セフィロス村②
「――おうおう、今日も仲がいいじゃないかおふたりさん」
「カルス!」
「おはようございますなのです、カルス」
オレンジの短髪にキリッとした眉、獲物を射殺すような鋭い眼光に、岩のように頑丈な躯体、その上から赤いチョッキを着た男をカルス=エンゲッジ以外僕は知らない。彼はメンバーの一員でありムードメーカー的存在だ。本人曰く、考えるより行動するをモットーとしている。これが原因でいつも喧嘩する人物もいるんだけど、どうやらまだ来ていないようだ。
「カルスひとり?」
「あぁ。 ミーナとメガネはまだのようだな」
「相変わらずなのですね。 メガネじゃ無くてヒューリオという名前がちゃんとあるのですよ?」
ミーナもメガネと呼ばれるヒューリオも僕達の仲間だ。総員5名(正確に言えば5名+α)で構成されていて、みんな小さい頃からの幼なじみである。僕とルーは3人よりひとつ下なので、彼らは今年で16歳、つまり先輩なのだ。
「ルーちゃんは真面目だねぇ。 いいかい? あのメガネはいつも本ばかり読んでやがる。 確かに本を読んで知識をつけることは悪いことでは無い。 だがいざというときに信じられるのは己の肉体だけだ。いつも日陰に引きこもっていないで身体を鍛えればいいんだ、そもそもアイツは……」
完全にカルスは自分の世界に入ってしまった。この状態(筋肉モードと僕達は呼ぶ)に陥るとちょっとやそっとじゃ戻ってこない。ましてや時々ヒューリオを揶揄する発言も含まれているのは犬猿の仲である証拠なんだろう。僕とルーが呆れた目で見ていると、上機嫌で話していたカルムは急に地面へと倒れてしまった。いったい何が起きたのか。その答えはカルムの後ろに隠れていた。
「――やれやれ、君も飽きないな。 本だって時には武器になるんだよ?」
「――喧嘩はだめだよ~」
僕と同じくらいの背丈で、白衣を着ながら本を肩に担ぐ青髪メガネの男はヒューリオ=アルカーナ。
そして彼の隣にいるクリーム色の髪をツインテールにして、今にも寝てしまうのではないかと思わせる少女はミーナ=シャルマン。カルスの後ろにいたのはこの2人で、どうやらカルスの頭を本で叩いたようだ。カルスじゃなかったら傷のひとつやふたつ出来るほど強く叩いたので少し心配になる。頑丈だから大丈夫だと思うけど。
「ケイムもルーも災難だったな。 こんな筋肉だるまの話を聞くなんて」
「ははは、そうだねー」
ヒューリオは自然研究家グロス博士の息子で、本を読むのが好きな男であり僕達の中で司令塔的存在だ。いつも冷静沈着に物事を分析し論理的に解決していく。好奇心旺盛で、気になったことや夢中になると自分の世界へと入ってしまう質だ。
ただし人見知りなのであまり人前に出ることを得意としていない。それでも青髪で丸メガネはこの村でもかなり目立つので、極力人の目を盗みながら移動している。
「こんにちはルーちゃん。おやすみ~」
「こんにちはなのですって、えっ!? もう寝ちゃうのですか!?」
ミーナはいつもおっとりとしていて糸目が特徴的な女の子。大抵は一日を寝て過ごしているので、誰かと会話していたり歩いているのはすごく珍しい。それでも僕達と過ごすときは寝ることはあっても比較的反応してくれるのでまだマシな方なのだと思う。因みに胸が他の女性より大きい。ブラウンのセーターからも窺える谷間は、世の男性陣を釘付けにするだろう。しかし僕は大きさが全てでは無いと思うので自信を持って欲しい。
「何か言いたいことでもあるのですか、ケイム?」
「い、いやー、何でも無いよ-」
危うくバレるところだった。それにしてもそっちの気は無いはずだが、ルーの冷めた目線は時々心地いい。これも彼女を愛するところから来ているというのか。まだまだ研究の余地がありそうだ。
そんなことを考えていると、カルスも目を覚ましたようだ。
「痛ぇ……何しやがるんだこの丸メガネ!?」
「どうもこうもオークの目を覚ましてあげたんじゃないか? ペットを躾するの飼い主の仕事だろ?」
「誰がオークでペットだって!? いつ俺があんな醜いモンスター扱いされなきゃならんのだ!」
「そりゃそれだけ馬鹿でかい声を張り上げながら鼻息荒くしていたら誰だってオークと言うだろ。なぁケイム?」
「え? 僕?」
飛び火したよ……。面倒だなぁ。
正直この2人の喧嘩は御家芸みたいなものでいつもこのようになってしまうのだ。確かに怒ってるカルスの様相は本当にオークのように恐ろしいことになっている。そもそも口でヒューリオとやり合う時点でカルスに勝ち目はない。ルーもこの状況にオロオロしている(かわいい)し、ミーナも寝ちゃっているから早く終わってほしいというのが率直な感想だ。
「とりあえず2人とも落ち着いて!」
「ケイムはこのメガネの尻を持つって言うのか!?」
「はぁ!? 違うって! 正直どうでもいいって言うか……」
「それは聞き捨てならないなケイム。 確かに、このオークとの議論が私の人生でどれほどの価値があるか測定すれば見るに堪えない結果が出るのは言うまでもないだろう。 だからこそ、はっきりとこの男にオークであることを証明してやって欲しいのだ。 私が認めたケイムならそう難しくはないだろう?」
「しょ、証明……?」
本当に面倒くさい。討論するのが大好きなヒューリオは時々僕に証明するよう強いてくる。それは大体カルス絡みなんだけど……何だかんだ言ってお互いのこと気に入ってるんじゃないかと思う。
でも喧嘩するほど仲がいいなんて口が裂けても僕は言えない。そんなことを言ったら火に油を注ぐだけだ。
「「さぁケイム、どうなんだ!」」
誰か助けてくれ!そう思ったとき目の前の景色が光に包まれた。
「「「「なッ!?」」」」
「2人ともいい加減にしろなんだわさ!」
声がした方を見てみると宙に白い毛玉が浮かんでいた。するとそれは地面で寝ているミーナの頭に乗って振動し始める。
「ミーナも起きてこの2人を止めるんだわさ! 折角集まったのにいつまでたっても本題に入らないんだわさ。 ケイムも頼りがいがないからこの場を収めることは出来ないんだわさ」
「うーん……、ふわぁぁ~よく寝た~。 おはようポムスケ」
この口の悪い白毛玉はミーナの友達であるポムスケと言い、僕達の最後のメンバーだ。昔彼女がここで昼寝をしていたときに偶然出会い、仲良くなった精霊で普段はミーナの髪の中にいるらしい。
悪魔のような小さい尻尾がチャームポイントで、愛くるしい見た目に反して暴言ばかり吐くのでどうにも扱いにくい。ルーとミーナ以外は確実に下に見ているようで、ポムスケの中で僕は頼りがいがないようだ。少しショック……。
「ポムぞういきなりなんだってんだ! いきなり『発光』を使うなんて!」
「ポムぞうって言うなだわさ! そもそも声が大きいんだわさ! だからオークって呼ばれるんだわさ!」
「なッ!?」
ポムスケはミーナのつけた名前を気に入っていて、それ以外の名前で呼ばれるのを嫌う。カルスはポムスケの言葉に早い段階に論破されてしまった。普段本能で発言している彼からすればもう何も文句は言えないだろう。だが青い髪の問題児はまだ反省してないようだ。
「いいぞポムスケ! もっと言ってやるんだ!」
「お前もそろそろ黙るんだわさ! 冷静沈着が聞いて呆れるんだわさ」
「ほう? どうやらポムスケも私と論争したいようだな? どれ、かかってくるがいい!」
先程カルスを一刀両断した時点で察してはいたが、どうやらヒューリオもポムスケの餌食になりに行くようだ。なぜか調子に乗ったヒューリオは非常にポンコツで、いつも大事な場面で失敗する。彼は頭がいいのにそれだけは学習しない。僕が言うのもなんだけど、結構抜けてると思う。
「あれこれ言う男はモテないんだわさ。 ミーナもそう思うだわさ?」
「なッ!? ミーナは関係ないだろう!」
顔を赤くするヒューリオにミーナはいつものようにおっとりと答える。
「そうだね〜。 駄々こねる男の子はかっこ悪いかな〜」
「かっ、かっこ悪い、だと……?」
そういうとヒューリオは地面に膝をつきブツブツと何かを唱えだした。寝ぼけているミーナはあまり深く考えないで言ったに違いないがどうやらクリティカルな言葉だったんだろう。
確かにルーにかっこ悪いなんて言われた日には、僕だって立ち直れる気がしない。僕も地面に膝を着いてしまう。ポムスケ、なんて奴だ……。
「いい加減みんな集まったところでそろそろ始めましょうなのです」
「「「はい……」」」
ぐだぐだになったこの状況を一気に引き締めたルーの声音は、春の暖かい陽気が感じられなくなるほど冷ややかだった。
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