110話 遠足
防人は目の前に広がる雪の森林を前に溜息を吐いた。白い息が空中に散り寒さを伝えてくる。もこもこの服を着ていても寒い。木は枯れて雪が積もり、静寂が辺りを包む……というわけではない。冬の危険なダンジョン前の森林は今は騒がしかった。
ガヤガヤと大木君たちがお喋りをしながら、装甲車のそばで自動小銃と弓の点検をしている。皆も雪原装備、といえばいいがスキーにでも行くかのような服装だ。
とはいえ、あれで良い。ナイトなどの敵の膂力を考えると下手な防具はたんなる重みにしかならない。
『まずはシャーマンを倒せるところからかねぇ』
『敵を凍りつかせれば、もっと楽になれますよ? 妖精を召喚して弱体魔法をかけてもらいましょうよ、ヒーホーって』
雫さんがワクワクした表情で提案を口にするが、素晴らしい案だと賛成はできないぜ。この間倒した魔物。倒した途端に等価交換ストアに新たなるラインナップが増えたんだよな。
その時の俺はラインナップに表示された内容に首を傾げてしまった。アイテム欄に入っていたのだ。
『妖精機325フローキス:フローキスコア1個』
これ、妖精なん? 機と表示されていたぞ? ナンバリングもされているんだけど? コアもこれしか使えないし特殊すぎるんだけど。
『たぶん表示が変なんですよ、きっとバグですね。それより妖精召喚なんて楽しそうです。既にキャラデザインはばっちりです。ヒーホー。アイテム欄にとは想定外でした。バッチリ侵食は進んでいるようです。ふふふ』
くるくると宙を舞いながら、ふふふと笑う雫さんをジト目で見ちゃう。雫さん、息を吐くように嘘をついていませんか? 侵食ねぇ……。本来ならば残機スキルに入る予定だったんだな?
『とりあえず保留で。あとから素材を求められるかもしれないしな』
あと、雫さんから悪戯っ子のオーラを感じるんだ。元に戻せないのに酷いことをしそうなオーラを感じるんだ。たぶん、この勘は当っていると思う。度を過ぎた悪戯が大好きな娘だからな。
というわけで、フローキスとやらはまだ交換していない。もう少し落ち着いたら考えることにする。
それよりも考えることがあるしな。
それは目の前にあった。というか立っている。笹のように尖った長い耳を生やす金髪美少女といった形で。
「なぁ、セリカさんや? なぜ源家のお嬢様がここにいるんだ? 今日は俺たちの遠足予定なんだが」
俺の腕にしがみつこうとして、だが、俺のリアクションを警戒しているのか、両手を顔の前に上げながら、つかず離れずのアルビノの美少女へと半眼となって問いかける。
『きっとセリカちゃんは試合をしたいんです。1度組んであげてギブアップと試合を辞退してあげましょう。完璧人間へとレベルアップできるかもです』
『伸び代がなさそうな人間だな、それ』
またもや意味のわからないことを言う雫へと内心で苦笑をしつつ、セリカに近づきニヤリと笑う。
「斬新なダンスのお誘いか? 踊ってやってもいいぞ?」
ほれほれと、手を繋ごうとすると、セリカは顔を赤らめてズササと後退りそっぽを向く。
「そ、それは今度ね、今度。それよりも風香がここにいる理由は本人に聞いた方が早いと思うよ」
「ふ〜ん?」
風香をちらりと見ると、こちらが見てくるのを待っていたのであろう。ホッと安堵するように息を吐き近づいてきた。雪原用なのか彼女の周りだけ温かいので、炎装備というやつなのだろう。見た目は白い戦闘服にしか見えないが、マナを仄かに放っている。手には強力そうな杖を持っていて、緊張しているのか、表情が硬い。
「天野さん、こんにちは。今日はご無理を言ってダンジョン攻略に参加させていただきありがとうございます」
「いや。気にすることはない。人が多ければ攻略もしやすいしな」
頭を下げて随分と下手に出てくる源風香に、ひらひらと手を振って答える。ご無理、聞いてないから。話を聞いていないからと、セリカへと視線をちらりと向けると、舌をペロリと出してウィンクしてきた。セリカめ、仲介料はいくらもらったんだ?
後ろには源風香の連れてきた兵士たちが20名ほど。こちらは10名ほどの人数しかいないんだけど。
「悪いがうちも研修なんでね。護衛兵は10名程度に抑えてくれ」
ぶっきらぼうに言いながら護衛兵を見るが、こちらを睨んでいる。気のせいではない。こちらが遠足に行こうとする姿なのに、あいつらは揃いの戦闘服だからかな? いや、廃墟街の住人を蔑視している目だぜ、あれは。
「わかりました。こちらも問題はありません。無理を言っているのはこちらですから」
「研修への参加料は頂くぞ。そうだな……今回の銃弾その他の消費はそちら持ち。手に入るアイテムはこちらの物だ。研修に参加する費用としては、そこそこだと思うが?」
ニヤリと笑い、提案をする。安すぎる参加料だが、まぁ、面白そうだから良いだろう。
「貴様っ! 風香様に図々しい! こちらの装備が目に入らないのか? この程度のダンジョンなら楽に攻略できる数だぞ?」
源風香の側近なのか、彼女の横に立つ強面の男が激昂したように声を荒立てて文句を言うが、それを冷えた視線で見つめて、手をひらひらと振ってみせる。
「そういう演技はいらねぇよ。アメとムチのつもりか? そこであんたが宥めに入る演技は必要ないぜ。学芸会じゃないんだ、大根役者の演技を見たくはないね」
ハードボイルドにクールなる笑いを見せて腕を組む。映画じゃないんだ、ここで声を荒らげて口を挟む馬鹿は現実にはいない。忠誠心が厚い男なんですとでも言い訳をして宥めに入って、話のわかる人物だと思わせたいんだろ? 忠誠心の厚い男なら、より一層話の邪魔をするなんて、馬鹿なことはしないもんだぜ。
ウグと男は顔を恥ずかしそうに赤らめて口を噤む。源風香も同じように顔を赤らめていた。どうやら図星だったらしい。
「子供の学芸会は終わりか? それじゃ、行くとしようか。こちらもここまで苦労して来たんでな」
ここは天津ヶ原コーポレーションの橋向こうだ。うちの近くじゃもう、ダンジョンは管理ダンジョン以外は存在しないからな。さすがに狩りすぎた。
まぁ、ダンジョンなんていくらでもある。橋向こうにはうじゃうじゃだ。入れ食い過ぎてクーラーボックスは釣果で一杯になっちまうぜ。
「それと後ろから撃つのは勘弁してくれ。俺もあんたらを殺したくはないんでな」
「畏まりました。ではよろしくお願いします、天野さん」
素直に頷く源風香へと肩をすくめて、セリカと花梨へと顔を向ける。
「そこの重装備の美少女さんたち。おやつに装甲服は持ってきすぎだ」
セリカと花梨が近未来SFチックな装甲服を着込んでいた。セリカは西洋の全身鎧にも見える分厚い装甲の金属の塊を着込み、花梨が光のラインが走っている軽装甲の鎧だ。こいつら重装備すぎる。セリカに至っては武器もすごそうだ。バズーカみたいに大型の銃を持っていた。
「いや、何があるかわからないからね。雪花の時のような魔物が現れると僕なんて死んじゃうからね。水筒には砂糖を入れた麦茶を入れてきたから後でご馳走するよ」
「最新型にゃ。花梨専用強化装甲服にゃんにゃん」
「さよけ」
クスッと笑うセリカに、嬉しそうにくるりと回転する花梨。正直羨ましいが、普段使いできる指輪の方が俺は良いかな。
「さて、出発するぞ〜」
「了解だ」
「本多忠勝ツーもオーケーですぜ」
「はぁい」
信玄たちが頷き銃を肩に担ぎ、槍と盾を手に持ち歩き始める。強化されたステータスによって、鉄だけで作られている重いタワーシールドも軽々と持っている。面子は信玄、大木君と馬場の選抜兵、それに華だ。華……純が涙目になって見送ってたんだが、仕方のない娘だなぁ。それと大木君、ネオはどこにいったんだ?
雪の中にあるダンジョンだが、入り口から少し入ると温度は多少低いが、問題ない程度となる。天井までは30メートルほど。
周り一面は草原だ。草原ダンジョンを総勢25名ほどでの遠足となる。
通路は田舎道のようで、辺りも膝まで隠れる草むらと木々が生える森林が混じっており、いつの間にやら春並みの暖かさに。天井からは真昼のように燦々と明かりがダンジョン内を照らしている。不可思議な理の支配する地だ。
「ここは獣型の魔物が主だな。狩りにくい場所だ」
頭の悪い獣たちだが、ゴブリンたちよりも凶悪だ。矢を防げればあとは弓で戦えるゴブリンたちと違い、獣たちは素早く接近してくる。しかも草むらに伏せてジリジリと近づいてくるから厄介だ。
「それじゃ、陣形を作れ! 斥候!」
信玄が指示を出して、斥候が剣を構えて慎重に進み始める。ちなみにスキルは知らん。今回はスキル関係なく平均的に戦いましょうって遠足だからな。
皆は黙々と歩き始める。お喋りをする人間はいない。緊張しているなぁと思いながら、ガションガションと駆動音をたてて歩く金属の塊の横をゆっくりと歩く。男のロマンだなぁ、一つくれないかしらん。
「これ、稼働時間が20分しかないんだ。途中でバッテリーを入れ替えるから立ち止まるけど気にしないでほしい」
前言撤回、やっぱりいらね。その強化服はいくらかかるんだよ。
「急接近するウルフ発見! 数20!」
本来はハンドサインをするか通信機を使うのだろうが、既に見つかっているために、斥候は大声で注意を促す。
「盾構え! 弓隊狙え!」
草むらを疾走してくる体長2メートル程度のグラスウルフを前にして、落ち着いた空気の中で前衛が4人、盾を地面を支えに構え、後ろでは弓を手に持った兵士たちが狼を狙う。
「撃て!」
接近してくる敵までの距離を見て、馬場が合図を出すと矢が一斉に放たれ、グラスウルフたちは何匹か倒れるが、他は抜けてくる。
後方にいる源風香の兵士たちは自動小銃を手に持ち警戒をしているが戦うつもりはないらしい。俺がお願いしたんだが、こいつらのせいで敵の数増えていないか?
『7人からは制限ないので問題ないですよ』
『そっか、それじゃなおさらこの程度は片付けてもらわないとな』
雫の言葉になるほどと頷きながら、戦闘の様子を眺める。
「こいっ!」
盾を構えた兵士たちが気合いを入れて受け止めようと迎え撃つ。だが、盾を踏み台に狼たちは飛び越えてしまい、後方へと接近してくる。
……獣なら当たり前か。これ、攻略するダンジョンごとに装備を変えないとまずいかもしれん。
「どりゃーっ!」
「てーい」
予想外の敵の行動であったが、弓を投げ捨てて置いてあった槍を手に持ち、すぐに弓隊は対応する。大木君が力強く突きを入れて一匹を串刺しにして、華が槍をしならせて、横薙ぎに吹き飛ばす。
しかし、間合いに入られたことで、皆はお互いが邪魔をして槍を振るえない。混乱する様子に嘆息するが、初戦闘ならこんなもんだろ。
『影糸』
手を翳し扇状に影の糸を生み出して、グラスウルフたちへと放つ。混乱している兵士たちの前に影糸を出して、パチリと指を鳴らす。
『弛んで弾け飛ばせ』
影糸はグラスウルフの突進を阻み、触れたと同時に弾き飛ばす。弛み反発力を与えた影糸は弦が鳴るような音をたてて、味方の周囲を覆い、接近するグラスウルフたちを一旦突き放した。
「ほれ、もう一回だ。次は考えろよな」
パンパンと手を打つと、信玄がニヤリと笑い頷く。
「これは研修だ! 槍衾で対応!」
「お〜っ!」
盾持ちの前に押し合うように重なって槍を構える兵士たち。ファランクスって、回り込まれると弱いんだが。
案の定、グラスウルフたちは周囲を回り始めて、横合いをついてきた。
こりゃ、先は長そうだ。またもや混乱する兵士たちに嘆息をしてしまうのであった。