104話 足利
大宴会場。数百人が入っても、なお余裕がある広間は各所に飾られている春の結晶花により柔らかい暖かさとなっている。丸テーブルがいくつも置かれており、上等な服装をしている老若男女がテーブルを囲むように置かれている椅子に座り、様々な贅沢な料理を食べながら歓談して、天井から吊り下げられている大モニターを見ていた。
「おっと、現在のトップは三好家でしょうか。順調にスノースライムの巣を攻略している模様です!」
進行役が興奮気味に大声をあげて、カメラに映る兵士たちの内、一つのチームを映し出す。ほとんどのチームはカメラマンも連れて行動しているので、おおよその攻略状況がわかるようになっていた。スノースライムの巣は10層からなり、下層に向けて皆は進んでいる。
現在、一番奥にまでに進んでいるのは三好家のチームである。
オッズでは6番人気のチームだ。メンバーは炎の武具を身に纏い進んでいる。今回の勝負ではかなり気合いを入れているのだろう。炎の武具を手に入れるにはかなり金がかかったはずだ。
もう高齢となる老人。背筋はピシリと伸びて、動きも若者と変わらず歳を経ても衰えを見せない足利家の当主、足利尊氏は白髭をしごきながら、冷ややかな目で、少し離れたテーブルにいる三好家を見る。
三好家の当主とその取り巻きたちは、機嫌が良さそうに喋りながら酒を飲み料理を食らっている。
「今年はうちの勝利ですかな?」
「そろそろ名字通りの活躍といきますか」
「そうですな」
わっはっはと笑う三好家。戦国時代は織田が台頭するまでは、天下を牛耳っていた名字だが、織田家台頭以降は力を失った。とはいえ、それは昔の話。たんにげん担ぎであり、野心を隠していない証拠にしかならない。
「何をやっているんだ、うちの者は! まったくなっていない!」
それを見て、苛立つのは尊氏の孫である足利輝だ。来年は卒業して軍に入る予定であるのに、頭が悪い。
ガチャガチャとフォークを鳴らし不機嫌であると周りに示そうとして、すぐに咳払いをして冷静になる。小心者であるので、周りの評価を気にしたのだろう。爽やかなカリスマのありそうな顔立ちに見合わない性根の男だ。まぁ、つまらない失敗はしても、大きな失敗はその小心者である性根からしないので、それなりに役に立つ。自分の才を自覚しているので、馬謖よりはマシであろう。
「今回のチーム編成に手を抜いてはいない。そもそも下層への道は運にもよるからな。だが、彼らもすぐに逆転しようとするだろうよ」
息子が輝の言動をたしなめながら、料理を口に運ぶ。その姿は悔しさなどは欠片も見えない。あったとしても、それを表に出さない分別はついている。
このイベントは結構な金が動き、自分たちの力を示さんと参加者は気合いをいれている。
尊氏にとっては、いまいち気が乗らないイベントだ。このイベントを最初に考えた者は、なるほど頭が良い。金を持ち、権威と力を欲しがる者は参加するだろう。現に盛り上がっている。
「昔の映画であったな。近未来設定の映画で死刑囚のレースを見て争うやつじゃ」
「私も見ました。なんとかブレードとか。名前は忘れましたが」
ふと呟くと息子が追随する。それに近いが……実際は大きく違う。
「だが、このイベントの違うところは、往年のプロ野球のオールスターみたいなもんじゃ。相手チームの戦力を確かめるという裏の理由がある……だというのに……神代セリカめ」
テーブルは家ごとに分かれて座っている。そして、ぽつんとただ一人で座っているテーブルを尊氏は見る。そこには年若いアルビノの少女だけが座っており、優雅に料理を口にしていた。たった一人でいるにもかかわらず、堂々たる姿でまったく気後れしている様子はない。
「あの者の廃墟街の子飼いの力を見たかったのじゃが」
ずらりと並ぶモニターの中に、カメラマンを連れていないため、胸元のカメラのみでの映像となっているものが2つある。その内の一つが、風魔花梨と荷物持ちだ。ガタガタ揺れて、なにが映っているかも、よく見ないとわからない。
「おっと、え〜またもや神代チームは、スノースライムのダンジョンと間違えて、他のダンジョンのボス部屋に入った、も、模様。ゴブリンキングの部屋ですね」
間違えたと司会者は説明をしている。なるほどたしかに、ゴブリンキングがカメラに映っている。
当初は初めての参加で間違えたのだろうと、皆は大笑いして、神代セリカの持つ戦力はこんなものかと野次ったものだったが……。
「ゴブリンキングに、ゴブリンナイトのみの模様。ぼ、ボスの部下がまた少ない。神代チームラッキーで、です……」
ゴブリンキングの部屋も雪に覆われており、そこに配置されていたゴブリンキングたちも多少は動きが鈍くなっている。
だが………。最初は大笑いをしていた他の者たちは、忌々しそうに唸る。
「イカサマだ!」
「くそっ! 恥を知らないのか!」
「またダンジョンコアを持っていかれたぞ!」
ゴブリンキングは高ステータス。膝まで沈む程度の積雪では、あくまでも多少のステータスダウンをするだけだ。ましてや眷属がこんなに少ないはずがない。
眷属がたった2匹。そして、荷物持ちと称される男が転倒の魔法をかけて、3匹をあっさりと転がす。スノーバイクで近寄ると、風魔花梨がナイフを転んだゴブリンキングに突き刺して倒す。
本来ならそんなナイフの一撃で死ぬはずもないのに、既に死ぬ寸前であったかのように。
そして、荷物持ちがダンジョンコアに触れてドロップアイテムを手にしていた。ポーションだ。なんのポーションかはわからないが。
「あれは不正では? 父上っ!」
怒りの表情で孫が息子に抗議するが、そんなことはわかっている。どうやっているかは不明だが。
「あそこには神代チームしかおらん。どうやって不正だと抗議するんだ? カメラには他に参加者は見えぬし、なによりスノースライムを無視して、他のダンジョンコアを目指すとは……」
どこ吹く風と、のんびりとステーキを優雅に食べる神代セリカ。その武力をはっきりと見せている。ボス部屋の雑魚を間引きする部下がいるのだ。それの意味するところは、複数人の強者をあの小娘は抱えているということだ。
「あの荷物持ちはそれほど強くない支援魔法の使い手にしか見えぬ……完全に謀られたな」
荷物持ちと称している男の名前は既に掴んでいる。その能力も。調査した結果、使い魔による数での戦闘。本人も魔法に優れているとあったのに、まったく攻撃魔法を使う様子はない。舐められたものだ。
「5つ目のダンジョンコアを神代チーム、手に入れました。そ、そろそろ、スノースライムのダンジョンは氷のみでできているダンジョンだと誰か教えませんか? また他のダンジョンコアに向かう模様です……」
最初は蔑み笑って馬鹿にしている口調の司会者だったが、今は慄き困っている。神代チームの強さが別の所で示されて、なおかつダンジョンコアを奪っていくからだ。本来はスノースライムを倒したあとに、ゆっくりと他の凍りついたダンジョンをクリアする予定であったのに、その前に全てを持っていかれるからだ。
「今回のことでルールは改定されるだろう。だが、それは来年から。今回は諦める他ない。……やはり最後は頭の良さが物を言う」
「希少なスキル持ちでもですか、お祖父様?」
輝が窺うように尋ねてくるが、眉根をあげて頷く。
「そのとおりじゃ。儂のスキルは風魔法。そのレベルはゼロ。スキルを上げてもおらぬが、それでも儂に敵うものはそうそうおるまい? スキル持ちだからと偉いわけではない」
孫は『武王』という希少スキルを持っているが、例えれば個人でロケットランチャーを5つほど持っているにすぎない。たしかに強力ではあるが、ただそれだけだ。それをどう使うか、頭を使うことが大事なのだ。対峙すれば軍の力を持つ尊氏の相手ではない。所詮は個人の力などたいしたことはないのだ。
「神代セリカはその点をよく知っておる。あの歳で信じられぬが、海千山千の源九郎や平政子に匹敵するじゃろう。油断はできぬが、利のある相手。潰すことも難しい」
今回のイベントで、多少なりとも鼻柱を圧し折れるかと思ったのだが……。いいようにやられてしまっている。
「ですが、隠そうとしても隠しきれないものもあります、父上。複数人の強者から成る集団が廃墟街にはあるのでしょう」
息子は薄くニヤリと笑う。そのとおりだ。ボス部屋の眷属を間引きできる強者を隠し持つ……。
「平家とも繋がりがあり、源家とも接点がある。恐らくは神代セリカの子飼いの者だけではあるまい。神代セリカの金の動きに注視しておけ。大金が動けば、報酬を払っているということだ。それは子飼いではない者たちもいるという証であり、儂らも金の力で間に入ることができる」
「両家に繋がりがある集団。どちらが育てたかはわかりませんが、独立の動きがあると?」
「その動きに我が家が加われぬのは業腹じゃな。なんとかして食い込めないか……」
御三家と言われながらも、平家と源家に力が偏り始めるかもしれぬと、尊氏は眉をひそめる。
ダンジョンを次々と攻略する集団が軍以外に存在する。しかも足利家以外に。よりによって、平家と源家に。
水面下でコンタクトを取れるように画策しなくてはなるまい。
来年もまた忙しくなると、未だに当主の座からは引退できぬと考えながら、神代チームを見ることをやめる。恐らくはダンジョンコアを全て取るつもりで動くだけだ。もう同じ繰り返しを見ているつもりもない。
「では、もう一つのチームを見るとするかの。本命とも言えるが、さて?」
皆が密かに注目しているチーム。この間、ドラグーンの被害を少なくしたチーム。その褒美として、力を認められて参加をした平家の第2チーム。平コノハのチームだ。
道化の騎士団。平コノハとレイと、チーム名簿には記載されている。
ソロでドラグーンを退治した恐るべき力を持つ仮面の少女。その少女を部下に持つ平コノハ。
褒美と称して、皆が仮面の少女の力を、そして道化の騎士団とやらの全貌を確認するために、参加をさせたのだ。
「こいつらもカメラマンを連れていませんね、まったくなにを考えているんでしょうか」
孫が眉をひそめて愚痴を言う。
やはり画面がガタガタ揺れて、見にくいことこの上ない映像だが、映る様子は氷のみでできた壁や天井だ。
神代チームと違って、彼女らはスノースライムのダンジョンに入り込み攻略を進めていた。
進めていたが………。
「最下位は神代チーム。ブービー賞は平コノハチームか? 未だに第一層をうろうろとしています!」
司会者が戸惑った声音で実況している。平コノハのチームはハンドルをレイが掴み、後ろに平コノハがしがみつき、スノーバイクで走っており、魔樹氷やスノーウィプスを危なげなく切り裂いて倒している。
だが、強いと言われれば強いが、平凡だ。動きもよく腕も良いが内街にはゴロゴロいる程度。しかも下り階段をわざと避けているかのように移動している。
「方向音痴なのでしょうか?」
「それにしては、動きに迷いがなさすぎる。なぜ、下層に降りぬ?」
丁寧な動きで、スノーバイクで散歩をしているかのようだ。テーブルの一角。平政子に視線を向けるがニコニコと笑顔を崩さないので、何を考えているかわからない。
このままでは良いところなく終わるだろうと不思議に思いながら、しばらくモニターを見て様子を見る。
そうして、そろそろ最下層に三好チームが降りそうになり、他のチームも追いつき始めて、平コノハのチームもようやく5階層にのんびりと降りたところであった。
「ああっと……遂に最後のボスを神代チームは倒しました。これでスノースライムのコア以外、全てを神代チームはゲットしました……」
力のない声音で司会者が言う。たしかに映像には融合したダンジョンの最後のダンジョンコアを神代チームが手に入れるところが映っており、皆が憎々しげに神代セリカを睨む中で
「お、おぉっと? 平コノハチーム。急に動きが変わりました! 猛然と階下へと降りていきます」
司会者の驚く声が響き渡る。その言葉に尊氏はまさかと目を見開く。
「まさか総取りをするつもりなのか?」
少女の動きに尊氏は驚きを隠せずに、声をあげてしまうのであった。タイミングが良すぎる。まるで神代チームがすべてのコアを回収するのを待っていたかのような動きだと声を荒らげるが
「た、大変です! トップチームが?! な、なんだこいつ!」
だが、イベントはすぐに別の意味で騒然となる。カメラに映るトップチームたち。
見たこともない魔物が出現したことにより、トップチームが殺され始めたのだ。