11話 大鼠
大鼠。普通の鼠と違うところは、でかい、以上だ。でかいために、その足は普通の鼠よりも遅い。なぜならば、脚が身体を支えられるほどの太さも大きさもないからだ。ドラゴンが空を飛び、スケルトンがいる世界なので、重量は魔力によって緩和されたりするとは思うが、鼠は魔力もほとんどないので、脚は弱い。
遅いといっても、子供の全力の走り程度は出せるが。たんに鼠を大きくしただけの設計ミスのような感じがする。その代わりに牙は鋭く薄い布などはひと噛みで突き破る。
最後に、大きいので汚くて狭い所には入れないようで、雑菌を持たない。なので、廃墟街の連中は……。ノーコメントにしておくぜ。
そんな大鼠がチュウチュウと鳴きながら集まってきていた。既に20匹は集まっている。煙が好きなのか、燃えている木の檻に近づくが炎を恐れてそこで止まっている。こちらを見ては来ない。煙に夢中となっているので、再発見と言えよう。
人差し指に火の粉を作り、一匹に放つと、チウと鳴いてこちらに向かってきた。夢中になっていても、攻撃を受けたら反撃してくるのね。そりゃそうか。
『防人さん、あの泥棒猫がこちらを隣のビルの階上から見ています。私との交代はやめておいたほうが良いでしょう』
「了解だ。問題ない」
雫がいない時は一人で戦ってきたのだ。問題はない。でも、やばいときはよろしく。
『そんな装備で大丈夫ですか?』
「? 装備はナイフしかないな」
『まったく、まったくもぉ〜』
なぜか、雫は頬を膨らませてプンスコ可愛らしく怒るが、何なの? たまに雫は変な感じになるな。
「ふんっ」
迫る大鼠に蹴りを繰り出す。ドシと鈍い音をたてて大鼠はボールのように吹き飛ぶが、すぐに立ち直ってくる。蹴りの一発では倒せない模様。わかってはいたけどさ。
『影猫』
人差し指をツイッと動かして影魔法を使う。影魔法。元素魔法と違い、かなり使える面白い魔法だ。レアGモンスターコアを手に入れた時に手に入れた。ちなみにレアGモンスターはビッグスライムであったが、大きさが2倍程度のただのスライムだった。
まぁ、この20年余で3匹しか会ったことないが。厳選して考えて手に入れたのだ。
その力はというと、一番凄いところは魔力を使い魔に変えられるところだ。よって、使い魔を大量に作っておくこともできる。
マナを半分注いで大型犬程度の黒猫を創る。その脚に生える爪は鋭く、真っ黒な口内の牙は尖って錐のようだ。
「ミケ、俺が釣るから、お前は一匹ずつ倒していけ」
「ミャア」
黒猫は一声鳴くと、立ち直って向かってきた大鼠に飛びかかり、前脚で押さえると、その首をひと噛みして食いちぎる。ビクリと震えると大鼠は動かなくなった。
やはりステータスが同じでも4足動物の方が素なら強い。
地面に散らばる小石を手にして、もう一匹を狙う。ピシと命中して、やはり同じように向かってくるが、ミケはあっさりと噛み付いて倒していく。
ゴブリン相手なら厳しいが、大鼠程度なら問題ないな。鼠にはやはり猫だよ、猫。
おっさんはかっこよく戦おうとしたが、予想外に大鼠がアホだったので、小石を鼠にぶつける痛いおっさんと化した。ぽいぽいと小石を投げては、ニャアニャアとミケが倒していく。おっさんはいらなくない?
百体をすぎた頃には飽きてきた。床は血だらけで、死臭が渦巻く。これは、後で燃やさないと駄目だな。疫病の元となるし。これ以上ジャーキーを嫌いになりたくないし。
少しずつ現れるというのが肝だ。一斉に襲ってこないので、パニックにもなりにくい。200匹を超えたところで、敵の数が少なくなってきた。ミケは俺が釣るまでもなく、ペチペチニャンニャンと、大鼠を倒している。
「これなら大丈夫だろう。誰でも狩りをできそうだよな?」
大鼠が煙に夢中になるとは想定外だった。これならゲームのように釣りから安全に倒せる。煙の量に気をつければ。量がありすぎるとやばいかも。
『今回は失敗でしたが、大丈夫だと思いますよ?』
「今回は成功してるじゃん……なるほど」
雫がちっこい人差し指をビルの入口向けて指す。残り30匹程度の大鼠の中で、薄汚れた鼠色の毛皮ではなく、鈍い鉄色の輝きを持つ大鼠が入ってきていた。他の大鼠よりも速い。原付きバイクレベルだ。
『火球』
危険を考えて、すぐにおっさんは魔法を使う。手のひらにバレーボール大の炎が生まれ、接近してくる大鼠に命中して炎で覆うが、走ることをやめずにその炎から鼠は抜け出てくる。毛皮には焦げ一つない。
「ミャア!」
ミケが口を開いて飛びつく。首元を食いちぎろうと噛み付いて、ガチンと硬そうな音がして後ろへと下がってしまう。金属みたいな音だ。その硬度も金属並っぽい。
「レアか! 久しぶりだな! ミケは下がって、他の敵を倒していろ!」
しかもFランクのレアだ。険しく表情を変えて、俺は水球を作り出す。
『水牢獄』
小さな魔物ならば、水で包み込むことができる。ババッと両手をレアに向けると集中する。水球を俺に向かってくるレアの進路上に置く。立ち止まることもせずに、レアは水に突進していく。その身体を赤く光らせて。
『鉄突進』
鼠の武技の声がなぜか理解できる中で、水球は破裂した。魔力を帯びたレアの身体は魔法を弾き無効化してきたのだ。
「ちっ!」
舌打ちして弾かれた水に魔力を送る。散ってしまった水が集まり始めるが、その時にはレアは目の前まで迫ってきていた。
「ちぅ!」
ドスと重そうな音をたてて、レアが目前でジャンプしてくるので、慌てて横に飛ぶ。腕に僅かに掠り、それだけで痺れるような痛みが防人を襲う。
「なんだありゃ、ボーリング玉のようなやつだな」
掠った感触から、鉄のような毛皮だと悟り、目を細めて険しくする。強いよ、さすがはレア。
『鉄鼠というわけですね。今までの大鼠とは違うようです』
「レアだからなぁ」
雫の言葉に苦笑しながら敵を睨む。鉄鼠は鋭角に何度も跳ねながら迫ってきて、そのたびにコンクリートの床にヒビが入っていた。恐ろしい踏み込みである。
冷静に動きを見てとり、目前に迫った瞬間に合わせて、腰のナイフを抜き放ち、肉薄してくる鉄鼠の横をナイフを突き出して躱す。ギギィと音がして、鉄鼠には傷一つなくピンピンしている。
強いよこいつと、おっさんはドン引きです。でも、勝てる方法は思いついた。
影法師で黒い服装にしてきて良かったよ。
「雫、影法師を破壊されないようによろしく」
花梨に見られたら、俺のハードボイルドな雰囲気が消えちゃうぜ。きっと花梨は、防人は少女を監禁して好き放題しているニャンとか話を広めそう。
『任せてください。ではチェンジと行きましょう』
コクリと雫は頷き、交代する。僅かに影法師が小さくなるが、影の服はぶかぶかな分、詰め物をしたように膨れて遠目には入れ替わったのはわからない。このために危険な場所では影法師を常に纏っているのだ。
この相手ならば大丈夫だと、おっさんは信じている。この3年での雫の力を。俺とはステータスの割合が違うのだから。
こんな感じだ。
マナ50
体力30
筋力30
器用20
魔力10
固有スキル:戦闘の才能レベルMAX
残機レベルMAX
スキル:戦闘術レベル2
その全てが違う。数値化されているステータス。魔力以外は3倍近い。……と思いきや違う。トータルでは数値は同じ。雫はマナを削って身体能力を上げている。ちなみに固有スキルは武術の才能ではなくて、戦闘の才能だ。しかもレベルMAX。戦闘……銃もナイフもなんでもござれな、恐ろしい少女である。見かけは可愛らしい美少女なのだが。ただし、戦闘スキルに魔法は入らないらしい。
なぜ死にかけたのか? どうして防人と命の共有をしたのかは教えてくれない。秘密の多い少女だ。
雫の身長140センチ。おっさんの身長180の差をカバーするために影法師はシークレットブーツとなり、コケないように気をつけませんとと、雫は微笑み片手をあげて身構える。
「一瞬で終わると思いますが鼠さん。私がお相手をしてあげましょう。私は間抜けな猫のように翻弄はされませんよ」
クイッと手を振ると、挑発されたと感じたのか、鉄鼠は加速をしてジグザグに走り出す。小さな脚なのに、素早い。
原付きバイクレベルの速さが子犬程度の大きさを持ちジグザグに走る。普通の人間ならその細かい動きについていけなくて、体当たりを受けてしまうに違いない。
少なくとも、おっさんは無理だ。魔法系統であるので格闘は無理。というか、それほどの勢いでボーリング玉が飛んできたら必ず最低でも骨折か、悪くて内臓破裂だ。
『鉄突進』
ジグザグに走る鉄鼠の身体が赤く光ると、飛び上がり雫へと突進してくる。雫は半歩身体を横にずらすと突進してきた鼠にゆらりと柳のように腕を揺らしてその頭に添えると、軌道を変えて受け流し
ヒョイ
と、この首根っこを掴んだ。
「キィキィ」
鼠はジタバタと暴れるが、魔法系統の力は持っていないらしく、逃れることはできない模様。
「今の貴方の防御力を突破するのは難しそうです。ですが、これならどうでしょうか?」
足を踏み込み、勢いよく鼠を掴む腕を振り、吹き抜けの天井へと放り投げる。筋力30は伊達ではない。30kg程度の重さなら、野球ボールのごとく軽々と投げることができるのだ。
空へと投げられて豆粒のように小さくなり、やがて目の前へと落ちてきた。コンクリートの床がズガンと音をたてて、穴を空け鮮血と肉塊が辺りに散らばる。
「最小限の労力で、最大限の効率。ふっ、我ながら才能が恐ろしいです。ぷるぷる震えちゃいます」
キラリと光る赤いモンスターコアを穴から取り出すと雫はふふふと胸を張るのであった。
鉄鼠。まともに戦えば苦戦必至だろうが、まともに戦わなければこんなものだ。鼠は所詮鼠なのであるからして。
赤いモンスターコア。その力はFランク。なにを手に入れるかは決まっている。苦節20年余。残機スキル取得時にランク下の物は全部グレーアウトしているが、中身は見れたのだ。
「それじゃ元に戻りますね」
スッと入れ替わり、なんともない風を装う防人。
「さて、この鼠の死体。後で子供たちに解体させるか」
炎を腕に纏わせて、ニヤリと防人は笑うのであった。きっと復興が始まると理解して。




