◇2 コンちゃん、異世界の街で幽霊船と戦う
カタカタカタ…。
馬車は時折大きな振動を伴って進む。尻尾を座布団代わりにして座っているが、それでもお尻や尻尾が痛くなってくる。車なんて無さそうな世界だから、我慢は絶対…。
「えーっと、ドークさん。王都ってどんな所なんですか?」
「はい、王都は海と山に囲まれていて、農林水産業に長けた街ですよ。街並みは綺麗ですし、最近は景気も良いですね」
「そうなんですね。海…あ〜、お寿司とか食べたいなぁ」
「オスシ??」
「あっ、いえ。こっちの話でした、すみません」
…この世界には寿司も無いようだ、残念。
「コンさん、お腹空いてないですか?」
「そうですね、少しだけ…」
「それなら、そこにある箱の中に林檎が入っています。それ、食べてください
「良いんですか?」
「ええ、些細ながら助けてくださったお礼です」
「ありがとうございます、それじゃあ遠慮なく…ん、美味しいです」
異世界で食べた林檎は、日本で栽培されている林檎と大差は無く、美味しかった。
異世界りんご。一緒にこんこんできる友達と食べたかった…
「王都特産のりんごですよ、蜜が詰まってて甘いんです!王都では色々な果物や野菜が売っているので是非買って食べてみてくださいね」
「分かりました、ありがとうございます。」
「あと…」
「はい?」
「…いえ、なんでもないです」
「?」
何が聞きたかったのか。なんでもない、と言われるよりはどんな質問でも諦めずに聞いてくれた方がありがたいのに。
「疲れるでしょうし、到着したら起こしますので休んでいてください」
「分かりました」
◇◆◇◆◇◆
「…さん、コンさん、王都に着きましたよ」
「ん…ふぁ…おはようございます…」
到着したらしい。大体最後のやり取りから2時間くらい経っている。
…正直この尻尾が無ければ、騒音と振動のせいで寝られなかったと思う。
そして、王都に着くまでに何度か盗賊(ベテルギウスさん達ではない)が付けてきていたので、突風やら氷結柱やらで撃退していた。寝ている間なのにこんな事ができて、異世界ってほんと凄い。
「それでは、王都での生活。楽しんでくださいね」
「ドークさんもお元気で。」
軽いお別れも済ませて、早速王都(王国?)の地図を見つけた。
何処に何があるとか、そういったのは一切わからないので見ておかなければ。
「…さっぱり」
地図を見ようが見まいが、自分が方向音痴の極みだと言うことを忘れていた。スマホのナビアプリを起動しないければ、既に訪れた事がある場所にさえ行けないようなレベルの。
「…あ、魔法。『記憶』」
魔法を使えばこの地図の端から端まで完全に暗記できた。女神様のミスと便利な魔法に感謝。
まず初めに向かう所は………飲食店。林檎を一つ食べたが、それも2時間前で、今は空腹状態。だから何か食べたい。
◇◆◇◆◇◆
「おいしかった」
腹拵えも済んだ所で、次は街並みでも見ておこう。記憶にあるのは地図だけ。少しぐらいは街並みを覚えておいて損は無いはず。
「あ、ここから見れば海が綺麗」
建物と建物の間の小さな公園から見る海、そして船。…こうして見れば本当に地球…日本ではないんだな、と分かる。船には帆があり、背の高いマストと木で出来ている所。大航海時代のガレオン船を彷彿とさせるデザインだ。当たり前のような話だが、今は遊園地などでもない限り、日本で木造・帆立の船など見た事がない。ヨットとはまた別だ。
「お、狐のお嬢さんかな?海を見てるのかい?中々イケてるじゃないか。あの船に知り合いでも乗ってたのかい?」
「あっ、どうも。別にそういうわけではないですよ。」
若干チャラい感じがしたが、特に関わっちゃマズイ系…では無いようだ。安心できる。
「そうかい、俺はいつもここから海を見てるんだ。こうやって海を見てると、普段気づけないようなことでも気づけたりするんだぜ。ほら、あの船のすぐ近くにでかい波が…ん?」
大きな波がどうしたんですか?とこちらも海を見る。すると何ということだろう。海中から何か…ふ、船??…え?どう言うこと?
「ま、マズい…お嬢さん、逃げろ!」
「えっちょちょ、どういうことですか!?なんですかあれは!」
船のある海の中から急に船が出てきて…ってあれ?一隻だけじゃない!?どんどん出てくる…!
「あれは幽霊船だ…。30年前、突然海が大荒れになって、その時沖を航行していた船が550隻沈没したんだ、その次の年から今まで、数ヶ月から数年の周期で海から幽霊船がやって来るようになったんだ。やって来るだけならまだ良いんだが、上陸してきて街の店中から金や物をすべて奪い、女子供まで攫うんだ…!だからあんたも攫われるかもしれない!逃げろ!俺はほかの男達を集めて向こうへ行く!」
そんな事が…。嵐の犠牲になった人達が、成仏できずにやってくるという事だろうか。逃げろとは言われたが、私は力を持っている。すでにこの世のものではない彼らに私の力が通用するかどうかわからないが、持たざる者に危機が迫っているなら、持つ者がその危機に対抗すれば良いのでは無いか。
…私の答え。それは目の前の危機に立ち向かう事。
「『瞬足』」
目を閉じてそう唱えれば、次に目を開けた時には桟橋の上。
水平線を埋め尽くすようにして向かってくる550隻もの幽霊船。よく見れば、帆はボロ雑巾のようで、船体には穴や亀裂が入っている。そして、夜になればもっと見えやすくなるのだろうが、船からは低空のオーロラのような緑色の光を発している。
正に不気味だ。前世であれば泡を吹いて倒れていたかもしれない。
「『拡声』…止まってください」
当たり前のような気もするが、こんな呼びかけなど無視して迫ってくる。
あっという間に船団は港へ迫り、錨を下ろして停止した。
中からは不気味な骸骨がぞろぞろと迫る。
しかしそう安安と通してしまえば街に被害が出る。
「『氷結壁』」
メキメキと音を立てて、港と街の境界に氷の壁が立つ。
「皆さん、ここから先には行かないでください。」
私がそう言えば、骸骨達はこちらを見る。しかし表情を読むこともできない。
それでも意思は伝わってくる。これも魔法のおかげだ。
《邪魔をするな。》
彼らはそんな意思を持ち、それぞれの剣や弓のような物をこちらに向けて迫る。
そしてこちらも応戦準備をする。
「…やる気なんですか?」
《まず貴様の命から戴く。》
意思は殺意に変わり、こちらに走り出す者、射撃するためにこちらを狙う者の二手に分かれる。
「考え直しては…くれないの…ねっ」
避ける。研ぎ澄まされた神経で、無駄のない的確な回避を繰り返す。
そして相手はできるだけ連続で攻撃を繰り出す。しかし、単純な攻撃ばかりではない上、矢だって飛んでくる。
「皆さんは何故、街を狙うのですか」
《我々人間が海を漂う上で、物資は必要不可欠だろう》
「しかし皆さんはもう既に亡くなっているじゃっ!」
《我々はまだ死んでなどいない。生きた船乗りである。》
「30年前、王都の沖で嵐があったそうです。そしてその時、550隻もの船が沈没したんです。そしてその犠牲者が皆さんなんです!」
《戯言を言うな。我々は嵐から生還した。》
何故、何故認めてくれないのか。絶対におかしい。
何か…何かが…ん?
一際大きい船のマストの上…何かが光っている…?
「『飛翔』」
地面を蹴り上げ、放物線を描いて200m程離れたそれへ着地する。
近づくだけで気分が悪くないような禍々しさの、黒い玉がそこにあった。
そしてこの物体から向こうの骸骨達へのコネクトを感じる。これを破壊できれば、彼らも落ち着いてくれるかもしれない。
「死者を弄ぶような真似はやめてね。《崩壊》」
そして物体は、簡単に粉々になって消えた。
近づいた時から感じていた不快感も消えたので、おそらく問題は解決しただろうと思う。
マストを破壊してしまわないよう、『飛翔』ではなく『飛行』して戻る。
◇◆◇◆◇◆
「落ち着きましたか、皆さん」
《…狐の娘よ。我々は30年前、嵐に飲まれて死んだ筈だ。それなのにここで何をしていたのだ?》
「皆さんは…悪い力で操られていました。先程それから開放しましたので安心してください。」
《…そうか、感謝する。礼として、我々が30年前に船に飾っていた物を2つ授けるぞ。》
渡されたのは…刀?と指輪。
《その指輪は、娘が願えば我らを呼び出す事のできる魔導具だ。困った事があればいつでも我々を呼んでくれ。》
「ありがとうございます。大切にします」
骸骨達は頷き、歩いて自分たちの船へ乗り込む。暫くして錨が上がり、鐘を鳴らして出港した。
やがて船団は透けていき、消えた。
指輪を人差し指に嵌めて、街へ戻る。
◇◆◇◆◇◆
「おぉ、さっきのお嬢さんじゃないか!船団を海に還してくれたのはお嬢さんだったんだな、みていたぞ!本当にありがたい!今夜は宴だ。お嬢さんも参加してくれ!」
「わ、分かりました…」
正直、人の集まりみたいなそれは好きじゃないんですよね。特にお酒が絡んでくると。ちょっとしたトラウマが…
◇◆◇◆◇◆
「ほぉ〜ら!主役のおじょ〜ちゃん!飲め飲めぇ〜!」
「ひぅ〜…やめれくらさいこん…もういいこ〜ん……」
………ほ〜らね。