106話 雪妖精
ボス部屋前だからだろう。通路は終わり、広々とした広間となっている。その広間にて二人の男女が戦っていた。
一人は装甲服を着込んだ大柄な体格の軍人であろう男。一人は真っ青な肌を持ち、腰まで伸びた髪の毛は水晶のように煌めく透明な髪だ。怜悧そうな目つきをしているが、悪戯そうに口元を曲げており、生意気そうな顔立ちの美少女だ。服装は羽衣のような衣を纏い、スタイルの良いその肌を惜しげもなく見せつけている。
「このやろう!」
2メートルは背丈があり、魔法の光を放つ装甲服を着た男が巨大な斧を振るう。炎を纏っており、その一撃は見るからに強力そうだ。火の粉を撒き散らし、炎の風を逆巻かせて、斧が連続で振るわれる。
だが、相手の青い魔物は柳に風と、スイスイとスウェーにて迫る斧を躱してしまい命中することはない。
斧の一撃が地面を穿ち大爆発を起こす。氷の床が砕かれてキラキラと幻想的な氷の欠片が空中に舞う中で、青い肌の少女型の魔物は口元をフッと酷薄な笑みに変える。
『そなたの振るう攻撃は軽い。見た目に反してスピードを重視している攻撃であり、連撃を可能にしているのに、氷の床が砕かれるほどの威力。さて、これはどういうことなのか、なのじゃ?』
からかうような小生意気な少女の声音で、魔物は思念を送ってきながらニヤニヤと笑う。どうやら、発声器官がないらしい。氷のような身体なので存在しない代わりに、思念を送れるというところなのだろう。それを受けて、男は憤怒に駆られながら、斧を片手に持ち直すと、もう片方でホルスターから銃を抜き放つ。
「それがどうした、魔物野郎!」
銃の引き金を引き、フルオートでの射撃が放たれる。タタタと連続で銃声が響き渡り、魔物へと襲いかかるが、氷の少女は手を翳して対抗してくる。
『粉雪』
すると魔物の周りに、粉雪がふわりと生み出される。銃弾は粉雪に当たりその軌道を変えられて、あらぬ方向へと飛んでいき積雪に穴を穿つだけであった。
『そなたは学習能力がないのか? 先程からフローキスちゃんには銃撃は通じぬと。どんなに威力が高くとも、あらゆる銃弾はその軌道をマナの籠もった粉雪で僅かに変えられる。ふふん、最小のマナで最大の効果。天才たるフローキスちゃんに相応しい魔法じゃろ?』
「ぺらぺらとっ!」
男は魔物の言葉に顔をしかめて、マナを斧へと集中していく。
『重爆撃』
風を巻き起こし、高速での炎の斧の連撃が振るわれる。斧の残影が残り、炎の竜巻となり魔物へと襲いかかる。
『加速脚』
ポツリと呟くと、加速した魔物は斧の連撃を躱していく。炎の斧はその攻撃を魔物の残像をかき消すだけに終わっていく。
『見かけより重い攻撃。その正体は『重撃』じゃな? あらゆる攻撃を自身の持つ本来の力の数倍に跳ね上げる。威力から察するにレベル5じゃな?』
「こ、こいつっ!」
自らの持つスキルを当てられて焦る男に魔物は薄笑いを浮かべて、斧の攻撃を躱しつつ、軽くコツンと斧に拳を当てる。
「ぐおっ!」
軽そうな一撃であったのに、斧は僅かにへこみ、男はうめき声をあげて大きく仰け反ってしまう。それだけで炎はかき消えて、魔法の光を失ってしまった。
『ただし致命的な弱点があるのじゃ。攻撃を倍加するのは良いが相手から受ける攻撃も倍加される。それは斧だけではなく己の身体も適用されてしまう。そして隙だらけとなったそなたはもう終わりじゃな』
『雪蜂』
人差し指をたてると、魔物は目にも止まらぬ速さで男へと突き出す。男の胸に軽く突き刺さり、ピシピシと装甲が凍りつき、ヒビが入っていく。
「この」
それが男の最期の言葉となった。
すぐに体勢を立て直し、攻撃を再開させようとする男であったが、見る間にその身体は凍りついていき、ヒビが全身に行き渡って、パラパラと細かい氷の破片となり砕け散るのであった。
『フローキスちゃんの技とは相性が悪かったようじゃな』
腕組みをして、豊満なる胸を張り、ケラケラと笑うフローキスと名乗る魔物は戦いを終える。
その様子を雫たちは遠目に見終えて、嘆息した。
「あの敵、凄い強そうですわ! に、逃げます? 凄腕の魔物らしいですわ」
「今の思念、聞こえなかったんですか、コノハさん?」
「思念? なんですの、それ?」
口元を引きつらせてコノハが尋ねてくるが、雫はかぶりを振る。そこで、僅かに雫は疑問に思った。どうやらコノハは思念を受け取ることができなかったらしい。恐らくは対象者にしか伝わらないタイプの思念なのだ。波長が合ったために雫には聞こえたのだろう。無線みたいな感じだ。まぁ、良い。気にすることはない。
「あれは私たちに見せるための戦いでもありました。彼女はこちらに気づいて舞台映えするかのように、演技でもするかのように戦っていたのです。逃げることは難しいですし」
はぁ〜と、深く息を吐いてしまう。
「ですが逃げるつもりもありません。ここからは別行動と行きましょう。カメラあげますので、スノースライムはお一人で倒してください」
胸に着けたカメラを外して、コノハに渡す。これからは営業時間外だ。戦闘を見せるつもりはない。
「わたくし一人でスノースライムを倒しますの?」
「コノハさんなら楽勝です。『道化のボール』ならば、連発すればあっさりと倒せます。倒せない場合は死ぬ時です」
「さらっと恐ろしいことを言いますのね!」
「バイクのアクセルをフルスロットルにして突き進むとボス部屋です。さ、頑張ってくださいね。倒したら契約は成功ということで」
バイクから降り立ち、屈伸する。未だにこちらに気づく素振りを見せないフローキスだが、気づいていることは理解している。
「では、どうぞ先に行ってください。ここは私に任せて先に行ってくださいというやつですね」
フフッと微笑む雫にコノハは硬い表情で頷き、スノーバイクを発進させる。その後ろからついていく。既に戦いの余波で辺りに積雪は無く、氷の床が覗いているがスノーバイクは問題なく走っていく。
すると青き魔物はエンジン音にようやく気づいたかのように、こちらを向いて、口元を曲げる。
『次の客じゃな。少しは歯ごたえがあると良いのじゃが』
せせら笑うフローキス。その横をアワワとコノハがスノーバイクに懸命にしがみつきながら走る。
『フローキスちゃんを無視して、ボス部屋へ向かおうと? 良い度胸じゃ。悪くはない選択肢だが、通すつもりはないぞ?』
半身となり拳を前に身構えて、面白そうな表情となるフローキス。走り抜けようとするスノーバイクへと鋭い踏み込みで迫る。
「シッ!」
呼気を吐き、拳をスノーバイクに叩きつけようとするが
『加速脚』
その横に雫が加速をして立ちはだかり、短剣を振るう。フローキスは突き出した拳を下げて、横に軽やかに飛びのく。
「貴女の相手は私です。少しだけ踊りましょう、フローキスちゃん」
追撃するために、さらに前傾姿勢となり短剣を連続で振るう。ヒュヒュッと風切り音がして、銀の閃きが煌めく。フローキスは足をずらして、身体を揺らして躱していく。
『むぅ? 足止めというわけか。だが、フローキスちゃんの力を止めることはできないと知るべきじゃな』
『加速脚』
雫を無視して、コノハの乗るスノーバイクを追いかけようとするフローキス。残像を残して雫の横を素通りして向かおうとするが、跳ねるように飛びのく。
『お主………相棒を囮にするとは酷くないか』
ジト目で見つめてくるフローキスに、短剣に闘気を籠めていた雫はチロッと舌を出す。
「隙だらけの背後に攻撃を入れれば簡単に終わったのですが。良いのですか? 小うさぎが狼から逃げるように去っていきますよ?」
『そなたの一撃を背後から受けたくはないのじゃ。フローキスちゃんを倒せる威力があるみたいだからの』
そう言ってフローキスは、ツイっと闘気が籠められた短剣を指差す。雫はその様子にため息をつき、短剣をくるりと回転させて持ち直す。
「戦闘勘が鋭いところは変わらないんですね。不意打ちが効かないとなれば話を少ししたいのですが。さて、質問があります」
ふぅとため息を吐き、フローキスを見て口を開く。
「貴女の名前、生年月日、自身の得意なことをアピールしてください」
『なにかの面接のつもりかの? 私の名前はフローキス。雪の魔物たるフローキス。汝らからこのダンジョンを守るように言われている。生年月日は……先程なのじゃ? 得意技は拳技じゃな』
「はぁ……。なぜこのダンジョンにいるか、誰に指示を受けているか、わかりますか?」
なんで疑問形なんだかと、半眼となり会話を続けると、フローキスは首を傾げて戸惑っていた。自身の状態を不思議に思い始めたようだった。
『ふむ……わからぬのじゃが……とりあえず守れと言われておる』
「あのスノーバイクを止めないと、貴女は人魚のように泡となり消滅すると思います。なので、私に背を向けて追いかけてください。安心してください。私は何も手を出しませんから」
遠ざかるスノーバイクへと視線を向けて告げる。そうなれば簡単にフローキスを倒せるはずなのにと、淡い期待を持って。
かぶりを振って、口角をあげてフローキスは動かなかったが。追いかけるつもりはないようである。
『なんとなく、別にそれでも良いとフローキスちゃんは思うのじゃ。そこまで使命感はない。そなたと戦う方が面白そうじゃ』
「はぁ〜。これは予想外でした。考えられるパターンの中にはあるとは言われていましたが、まぁ、仕方ありませんか」
面白そうな表情で、身構えるフローキスを見て、雫は目を猛獣のように鋭くして、深い光を輝かせる。
「敵となったその姿を見るのは忍びない。さようなら、フローキスちゃん。貴女のことは忘れていましたが、また忘れることにしましょう」
『その口ぶりはフローキスちゃんを知っていそうじゃな。何者じゃ?』
「のじゃキャラを忘れないその魂を褒め称えて、教えてあげましょう。私は天野雫。この世界を救う救世主のパートナーです」
『うむ、それでは雫とやら! このフローキスちゃんとの戦いを楽しむが良いぞ!』
キュッと氷の床を鳴らして、フローキスは拳を構えて突進してくる。対峙した雫は薄笑いを浮かべて2本の短剣を手に持ち構える。
「きっと楽しめないでしょう。私の力をすぐに思い出させてあげますので」
迎え撃つため、横薙ぎに短剣を振るう。フローキスは前傾姿勢のまま迫ると頭をさらに下げて雫の攻撃を躱すと、転がるように身体を空中で回転させて後ろ蹴りを繰り出す。
『月面蹴り』
『硬化肌』
身体の強度をあげてハイキックにて蹴りへと合わす。脚が交差してお互いが弾かれて、すぐに体勢を立て直した雫は体をひねり右蹴りを矢のように繰り出す。
対するフローキスは横回転しながら雫の蹴りを躱し、拳撃を繰り出すが、雫は右足を引き戻しながらバレエダンサーのようにくるりと綺麗に回転をして、鋭く切り払おうと短剣を振るう。
『なかなかやるの!』
「そうでしょうか? まだまだダンスの始まりです」
楽しそうに笑うフローキスに対して、雫は冷静に冷たい目で答える。
二人は短剣を振るい、拳を繰り出し、蹴りを放ちながら、ダンスでも踊るかのように戦いを繰り広げていったが、お互いに実力が拮抗しているのか、致命的なダメージを受けることはなかった。
いつまでも続くかと思えた戦いの舞であったが、さっとフローキスが間合いをとる。
『強いの! 他の連中のようにスキル頼りではない。だがそろそろ本気をだすとしようぞ!』
「当然ですと言いたいところですが……貴女の次の言葉は、フローキスちゃんがまずはスキルを見せてやろうと言うのですよね?」
『ん? よくわかったな? フローキスちゃんのスキルにてそろそろ戦いは終わりじゃ』
「えぇ、だいたい予想はつくんです。そして、勝敗も。貴女では私には敵わない。未来は決定しているんです」
マナを闘気へと変換し始めるフローキスへと泰然として雫は告げるのであった。