101話 権力者
権力者とはどのような者を言うのだろうかと、内街の御三家と呼ばれる中で、源家の当主、源九郎はふと思う。くだらない考えなのだろうかとも、考えても仕方ないことだとも思い、苦笑してしまう。
明治時代に建てられた鹿鳴館を模した贅沢にして古風なる建物の、パーティールームにて、美しい調度品が壁際に飾られて、黄金に輝くシャンデリアが部屋を照らす。
様々な料理が長テーブルには置かれており、この日のために集められた腕の良い料理人がローストビーフを分厚く切り分けて、寿司を握り、新たなる料理を皿に盛る。耳障りにならないほどの音で音楽が奏でられて、ウェイターたちがトレイに酒の注がれたグラスを乗せて歩き回っていた。
きらびやかに着飾った老若男女がその中で笑顔で話しているが、その笑顔が本心からではないのは明らかだ。心は真っ黒でどのような甘い汁があるかと、蝶のように動いているのだろう。いや、蝶は言い過ぎか。蛾が表現としては相応しい。
結局は金があり、武力を持ち、権力を抱え込むと、貴族のような暮らしになるのかと、女性が着ている今年流行の服を見て顔を顰めてしまう。
コルセットでも必要な、スカートのフレア部分が大きく膨らんだドレスを着込んでいる。中世にでも戻るつもりだろうか。一方でその隣には凝った意匠の着物を着た者もいる。
「今年の冬の流行は失敗だな。いったい全体誰が流行にしたんだ」
仕掛け人はどこのどいつだと愚痴りながら、ふさふさの髪の毛を撫でる。皺も薄くなり、肌艶もあるし、メタボであった腹もへっこんでいる。肝臓の調子も良くなり、高血圧も治り、血糖値も下がった男は久しぶりにおしゃれに目覚めたのだ。なので、周りの人々の服装を気にするようになっていた。
「たしか、有名な女優よ。中世の暮らしは優雅で贅沢にして、上流階級には相応しいとかテレビで語ってたわ」
九郎の腕に手を軽く添えている隣の妻が教えてくれる。余計なことを言うものだと思うが、たしかにルネッサンス期の貴族の服装はひと目見て金持ちで権力者だとわからせるイメージがあるなとも納得してしまう。それに金が余り、退屈をもてあそぶマダム層が引っかかったのだろう。
「それより貴方。『祝福の酒杯』を奪おうとして破壊した一門はわかったの? それに新たなる酒杯は手に入らないの?」
パーティールームを歩きながら妻が苛立たしそうに言う。皺も少なくなり肌艶も良い。白髪も薄れて黒く濃い髪となっている。九郎から奪い取った酒杯の力にて、健康的な身体となったのだ。
「お前がお茶会で見せびらかすからだ。破壊した一門はわからない。死んだ盗人からはなんの証拠も見つからなかったからな」
「だって1か月でこんなに健康になったのよ? 見せびらかすのは当然でしょ? 源家の力を大いに知らしめることになったじゃないのよ」
妻は健康になったことに狂喜した。狂喜して狂気した。何しろ、お茶会のたびに祝福の酒杯を持っていき、参加者のマダムたちにこれみよがしに見せびらかしたのだ。
馬鹿者と怒鳴るのは簡単だが、自分が健康になったら使い道がなくなるわねと、他のマダムたちに告げて、暗に自分の傘下に入れば健康になれるかもとアピールをして勢力を広げようとしたのだから、責めることは難しい。
御三家などと言われているが、自分たちに対抗して、ともすれば成り代わろうとする一門など多数、とは言わないが存在する。所詮は20年ぽっちの成り上がり。由緒正しいとは口が裂けても言えない軽い歴史の一門なのだ。威厳などはそこに存在しないのである。
そのために、妻がやっていたことは理解できる。できるが迂闊でもあった。勢力を広げられるのが困ったか、それとも酒杯の力に目が眩んだか、その両方であるのかはわからない。
この間のお茶会にて、酒杯を奪おうとしてきた盗人たちが現れて、そこそこ腕の良かった相手であったので、酒杯は奪い合う中で破損。その力を喪ったのであった。
「次に酒杯が手に入る予定はない。あれは希少な物だからな」
「低レベルのダンジョンで手に入ったのでしょう? 虱潰しにすれば、宝箱から見つかるかもしれないわ」
「独裁者になって、あのカラスは白いと言えるほどの権力はない。そんなことをして、兵士に被害は出せんからな。つけこまれる隙にしかならんぞ」
鋭く妻を睨み釘を刺しておく。妻は歯噛みをして悔しがるが、こればかりは仕方ない。危険なダンジョンを酒杯を探すために兵士たちに攻略せよとは言えない。
「それよりも気を取り直せ。冬の社交といくぞ。どうも均衡が崩れ始めている気がするからな」
雪に覆われて、外に出るのも億劫になるこの季節はすることがない。この季節は人脈を作って、来年へ備える情報を集めるのだ。
「わかったわ……。行きましょう、あなた」
すぐに気を取り直して、妻はその表情を柔らかい笑みへと変える。その切り替えのよさはさすがといえよう。
最近は雲行きが怪しくなっていると、九郎は感じていた。なにかが変わってきている。恐らくはコアストアが現れ始めた頃から。
御三家を一家にするためにも、他の権力者たちと親密となり、根回しをして、謀略を企てるのだ。
源夫妻に気づいた者たちが親しげに話しかけてくる。最初に話しかけてくるのは、側近とも言えるほどの親しい者たちだ。
「これは源当主。今年も雪の季節がやってきましたな」
「そうですな。外出することが億劫となって困る」
「たしかに! この歳ともなりますと、寒さに弱くなりまして。ご当主は健康そうで羨ましい」
ハッハッハと、朗らかに笑い合い、辺りにいる者たちも集まり、あっという間に集団まで育つと、ワイワイと話し始める。最近の各国の情勢から、戦況、そこでの立ち回りから、金になる話まで。
九郎にとっては、既に知っている内容ではあるが、良いことを教えてくれたと、感心してさり気なく褒め称えて、話をすすめる。権力のトップに立つからこそ、このような気配りが必要だ。横柄な態度をとるのは、その必要があるときのみだ。
しばらく話を進めて時間が経過していく中で、九郎の集団に近寄ってくる2つの集団があった。
「いよう、源家のご当主。元気だったか?」
首元まで伸びる仙人のような白髭を持つ老人だ。和服を着ており鋭い猛禽のような目つき、背筋も曲がってはおらず元気である。名前を足利尊氏。足利家の当主だ。
足利幕府を開いた尊氏と名乗るその豪放磊落さが、軍人に人気とも言われている。
「えぇ、見ての通り、元気ですよ老公」
「そうだな。やけに健康そうでなにより」
くくっと笑う老人は、その含みのある態度を見るに酒杯が破壊されたことを知っていそうだ。いや、きっと知っている。この老人が黒幕だったと言われても、そうだったのかと納得してしまうだろう。
健康そうで、と言われただけで深読みをしてしまうが、そんな内心をおくびにも出さずに朗らかに微笑むだけでやめておく。
「本当に。源夫妻は若返ったかのようで、羨ましいです」
「いやはや、多少は健康に気をつけていますので」
にこやかに微笑み、小首を傾げて挨拶をしてくるのは、平家当主の平政子だ。まだダンジョンが発生する前に帰化した女性だ。金髪が金糸のようで顔立ちも若々しい。羨ましいと言われた相手は、嫌味かと思うほどだ。
この女性も酒杯の事件にかかわっていそうで怪しい。いや、怪しくない相手などいないのだ。酒杯を破壊されたことはひとまず記憶の片隅に置いて、忘れることにする。
「最近は両家共に面白いことをしているじゃねぇか? ええ? 外界に拠点を作るわ、子供っぽい集団を作るとか。少し俺にもあやからせてはくれないかい?」
「我が一門は面白いことが好きな者がいてな。なにやら頑張っているようだから、私としては暖かく見守りたいのです。成長を促すことができなければ、次代の後継者に不安が残りますのでね」
足利尊氏が冗談めかして、最近の出来事を口にする。九郎としては足利尊氏が外界と称することに苦笑しつつも、廃墟街の拠点については手を出すなと、釘を刺しておく。あの拠点のバックが誰かは未だに不明だが、源家の縁の者だとアピールして損はないだろう。現に神代セリカや穴山がかかわっているのだから。
「私の方も、コノハちゃんが頑張って作り上げた騎士団だから、親として見守りたいの。子供の玩具を取り上げるなんて、大人としても、親としても最低でしょ?」
ニコリと微笑みながら、九郎と大差ない返答を平政子は足利尊氏に返す。ようは九郎も平政子も、足利に一欠片だって旨い話に噛ませるつもりは毛頭ないということだ。
しかしながら、今力を持ち始めたのは源家だ。廃墟街からの供給は新たなる可能性を示していると、九郎は自負している。
神代セリカからの報告だと、天津ヶ原コーポレーションという会社の社長は水場のダンジョンを攻略できたらしい。信じられないことだ。ソロで攻略したと思われると、神代セリカは報告してきたが、だとすると内街でも有数の実力者に匹敵する。
じきにスキルレベルアップポーションも手に入れる可能性がある。正直に言うと側近にでもスカウトしたい相手ではあるのだが……。
九郎はちらりと平政子へと視線を向けると、気づいた平政子はニコリと微笑む。何も知らない一般人なら。その表情からは、癒やされると思うだろう。九郎の目にはなにを考えているかわからない狡猾な狐女にしか見えないが。
目の前の女の娘。奇行を繰り返し、自暴自棄になって、あとは沈むばかりだと思われていた平コノハが率いて、ドラグーンの群れを撃破した、鮮烈なデビューをした道化の騎士団。正体が不明だが、その騎士団の一人がドラグーンを単騎で討伐。そして、平政子がどこからか、高レベルスキルアップポーションを手にしたことも掴んでいる。
と、すると同時期に優れた戦士が二人も、いや、姿を現さないだけで複数の実力者がいることになる。そんな偶然はあり得ない。
天津ヶ原コーポレーションが平家の私兵の可能性は高いのだ。迂闊にスカウトして、懐に入れてから裏切られるのは困る。
だが、それではなぜ源家を利する真似をするのかもわからない。もしかしたら平家から脱しようとする集団がいるのかもしれないが、不確定なために現時点でのスカウトはできなかった。
切り捨てるには惜しく、様子見の状態だ。
それでも利益はあるのだから問題はない。足利尊氏には蚊帳の外でいてもらおう。悪いが指を咥えて、外から眺めているが良いと薄く笑う。
「心優しい奴らばっかりで、俺は泣けてくるね。少しは老人に気遣いってもんがないのか?」
「老公はまだまだお若い」
「そうですよ、足利さんを老人と思ったことは一度もありませんよ?」
思いやりの溢れる言葉を吐く二人に、足利尊氏はチッと舌打ちするが、すぐにニヤリと笑う。なにかろくでもないことを考えついた顔だと警戒する。
「泣けてくるね。ありがとうよ。……それじゃ、この話はここまでだ」
九郎たちを見渡して、足利尊氏は話を続ける。
「もう冬の季節となったが、今年の雪花の賞品はどうするんだい?」
その言葉に九郎も平政子も真剣な表情となる。
馬鹿げた冬の催し物が始まるのだ。そして、馬鹿げてはいるが、無視はできない。これも権力者にとっては不必要だが、やらねばならないことだ。
恐らくは足利家はなにか仕掛けてくる。そんな予感を覚えながら、九郎は厳しい目つきとなるのであった。




