セフィロス村⑥
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何だか頭が痛い。僕は一体何を……。
周囲を見渡すと睡眠について語り合うカルス達がいた。どうやら僕が儀式をしている間盛り上がっていたんだろう。とりあえずセフィロスとの会話を鮮明に覚えているのは良かった。
それにしても倦怠感が強い。あの空間は魂に強い影響を与えると言ってたから、肉体と精神の疲労の蓄積に差異が生じたんだと思う。他の人がその後寝てしまうのは無理の無い話だと再度確認できた。
「お! ケイム終わったか! 疲れてるだろうから寝ててもいいぞ?」
「う、うん。 でも用事を思い出したし、余裕あるから一度家に帰るよ」
「魔法はどうするの~?」
「また明日お願いするよ」
「そうか? 案外お前も根性あるな! がっはっは!」
カルスの笑い声が頭に響く。本当は余裕なんか無かった。今にもここで眠ってしまうくらいの倦怠感が襲って来ている。でもここで眠ってしまうわけにはいかない。
何故なら、ここで眠ってセフィロスの話がうろ覚えになることは避けたかったからだ。より鮮明に記憶しているうちに、メモを残したかった。
そして僕は手元にあった洋紙を握りしめながら仲間達に別れを告げ、帰路へとついたのだった。
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ケイムが帰った後、カルス達は残って談笑していた。何故ならまだルーが眠っていたし、彼女の魔法をサポートしていなかったからだ。だがヒューリオだけは楽しく会話をする気にはなれなかった。
「なぁ、変じゃないか?」
「ケイムのことか?」
「あぁそうだ」
ケイムの思っているとおり、カルスは感情の機微に聡いところがある。そのためケイムが何かしらの用事でこの場から去る時に違和感を感じていた。だがその用事の内容は本人のプライバシーにも繋がるので空気を読んで聞かないでいた。
「カルスにしては珍しく気づいていたようだな」
「へっ! 馬鹿にすんなよ。 何年一緒にいると思ってんだ」
「それもそうだな、すまん」
幾ら犬猿の仲で睨み合うことが多い彼らでも、仲間の絆まで疑うことはない。ヒューリオは流石に馬鹿にしすぎたと思い、カルスに対して謝辞を送る。
「素直に謝れるなんて偉いね~」
「そ、そうか?」
「お前顔赤いな? 熱でもあるのか?」
「う、うるさい! お前には関係ないだろ!」
「何だと!?」
「いい加減にしろなんだわさ! ケイムの件はどうしたんだわさ!」
「「「すいません……」」」
カルスとヒューリオが珍しく真剣なトーンで築いた空気も、ミーナの前では崩れてしまう。だがそれを引き締めるのがポムスケの仕事だ。
そして再び本題へと戻る。
「ヒューリオは何が変だと思ったんだわさ?」
「変だと思ったのは2つだ。 1つ目はルーを置き去りにしたことだ」
常日頃から集まっている彼らではあるが、個人的な付き合いだけで見るとケイムとルーのペアが一番顕著に映る。そしてケイムもルーも気づいていないがお互いを思い合う、言わば相思相愛だ。
ケイムはルーに対して熱視線を向けているが、ルーからすればケイムは誰にでもやさしいという捉え方で終わっている。逆にルーもその優しさに応えようとアピールをするが、普段抜けているケイムが気づく訳が無い。
それでもお互いを大事にしていることには違いないので、いつも一緒にいることが多かった。
だからこそ今回のケイムの行動はおかしいと感じてしまう。ルーと用事を天秤にかけて、後者が傾くなど今までに無かった。
ある日、まだカルス達とは知り合いで無く、ケイムとルーだけで遊んでいた頃、ケイムは風邪を引いた。命に関わるほど重篤化していなかったが安静にしていなければならない状況であった。しかしその日はルーの家で自家製リンガパイをご馳走してもらうことになっていた。
当然マグサとサラは行ってはいけないと再三注意をしたが、丁度目を離した隙にルーの家へと向かってしまったのだ。これにはマグサとサラも血の気が引き、近所の人に声をかけ村中総出で探索したのだ。
そんな心配も露知らず、ルーの家へと辿り着いたケイムはルーと出会った瞬間安心したのか、その場で倒れてしまった。
各方面に迷惑を掛けたが、このようにケイムは周りに目が行かなくなるほどルーを溺愛している。
そんな彼がちょっとした用事でルーと別れるなど、カルス達には信じられなかった。ましてやあのケイムなら、本人より早く魔法を知りたかったのではないかとすら思えてならない。やはり今までの経験上、今回の用事というものがただ事ではないことは理解出来るのだった。
「俺もそれはおかしいと思ったんだ。 普段あれだけ一緒にいるのに、こんな大事な日に限って帰るなんて信じられない」
「そうだね~ ケーちゃんもルーちゃんも仲良しだもんね~」
「あたちもそれは思ったんだわさ。 だけどヒューリオはそれ以外にも疑問を抱いているようなんだわさ」
「あぁ、もう1つなんだがおかしくないか?」
「何が~?」
「俺は今までの経験上、儀式の後すぐ家に帰る奴など見たことが無い。 大抵はその場で眠ってしまうはずなんだ」
「確かに俺達の時も寝ちゃったんだよな。 それを反省して、あいつらのサポートをしようって話になったんだっけ」
ヒューリオ以外はケイムとルーの観点からしか見ていなかったようだが、ヒューリオはまた違った方向から分析していた。彼は父親の影響を受け、セフィロス村について調べている。その中でも儀式の後に寝てしまうのは謎の一つとして捉えていた。今回もケイムとルーの儀式でいいデータが採取出来ると思っていたのだが蓋を開ければ驚くべき結果であった。
今までこの村で儀式を終えた後に平常心でいれた人間などいない。大抵は憔悴しきって倒れてしまう。
だからこそヒューリオは、今回ケイムが平然と帰って行くのを信じられないと思っていたのだ。
「ミーナ、『千里眼』を使ったか?」
「ごめんね~。 私も驚いちゃって何も出来なかったの~」
「いや、謝る必要は無い。 私自身も呆気にとられていたからな。 出来ることなら確かめれば良かった」
ミーナの『千里眼』ならケイムが嘘をついているかなど一目瞭然で分かる。しかしそれすらも忘れさせるほど衝撃的な出来事だったので、気づく前に逃してしまった。ミーナもヒューリオも仕方の無いことだったと水に流すことにした。
そしてしばらくすると、ついに彼女も目を覚ましたようだ。
「んっ……。 ここは……」
「おっすルーちゃん。 無事に儀式を終えたようだな」
「はいなのです……。 ん? あッ! 私の魔法『治癒』なのです!」
ルーは寝ぼけた頭でも、手元にあった洋紙を見て素直に喜んでいた。周囲の助けとなる魔法を期待していた彼女からすれば望んだ結果になったと言えるだろう。だが喜びは続かなかったようだ。
「ケイムはどうだったのです……っていないのです?」
一同は喜ぶ彼女にどう伝えようか考えるが、ここでポムスケが最も重要な点に触れる。
「そういえばケイムの魔法って何だったんだわさ?」
「「「ッ!?」」」
ここでまさかの盲点であった。ケイムが帰る事ばかり気にしていて肝心なことを見落としていた。誰も本人からどんな魔法を会得したか聞いてない上に、結果が描かれた洋紙も確認していない。
だがここで彼らは盛大な勘違いをする。
「まさかケイム、あんまり凄い魔法じゃ無かったからそれで……」
「無い話じゃ無いな。 2つ目の理由にはならないが1つ目の理由は決まりだろう」
「それじゃあ帰っちゃうよね~」
「察するんだわさ」
彼らはケイムが残念な魔法を会得したのをルーに知られたくないと解釈したようだ。ヒューリオの中で眠ってしまうという現象もルーを想う気持ちの強さにあると勝手に決めてしまうことにした。だが1人現状を理解できていない者もいる。
「ケイムが帰ったって本当なのです?」
「ルーちゃん、男は1人でいたいときがあるんだ。 今はそっとして置いてやってくれ」
「カルスの言うとおりだ。 今はそっとしてやれ」
「分かりましたなのです……」
そしてその後、ルーの初めての魔法を上級生の彼らがサポートし練習していく。そうは言っても練習台がいないと使えないので、この日は座学で終了した。
しかしルーは集中する事が出来なかった。何故なら今日の帰りにケイムと買い物をする約束をしていたのだ。今まで約束を破ることは無かっただけに、彼女の中で衝撃的なことであった。そしてカルス達の説明でなんとなく察することは出来たが、納得は出来なかった。
正直それほどのことでへこたれるほど自尊心が高くないのは知っている。それならもっと話しにくい別の理由があったのかもしれない。
だが今はそっとして置いたほうがいいとも言われている。それでも彼も事が心配で仕方が無い。
結局この日は葛藤でどんなことも手に付かず、意識は上の空であった。
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