10話 木の棒
さらに3日後である。カラスを通じて名古屋、大阪に新たにストアを5台ずつ設置した。そうして久しぶりに外出することに防人はした。5台設置するとマナを50使う。半分近いマナを消耗するから、外にはあまり出たくなかったのだ。なので、近場しか行っていない。
おっさんは用心深く生きている。残機スキルがあるとはいえ、死んだらおしまいだ。蘇生の薬って、ストアの一覧にないのです。雫さんはなぜ存在を知っているのかな?
ストアは視界に入れば、たとえ使い魔を通しても使用できる。チェーン店化スキルを手にしたあとだったが。チェーン店スキルに相応しい仕様ということなのだろう。
世間は大騒ぎであろう。なにせ、大阪に名古屋にストアが出現、そして新たに木の棒がラインナップに入ったからな。
……木の棒と馬鹿にするなかれ。各地にストアが出現し、さらに売っているアイテムが増えたのだ。多少頭が回れば、これからもどんどんアイテムが増えると考えるはず。さらに考えを進めれば、ストアにコアを大量に入れれば、もっと販売されるアイテムが増えるのではないかと。
「もっと頭が良ければ、高ランクのコアを入れるはず。ボッシュートされても、そこになんらかの意味があると考えてな」
呟きながら廃墟ビルのペントハウスを出て、カツンカツンと足音をたてながら防人は降りていた。内街は高ランクのモンスターコアを持っているはずだ。まぁ、危険性も考えるとそこまでコアを投入するとは思えないけど。
つらつらと考えながら降りていく、相変わらず薄汚れたビル内は人気なく、黒猫が静かに佇むだけで何もなく静寂が漂う寂しい場所だ。
相変わらずの影法師を纏い、黒ずくめの恥ずかしい格好だと思われるおっさんは真面目な思考をしながら真面目ではない姿で歩いていた。
『私たちでは倒せてもDランクですものね。敵が多すぎますし、リスクも高いですし』
フヨフヨと浮く雫の言うとおりだ。俺たちは弱い。全機召喚でもCランクと思われる魔物とは戦いたくない。
「そうだ。銃を持ち、バズーカを使え、戦車や戦闘機でドラゴンをも国軍は過去に倒している。高ランクのコアがあれば強力なスキルや武器を手に入れることができる……と思う。今のところ、Dランクまでしか一覧は解放されていないけどさ」
この間、国軍が倒したゴブリンナイトはDランクだ。あそこまでなら防人も倒したことはある。……かなり危険であったが。タイマンなら戦える可能性はあるが、必ず敵は複数だ。ソロの敵もいるが、それは同ランク内でも凶悪だ。ソロでも戦える力を持っているということだからだ。
「高ランクのコアを一つでも入れれば、そのランクの一覧がロックされているとはいえ、確認できるんだがなぁ」
ドラゴンのコアを入れてくれないかなぁと思う。貴重だが使いみちはないはずだ。クラフト系スキル持ちなら使えるのかな? いや、たぶん素材として使用できてもスキルレベルが足りないから使えないはず。まぁ、俺もストアのスキルレベルが2だから無理かもだけど。
ちなみにドラゴンの巣はダンジョン発生時、真っ先に破壊された。その後も大型のダンジョンはすぐに破壊されている。……ダンジョンの奥に何があるのかなぁ。ダンジョンコア? その場合、ダンジョンコアもストアに売れそうだ。情報が欲しいところだ。
「まぁ、現実を見据えるか。一歩ずつでも前に歩んでいかないとな」
『ゆっくりすぎて老衰をしないように祈ります』
「そこまでゆっくりと歩くつもりはないさ。チェーン店スキルが手に入ったからな。今までの亀の歩みから小走り程度にはなっただろう」
その言葉に雫はフフと悪戯そうに可愛らしい微笑みを見せて、おっさんは口元を薄く笑いに変えて一階に降りるのであった。
一階にはまた子供たちがいた。俺の黒猫へと猫じゃらしを振っている少女もいる。ストアで買ったのだろう、水筒から水を飲んでいる子もいた。綺麗な水は廃墟街の住人にとっては貴重であったが、今はストアのお陰で、苦労せずに手に入っているはずだ。
この間よりかはマシな顔をしていることに少しだけ安堵する。ストアを作ってよかったと思う。
「防人さん、こんにちは」
少年たちは俺に気づいて集まってくる。今日は集りに来たのではないと知っている。
「言われたとおりにしましたよ。少し離れた場所に集めておきました」
リーダーの少年の言葉に頷く。2日前に指示を出しておいたのだ。ちょっと稼ぎ方を教えるために。
「よし、案内しろ」
小さく頷き返すと、少年たちはこっちですと、先導をするので、ついていく。薄汚れた廃墟を少し歩いていくと、目的の物が見える。コンクリート剥き出しの、外殻しか残っていないビル内にそれは置いてあった。
「どうですか? これで良いですか?」
少年が指し示す先には木の棒で作られた檻があった。等価交換ストアで買った木の棒を細く切って、木の檻にして作ってある。かなりの大きさで1畳はあるだろう。
その中にはスライムが数匹入れてあり、中に入っているビッグローチの死体を溶かして食べている。
「上等だ。怪我はしなかったか?」
スライムは弱酸性とはいえ、溶かしてくるので念の為に確認する。この作戦は怪我を負わずに成功させるのが肝なのだ。怪我をしてもらったら困る。
年端もいかない子供たちだ。リーダーで12歳程度。幼さも残る子供たちなのだから。
「大丈夫ニャ。あちしがやったからニャア」
……約1名を除いて。
「花梨、なぜここにいる?」
ジト目で見ちゃうぜ。どうしてここにいるのかな? 目の前には猫の尻尾をフリフリと、悪戯そうに猫耳をピコピコ揺らす猫娘花梨が立っていた。
「何言ってるニャア。面白そうなイベントをするなら、花梨を呼んでくれないと困るニャよ? それにこの子たちには少し危ないニャよ。スライム相手なら厚手の手袋や服を着ないと怪我をするニャ」
さすがは情報屋。しっかりと耳に入れた模様。よくわかったな、僅か2日前に出した指示なのに。
それにしても、スライム相手でも危ないかぁ。怪我をしてたらおっさんは落ち込むところだったよ。
「で、これ、なんにゃ? 罠?」
飄々とした顔で、檻を見てくるので、頷き返す。おっさんはこれまでの体験談から、考えたのだ。
『着火』
「燃やすニャア?!」
炎を指先に生み出して、木の檻を燃やす。ちりちりと乾いた木は簡単に燃え始める。魔法の炎って物を燃やしやすいんだよな。
あっという間に檻は燃えて、スライムにも火は移り、もうもうと煙をあげていく。ちょっと煙い。
風通しの良い場所なので、煙は簡単に拡散していく。漂う煙を見て、子供たちは、不思議そうな表情となる、が、花梨はこの煙に顔をニャアとゴシゴシ擦る。臭いが嫌みたいだ。
木の燃える臭いと、スライムの刺激臭。それらが混じり合い少し気持ち悪い。おっさんも少し気持ち悪い。おっさん自体が気持ち悪いわけではないよ、念の為に。
「魔物を釣るにゃ?」
ピンときたのか、花梨が尋ねてくるので頷く。まぁ、簡単に想像できるよな。
「でもスライムを燃やしても、魔物は集まらないニャよ。これは体験談ニャ」
「あぁ、一度はスライムを燃やしたことはあるようだな。だが、木々と共に燃やしたことはあるか?」
「森林イコールダンジョンだからにゃ。ダンジョン狂いの防人と違って、あちしは森林に近づいたことないにゃ、って、いたた」
ニコリと優しい俺は花梨の猫耳を引っぱってあげるぜ。ダンジョン狂いで悪かったな。むぅ、こいつの猫耳もふもふだ。
ダンジョン周りは肥沃な土地だ。木々はすぐにすくすくと育ち、森林へと周囲を変化させるのだ。
ニャアと飛びのく花梨に、フンと鼻を鳴らして説明をしてやる。
「大量の木々とスライムを合わせて燃やすと、特殊な煙となる。低級の魔物を集めるんだ。昔、やっちまった」
まだそれほど魔物がいない頃、森林ごといっぺんに燃やせば、一気に魔力を吸収できて、パワーアップできるんじゃね? と、森林を燃やそうと考えたのだ。その結果、スライムが燃えて、低級魔物がたくさん集まってきて死ぬかと思った。雫もまだいなかったし。
無駄であった。パワーアップもできなかった。人間は吸収できる限界がある模様。恐らくはゲームで言うと1時間に100しか経験値は稼げないようになっているんだろう。パワーアップしていけば吸収力も上がると思うけど。お腹いっぱいになったら、そこでおしまいということなのだ。とことん人類に優しくない仕様である。地道にパワーアップしていくしかないということだ。ネトゲーよりも酷い仕様である。
なぜ、こんなに集まったのか、不思議に思い、検証したところ、木を燃やすだけではなく、スライムも一緒に燃やすと魔物が集まると判明した。役に立たない知識だと当時は思ったものだ。たぶん、自然を破壊しないようにするトラップ的な仕様のようだと俺は思っている。ダンジョンのおかげでどんどん自然は回復しているからな。きっと、誰かが思ったんだ、この地球を守らねばと。
「まぁ、ダンジョン近くじゃないから、そこまで集まらないだろ」
チュウチュウと大鼠が顔を出す。一匹、2匹、たくさん。んん? 少し多くね?
「さて、あちしたちは避難しておくので、あとよろしくニャ」
子供たちを連れて、バイバイと手を振って避難する花梨。事態に気づいたらしい。勘の鋭い奴め。
「おかしいな? ここはドヤ顔で適度な魔物の狩り方を俺がレクチャーするところじゃないかな? おっさんがフッと笑うところじゃない?」
『防人さん、スライムはこの数日間で大量に狩られています。お腹を空かせた大鼠が多いのでは?』
雫さんや、それを早く言ってほしかった。たしかにそのとおりだ。ネズミは常に何かを食べないと、死ぬんだっけか?
汚れた毛皮で、鋭そうな前歯を剥いて現れたのは子犬ほどの大きさのネズミたちだ。ギラリと飢餓に苦しむような目をこちらへと向けてきて、津波のようにどこからかやってきている。その数はどんどん増えている。ビルの隙間、側溝の中から、通りを走ってきたりしている。
「俺、なんかやっちゃちゃた?」
『噛んでますよ』
さすがにこの数は想定外だったんだよ。仕方ないでしょ。
「ちょっと失敗したか。……だがちょうどよい。貯金を稼ぐとするか」
バサリと黒きコートを翻し、漆黒のおっさんは凶暴そうに嗤う。失敗したと見られれば、モンスターコアを大量に得ても問題ないだろう。
ネズミ貯金といきますか。チュウチュウってな。コアは金になる。そして、金は力になるのさ。
予定と違うけど、仕方ないか。もう少し慎重になる必要があるな、こりゃ。