セフィロス村④
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「想像より早く終わったね」
「俺たちの時もこれくらいだったよな。 後はルーちゃんが起きた後に自然と洋紙が発行されるって寸法さ」
あの後目を閉じたルーの周囲は光に包まれた。心配した僕が何度も声をかけたが、最終的に声が届くことは無かった。というよりカルスに止められてしまった、と言うほうが正しいかもしれない。何でも過剰に声をかけるなどの干渉を続けると儀式が中断してしまうらしい。危うくルーの邪魔をしてしまうところだった。
それでも儀式をしている時のルーの意識はここには無かったように窺える。あれだけ大きな声で読んだのにピクリともしなかったからだ。どういう原理でこのような現象が起きているかは皆目見当がつかないが、一部の人間は様々な憶測を立てているようだ。
例えば、女神セフィロスと会話をしているという説だ。つまり意識はこの世界に無いということである。正直僕の中でこの説は無いと考えている。何故かと言うとその考え方自体、不敬だと思うからだ。敬虔な信者という程では無いが、それなりに僕は女神セフィロスを信仰している。
この自然豊かな村を守る神として尊い存在であるし、恐らくこのように魔法を享受してくれるのも神の思し召しだからだと思っている。
そんな高貴な存在に人間と対等に会話をするなど烏滸がましいと僕は感じてしまう。
そもそも光に包まれるのは10秒程で、とても会話できる時間があるとは思えない。また一番決定的なのは、誰もその10秒間の記憶が無いのだ。そして何事もなかったかのように意識を取り戻し、その後1時間ほど眠ってしまう。結局謎が多く、匙を投げる研究家がこの村で何人いたことか。
因みに僕の考えは、魔法を覚えるという高次元な行為に身体がついて行けず、結果意識が飛んでしまうという説を推奨している。最終的には分からないのだが、説を列挙する分には浪漫がある。
「それにしてもルーちゃん気持ち良さそうだね~ 私も寝ようかな~」
「駄目だわさ! ミーナが寝たらカルスとヒューリオしか残らないのだわさ! 男はみんなオオカミなんだわさ!」
「「誰がオオカミだ!」」
確かに、これから僕も儀式で眠ってしまうし、ミーナまで寝てしまうとルーに対しての警戒が手薄になる。2人を信頼していない訳では無いが、ルーに対しては別だ。誰に対しても遠慮はしない。
「ミーナが起きててくれたら、スリーピーシープの毛をふんだんに使った枕をプレゼントしようかn」
「本当ッ!?」
反応早ッ!?まだ最後まで言ってないぞ!
あまりにミーナの反応がいいので全員仰け反っている。幼少期からの付き合いだが、ここまでリアクションを見せたのはセフィロスの森でジャイアントスパイダーと出会った時以来だ。蜘蛛が苦手な彼女からすれば最悪の相手だったのだろう。
スリーピーシープの毛は主に寝具に加工されているが、1匹のスリーピーシープから極小しか刈ることが出来ないので大変高価に取引されている。それでも効能はかなりのもので、その寝具で寝ると目を覚ますことが苦痛に感じるほど気持ちの良い睡眠を体験できるようだ。
「おいケイム、そんな高級品買えるほどの金は持ってるのかよ!? そもそもメガネはともかく俺は信じろよ!? 寝込みを襲うなんて最低なことはしねぇよ!」
「そうだぞ! あの枕は私も確認したがとてもじゃないが手が出なかったぞ! このオークはいいとしても私は信じるべきだ! 寝込みを襲うなんて極めて下劣行いを私がやると思うか!?」
「なんだお前、その枕買うつもりだったのか? 話で聞く限りすげぇ高いんだろ?」
「なッ!? お、お前には関係ないだろ! どうせお前のことだ。 寝れればいいとか思ってるんだろ!」
「はぁ? 寝ることはとても重要なことなんだぞ? 例えば横になって寝た方が疲れがとれやすいんだ! どうだ? こんなことお前は知らないだろ?」
「ふん、そんなこと知ってるわ。 逆に寝具の色について知ってるか? 青や緑といった沈静色が望ましいんだ。 当然お前は知らないよな?」
「へぇ~2人とも詳しいね~。 睡眠って色々凄いんだねぇ~」
何だか寝込みを襲う話から睡眠の質についての話に変わってきている。ミーナも睡眠の話に食い入っているし、今のうちに儀式を済ませてしまおう。
僕はルーと同じような姿勢を執り目を閉じた。そしてしばらくしてから目を開けると、そこはいつもの景色では無く、どこまでも無限に白が続く空間であった。
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「どこここ……?」
目を開けて開口一番に発した言葉は何ともひ弱なものだった。然もありなん、先程までルー達とセフィロスの木の元で談笑していたのだ。いきなりこんな訳の分からない所に連れてこられたら、誰だって臆病にもなる。
「誰かー! 誰かいませんかー!」
この無限に広がる白の世界で僕の声が反響する。どうやら僕以外に人はいないようだ
「どこなんだここは……」
「ここは天界ですよ」
「誰ッ!?」
僕の疑問に背後から声をかけたのは幼女だった。背は低いが声は高い。髪は金色のロングヘアー。ロリコンでは無いが魅入ってしまうほど美しい。いや、可愛らしいというべきか。そして透き通った碧眼に、愛くるしいほど小さい鼻と唇、ルーと負けず劣らずの白い肌は、正直神々しい。白のローブも容姿に合っていて誰が見ても庇護欲に駆られるだろう。
僕がルー以外の容姿をここまで褒めるなんて今まで無かったのに……というか今この子、ここが天界って言ってなかったか?
「そうです、ここは天界です。 待ってましたよ、マグサとサラの子であるケイムよ」
「なッ!? 何で父さんと母さんの名前を! そもそも君は誰なんだ!」
彼女は何故か僕だけでなく、父さんと母さんの名前を知っていた。父さんと母さんの知り合い?いや、それなら少なくとも僕も面識があるし、こんな幼女の知り合いなんて聞いたことが無い。
それに呼び捨てにしているところから、それなりに近しい仲だと予想できる。一体誰なんだこの子は?
「申し遅れました。 私セフィロスと申します。 以後お見知りおきを」
「……え?」
思考が止まる。
今この子はなんて言った?せふぃろす?その名前はよく聞くけど、何だか頭が混乱しているようだ。もう一度聞いてみよう。
「も、もう一度、お願いします……」
「だから、セフィロスです! 貴方たちが信仰する唯一神、セ・フィ・ロ・スッ!」
「なッ!? 何だってーッ!?」
……って、そんな訳あるかい!
女神セフィロスだぞ!?セフィロス村を守る慈愛に満ちた神がこの幼女だというのか!?そんなの誰も想像してないだろ!僕の想像する女神セフィロスはもっとこう豊満で、嫋やかで誰がどう見ても女神様と思うような容姿をしていると思っていたんだ!これじゃあ女神セフィロスじゃなくて、幼女セフィロスじゃないか!いくら子供だとしても言っていい冗談と悪い冗談がある!
……ははぁん?さては僕をからかっているな?いくら幼女から見ても、僕が騙されそうな見た目をしているからって馬鹿にしているのか?そうはいかないぞ!
「こらこらセフィロスちゃん! いくら名前が同じだからってその冗談は許されないぞ!」
「冗談じゃないんですって! なんでこの家族はこうも面倒くさいんでしょうか……」
何だか家族まで馬鹿にされてしまった。確かに父さんも母さんも変と言えば変だけど僕と妹まで巻き込まれるのは何だか癪に障る。どういう教育で育てられたんだか。
「教育も何も神なので、全て自分で学んできましたよ」
「何で僕の考えていることを!?」
「少し強引ですけど、貴方が考えていることを分かるようにしました。 どうやら幼女幼女と馬鹿にしているようですね」
だって幼女じゃないか。
「……」
「おーい、セフィロスちゃん?」
あ、これ拙いかも……。
どうやら彼女の地雷を見事に踏み抜いたようだ。何故なら先程まで普通だった彼女の背後に、煌びやかな後光が見える。こんな得体の知れない場所で何される分からない。こうなったら逃げるしかない!そう考えたときにはもう遅かった。
「逃がすかーッ!」
「なッ!?」
逃げようとした最中、足下が黒く染まり僕の足を引きずり込んでいく。このまま飲み込まれたら拙いことになると僕の感性が警鐘を鳴らす。しかし、どんなに足に力を入れて抗おうとしても、身体が痺れて逃れることは出来なかった。
「ちょっ、まっt!」
間抜けな声が空間に響き渡る。そしてしばらくすると身体の感覚が戻っていることに気づいた。恐る恐る目を開けてみると、先程まで黒い渦が蠢いていた場所が元にに戻っている。
だがおかしな点が2つある。
1つめは何故かセフィロスと名乗る子が口元を隠して笑いを堪えていること。一応幼女と言うと怖いので今後は控える。
そして2つ目だが……
「なんだこの格好!?」
「とっても、ぷふ、似合って、ますよ……」
「笑うなー!」
何と僕は女装させられていた。体型はそのまま、黒のジャケットに下は華やかなピンクのロングスカート、そして何故かサイズのぴったりなブラウンのパンプスを着用しているのだが、スカートってこんなにスースーするのか!?
「あなたはサラに似たのですね。 本当に似合って……ふふっ」
悪魔かこいつは!人が涙目で抗議しているのに全く悪びれもしないなんて、悪魔以外の何物でもない。
「いいから元に戻してよ! 僕が悪かったから!」
「本当に反省してますか? 幼女って言われるの好きじゃないんですよ」
「すいませんすいません反省してます!」
「神って言うのも信じてくれますか?」
「あーもうッ! 信じますから早く元に戻してください!」
彼女はそれを聞くと、軽くうなずき何かを唱え始めた。すると僕の周りを光が包み、元の服装へ戻ることが出来た。改めてメンズパンツのありがたみを感じる。一体何なんだこの子は……