111話 訓練
わぁわぁと騒ぎ立てながら戦う集団を見て、源風香は冷ややかに小さく溜息を吐いた。なんとも素人の集団だ。狼に翻弄されて上手く戦えていない。
「あの程度なら、軍学校の1年生でも戦えますよ」
落胆を隠さずに側で護衛をしてくれる部下に話しかけると、部下も鼻で嗤い素人集団を馬鹿にして頷く。
「所詮は廃墟街の連中です。ご当主様が焦るのは理解できますが、やはり失ったスキル持ちは学校から補充した方が良いと思います。隠された凄腕のスキル持ちが廃墟街に大勢潜んでいるなどと……夢を見すぎです。あの男も確かに腕は良いが、あの程度は軍ならばゴロゴロいますよ」
ウルフを近づけないように、戦いを繰り広げる集団に影魔法で支援する男を見つめる。たしかに同じことをしろと言われれば、できるとは答えることができる。シルフを複数召喚して、集団を守るように指示を出すだけだ。精霊魔法は使い勝手が良い。簡単な話だ。
だが、少しだけ違和感を覚えてしまう。
「ねぇ、影魔法って、あんなことが可能なのかしら?」
空に舞う複数の影の糸を振るい、敵を跳ね飛ばす天野防人を見て疑問に思う。あんなに便利な魔法なのだろうか。
「さて……影魔法はよくわかりませんが、支援系統魔法ですから。あのようなことをできるのではないでしょうか」
顎を擦りながら言う側近に、そういうものかと納得する。
「道化の騎士団……。半信半疑ですが、今は8割ほど疑っています。やはりあの少女だけが強いのだと思います。雪花のイベントでも、天野さんは支援魔法に徹していましたし」
「それだとゴブリンキングの間引きが説明できません。もう2、3人はそこそこ腕が良い人間が潜んでいる。その程度でしょう。信用を考えると廃墟街の住人である奴らを引き込むほどのものではありません」
「ええ、やはり3家のチームを全滅させた魔物を倒した少女。あの娘だけに絞り込むべきでしょう。なんとかコンタクトを取る方法の糸口がわかればいいのですが」
道化の騎士団。平家が密かに抱える兵士たちだと思われるが、一枚岩でないのは判明している。そのために、この研修に参加をして、源家ともコンタクトをとっていると、周囲にアピールするつもりであった。そして、研修と言うならば、道化の騎士団の選抜試験などであるとも考えた。ヘッドハンティングできるチャンスだとも思ったのだが、とんだ期待はずれだったので、風香は嘆息してしまう。
「うぎゃー、噛まれた〜」
「本多忠勝ツーが殺られたぁ」
「いや、かすり傷だ、ほらポーションだ!」
「ていやぁ」
ウルフとじゃれている集団はとてもではないが、ヘッドハンティングするほどの人材ではない。ウルフに腕を噛まれて、引き剥がそうと振り回す大男、それを見て少女が槍を振るい狼を跳ね飛ばしていき、近くの仲間が初期ポーションをかけている。
「お前ら、いつまでやってるんだよ。信玄!」
手で顔を押さえて疲れたように怒鳴る天野さんに、お爺さんが頭をかきながら、スキルを発動させる。
「仕方ないのぅ。『騎馬隊』召喚。狼どもを踏み潰せ!」
お爺さんのスキルにより、軍馬が5頭地面に描かれた魔法陣から現れると、ヒヒンとひと鳴きして狼たちへと突撃して踏み潰し、跳ね飛ばしていく。
「申し訳ござらん、信玄様」
「とおっ」
2頭の馬に何やら時代かかった古臭い話し方をする男と、少女が飛び乗り、槍を振るい始める。
その動きはそこそこ見事で、狼たちを蹴散らす。走り回って昔の戦国武将のような様だ。
「そこそこやりますが、でも使えませんよね」
「あれなら自動小銃の方がマシです。時間の無駄でしたな」
「内街の他家に対するアピールもありましたから。これはそろそろ撤退でしょうか?」
これだけ無様な戦いならば、もう初戦で撤退だろうなと、ちらりと天野さんを見るとあくびをして肩をコキコキと鳴らしていた。
ようやく倒したのは1時間後であった。敵は少なくなると仲間を呼び、倒しきれないので時間がかかったのだ。皆は疲れ切った様子で肩で息をしている。
「あ〜、総括すると獣は強い、ってところだな」
パンパンと手を打って、天野さんが疲れている人々に声をかけて、ふむと、顎を擦る。
「これは断然ゴブリンたちの方が戦いやすいな」
「外なら戦えたんですが……」
「くっ、本多忠勝改でも苦戦しやした」
「休憩しよう〜?」
「影虎の支援なしでは集団戦はやり方を変えないと、獣ダンジョンは厳しいのぅ」
「騎馬隊は有効でした。普通ならば怯むはずなのに恐れを知らないスキル製の騎馬は狼に噛まれても、敢然と怯まずに戦えましたからな。騎馬に乗りながら戦闘できる部隊を設立しますか」
早くも提案を出して話し始める集団。それを見て、精々頑張ってくださいと思いながら、撤退すると言うのだろうと風香は天野さんの話の締めをまつ。
だが、予想外の言葉を天野さんは紡いだ。
「もうここのマップはわかったから、今日は後からついてこい」
そう言って、のんびりと歩き始める。わかったと頷いて、疲れている人々は槍と盾を持ちついていく。
セリカさんと花梨さんものんびりとついていく。
「は、あ、あの、先に進むんですか?」
慌てて駆け寄り、天野さんへと声をかけると、ん〜? と鋭いナイフのような目で見て答えてくる。
「あぁ、ここまで来るのにも時間かかっているしな。まぁ、1時間ぐらいで片付けて帰れるだろ」
「5層をソロで? あ、私たちの力をあてにしていますか?」
風香たちの戦力を当てにしているのならば話はわかると問いかけるが、天野さんは頭を振って否定し、パチリと指を鳴らす。
「もううちの部隊もあんたらの部隊も持ってきた弾を使い切っちまったじゃないか。だから、あとはこいつらで片付けておく」
さり気なくマガジンの不正請求を口にしつつ、天野さんの影から大きな巨体の漆黒の虎たちが飛び出てくる。ぎょっとその虎たちを見て驚く。側近の兵士たちは突如として現れた虎たちを見て銃を構える者もいた。
先頭は毛先が水晶のように光る美しい黒虎。後からは装甲服を着込む黒虎たちだ。マナ感知を使わなくても、その力を理解できる。強者の空気を纏っている。10頭の黒虎が四肢を地面につけて、黄金の瞳を輝かす。
「ミケ、ダンジョン攻略だ。冬はまだまだ長い。とりあえず今日は残りは俺たちでやるぞ」
「みゃん」
その図体からは考えられない可愛らしい子猫のような鳴き声をさせて、黒虎たちは周囲に散る。たしかに使い魔を使いこなすと聞いてはいたが、あれほどの使い魔を操れるのかと驚きを隠せない。
漆黒の風が草むらを通り過ぎると、ギャンと悲鳴がして狼たちが吹き飛んでいく。
そうして無人の野を進むが如く、天野さんは歩いていく。まるで散歩でもするように。
それから50分程度経過しただろうか。3層から現れるトラックのような威力の突進をしてくる暴猪や角を生やした角うさぎなどをものともせずに、一行は最下層ボス部屋まで辿り着くのであった。
なにしろ使い魔の虎が強すぎる。狼たちはたんに踏みつけるだけで殺してしまい、突進してくる暴猪には真っ向から立ち向かい反対に吹き飛ばし、角うさぎは虚しく突き刺さりもしない攻撃を虎へとしていた。全く相手にしないのだ。損耗することのない使い魔の力に慄然としてしまう。
これで最下層のボスまで倒せるとなれば、ローコストなどと言うものではない。稼ぎ放題ではないか。ソロでの攻略を、「できる」という力を目の当たりにして、実感を持ってしまった。
あっさりと簡単に最下層まで辿り着いてしまったことに、唖然として馬鹿みたいに口を開けてしまった。側近たちも呆然としている。普通は2日はかかるだろうに、1時間で最下層まで来てしまった。
先程まではそこそこの腕ですねと、上から目線だった側近は青褪めている。彼もスキルは4で凄腕のはずだが、それでも同じようにはいかないだろう。
「スキル4の魔法使いでも、これほどの力は持ちません……あり得ないことですが、彼はスキル5、6の使い魔強化専用のスキルを持っているに違いありません、風香様」
耳元で畏れを含めた声音で囁かれて、強く頷く。彼がいればCランクのダンジョンも攻略し放題となるかもしれない。そうなれば大変な騒ぎになるだろう。
「それじゃ、ここはなんだったっけ。あぁ、ブレイドタイガーだ。風の刃を纏って突進してくるので、大木君以外は後ろで眺めているように」
「俺も後ろにいやすからっ! あと、本多忠勝スリーと呼んでください」
天野さんがのんびりと緊張感を見せずに、危険などないように言うと、部下の人たちも緊張感なく、頷く。天野さんの強さを信じているらしい。
そうして、扉が開かれると5メートルはある緑の毛皮を持つ虎が牙を剥き出しに待機していた。既に強化魔法を使ったのだろう。身体の周囲に質量を持つ風の刃を纏っており、周囲の草はすべて草刈り機にでも刈られたかのように、根本から切られている。
ボスと対峙するのは、何度あっても緊張すると強く精霊樹の杖を握る。倒せるとわかっていても、その強さに萎縮してしまう。
「それじゃ、さっさと倒しちまうか……っ!」
手を翳して大きな魔法陣を天野さんは描くが、驚きを表情に出す。
なぜならば、魔法陣から人が飛び出てきたからだ。空高く宙へ飛翔すると、くるりと回転して着地する。
「ジャジャーン! 天才たる天野雪花ちゃん、ただいま参上なのじゃ」
鴉の羽根のように艷やかな黒髪を腰まで流して、やんちゃそうな瞳と活発そうな笑みを浮かべる口元、透き通るような蒼をベースに真っ白な雪の結晶が描かれた着物を着ている、モデルのような体型の160センチぐらいの背丈の美少女であった。着物はチャイナ服のように大きくスリットが入っており、エロティックだが動きやすそうでもある。
「はぁ? なんで……勝手にテレポートしてくるわけ?」
「つれないのぅ、我が主様は。それは出番を虎視眈々と待っていたからじゃ。雪花ちゃんの力を見せつけるのに、こやつは良き踏み台じゃ」
豊満な胸を張る少女に天野さんが声を荒らげるが、ニヒヒと笑って雪花という少女は悪戯そうに笑う。
「グルルオオオォォォ」
『風刃突進』
ブレードタイガーが、咆哮すると同時に駆け出してくる。周囲の草むらをすべて刈りながら、突進してくる。
ギロチンのように鋭い風の刃を無数に纏い接近してくるブレードタイガーへと、雪花は気軽そうな表情ですたすたと歩き始める。
「天才たる雪花ちゃんの力を見せるのにうってつけの猫じゃな。すまないが、踏み台になってもらおうか」
牙を剥き出しにして肉薄するブレードタイガーに対し、腰を落とし拳を構えて、雪花はマナを集中させていく。
「そなたの技は見切った。正々堂々と倒してやるのじゃ、正々堂々とな! 正々堂々と!」
なぜか正々堂々と怒りの混じった声音で叫ぶと、拳を繰り出す。滑るようにブレードタイガーへと迫り闘技を使う。
『剛破集中』
なぜか風の刃は雪花の体をすり抜けるように通り過ぎていき、ブレードタイガーの鼻面へと対比すると小さな拳が突き刺さる。衝撃波が辺りに吹き渡り
信じられないことに、ブレードタイガーの身体は硬い壁にでも激突したかのように鼻から潰れていき、グシャリと音をたて血溜まりとなって、吹き飛ぶのであった。
「ふっ、天才たる雪花ちゃんの力を見たか? 力を一点に集中させて破壊力を大幅に上げた雪花ちゃんの攻撃力は、どこかの卑怯者では出せない破壊力を持つのじゃ。あーはっはっ!」
楽しそうに腰に手をあてて高笑いをする少女に、風香はゴクリとつばを飲み込む。雪花とは皮肉な名前だが、その腕前は恐ろしいほどに強い。
どうやら道化の騎士団の噂は本当らしいと確信するのであった。




