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恋愛狂想曲

季節外れの七夕

作者: 製本業者


「・・・・ねえ、知ってる。

 七夕に知り合った恋人って、絶対にうまく行くんだって。」

 

 後ろから聞こえた高校生ぐらいの女の子の声に、飲みかけていたアイスコーヒーをふと下ろした。

 コギャル、とか言われていて、自分には全く理解できない存在だと思っていた女子高生。

 それだけに、昔ながらの言葉が以外だった。

 そして、案外変わっていないことに気がつく。


 そして、フッと鼻から息を吐き、苦笑した。

 恋人、と呼べる存在のいない彼には、全く関係のない一言。

 そのはずだった・・・・。


(1)


 その日も、残暑の厳しい日だった。

 八月も、もう終わりに近い。

 学生達は、残り少なくなった夏期休暇と残った宿題の量を見比べて、顔を青ざめさせている。なかには、既にあきらめている奴もいるだろう。

 もっとも、そんなことは社会人にとってはあまり関係ない。

 大半以上の会社では、お盆をすぎるとすぐに平日となる。

 陽一は、机の端に置かれたレシートを取り上げ、財布を出した。

 店に入ってから三〇分近くもたっている。

 いい加減、会社に戻らなければならない。

 レジで結構アレな逸話の多い医者が印刷された札を出し、つりをもらった。

 ジー、とどこからともなくアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。

 アスファルトからの、むっとするほどの熱量を浴びながら思った。

 まだ、当分暑い日が続くな。


 終業時間を知らせる鐘の音が聞こえた。

 陽一は、席でのびをうった。

 突然、背後から声がかかった。

「岸田先輩。忘れてませんよね。」

 声の主は、後輩の一人。

 今年の新入社員の坂元と言う男で、まだ学生気分が抜けきっていない感じだ。

 そして陽一は、この男の教育係、と言うことになっている。

「・・・・何だっけ。」

「今日の飲み会ですよ。ほら、今度合コンするって・・・・。」

「ああ、あのことか。もちろん、完璧に・・・・忘れてた。」

「・・・・やっぱり。」

「また今度に・・・・。」

 陽一は、片手拝みをしながら頭を軽く下げ、そういった。

 まだまだ、残務が大量にある。出来れば月曜には回したくない。

「ダメです。今度という今度は、絶対参加してもらいますからね。」

 妙に迫力のある言葉に、陽一は首を縦に振っていた。


 場所は、会社から比較的近い、チェーン店の居酒屋だった。

 学生時代から、こういった雰囲気は苦手だった。

 別に、この手の店の雰囲気が、ではない。

 合コン、と言う雰囲気が苦手なのだ。

 中学から男子校で、大学も工学部。サークルは、ワンゲルで、丁度その当時には女の子が一人もいなかった。

 兄弟は、弟が一人で、女っけは無し。

 その為、でもないだろうが、陽一は女性が苦手だった。と、いうより、どう対応して良いのか知らない、と言った方が良いかもしれない。

「何、堅くなってんですか。女の子と手さえ繋いだことのない中坊でもあるまいし。」

 柄にもなく、緊張しきっている陽一を、坂元はからかった。


 予約してあったからだろう。何も注文せずとも、直ぐに料理とアルコールが出された。

 席は、男女向き合うようにセッティングされている。

 陽一は、取り敢えず端の方に座った。

 新入社員の坂元がセッティングしただけあって、相手の方も、まだ大学か短

大を卒業したて、と言った感じである。

 中に、一人だけ20代後半の感じな女性が混じっていた。

 普通なら、特に目立つところのない女【ひと】であろうが、この場では少し浮いた感じがするのは仕方ない。

 積極的に参加している感じが無いことから、陽一と同様な理由で参加したのだろう。

 多分、彼女の方も、同類だと判断したようだ。

 陽一に向かって、苦笑して見せた。


 必然か、偶然か。

 彼女は、陽一の前の席になった。

 他の連中と年が離れているせいか、自然と二人での会話が多くなる。


 彼女は、白河華子です、と名乗った。

 陽一も、名前を名乗り、名刺の交換を行った。

 ただ、あまりに業務的だった為か、隣の席の坂元が下を向いて笑いをこらえている。


 彼女……華子さんは、年相応に落ち着いた、普通のと言う表現がぴったり合う女性だった。

 その割に、無邪気で幼い感じさえ受ける、かわいらしい笑顔をしている。


 陽一にとって、飲み会はあっという間に終わった気がする。

「それじゃあ、ここまでとして、次ぎ、2次会行きまぁす。」

 坂元が、立ち上がって、そういった。

 ちょっと酔っているのか、語尾が多少怪しくなっている。

「当然、次はカラオケ屋でぇす。」

 きせずして、拍手が起こる。

「白河さん、どうされます。」

 華子の後輩らしい、ちょっと幼い顔立ちの女の子が、華子に尋ねた。

「ごめんなさい。私は遠慮するわ。」

「じゃあ、岸田さん。白河さんを送ってあげてくださいよ。」

 と、陽一に向かっていう。

「えっ、別に一人で・・・・。」

 アルコールのせいか、顔を真っ赤にした華子が、うつむきながらそういった。

「良いじゃないですか。別に、駅まで位送ってもらえば。」

「そうそう。まさか、タクシーがいるような距離じゃあないですし。」

「いくら、岸田先輩でも、まさか何も出来ないでしょう。」

「えっ、岸田さんて、送り狼だったんだ。」

 皆、口々に色んな事を言う。

「でも、岸田さんにご迷惑じゃぁ・・・・。」

 華子は、陽一の方をむいて、そういった。

「あっ、僕は・・・・。」

「大丈夫ですよ。岸田先輩、明日会社に出なきゃいけないんで、早めに上げるって言ってましたから。」

 陽一は、何も言えなかった。


 結局、陽一が駅まで送っていくことになった。

 少しでも、長く話していたい。

 そう、思いながら歩いていると、あっと言う間に駅が見えるところに来た。

 喫茶店にでも誘おう、と思っても、言葉が上滑りして出てこない。

「よろしければ、コーヒーでもご一緒しませんか。」

 その言葉は、陽一の口から出たものでなかった。

「喜んで。」

 かすれて、うわずった声で陽一は何とか返事をした。


(2)


「アイスコーヒーで良いですか。」

「ええ。」

 深夜営業の喫茶店は、思っていたものよりも健全だった。

 そして、以外と人がいる。

 陽一は水とおしぼりを持ってきてくれたウエートレスに、冷コー二つ、と頼んだ。

 関東の方では、アイスコーヒーのことをあまり冷コーと呼ばないらしいがウエートレスは理解したらしく、軽く頭を下げてカウンターの方へ向かう。

 

 何を話そうか。

 陽一は、水に口を付けてから、思いつくままに話しかけた。

 華子の方も、まだ酔いが抜けないのか、赤い顔をしたまま、楽しそうに陽一に話しかけてくる。

「・・・・。そういえば、こないだとんでもない事を頼まれましたよ。」

「どんな、です。」

「いやぁ、お盆休みの事なんですけどね。

 学生時分の友人がやって来て、いきなり、女の子の写真を置くんですよ。

 で、見合い写真、って言うんですよ。」

「まあ。」

「尤も、ボクとじゃなくて、弟とどうか、って話だったんですけどね。」

 ウエートレスが、汗をかいたグラスに入ったアイスコーヒーを持ってきた。

 二人は、期せずして同時に口に運ぶ。

 よく冷えたコーヒーは、一口で酔いが醒めるほど濃くて、うまかった。

「やっぱり、親御さんは心配なんでしょうね。」

「街と違って、田舎の方ではまだ、結婚が女性の唯一の幸せ、と考えてるところがありますね。」

 陽一は、この間来た友人の事を思い出しながら話した。

「そうですね。でも、田舎だけじゃなくて、この辺でもそう考えてる人は大勢いますよ。」

「・・・・そうかも知れませんね。ボクは幸いにして、その手のお節介さんの知り合いはいませんけど。」

「私の方は、結構来るんですよ。叔母が心配して。」

「えっ、そんなこと無いでしょう。まだまだ若いですよ。」

「ありがとう。でも、もう会社ではお局扱いですよ。

 で、何度か、お見合いもしたんですけど、どうもしっくりこなくて。」

「やっぱり、いきなりだと難しいですよね。」

「ええ。それでも、真面目な人なら良いんですが・・・・。」

「やっぱり、変わった人もいますか。」

「変わってる、ぐらいなら良いですけどね。

 って、こんな話をしてもしょうがないですね。」

 華子は、思わず苦笑した。

 そして、腕時計を覗く。

「もう、こんな時間。

 ごめんなさい。電車が・・・・。」

「良いですよ。申し訳なかったですね。すっかり引き留めてしまって。」

 陽一は、伝票を持って立ち上がった。

「あっ、私が誘ったんですから、払いますよ。」

「いえ、遠慮なさらなくても良いですよ。コーヒー代ぐらい、ありますから。」

 陽一は、レジに向かう。

「それより、電車は大丈夫ですか。」

「いけない。」

 華子は、頭をぺこりと下げ、言った。

「今日はありがとうございました。」

「いえ、こちらこそ。

 あっ、駅まで、送りますよ。」

 陽一は、釣り銭をもらいながらそういった。

「ありがとうございます。でも、もう直ぐそこですから。」

 そういって、華子はお辞儀をした。

 あわてて、陽一も頭を下げる。

 華子は、途中、もう一度頭を下げると、駅の中に消えていった。


 この時何を話したのか思いだそうとして、陽一は驚いた。

 殆ど覚えていない。

 くだらない話題を、適当に並べていただけの気がする。

 いくつかの、馬鹿話を並べ立てた気がする。

 普段なら、どんなに酔っぱらっていても、もっと意識はしっかりしている。

 だが、この時の記憶は極めて限られていた。


 ただ、何時もと比べて、飲む量がぐっと少なかったことは覚えている。


(3)


 月曜日。

 陽一は、名刺をもてあそびながら、どこか落ち着かない風だった。

 何を思ったか、時折、はぁ、とため息をつく。

「岸田先輩。」

 坂元が、後ろから呼びかけてきた。

「わぁお、な、なんだい。突然。」

「突然、じゃないでしょうに。さっきから何回も呼んでるのに全くしらん振りで。一体どうしたんです。」

「べ、別に・・・・。」

 あわてて、名刺を名刺入れにしまう陽一を見て、坂元は笑った。

「成る程。昨日合った女の人に電話をしようかどうか迷ってるんですね。」

「そんなこと、・・・・。」

「・・・・あるんでしょう。完全に。」

「・・・・うん。」

 陽一は、力無く肯いた。

「かければいいじゃないですか。」

「でも、いきなり会社にかけるのもまずいじゃないか。彼女だって、きっと迷惑するよ。」

「じゃあ、携帯にかければ良いじゃないですか。」

「・・・・聞くのを忘れた。」

「はぁ・・・・。」

 全く、何やってんだ、と言った感じで坂元はため息をつく。

「でも、教えてくれなかった、って事は、ひょっとして、脈が無いって事だろうか。」

「全く、いい年こいて何いってんだか。脈がなかったら、一緒に喫茶店なんか入りませんよ。」

 坂元は、妙にうぶな陽一に、苦笑を押さえつつそういった。

 全く、これだから。やれやれ。

 今の陽一には、何故坂元が喫茶店に寄ったことを知っているのか疑問に思うような心のゆとりは全く無かった。 

「何なら、それとなく電話番号を教えてもらいましょうか。」

「出来るのか。」

「そんなに興奮しないでくださいよ。

 あそこには、知り合いがいるんですよ。ちょっと頼めば、簡単に教えてくれますよ。」

 任せておいて下さい、と言って坂元は自分の胸をどんとたたいた。


「白川さん、何ぼんやりしてんですか。」

 華子の後輩、後河が、ぼんやりとディスプレイを眺めている華子の後ろから声をかけた。

「昨日は、どうでした。」

「えぇと。途中で、お茶して、それから帰った。」

「それだけですか。」

「ん、何期待してんのよ。まだ、何も無いに決まってるでしょ。」

 後河は、ふぅん、と軽く返事を返しながら、思った。

 まだ、何も無い、わけですね。

「携帯番号くらい、聞かれたんでしょ。」

「・・・・それが、聞かなかったの。」

「もう、いい歳して、何やってんです。」

「いい歳、だけよけいよ。」

 少しだけ、ムッとした声で華子は答えた。

 そして、ぼそりと呟く。

「・・・・もう、焦らないことにしたから。」 


「教えてもらいましたよ。携帯はちょっとだって、なんか古風な良いとこのお嬢さんみたいですね。」

 坂元は、また落ち着きを無くしている陽一に声をかけた。

「ちょっと待ってくれ。」

 そういって、陽一は旧式の電子手帳を取り出す。

 坂元の言った番号を、何度も念を押しながら、入力していく。


(4)


 会社の帰り道。

 信号が変わるやいなや飛び出し、階段を一足飛びに駆け上がる陽一の姿がそこにあった。

 まるで、大好きなテレビマンガを見るために急いで学校から帰る子供のように、完全に周囲のことが見えなくなっている。

 電車にとび乗ったところで、ふっと我に返る。

 まるで、初デートに舞い上がってる中坊じゃないか。

 近くの乗客は、にたにた笑をしたり、突然苦笑したりする陽一を、薄気味悪そうに眺めていた。


 何といって、切り出そう。

 陽一は、電話を前に悩んでいた。

 結局、こういったことは、いかに場数を踏んでいるかが決め手になる。

 はっきりいって、陽一にはその経験が極めて少ない。

 むしろ、正確に言うと、皆無ではない、と言うだけに過ぎない。

 頭の中で、いろいろとシミュレーションしてみるが、入力されているデータが少なすぎるために、結局答えが出ない。

 まだ、早すぎるよ、と自分自身に言い訳してみるが、もう8時。

 陽一は、意を決して番号を押した。


 華子は、自分から電話しようかどうか迷っていた。

 母親や叔母達から言われると反発はするものの、自分がいわゆる適齢期を過

ぎようとしていることに気づいてはいる。

 あせる気持ちは、ないといえばうそになる。

 だが、・・・・。

 いろいろな考えが、頭の中を駆け回る。

 恐る恐る、受話器を取ろうと手を伸ばしたところで、突然呼び出し音が鳴った。

 悪いことをしていた訳では無いにもかかわらず、左手は沸騰したヤカンに触れたかのように跳ね上がった。

 ・・・・電話は、父親からで、今夜も遅くなる、というものであった。

 不景気のため、地方会社の東京営業所所長である彼女の父親は、少しでも仕事を確保するために、必死の営業活動を行っている。

 そのためか、最近では、逆に帰りの遅い日が多い。

 彼女は、受話器をゆっくりと戻した。

 何か複雑な心境だった。


「ツー、ツー、ツー、ツー、」

 呼び出し音は、話し中のものだった。

 せっかく、思い切って電話したのに残念だった。

 だが意識の底では、何故かほっとしてもいた。

 受話器を戻す。

 あと、30分ほどしたらかけなおす事にしよう。


「プルーッ。プルーッ。」

 受話器を取ったのは、華子でなく、その母親であった。

「華ちゃん、岸田さん、って方から。」

「はぁい。」

 華子は、あわてて自分の部屋のコードレスフォンを取った。

「もしもし、お電話変わりました。」

「あ、あの、・・・・。突然すいません。ぼ、ボク、岸田ですけど・・・・。」

「あっ、金曜日はどうもすいませんでした。」

「い、いえ。こちらこそ。」

 妙に緊張して、陽一は芦屋雁ノ助演じるところの山下清の如き言葉づかいに

なっていた。

 喉が異様に乾いてしかたない。

「・・・・あ、えっと、あの、それで、ですね。今度の土曜日、お暇ですか。」

「えっ、はい。会社も休みですし、ちょうどあいてます。」

「良かったら、映画にいきませんか。ちょうど、券をもらったんですよ。」

「ええ。喜んで。久しく行ってなかったんで、楽しみです。」

「じゃあ、ええと、待ち合わせ場所は。」

「映画館の前じゃあ、だめですか。」

「もちろん、かまいませんよ。じゃあ、11時ぐらいでどうですか。」

「いいですね。じゃあ、今度の日曜日、楽しみに待ってます。」

「どうも、失礼します。」

 陽一は、受話器を置くと、近くのタオルを取って、額の汗を拭【ぬぐ】う。

 10分にも満たない短い会話だったが、全身から汗が吹き出していた。

 陽一の心は、すでに週末へ飛んでいた。


(5)


 初デート、と言っても大したことは何もない。

 映画館の前で合うと、時間調整もかねて近くの小洒落た店で昼食。

 まだやっていたハリウッド製怪獣映画を見終わると、喫茶店で他愛のないお

喋りを珈琲を飲みながら交わし、別れた。

 いきなり、大人の関係になるわけで無し、まあ、こんなモノだろうと双方と

も納得している。

 ただ、今度の金曜日に夕食を一緒にすることが、大いなる進展。


 そんな、普通の交際が始まって、次第に親密になり、大人の関係、へと移行

していく。

 ほぼ毎週、食事をしたり、どこかに遊びに行ったりする。

 既に華子は陽一の部屋の鍵を持っていた。

 気がつくと、そんな恋人同士に二人はなっていた。


 きっかけは、何だったんだろう。

 多分、かなり些細なことだった。

 今となっては、気まずい思いだけが残っていた。

 途中から理由などどうでも良くなっていた。

 ただ、言葉が止まらない。

 互いに、退くに退けなくなっていた。


 陽一は、今日になって何度目かの大きなため息をついた。

「岸田先輩。」

 坂元が、後ろから呼びかけてきた。

「わぁお、な、なんだい。突然。」

「突然、じゃないでしょうに。さっきから何回も呼んでるのに全くしらん振り

 で。一体どうしたんです。」

「べ、別に・・・・。」

「何が、別に、ですか。全く。どうせ、彼女と喧嘩でもしたんでしょう。」

「そっ、そんなことは・・・・。」

「あるんでしょ。相変わらず、嘘が下手ですね。」

 顔を真っ赤にして否定する陽一に、何でもお見通しだぞ、と言った風な笑みを浮かべて、坂元は言った。

「・・・・。」

「たかだか、喧嘩したぐらいで、地球の終わりでも来たような顔をしないで下さいよ。」

「・・・・俺に取っちゃあ、世界の終わりみたいなもんだ。

 完全に嫌われたよなぁ。はぁ。」

 陽一は、肩をすくめた。

「謝ればいいじゃないですか。」

「そんなこと言ったってな・・・・。」

「向こうだって、誠心誠意謝ればきっと少しはわかってくれますよ。」

「そうかな。」

「そうです。そんなもんです。」

「そんなもんかな。でも、それでダメなら・・・・。」

「その時は、諦めなさいよ。女なんて、いくらでもいるんだから。」

「いや。華子さんは特別だ。そんな、そこらの女と一緒にしないでくれ。」

「だったら、なおさらじゃないですか。善は急げと言いますから、今日にでも謝ってしまいなさいな。

 何なら、僕が白河さんの会社に電話してあげましょうか。」

「いや。今晩自分でする。」

 坂元は、陽一から離れると、小さくため息をついた。

「全く・・・・。」


「白河さん、どうしたんですか。」

 後河は、妙にピリピリしている華子に勇気を出して声をかけた。

「何よ。」

「いえ、ただ今日はやけに機嫌が悪そうだったんで・・・・。」

「私はいつも、不愛想で怒ってる顔をしてますよ。」

「・・・・全く、いい歳して何いじけてんですか。」

「どうせ私は、いい歳した行き遅れのお局様ですよ。」

「・・・・ふられたんですか。」

「そうよ。ふられたみたいなもんよ。いえ、こっちからふってやる。」

「喧嘩したんですね。」

 後河は、納得して一人で肯いた。

「・・・・。」

 華子は、軽く肯き、小さく言った。

「わかってるわよ。」

「えっ。」

「わかってる、て言ったの。でも、でもダメなのよ。・・・・。」

「・・・・。」

「・・・・ごめん。」

 そういって、その場から離れていく華子を見ながら呟いた。

「全く・・・・。」


(6)


 そういえば、携帯電話をスマホに変えたのって、長電話しても大丈夫な様にキャリアー一緒にしようって話からだったな。

 変なことを思い出しながら、番号をコールした。

「・・・・。」

「・・・・。」

 電話をはさんで、何も言えずにいる二人。

 やっと、意思を振り絞って言葉を出す。

「・・・・。ちょっといいかな。」

「・・・・。うん。」

「あえる?」

「・・・・ええ。」

「じゃあ、喫茶店で。」

「ええ。すぐに行きます。」

 華子は話し終えると同時に、ボタンを押した。急いで身仕度を整えて、大急ぎで外に出る。

 外に出て、ジャケットを羽織ったほうがいいな、と感じる。

 そして、もう秋が更けていることに気づいた。


(7)


 いつもの喫茶店。

 陽一は、いつものように珈琲を啜っていた。

 すでに、4杯目の珈琲だ。

 電話をかけるまでに、すでにこの店で三杯の飲んでいる。

 混沌【カオス】状態の精神は、何杯珈琲を飲んでも落ち着いてくれそうにない。

 呼鈴【ベル】の鳴る度ごとに、扉へと視線を走らせる。


 カラン。


 呼鈴の音とともに、華子が入ってきた。

 なぜか、いつものように呼びかけられない。

「・・・・こんばんは。」

「・・・・よく来てくれました。」

 変に堅苦しいあいさつをしてしまう二人。

 店長【マスター】が、おしぼりと水を持ってくる。

「ロシアンティー、一つ。お願いします。」

「あっ、珈琲もう一杯。ブレンドで。」

「はい。ロシアンティーとブレンドね。」

 店長は、意地の悪い笑みを浮かべた。


「あの・・・・。」

「あのぅ・・・・。」

 モジモジしていた二人は、ちょうど同じタイミングで声をかけた。

「あっ、あのお先にどうぞ。」

 華子にそういわれた陽一は、思い切って話しだした。

「ごめん。こないだのこと、あやまっておこうと思って。

 あんなこといったけど、本心じゃないんだ。」

「・・・・。」

「別に、悪気があったわけじゃないんだ。そのことだけは言っておきたくて。」

「・・・・。」

「・・・・ちょっと、甘えてたのかもしれない。

 でも、初めてなんだ。気の許せる女性に出会ったのは。」

「・・・・。」

「とにかく、ごめん。」

 陽一は、とにかく一気に話した。

 溜まっていたものを出したような開放感を一方では感じていた。

「・・・・莫迦。」

 華子の反応は、意外なものだった。

 泣き出したりも怒ったりもせず、ただ、ぽつりとそういった。

「ごめん。そうかもしれない。」

「そうよ。あなたは、莫迦よ。

 そして、私は、もっと莫迦よ。」

「・・・・。」

「二人して、大莫迦者。

 相手がどう思ってるかもわからない、唐変木。

 自分のことばっかり考えてる、利己主義者。

 二人とも、駆け引きも何も知らない、お子様、なのね。」

「そんなこと、・・・・。」

「いいの。結局、下手くそなのね。すべてに対して。」

「・・・・。」

「結局、こんなことに年齢は関係ないのね。いくつになっても、下手な人は下手なまま。」

 激しているようで、意外に冷静な口調で話す華子に、陽一は普段の臆病さを感じさせない、断定的な口調で言った。

「・・・・下手くそでいいじゃないか。」

「えっ。」

 華子は、驚いて陽一を見つめた。

「莫迦だっていいじゃないか。 唐変木でも、利己主義者だっていいじゃないか。

 欠点の無い、天使を好きになったわけじゃない。

 僕が好きなのは、君なんだ。

 こんな、あほらしいことで、君を失いたくない。」

 信じられないことに、こんなくさい台詞が自然と口をついて出た。

「・・・・いいの。私なんかで。」

「謙遜は最大の自惚れなり、って言葉を知ってるかい。

 僕には、『私が一番ふさわしいの。』と言ってるように聞こえるよ。」

「でも、私はあなたより三つ年上だし・・・・。」

「姉さん女房は金のワラジをはいてでも探せ、って言うぐらいだよ。」

 てっきり、別れ話に進むと思っていただけに、華子は展開についていけないでいる。

 と言って、嫌なわけでは、もちろんない。

「でも・・・・。」


(8)


「はい。ロシアンティーとブレンドね。」

 店長が、明らかにタイミングを見はからって持ってきた。

 そして、なにげなく尋ねる。

「そういえば、二人が初めて会ったのは、八月二四日だったよね。」

「あれ、そうですけど、そんなこと言いましたっけ。」

 店長は、慣れた手つきで二人の前にカップを並べる。

 そして、問いかけをあえて無視して、おどけた感じで話しだす。

「知ってる。七夕に出会ったカップルは、絶対うまくいくんだよ。」

「聞いたことあります。でも、僕らが出会ったのは・・・・。」

「八月二八日。」

 カップを並びおえた店長は、意地悪な笑みを浮かべ、言葉を続けた。

「旧暦の七月七日。つまり本当の七夕様。」

「あっ。」

「えっ。」

「おめでとう。二人とも、絶対うまくいくよ。」

 驚く二人に、店長は祝福の言葉を投げかける。

 はっとして、二人は店長の方を向く。

 そこには、いつもの優しい笑みがあった。


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