槍に反応して、武技を使い躱そうとする。加速してその場を離れる者、盾を構えて強靭なる闘気の盾を作り出す者。様々に反応も素早く対抗してくる。が、悪いな。
「狙いはそちらじゃないんだ」
クイッと横に振るうと、槍は武技を無駄撃ちした者たちを逸れて、苦しむ兵士たちへと向かい、その体を貫いていく。
「ひいっ!」
「助けてくれ!」
「待てっ」
凝集した槍は打ち消されることなく、雑魚を殲滅していく。弱い兵士たちから駆逐しておくぜ。
ビル内が阿鼻叫喚の様相となり、高レベルの兵士たちが慌ててビル内から出てこようと駆け出してくる。
「野郎っ! ぶっ倒してやる!」
窓枠に足をかけようとする敵を見て、槍の操作を解いて新たなる魔法を発動させる。
『火炎嵐』
『氷結嵐』
スキルレベル4の範囲魔法。使い勝手が悪い魔法だが、ようやく日の目を見ることができた。
逆巻く炎がビルから飛び降りようとする男たちを瞬時に燃やしていく。俺の強力なる魔力による炎は抵抗を許さず敵の体内から燃やしていき、黒焦げの物体へと変える。
凍てつく吹雪は同じように、敵を氷結し、口から吐き出す息すらも凍らせて、氷の彫像へと変えていく。
「中レベルの敵は撃破したか」
マナの残量をちらりと確認する。ちょうど半分程度マナは消費されていた。残りは8人か。倒しきれるかなっと。
「こ、ここまでか! だが『土蜘蛛創造』!」
こちらの火炎蛇も防ぎ、槍からも他の者が盾になり防いでもらっていた者が、驚きの声をあげるのを耳に入れる。既にこっそりと影猫をビル内に潜ませて敵の動きは丸見えだ。
ふたりの盾持ちに守られているようだが、あいつが隊長か。マナもずば抜けて高い。俺以上だなぁ。レベル5か?
そいつは手を翳して、マナを集めてスキルを発動させる。
ビルの外に巨大な魔法陣が描かれていく。土蜘蛛創造?
『使い魔系統のスキルです。強力ですよ、使い手は敵になったら味方の時よりも強くなってしまうんです。あれは情報を集めずに前日譚から見てしまったので、ラストに驚いちゃいました』
『敵の弱点を教えてくれないかな、雫さん?』
合わせて5体。5つの巨大魔法陣が描かれると、その中から滲み出るように現れる。
『4重凝集槍』
滲み出てくるので、とりあえず完全に出てくる前に倒しておく。あっさりとその胴体を貫いて破壊できて、敵は灰に変わっていった。
『剛破集中』
そして地面に降り立つ最後の一体の頭へと、踏み込み鋭く矢のように拳を叩き込む雪花。一拍遅れて命中した箇所が大きくへこみ、体内から爆発して、血を噴き出して灰に変わっていった。
敵の土蜘蛛はあっさりと全滅させることができた。敵の前で発進準備をするものじゃないぜ。
「あ……」
その結果に呆然とする残りの兵士たちへ、槍を操作して貫く。タクトのように大きく人差し指を振るい、1人に2本ずつの槍を向かわせて、対抗しようとしても、蝶のようにひらりと舞って翻弄し、身体を貫いて確実に仕留める。
穴を穿ち敵は倒れる。残り6人。慌てふためく残りへと向かわせて槍を叩き込む。またふたり倒れて残りは4人。
「そろそろ雪花ちゃんの出番かの? まだ活躍し足りんのじゃ」
隠れている敵はいないようだ。ジープを攻撃する敵もいない、と。残りマナは180ちょいと。
敵の隊長が慌てふためき、ポケットからガラスの小瓶を取り出そうとしているのが影猫の目を通して見てとれる。
「まずい! 影猫!」
その様子を見て、慌てて指示を出すと、影猫は隠れていたビルの影から飛びだして、敵へと向かう。合わせて5匹。
「ミャー!」
「敵の使い魔だ!」
「倒せ!」
一人の兵士が前に出て、その手に持つ西洋の剣を振るう。高ステータスの一撃は影猫をあっさりと切り裂くが、その横を通り過ぎて、一匹がガラスの小瓶の蓋を開けようとする男の手に襲いかかる。
「みゃんみゃん」
小瓶を口に咥えて飛びすさる影猫。
「ナイスだ! やれ、雪花!」
「任された! 『加速脚』」
残像を残し、雪花はビルの壁を蹴り内部に入る。敵は侵入してきた雪花に武器を構えて迎え撃つ。
「セイッ! 『掌底集中』」
前傾姿勢となり一瞬の間に相手の懐へと雪花は入り込む。そうして手のひらを敵の胴体に叩き込む。掌底から波紋のようにその体内に衝撃波が流れていき、敵は目や鼻、口や耳から血を噴き出すと崩れ落ちるのであった。
『連結盾』
残ったふたりの兵士は組み立て式の六角形の盾を突き出す。連携された武技により光り輝く半透明の強靭なる障壁が生みだされるのを見て、雪花は眉をひそめて後ろに下がる。
「くそっ! くそっ! 『子蜘蛛創造』」
もう一瓶、ポーションを持っていた隊長は、慌てて飲み干すとスキルを発動させる。魔法陣が描かれるとぞろぞろと30センチ程度の茶色の蜘蛛が無数に這い出してきた。
『ウゲ! 主様。苦手な敵なのじゃ。雪花ちゃんは範囲攻撃を持たぬ』
思念での叫びに俺は舌打ちして、目の前にお座りする影猫からマナポーションを受け取る。
『もう一瓶持ってたのかよ! 勿体ない!』
油断した。せっかくのプレゼントなのに一瓶損しちまったぜ。
マナポーションをポケットに入れながら俺は残念そうに溜息を吐いちまうのだった。しくじったぜ。