セフィロス村⑤
「ようやく本題に入れますね」
「悪魔だ……」
僕の人生の中で一位二位を争うくらいのトラウマを植え付けた彼女は何食わぬ面で話し始める。
「えっと、結論を言えば貴方を呼んだのは能力を授けるために呼びました」
「そうですか、では早くください」
「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさい」
一刻も早くこの場所から解放されたかったのでついつい投げやりな対応をしてしまった。それも仕方ない、あんな仕打ちをされたんだから。
「私もやり過ぎましたが、あれくらいやらないと貴方は信じてくれないでしょ?」
「まぁ、確かに……」
それは彼女の言うとおりだ。女装させる魔法なんて生まれてこの方聞いたことがないし、異様なこの空間で彼女しかいないなんておかしなものだ。恐らく本当に彼女はセフィロスなんだろう。
腑に落ちないが水に流すしかない。少なくともこれからは女神なんて呼ばないようにしてやる。
「それで貴方に与える魔法ですが『時間遡行』というものです」
「タイムリープ?」
「簡単に言えば自由に過去と今を行き来することが出来る魔法です」
「えッ!?」
それは凄い!そんな魔法聞いたことがない!物質を元に戻す『修理』や『治癒』なんかは部位を指定して時間を戻すのが原理だが、空間そのものを元に戻す魔法なんて聞いたことがない。もしかすると父さんや母さん達のように2つ魔法を持っていることよりレアかもしれない。
「そんなに喜べるものではありませんよ」
「え? どういうことですか?」
「この魔法を使うのには制約があります。 何度も使えるものではありません」
セフィロスの説明は以下のものだった。
この『時間遡行』と呼ばれる魔法は、様々な魔法の中でダントツで危険なものだそうだ。そしてそれを神ならざる者が使うには制約と呼ばれる決まりが付いてくる。
その決まりなのだが、この魔法は使えば使うほど周りの人間に忘れ去られてゆき、最終的に自分が誰かすらも分からなくなってしまうもののようだ。聞くだけでも恐ろしい。先程までチート級の内容に浮かれていたが一気に肝が冷えた。こんな魔法使いたくても使えない。
「何でそんな危険な魔法を僕に……」
「それには理由があります。 それは貴方がマグサとサラの子供だからです」
「どういうことですか?」
「それを説明するには少々長くなります。 昔……」
彼女の発言は驚くべきものだった。どうやら僕がこの魔法を会得したのには魔神デルポーネという神が関わっているらしい。
昔から彼女とデルポーネは交流があるらしく親しかったようだ。だがある日、人間界からの進軍によりデルポーネは多忙の日を繰り返すこととなる。
デルポーネは人間のことをそれなりに尊重していたし、別段憎むべきものと認識していなかった。それでも彼らは同胞である魔族を虐殺し、最後には信頼していた魔王すら討ち取ってしまったのだ。
そして魔王討伐のパーティにセフィロスを信仰する父さんと母さんがいた。これには日頃穏やかなデルポーネも我慢できなかったらしい。
それから天界でも神同士の争いが絶えなかったようだが、一旦収束したようだ。それでもセフィロスとデルポーネとの不和は未だ解消していない。
だがこの話を聞いて引っかかる点がある。
「人間と魔族って仲が悪いんじゃなかったですか? 確か最初に魔族が土地を奪いに来たとか何とか」
「そこなんですよ、重要な点は」
「どういうことですか?」
「元々人間と魔族は相容れぬ存在として不可侵条約を締結していたんです。 それなのにそれを破ってまで進軍するなどあり得ません。 デルポーネも穏やかな性格でしたから魔王にそのような神託を下すなど考えられないのです」
「じゃあ仲が悪いって情報は……」
「恐らくデマでしょう」
この話を聞いて少し背筋が寒くなる。今まで疑うことの無かった事実に、全く違う事を聞かされるので頭がパニックを起こす。つまり魔族は悪くなくて人間側が悪だったって事なのか?
「未だ犯人は分かりません。 ですが魔族側が犯人とは言えないのは確かです」
「それじゃあ僕が『時間遡行』なんて大それた魔法を会得したのって……」
「マグサとサラの後始末……っと言いたいところですが、違います」
あれ?違うの?
てっきり黒幕捜して来いとか、魔族の生贄になれとか言われると思ってビクビクしていた。正直拍子抜けだ。では何だというのか。
「犯人捜しのために過去に戻るにしても貴方が生まれる前までは戻れませんし、何よりリスクが大きい。もしかしたら村を危険にさらしてしまうかもしれません。 そこで貴方には魔族と親睦を深めるための橋渡しになってもらいたいのです」
どうやら彼女はデルポーネと仲直りをしたいらしい。元々仲が良かっただけあって喧嘩をしたのは大分堪えたようだ。
そもそもセフィロスも人間が魔族と抗争していることは知らなかったし、知ったとしても後の祭りであった。父さんと母さんも真相は分からないまま指示に従っていたので、巨悪の根源ではない。
いずれにしても、まず犯人を見つけるにはデルポーネの力が必要なので仲直りする必要があるという訳だ
「話は分かりました。 でもどうして僕にこの魔法を? 自分で言うのもあれですが、父さんと母さんの息子ってだけで特に取り柄はありませんよ?」
「それはマグサとサラのように魔法に対して素質があったからです。 この魔法はそれなりの耐性が無いと扱えない。」
『時間遡行』は本当に高度な魔法のようで、誰もが使える魔法では無いらしい。状況が状況だが、漠然と凄い魔法を期待していただけあって少し嬉しい。だがセフィロス神はそうは思ってなさそうだ。
「 ……正直素質さえあれば貴方じゃなくてもいいんですよ。 でもマグサとサラは本物でした。 もう彼らを超える人材はいないかもしれません。 そんな彼らの息子ならこの魔法にも耐えることが出来ると思ったのです」
「……なるほど、でも僕こんな危険な魔法使いたくないんですけど……」
いくら強力な魔法だとしてもデメリットが大きい。大事な人に忘れられるなんて想像もしたくないし、もしルーに忘れられたら死ぬより辛いことかもしれない。
「何も私は鬼じゃありません。 最初の1回だけは制約が効かないように加護を着けてあげます」
「本当ですか!? 大事に使います!」
「使命を忘れないようにしてくださいね。 普通は私と会った記憶は消して魔法の説明だけ残すのですが、今回は特別に全て残しておこうと思います」
僕自身も早く仲直りして欲しい、というのが本心だし魔族に対して恨みがあるわけではない。だが気になる発言があった。僕以外の記憶は消すというのはどういうことなのか。
また、魔族と親睦を深めるという話も今の段階では現実味が無い。人間と魔族の数はセフィロス村の何倍もいるし、とても僕ひとりで成し遂げられるものではない。もう少し色々と聞いてみるか。
セフィロスの木に外部の人間が近づけないというのも気になるところだ。
「色々聞きたいことがあるでしょうが、申し訳ございません。 そろそろ時間です」
「え? 時間ってどういうことですか?」
「この空間には貴方たち人間の魂が訪れていることになっています。 そしてこの空間はその魂に対しての影響が極めて高い。 詳しい説明を抜きにして結論を言えば貴方の魂は吹き飛びます」
えッ!?嘘でしょ!?
確かに僕に身体はどんどん薄くなっている。もしかしたら、この世界で消えてしまわないように自動的に自身の身体に戻るようになっているのかもしれない。 折角の機会なのに聞きたいことをきけてないのは歯痒いな……。
「滞在時間を延ばせませんか!? まだまだ聞きたいことがたくさんあるのに……」
「すいません、それは私にもできません。 ですが最後にお伝えしたいことが2つあります」
「2つですか?」
「1つ目は全ての人間と魔族が仲良くなる必要はありません。 少なくともセフィロス村と魔族の仲が深まればいいと思っています。 現段階ではそれくらいが理想的ですからね。 そもそもあのような性格の勇者を選ぶような帝国の人間など信頼できません! あー思い出したら腹が立ってきました! あれは確か今日みたいな天気のいい日でした。 その日に勇者は……」
…… 何だか勇者の愚痴へシフトしている。朗報ではあるが、それ以上に余計な知識が植え付けられた。
勇者は徳の高い人と聞いていたのだけどどうなんだ? 父さんと母さんもあまり教えてくれないし、そもそも会ったことすらない。家に帰ったら聞いてみよう。
それよりもセフィロスを止めないと時間切れで身体が四散してしまう。
「あのー、勇者の話は分かったので次に移ってもらっていいですか?」
「……あッ!? すいません、ついつい熱が入ってしまいました。 彼の話になるとこうなるもので」
「そうですか、大変ですね」
もしまた会う機会があった時、勇者の話は無しと覚えておこう。そうじゃないと永遠に聞かされる目にあう。命が心配だ。
「2つ目ですが、ここで聞いた話は他言無用です」
「なッ!?」
「貴方の言いたいことは分かります。そりゃここで聞いた話を広めた方が上手くいくに決まってます」
「ならいいじゃないですか! 今日僕は凄い経験をしているのですよ!? それを誰にも言うななんてあんまりです! そもそもなんで言ってはいけないんですか!?」
「何だか嫌な予感がするのです……。 それを説明するには時間が足りない。 お願いします、根拠もありませんが誰にも言わないでください」
あんまりだ……。今日知ったことをヒューリオやグロス博士に教えたら泣いて喜ぶことばかりなのに、言ってはいけないのはあまりにも酷だ。しかも根拠が無い理由に従わなければいけないなんて馬鹿な話があるか。
……そうか、だから皆記憶が無いのか。 何故僕以外の記憶を消すのかは分からないが、きっとセフィロス村の人は彼女に会ってるんだ。そして長年の謎から解放され喜んだのも束の間、意識を取り戻した瞬間に全てを忘れるんだ。
何だか自分の胸の中でモやっとしたものが渦巻いている気がする。
「許して欲しいです。 ですがこれは最善のことと私は思っています」
彼女の発言に何も言うことは出来なかった。もうすでに何が正しくて悪いことなのか整理が出来ていない。
「……お別れです。 貴方の人生に少しでも幸があらんことを……」
その言葉を最後に急な眠気に襲われた。本当にこれでお別れなのだろうか。 そんな感情とともに最後に聞いた彼女の声は、確かに僕の想像通り慈愛の心に満ちていた。