109話 守護者
天津ヶ原コーポレーションの2階。はなちゃんたちと手に入れた初めての自分のおうちにて、ベッドの上に寝そべりながら、鉛筆を握りしめて貰った紙にカキカキとお絵かきをして字を覚えながら、幼女は過去を思い出していた。かなり過去の思い出だ。
けほけほと咳をしていた自分をさきもりしゃんが助けてくれた思い出だ。そして、この間のかりんちゃんとの話を思い出す。さきもりしゃんは狙われているらしい。
「あたちがさきもりしゃんをまもりゅ!」
ハッとそのことを思い出して強い義務感に駆られる。今度はあたちの番だ。さきもりしゃんを助けるのだ。
どうしようかと、うんうんと可愛らしく唸って考え込む。あたちの力で守れるだろうか?
まだまだせーちょーきのあたちでは、守れないかもしれない。そこでさらに良いことを思い出す。
かなり過去の思い出でははなちゃんが強くなるポーションという物を飲んでいた。他人にとっては一ヶ月前でしょと呆れるが、幼女にとっては遥か昔であるのだ。
じゅんが真っ赤な顔をして唸りながら持ち上げようとして無理だった冷蔵庫を、平然とした表情で軽そうに持ち上げていた。続いてロッカーを持ち上げようとして挫折したじゅんの横からひなちゃんがロッカーを持ちあげて運んだ。じゅんはそれを見て泣きそうになっていたけど、重いものを持ってもらい嬉しかったに違いない。
あのじゅーすを飲めば強くなれると、すっくと立ち上がると、目をキラキラと輝かせて、ぽてぽてと外へと出る。
「おでかけしてくりゅ〜」
「は〜い」
お部屋で縫い物をしていたなかまに声をかけて階段を降りていく。1階にはお友だちのミケが暇そうにあくびをして寝そべっていたので、ペチペチと叩いて起こすと、んせんせと跨がる。
「さきもりしゃんのおうちまで」
「みゃん」
タクシーでも頼むかのように言うと、ミケは疾風のような速さで駆け出す。あっという間に最上階まで登っていき、キャッキャッとおててを振って、途中で見張りをしている猫さんたちに挨拶する。ニャーと猫さんたちも挨拶をしてくれて、ご機嫌な幼女は最上階に到着した。
「ミケ、はこんでくれてありあと〜」
頭を下げてくれるミケの頭を背伸びして、よしよしと撫でると、ニコリと微笑みながらさきもりしゃんのおうちに入る。
「たらいま〜」
玄関でお靴を脱いで、ちゃんと靴先を揃えておく。こーゆーのはだいじなのだ。おうちはきれいきれいに使うのだ。
「さきもりしゃん〜。じゅ〜すちょーだーい」
さきもりしゃんを守るためにも強くならねばならぬと、ふんすふんすと鼻息荒く幼女はリビングルームに入る。だけど、ただいまと言ったのに、誰からもおかえりと返事が返ってこないので、寂しく思いしょんぼりとしてしまう。
さきもりしゃんはいないのかなと、お部屋を見て回るが誰もいない。
「かえろ〜かな」
優しく頭を撫でてくれて、抱っこをしてくれる大好きなさきもりしゃんが見つからないので、帰ろうかなと外へと出ようとして、はたと立ち止まる。
「つよくならないといけないんだった。さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
帰ったらだめだったと、じゅーすを探すことにする。れーぞーことかいうひんやりとした空気をだす箱かしら?
「れーぞーこさん、つよくなるじゅーすをもってましゅか〜?」
可愛らしい声音で叫び、しばらく待ってから、ふむと頷く。
「ちがうみたい」
なんとなくそのことを理解して、幼女はぽてぽてと家の中を捜索する。
「たなでしゅか〜」
「ものおきさん?」
「わかった! たんしゅ! ……ちがう」
しばらく探して、ぴぴんときた。なんとなくだがわかった。
ひんやりとした食糧倉庫を開ける。そこには小麦粉や米袋が棚に20袋程度並べられて、様々な野菜も置いてある。幼女は迷いもせずに一つの米袋の前に立つと、その袋を開けようとする。
完全には塞がっておらず、幼女の力でもあっさりと開けることができた。米が零れそうになるので、勿体ないと台所からボウルを持ってきて、そっと入れておく。
そうしてザラザラとお米を取り出したら、小さい箱が入っていたので出してみる。
「これかちら?」
小さな小箱をパカリと開けると、3本の小瓶が入っていたので、顔をあげて確認する。
「これがつよくなるじゅーす?」
「にゃあ」
そうだよと棚に隠れていたねこさんが鳴くので、安心して手に持ってカチャリと蓋を開ける。
「さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
腰に手をあてて、一気に飲む。甘くて美味しいので、全部飲めちゃうぞと、残りもクピクピと飲んじゃう。
「これでつよくなったのかちら?」
コテンと小首を傾げて愛らしい顔をウンウンと悩ます。でも、あまり強くなった気がしない。
「そーいえば、はなちゃんもなにかいってた。なんだったっけ? ……すてーたしゅ?」
念じると半透明のボードが自分の目の前に表れてびっくりして、尻もちをついてしまう。そーいえば、こんなのを前も見た。ひなちゃんがなんのスキルを持っているのと聞いてきたのだ。その時に確認したのだ。
「んと、すてーたしゅぽいんとはよんひゃく」
ステータスは自分の脳に直接データを送り込むから、どんな難しい文字でも読むことができる。なので、ひなちゃんに幼女はスキル名を素直に伝えたら
「それは炎のスキルだねぇ。かっこいい〜」
と、褒められたのだ。炎を使えるらしい。かっこよく炎がバーンと撃てるのだ。
「んと、ほのおのすきりゅれべるをあげりゅ!」
ゼロであった炎のスキルを1にする。普通のスキルを上げる。固有スキルは上げようとしても上げられなかったので。ステータスポイントはマナを多めに他は平均的に。
「こんなものかちら? そーごーすてーたしゅは……んと、はちじゅう?」
指折り数えて頑張ったが、たぶんあっていると幼女は満足げにふぅと息を吐くと空になって消えた瓶の後を見る。
「ちゃんとおかたづけもしゅる」
幼女は遊んだあとのお片付けもできるのだ。お片付けをするとはなちゃんたちは偉いねと頭をナデナデしてくれるのだ。
なので、箱に蓋をして米袋の中に仕舞って袋を閉めておく。きっとさきもりしゃんも良い子だぞと頭をナデナデしてくれるのだろうと、むふふと顔を綻ばせる。
早速、手に入れた炎の魔法の力を使うことにする。
「さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
小さな拳をぎゅっと握って魔法を使う。このおうちはあたちが守るのだと。
『家屋警備』
ほのおのまほーを使い、おうち全体にマナを行き渡せる。悪意のある敵を感知する幼女のまほーだ。
そうして、むむっと眉根を顰めて苦手な食べ物を前にしたような顔つきになる。
「『警備』にさっそくかかりまちた! ミケ〜」
急いで短い手脚を懸命に動かしてペントハウスの外に出ると、なにがあったのと首を傾げるミケの背にぴょんと飛び乗る。
「ごーとーです。あたちのほのおのまほーにひっかかりまちた!」
ほのおのまほーにより『家屋警備』をかけたら早速感知されたのだ。
「へびしゃんや、ねこしゃんがやられてましゅ!」
5名の悪意のある人間が入り込んでいる。次々と影猫や影蛇を倒しながら登ってきている。ごーとーだ。隠蔽系統を使って一般人には気づかれていないが、ねこしゃんやへびしゃんには気づかれてしまったので倒しながら階段を登ってきている。
ねこしゃんやへびしゃんを倒すなんて、酷いとプンスコ怒る。
「みゃん」
ミケはその言葉にすぐに反応して走り出す。幼女はすぐに次の魔法を思い浮かべると、パンと柏手を打つ。
『惑いの道』
登ってきている人間たちへと、魔法を発動させる。レベル1では僅かな威力しかないが、それでも充分だ。隠蔽系統のスキルを使う相手にはよく効く。隠蔽中は抵抗力がほぼ0になるという致命的な弱点があるからだ。無防備にも近い抵抗力ならレベル1でもあっさりとかかると、幼女は本能で理解していた。
17階まで登っていたが、男たちは見事に魔法にかかって、反対側の階段を降りると、また反対側の階段を登るといったお間抜けなことをし始めた。時間稼ぎになるだろう。
「さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
シテテと走るミケにしがみついて、17階まで到着すると、一見普通の多少薄汚れたここらへんではよく見る服装だ。だが、手に持つ短剣と拳銃が一般人ではないと伝えてきていた。
ミケに乗りながら、ふんすふんすと鼻息荒く幼女はうろうろうろつく男たちの前に立ちはだかる。レベル1だと、そろそろ『惑いの道』は解ける頃だ。
なので、名乗りをあげる。
「さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
「みゃんみゃん」
堂々と平坦なお胸を反らして名乗りをミケと一緒に行うと、男たちは夢から醒めたようにハッとして、素早く銃口を向けてくる。
「な、なんだ? なんでいつの間に幼女が目の前に?」
「精神系統の魔法だ!」
「虎もいるぞ!」
驚く男たちに、むふんと息を吐いて、教えてあげる。優しい幼女なのだ。
「あたちはほのーのまほーつかい! さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
「ガキがっ!」
躊躇なく引き金を引く男たち。サイレンサー付きの銃はプシュプシュと空気を抜くような音をたてて、幼女へと銃弾を放つ。ピシピシと幼女とミケへと銃弾は命中して倒したかと、ニヤリと嗤うが
パリンと音をたてて、そのままガラスのように砕けて消えてしまう。
「ほのーまほう、『鏡家』。あたちのいりゅばしょはけっしてさとらりゅない」
舌足らずの声音が通路に響き、男たちは驚き慌てて辺りを見渡す。
そこに空間から滲み出たようにミケが突撃して男の一人を弾き飛ばす。そしてすぐさま壁の中に消えていく。
「な、なんだ?」
「怯むな!」
すぐに他の場所からミケがまた滲み出るように現れると体当たりをして壁の中に消えていく。
「くそっ、どうなってる?」
ミケが消えた場所に、タタタと銃弾を撃ち放つ男たち。パリンと音がしてガラスが砕けるように壁がなくなり、本物の壁が現れて、なにが起こっているのか悟る。
「偽物の壁を作り出してやがる!」
「俺に任せろ!」
男の一人がワンドを腰から抜き放ち、マナを集中させていく。
『石や』
『家鳴』
魔法を放とうとする男の耳にガラスをひっかくような軋み音が聞こえて、不快感にマナを思わず霧散させてしまう。
「みゃんみゃん」
そこへ再びミケが現れて、魔法を放とうとしていた男を弾き飛ばす。吹き飛ばされた男が他の仲間を巻き込んで倒れ伏し、うめき声をあげる。
「むだでしゅ。このてーどでまほーをむさんさせりゅあいてにあたちはまけましぇん」
またどこからか声が聞こえてきて、男たちは怒りの表情とともに恐怖の表情となる。
「ば、バカな! まさか道化の騎士団? あの歳で戦い慣れすぎてやがる!」
「撤退だ! 他の団員が来る前に!」
「この情報を持ち帰るぞ!」
敵わないと察して、敵はすぐに逃げることにした。熟練の工作員なのだろう。
一人が閃光グレネードを懐から取り出すと、地面へと放り投げる。強力な閃光がピカリと光ると、通路が白く染まる。
男たちはすぐに踵を返して、逃げようと非常口と書かれている扉を開けて飛び出す。先程まではそこには存在しなかったはずの非常口から。
「へ?」
「ウォォ!」
「ぎゃぁ」
「階段がねぇ!」
そこには何もなかった。階段も何もなく、眼下まで何もない。
ひぇぇと、悲鳴をあげながらも男たちの一人が魔法を使う。
『落下緩和』
その魔法は全員にかけられて、ゆっくりと地面に降り立つと、慌てふためきながら、走り去っていくのであった。
ひょこんと、非常口からミケに乗った幼女は顔を出してむふんと胸を張る。
「『偽非常口』。あたちのほのーまほうはしゅごい! さきもりしゃんはあたちがまもりゅ!」
「みゃんみゃん」
小さな守護者は得意げにぴすぴすと鼻を鳴らすのであった。
その後、このビルにはやはり強力な戦士たちがいると噂されることになる。道化の騎士団が隠れ住んでいると。