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アースウィズダンジョン 〜世界を救うのは好景気だよね  作者: バッド
1章 ダンジョンと共生する世界
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1話 プロローグ

 空は曇天で真昼にもかかわらず薄暗い。今にも雨が降りそうだ。そのような天気の下で一人の男が街を歩いていた。瓦礫を踏み、割れたガラスがカシャリと音をたてる。


 街並み……元は街並みと言えたであろう。今はビルに嵌め込まれたガラスは割れて、上階にある窓ガラスも真っ黒で透明度などまったくない。元はコンビニであったろう店舗の看板は倒れており、店内は棚が倒れて、その棚に乗っていた様々な品物はなにもなくガランとしている。


 アスファルト舗装の道路はメンテナンスがないためにひび割れて穴も空き、雑草が生い茂っている。


 信号機には植物の蔦が這っており、電気の届かない信号は暗くその機能を果たしていない。


 そもそも信号機が設置された理由の自動車は放置されて錆だらけだ。タイヤはとうになく、ドアも外れて、ボンネットもなく、エンジンも椅子もなにもない。ただシャーシだけが元は車であると教えてくれるのみであった。


 そんな寂しい廃墟を歩く男は、ビルの陰にいる猫に気づく。薄汚れた黒猫であった。ニャアとひと鳴きしてジッと男を見据えている。


 男はその様子を見て、僅かに肩をすくめると再び歩き始める。若い男であった。そこそこ見れる顔立ちの男はナップサックを担いで、なにを考えているかわからない表情で歩いていると


「助けて〜」


 女性の悲鳴が聞こえてきて、顔を持ち上げる。助けを求める声に、駆け出して声のもとへと走り出した。


 角を曲がると、薄汚れたワンピースを着ている女性がフラフラと走っているのが目に入る。後ろから薄汚い服を着込んだ男が二人、下卑た笑みを浮かべて、もてあそぶようにゆっくりとした足取りで追い掛けていた。


「待てよ、俺たちと遊ぼうぜ〜」

「逃げんな、おい」


 ゲラゲラと嗤う男たちの目的は明らかだ。助けを求めている女性が酷い目に遭うのも明らかだ。若い男は一瞬考え込む。その視界の端に、黒猫がいるのが見えた。


「おい、やめろ!」


 若い男は助けることに決心して、声をあげて自分に向かってくる女性を後ろに隠す。


 荒くれ者と思わしき二人の男は、突如として現れた若い男にニヤけ顔で睨みつけてくる。


「あんだぁ? 邪魔でもしようってか? あ〜ん?」


「そーだ。そのとおりだ、やめたまえ、このげすやろー」


 怯まずに若い男が答えを返すと、荒くれ者たちは顔を見合わせて、嗤いを見せて


 腰にさしているナイフをいきなり抜いて、切りかかってきた。だが、若い男はその行動を予測しており、突き出されたナイフを2本の指で掴み取る。


「ぬおっ?」


 引き戻そうとする荒くれ者は、その力が異常なものだとうめきをあげる。何しろ万力に挟まれたかのように、ビクともしないのだ。


「やろうっ」

 

 もう一人が拳を突き出してくるので、手の平でパシリとあっさりと受け止めてみせる。


 その筋力は見た目以上だ。痩せ男に見えるのに、力強い。


「てめえっ、ダンジョンで鍛えてやがるなっ!」


 その力の正体に気づき、言葉を荒らげる荒くれ者にフッと余裕の笑みを浮かべて若い男が口を開こうとして


 グラリと身体をよろめかせる。背中に衝撃を受けたのだと、振り向くと助けたはずの女性が若い男の背中にナイフを突き立てていた。


「なぜこんなことをー。ぼくはきみをたすけたはずなのにー」


 若い男が驚きの声を無表情に言う。助けたはずの女性は、ヘッと嗤う。


「こんな古典的な罠に引っかかるなんて、あんた内街の奴だろ? ダンジョンで少しばかり鍛えたから、ちょっと正義のヒーローでもやろうと廃墟街に来たんだろ? バーカ!」


 ナイフを抜くと、再び刺してくる。その攻撃により、ブシャーと噴水のように血が噴き出て、女性や荒くれ者たちを血で汚すと倒れ伏した。


「な、なにこいつ? なんでこんなに血が噴き出るわけ?」


 返り血でべっとりと身体を濡らした女性が戸惑っているが、荒くれ者たちは気にしなかった。


「こいつ、なにを持っているんだ? 早く確かめてみようぜ!」


 若い男のナップサックを手に取り、中身を漁る荒くれ者たち。返り血にしても多すぎるその血の量に、なんとか身体を拭こうとする女性。


「私の取り分もよこしてよね! あんたら危なかったんだから!」


「あぁ、わかってるって……な、何だこりゃあ? 石ころしか詰まってねぇぞ? 石ころばっかりだ!」


 ナップサックの中身を漁っていた荒くれ者が戸惑った声を出して、石ころを取り出す。どこにでもある石ころだ。


「これも、これも、これも! 全部石ころだ! どうなってやがんだ?」


 ついにはナップサックをひっくり返す。ザラザラと石ころが流れるように落ちていく。


「くそったれ、頭のおかしいダンジョンマニアだったんだ。畜生め」


 空になったナップサックを放り出して、男は舌打ちする。


「仕方ねぇ。こいつの服や靴だけでも良いだろ。頑丈そうな、ガブッ」


 荒くれ者の一人が嘆息して、服を剥ぎとろうとして、うめき声をあげる。どうしたのかと、もう一人が男を見て顔を凍りつかせる。男の顔には矢が突き刺さっていて、そのままダラリと血を流すとドウッと倒れ込んだ。


「ご、ゴブリンアーチャーだっ! カフッ」

 

 叫んで逃げ出そうとする荒くれ者に何本もの矢が突き刺さり、そのまま男は死を迎えた。


「キャーッ! た、助けて……」


 先程と同じく助けを求める叫びをあげる女性だが、ビルの陰から緑の肌に腰蓑をつけて棍棒を持つ異形の者たちしか釣れなかった。


「ゴブリンっ!」


 ギャッギャッと嗤うその魔物はゴブリン。背丈は1メートル半程度。痩せてはいるが、弱そうには見えない。後ろからギャッギャッと粗末な弓矢を持つゴブリンも現れて、女性を囲む。


 助けに来るはずのヒーローは既に死して地に伏しており、女性には絶望しか残っていなかった。


 そうして、しばらく女性の悲鳴が聞こえ続けて、直に止む。残るは3体の人間の死体を貪り食うゴブリンたちだけであった。不思議なことに若い男の死体は空気に溶けるように消えており、その持ち物も何もなかったことになっていた。


「ニャア」


 その一連の様子を見ていた黒猫はひと鳴きすると、その場を離れていった。


 この地球でありふれた光景がそこにはあった。人が人を襲い、魔物が人を襲う。狂ってしまった世界が。




 しててててと、黒猫は廃墟ビルの間を走り抜けていく。猫しか入れなさそうな細い通路を駆けてゆき、途中で立ち止まる。もはや使われていない電線にカラスが止まっていた。それを見て立ち止まった黒猫に、物陰から一抱え程もある大きなネズミが噛み付く。バタバタと暴れる黒猫だが、やがて力を失い動きを止める。ネズミは食べようと口を開き直すが、黒猫が霞のように消えてしまい、その噛みつきは空を切る。


 その様子をカラスはみてとると、羽を羽ばたかせて飛び立つ。空中に飛び立つカラスの目には廃墟が広がっていた。廃墟だらけの中に、聳え立つ50メートル程の高さのコンクリートの壁が遠くに見える。


 道路にある上野まで数kmと書かれている看板、その少し先から壁は聳え立っており、中の土地を守るように囲んでいる。


「カア」

 

 ひと声鳴くと、カラスは聳え立つビルとは正反対の荒れ果てた廃墟の中へと飛んでいき、20階程の高さの廃墟ビルへと飛んでいく。遠方には距離を考えるとカラスよりも大きな鳥のような、人のような者たちが羽ばたいているのが見える。


 カラスは廃墟ビルの屋上。ペントハウスとなっている家の庭に降り立つ。


「カァ」


 ひと鳴きすると、室内で椅子に凭れかかり目を瞑っていた中年の男が目を開く。無精髭を生やした中肉中背のおっさんだ。少し痩せている。


 その目は鋭い目つきであり、他人が見たら危険な雰囲気を持つだろう。


「あの場所にゴブリンがいたか。だいぶ侵攻されているな……ちょうどよい場所かもしれん」


 コキリと首を鳴らして立ち上がると、指をパチリと鳴らす。カラスは溶けるようにその音と共に消えていった。


「ふむ……あのようなところで、盗賊をするとはな……馬鹿な奴らもいたものだ」


 顎を擦りながらおっさんは肩の凝りを解すように回しながら、台所に向かう。冷蔵庫を開けると、冷気は吹き出すことはない。電力がないためだ。だが缶詰はある。


「むぅ……影人形でかなりの魔力を使ったからな。今日はご馳走で良いだろう。そうだな………ご飯とカレーにしよう」


 皿を棚から取り出して、缶詰と共にリビングルームへと向かう。


 と、リビングルームへと戻り、ピクリと眉を動かす。


「ニャッハー。こんにちはニャンコ」


 猫耳と猫の尻尾を生やす少女がリビングルームの椅子に座っていたのだ。フリフリと手を振るセミロングの茶髪。人にしては長すぎる犬歯を覗かせて、チャーミングな笑みを見せてくる。


花梨かりんか。相変わらずインターホンを鳴らさない奴だな。不法侵入は重罪だぞ? 俺の中ではな」


「インターホンなんて鳴らニャイくせにー。美味しそうな物を食べるみたいだにゃ?」


 ニャンニャンとからかうように笑う猫娘に、フッと鼻を鳴らしてご飯とカレーを皿に乗せる。


「いいにゃー。一口くれないかにゃ? カレーなんて滅多に食べたことないにゃ」


 ジュルリとヨダレを垂らす花梨を無視してスプーンを手にして食べ始める。カレーとご飯は貴重なのだ。あげないぜ。


「で、用件は?」


「一口で良いんだけどにゃ〜」


「ほざけ。で?」


 むぅ、とむくれるふりをする花梨を冷たい視線で見つめると、諦めたのか肩をすくめる。


「信玄のボスがお呼びニャンニャン。自分の縄張りの畑に現れるゴブリンを退治してほしいニャンだって。報酬は缶詰10個と配給券10枚に10万円らしいにゃ」


「ゴブリンか……畑に出るやつ……何体だ?」


「30体ニャン。ダンジョン近くの田畑だから、あそこいっつもヤバいニャン。この間、農民が二人殺されたし」


「俺には有り難い。わかった、信玄に伝えておけ。その仕事を請けよう。ただし、俺の側には誰も来るなよ? きっとそいつは死ぬだろうからな」


 空になった皿の上にスプーンを置くと、花梨はコクリと頷く。空にしたニャアと残念そうな顔をして。


「たまにはボスのところに顔を出したらどうにゃん? 防人さきもりは強いし食べ物も持ってるし安全な家もあるからモテるニャン。あ、でも女を選ぶ場合はあちしをよろしく。まだ経験なしニャよ」


 くねくねと体を揺らせて、パチリと下手くそなウィンクをする小娘にジト目を向ける。一回り以上離れている歳の差だ。手を出す時は結婚を決意するときだな。


「する気もないがな」


 デコピンをお見舞いしてやるぜ。


「あいだっ、酷いニャン。名前が防人なのに、全然あちしを守ってくれにゃいにゃ」


 デコピンを額にすると、花梨は額をさすって、ブータれるがいつものことだ。


「伝言料だ。ほら」


 配給券を懐から取り出して、投げつけると、マタタビを見つけたように飛びつく花梨。尻尾をフリフリと可愛らしい。


「ありがとにゃん。だから防人は大好きにゃ。で、いつ取り掛かるにゃ?」


 機嫌よく尋ねてくる花梨へと、薄く口元を笑みにして答える。


「今夜だ。信玄に言っておけ。今日取り掛かるから、報酬は用意しておけとな」


「お、早いお仕事、助かるニャン。それじゃボスに伝えてくるニャ」


 大事に懐に配給券を入れながら花梨は立ち上がると、尻尾を俺に見せつけるようにフリフリと振る。小ぶりのお尻も一緒に揺れて、えろっちい。


 防人は手をひらひらと振って、無表情で見送る。人間にしては軽やかな動きで、花梨は壁にしがみつくとスルスルと器用に降りていった。一歩間違えば死ぬ高さであるのに、躊躇うことなく。


「あいつが敵だとやばいよな。アラームキャットの配置を変えておくか」


 チッと舌打ちして、各階層に配置してある猫を思い出す。猫の特性を持つ人間がそんなにいるとは思えないが念の為だ。


 しかし、あいつは配置を変えても、その配置に気づいているかのように警戒網を突破してくる。用心深いおっさんとしては看過できないが……。


「今はリスクを許容するしかないな。……まぁ、あと少しだ。そうすれば、なにかが変わる……変わってほしい」


 苦々しい表情でペントハウスを出て、眼下に広がる地上を見る。


「とりあえずは、こんな暮らしから抜け出たいもんだ」


 廃墟ビルに巣食うゴブリンやコボルド、店舗には蛹がぶら下がり芋虫が這いまわっている。死してなお生きようとする死者、ゾンビやスケルトンがよろよろと歩き回る。そんな地上に蠢く魔物たちを見てから、夜まで昼寝するかと天野防人あまのさきもりは部屋に戻るのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 中肉中背と言った直後に少し痩せているは矛盾していると思います。
[一言] コンハザから来ましたけど、再びのおっさん主人公ですか。 良き!! これからどれだけ世界を引っ掻き回してくれるんでしょうか。 楽しく読んでいこうと思います。
[一言] 最新話まで読んで、2周目の途中で戻ってきたところです。 はじまりの2〜3話が読むの辛いんですよね。この辺りが重いと離脱しちゃって入り込めない人達が出てそうでもったいないなと。 話がこなれた今…
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