◇1 女子こんこん生、白狐として転生する
「こんこ〜ん♪」
「…そんな事ばっか言ってたら本当に狐になるよ〜」
「まっさか〜!」
いつものように狐の鳴き真似をしながら、友達と昼休みを過ごしていた。
ただそんな平凡な日だった。
私の名前は『紺 茉狐』だ。
日本で生まれ、日本で暮らし、日本で学ぶ普通の高校生だった。
「ちょっとおトイレ行ってきま〜す」
「じゃあ待ってるよ茉狐〜」
ただ、ただトイレに入っただけなのに…
「うぇっ!?何この光!?」
あまりの眩しさに、反射で目を瞑る。
数秒後、閉じた瞼越しに光が収まった事を確認し、瞼を上げると。
―――――ここは一体何処なのか…。
『転生白狐は異世界で何を求めるのだろうか?』
◇◆◇◆◇◆
「こ…ここどこ?」
眼の前に広がるのは……教会?
所々屋根や柱が崩れている。今にも建物全体が崩壊しそうな程に亀裂が入っている。
そして、ここはキリスト教の教会にも似ているようだが、少なくともその教会には、狐が擬人化したような石像は無いだろう。
「な、なにここ…異質…」
「あら、起きてたのね。こんにちは。」
「ひょわっ!?」
数多の情報を脳内で処理しようとした矢先、どこからともなく挨拶が聞こえてきた。
私が再び困惑しているのをよそに、話が続く。
「私はこの世界生み出した女神、《セン》よ。」
「…この世界?女神?」
「そう。そして、私はあなたに謝らなければならないわ。貴女は地球、そして日本に住んでいたわね。」
「は、はぁ…」
「…貴女をこの世界に連れてきたのは私なの。」
つまり、彼女…女神『セン』の言い分はこうだ。
地球の文明を覗くため、ランダムな位置へポータルを作り出した。そのポータルは本来、女神にしか視認できない上、女神以外が触れてしまえば光に包まれて消えてしまう、と。
そこで私は、普段から狐の鳴き真似をして遊んでいたため、狐を模した女神『セン』のポータルは私を女神と誤認し、視認させてしまった。だが、それでも『女神ではない』ために触れる事はできなかったので、消えてしまった。
それを申し訳なく思った女神が、『転生』という形で自らの管轄である世界に移住させようとしたのだが、ミスによって女神のコピーとして転生させてしまったのだ。
今の私は女神『セン』とは別人であるが、姿も力も同じ…すなわち『チート』である。
「そんなぁ…私ってこれからどうすればいいんですか…?」
「そうね…申し訳ないのだけれど、正直私としては自由に過ごして欲しいわ」
「自由…って、私が変な事するとは考えないんですか?こう…世界征服みたいな」
「しないでしょ。もしされたとしても、ミスをした私が悪いんだもの。構わないわ。」
世界征服されても構わないなど、そんなことがあってたまるものかと疑ったが、本当に女神直々行動を縛る訳ではないようだ。それはありがたい。
「じゃあ…そういう事だから…頑張って!あっ、ここにこの世界の通貨はいくらか置いておくわね。それと、転生したって事は私が許可するまで言わない事。それじゃ!」
「えっ、そんな!ちょっと待って下さいよ〜!」
…本当に行ってしまった。
しかし、この世界の通貨…当たり前だが日本のそれとは全く違う。金や銀、銅で作られた硬貨で紙幣はない。
「ん、鏡」
崩れたモノの中に鏡があった。
確かに私は先程見た女神の姿である。白い長髪に白毛の耳、白い尻尾。
…耳は頭の方にある!?けど、特に音の聞こえ方とかそういったものが変わるわけではないらしい。
…この世界にあるかわからないが、ヘッドホンは付けにくそうだ……
「取り敢えずこの建物から出てみよう…」
異世界、どうなっているのか…とても気になる!
さあ、大きな扉を開けると…
「……森」
舗装もされていない、無造作に石が転がっている道の脇には、見渡す限り木が生えている。
人が住んでいたような形跡もなく、私が転生したこの建物のみが建っている。
「何でこんな所に…この建物だけが…?それに、女神の像が放ったらかしって…」
それはさておき、女神由来の『魔法』を使って空を飛んでみる。不意に墜落してしまったり、バランスを崩してしまう事や恐怖心等は無い。おそらくこれも、女神のステータスか何か?
暫く飛び回って散策していると、何かが何かを追っているのが見えた。動物の狩り…?
「『千里眼』」
魔法を使ってそれを見る。
追っていたのは……馬に乗った人間。武器?を振り回している。
追われていたのは……馬車?つまり人間…か。
「つまり、誰かが盗賊に追われてるってこと…かな?私が持っている力ってのがどんなものか試したいし、あのままだといずれ捕まって大変な事になるだろうし、助けてあげよう」
そうして馬車の元へ飛んでいく。
◇◆◇◆◇◆
風を受けて髪や尻尾が靡く。
しかし、ゆったりと向かってはいられない。少しずつ馬車と盗賊の距離が縮まってきている。
「もう少し速く…って、あっ!」
馬車が石に乗り上げ、脱輪してしまった!
「速く、速く…!…………あっ。最初から瞬間移動すれば良かったんだ……。」
失態。私がさっさと瞬間移動していれば馬車の損失は無かったのでは…?なんと言うか、申し訳無い…
◇◆◇◆◇◆
「オラァ!有り金と荷物、全部置いていけ!!」
「言うとおりにすれば痛い目ェ見ずに済むぜぇ!!」
「おっと、叫んで助けを求めようとしても無駄だぜ?なんたってここら辺にゃあ人間は立ち寄らねえからなぁ!!」
「や、辞めてください!これは僕が必死に販売して集めた資金なんです!」
「んな事は知らねぇんだよ…俺らの目についたお前が悪いんだぁ!ぐぁはははは!!」
「辞めたほうがいいと思いますよー、そう言うの。」
「だ、誰だてめぇ!?やろうってのか!?」
「待て…こいつ、なかなか可愛い子じゃねえか…三人で嬲ってやればいい声で鳴くんじゃねえか?」
「くっへへ、そうですねぇボス、中々美味そうな女だ…!」
止めに入ったら身体狙い。なんと気持ちの悪い事だろう。
「捕まえろ!」
「へい!」
ボス盗賊から命令を受けた子分が、小道具を投げてきた。おそらく私を捕まえるための何か。
きっと、前世の私ならこんな冷静に判断している時間なんてない。でも、女神の力を持つ今なら、壁に止まっている虫を観察するも同然。……虫は嫌いだけども。
「『氷結柱』」
私が魔法を唱えれば、地面から氷が伸び、飛んでいた物を凍らせた。
「なっ!?魔法持ちだと!?」
「ぐはは…冷静な奴だ、戦いに慣れている。締まりが良さそうだなぁ…名前を聞いてやろう。」
「私の名前は『コン・フォクス』です。…この際言っておきますが、さっきから発言が気持ち悪いと思いますね。」
咄嗟に適当な名前を口にした。うん。異世界での名前はこれにしよう。結構気に入ったし。
「コンか…俺はブラッドムーン団リーダーの『ベテルギウス』だ!」
「俺はブラッドムーン団員の『プロキオン』!」
「同じく『シリウス』!」
…戦隊モノじゃないんだから………ん?ベテルギウス?プロキオン?シリウス?それって冬の大三角の…?気のせいかな。
「で、コンちゃん…おとなしく俺の女になるか、それとも痛い目を見て屈服させられるか選ぶんだな」
「どちらも選びませんよ。選択肢に『あなた達を追い返す』を追加してください」
「…威勢が良いじゃねえか!」
刃物が『3つ』飛んでくる。一つ一つの軌道を確認して避ける。私が避けている間に相手は第2投の準備を始めてる。
「『アースクェイク』」
「ぬ、ぬおぉ!!」
「う、うわぁ!?」
「ぐ、ぐおお!?なんだぁ!?」
地震を起こして相手のバランスを崩せば相手は攻撃できない…。
というかさっきから空気ですけが、商人さん?地震でびっくりしてると思いますが、そのまま座って耐えててください。
「取り敢えず飛んでってください。さようなら。『突風』」
ボォッ。と音を立てて、冷たい風が強く吹く。私の髪や尻尾は靡くだけだが、目の前に座り込んでいた盗賊三人組は飛ばされていく。
「寒いー…突風は暑い時以外あんまり使いたくないかも」
「…あ、あの」
あっ、商人さんが口を開いた。やっと意思疎通できる…?
「僕は『ドーク』です。助けてくださり、ありがとうございました。」
「『コン・フォクス』です。よろしくお願いします。それより大丈夫でした?派手に脱輪してましたが…」
「馬車は壊れましたが、大丈夫です。怪我はありません。」
「…馬車が無いと大変なのでは?私が直しますね」
「…な、直す?馬車の車輪は重いですし、それを取り付けるために馬車を持ち上げるなんて、とてもお嬢さんの力では…」
「『修復』」
私の力でも、重い物を動かしたりは出来るんですよ。この世界なら。
「な、直った…ありがとうございます!僕、王都に向かう所だったんですが、もし貴女がよければですが乗って行っていきますか?」
この世界の街はどのくらい発展しているのか気になるし、行ってみたいとは思う。
「はい、お願いします。」
私は今世間知らずなので、この世界の事を聞いておくのもいいかも。