107話 妖精戦
氷の魔物として産み出されたはずのフローキスは、目の前の少女との戦いで、なにか変だと考えていた。どうも変だ。何がどうと聞かれるとわからないが、なんとなくモヤモヤしたものを感じる。
理性はダンジョンを守れと強く訴えている。あのバイクに乗った少女を追いかけて、すぐに殺すべきだと。
だが、その隙を雫と名乗る少女が待ち構えているのは予想できた。このような搦手を使い敵を倒す連中だったのだ。ソロでの対戦では互角であったのに、チームでの模擬戦ではいつもその卑怯な戦法に敗北を喫していた。なんて、頭にくる連中だといつも愚痴を……。
『待て……』なぜ私はそんなことを思い浮かべたのかと疑問に思う。フローキスちゃんは先程産み出されたばかりなのじゃぞ?
再構築を行うスノースライムのダンジョン。その意志にて先程産み出されたはず。自分は敵を倒すべく、潜り込んだ戦力を考慮されて産み出されたぴよぴよのひよこだ。
だが、目の前の少女には強く見覚えがあると、魂が叫んでいるようだった。
ふむ、と考え込み……。
考えるのをやめた。
『とりあえず倒せば良いのじゃ!』
面倒くさい思考は戦闘の邪魔になると、意識を切り替えて魔法を発動させる。
『魔法武器化』
『氷属性付与』
『身体能力向上』
その手に凍てつく氷のガントレットを創造して、魔法の力にて身体能力を上げる。
『全能力向上』
対する雫という少女も闘技を使い能力向上を図るが、聞き慣れない闘技の名前にフローキスは眉根を顰める。
『フローキスちゃんの知らない技?』
ダンジョンが知らない知識はないはずなのに、目の前の少女が使った闘技は知らないと、意思が訴えていた。
「そうでしょうね。これはダンジョンの設計から切り離された闘技ですので」
おかしそうに笑い、短剣を振るってくる雫に対抗して、ガントレットで弾いていく。
『設計外? そんなことはありえない!』
「あり得るのだから仕方ないですよね。現実と向かい合いましょう」
『いったいどうやって!』
「そこは企業秘密です。我が社の技術を公開するつもりはありませんので」
激しい打ち合いをしながら、二人は会話をやりとりする。フローキスはなにか良くないことが起きているとわかったが、思考はそこまでで止まる。所詮は駒である自分はダンジョンに意見を言うことはないし、ダンジョンに意思があるとも思えない。機械のように淡々と対処をするだけだ。想定外ではあっても、意識もしないだろう。
『ならばフローキスちゃんが後顧の憂いを断つとしよう』
「その言葉は無意味です。のじゃのじゃひよこのように鳴いていてください」
氷のガントレットによる攻撃を、涼しい顔で雫は短剣にて巧妙に受け流す。氷の結晶が辺りに舞う中で、闘気を短剣へと集中し始めた。
『嵐陣剣』
回避不能に思える範囲攻撃だ。雫の手がかき消えるように高速で振るわれて、フローキスの周囲を嵐のように銀線が奔る。かなりの闘気が籠められていると見抜きながらも、フローキスは余裕の笑みを浮かべて、人差し指をツイっと立てる。
『無駄じゃ、無駄じゃ』
『雪蜂』
人差し指を鋭く突くと、宙に荒れる嵐のように奔っていた銀線が止まり、振るわれていた短剣がぴたりと停止する。
『ふっ。範囲攻撃ご苦労さんなのじゃ』
指一本で簡単に押さえられた短剣が歪んでいき、金属の軋む音と共に砕け散る。ミスリルで作られた短剣は、まるで飴細工のように破壊されてしまうのであった。
『どうじゃ? いかなる硬度を持つ武器であろうと防具であろうと、闘気により強力極まる力を持つ闘技でも、ドラゴンをも倒せる膨大なマナが籠められた魔法でさえも、フローキスちゃんの力の前には意味をなくす!』
ドヤ顔で語るフローキス。パラパラと金属片が舞い散る中で、されど雫は平然として動揺の欠片も見せていない。
柄のみとなった短剣をちらりと眺めると、ポイッと投げ捨てて、ドヤ顔のフローキスに冷たい視線を向ける。
「フローキスちゃんの固有スキル『一点』。敵の構成を見抜き、いかなるものでも破砕点を突くことで破壊する。武具しかり、闘技や魔法しかり。そのためにオート操作の闘技や魔法は意味をなさない。でも一点だなんてフローキスちゃんは頭が悪いんですよね、同情します。今度お勉強を教えましょうか?」
『そうやってフローキスちゃんをいつもいつもからかいおって! 貴様の破砕点は既に見抜いておる!』
「そうはいきません。これならどうですか?」
からかってくる雫へと、怒りとともに間合いを詰めんとしてフローキスが加速する。それを見た雫は怖じ気づいたのか後ろへと下がり、担いでいる自動小銃を空いた片手に持ち、フローキスへと銃口を向けて引き金を引く。
『クイックドロー』
不可思議なる闘技の力を受けて、自動小銃は一瞬で36発の弾丸を散弾のように放った。
放射状に広がりながら迫る弾丸。闘気により威力の上げられた鉄の脅威に、されどフローキスは余裕の笑みのまま手を横に振るう。
『粉雪』
パラパラと粉雪がフローキスの周囲に生み出されると、高速の銃弾はその軌道を捻じ曲げられて、周りへと飛んでいくのであった。
「『粉雪』。雪に微かにマナによる振動を加えて飛び道具の軌道をずらします。そのため、貴女は遠距離攻撃に滅法強い」
雫の言葉にギクリと身体をフローキスは震わす。
『なぜ、フローキスちゃんのスキルや魔法を尽く見抜けるのじゃ?』
それはありえないことであった。フローキスと目の前の少女が出会ったのは初めてのはず。なのに、なぜ全てを知り抜くような口ぶりなのか? それは決してありえぬはずであるのに。
「それは貴女の魂が知っているはずですが? 私には敵わないと心が叫んでおりませんか?」
『減らず口を! だが、『雪蜂』と『粉雪』を持つフローキスちゃんは無敵! これで最後じゃ!』
『縮地』
数メートルの間合いを一気に超える闘技をフローキスは使った。移動後に待ち構えられて、カウンターを食らう可能性がある危険な技だが、敵は銃を撃ち放ち体勢を崩している。カウンターは無い。
雫の目の前に現れると、フローキスは相手の破砕点を突く。軽い一撃に見えるが、マナの構成から敵は破壊されて凍って砕け散ると思って、ニヤリと笑い……次の瞬間、驚きの表情を浮かべてしまう。
確実に破砕点を突いたはずなのに、効いていない。破砕点は消えてなくなるがその効果は少女に及んでいない。
『グッ! な、なぜなのじゃ?』
大きく後ろへとジャンプをして、間合いをとって怒鳴る。その様子に雫は微かにその冷徹な表情を悲しげに変えるが、すぐ元に戻すと語ってくる。
「『一点』。敵の破砕点を砕き倒す技。ですが、普通の人だって、まぐれで破砕点を突くかもしれません。日常生活で恋人の胸を人差し指で突いてからかう、なんてパターンありますもんね? でも、それでバラバラになった人はいません。それなのに貴女はなぜ破砕点を突くと破壊できるのか?」
ゆっくりと語る少女にフローキスはゴクリと息を呑む。まさかと信じられない思いで雫を見る中で、淡々と告げられた。
「マナの構成を弄っているだけだからです。マナの絡み合って集中する場所に、自身のマナで介入して破壊する。即ち、マナを扱えるものならば、いくらでも構成を変えることができて、破砕点自体をなくすこともできるんです」
『そ、そんなことをできる人間がいるものかっ!』
本能は理解していたが、理性からそんなことは不可能だと叫ぶ。
「かつての貴女はその致命的な弱点を持つスキル『一点』を使うことは止めて、拳技を鍛えていたのですが……覚えていないようですね」
フローキスは慄きながらも、雫の言葉が真実だと理解できた。その証拠に破砕点がなくなっている。雫の体内に流動するマナは破砕点を作らない。ただの流れる川に合流する場所がないように。これでは敵の身体を『雪蜂』で破壊するのは不可能だ。
『くっ! ならば拳技で倒すしかないのじゃな』
震える声を叱咤して、フローキスは拳を胸の前にあげて、身構える。が、その様子をかぶりを振って、雫は呟くように告げる。
「これはチーム戦なんです。終わりですよフローキスちゃん」
何をと問いかける暇もなく、フローキスはその場を大きく飛びのく。今までいた場所に漆黒の槍が飛来して突き刺さる。
『これは? いつの間にっ!』
振り向く先には男が立っていた。いつの間にか死神のように不吉な空気と、ナイフのような鋭い目つきをした男が。
『火炎嵐』
マナの籠もった言葉を吐くと男は腕をひとふりする。その瞬間に、膨大なマナが含まれた火炎がフローキスの足下から噴き出して焼き尽くそうと迫る。
『無駄じゃ。『雪蜂』』
人差し指を火炎嵐の破砕点に押し付けると、瞬時に魔法はかき消える。マナを流動させることのできる身体と違い、魔法は1度放ったら構成を変えることはできない。
魔法使いが伏せていたのは予想外であったが、すぐに態勢を立て直し、駆逐してやるとフローキスは嗤う。
『凝集火炎槍』
男は今度は溶岩のように光り輝く高熱の火炎の槍を撃ちだしてくる。
『粉雪』
再びジャマータイプの魔法、『粉雪』を使い敵の槍の軌道を変えて躱そうとする。軌道がずれて飛んでいったら、即座に魔法使いを殺してやると足に力を込めて
ズドン
と、身体を貫かれた。
大穴が空き、体内が高熱の炎で焼かれていき、フローキスは信じられない思いで呆然とする。
『な、なぜなのじゃ? なぜ、『粉雪』が効果を表さなかった?』
「あ〜、悪いな。うちのパートナーが詳細にあんたの力を説明してくれたからな。ジャマーを無効化するようにマナの構成を変えたんだわ」
肩をすくめて、気まずそうに言ってくる男。そんなことができるとはと啞然としながら、雫へとフローキスは視線を向ける。
『最初からフローキスちゃんとまともに戦うつもりはなかったということか……』
戦いながら、フローキスにわざわざ口に出してそのスキルの能力を説明して、かつ自身で攻撃をすることで、実践してみせる。全ては仲間に伝えるためだったのだとフローキスは悟る。
「そのとおりです。私はチームでこのダンジョンを攻略するつもりでした。貴女はいつから私がソロで戦うと思っていたのですか? コノハさんもそろそろコウの助けでスノースライムを倒す頃でしょう。フローキスちゃんは強い。倒すのに時間がかかりますし、勝てるかどうかもわかりませんからね」
ケロリとして飄々とした表情で悪びれることない雫に、プッとフローキスは吹き出しておかしそうに笑う。
『相変わらず……卑怯な奴め……だが見事であったのじゃ……。良い戦いとは言えぬが……だからこそ、そなたであったのじゃろう……そなたの仲間によろしくな……』
身体が焼き尽くされて灰になりながらも、フローキスは優しい微笑みで声をかける。死の寸前に自身の記憶を思い出しながら。
「さようなら、フローキスちゃん。来世は……来世は……。来世を考えるのは早いかもしれませんね」
灰になって消えていくフローキスに悲しげな表情を浮べようとして、その灰がキラキラと輝く白き粒子となって防人に吸い込まれていくのを見て、雫はジト目となる。
フローキスの身体が完全に灰となって、小さい蛍のように仄かに輝く球体が吸い込まれたことにより、むぅと頬を膨らませる。
「フローキスちゃんはきっとヒーホーと鳴く身体が相応しいと思います。防人さん、キャラメイクは任せてくださいね?」
「なにやら雫の怒りを感じるが、俺に責任はないからな」
そうこう話しているうちに、ダンジョンは虹色となっていき、防人は『影転移』にて自宅に帰り、雫は雪だるまを作っておきましょうと心に誓うのであった。