セフィロス村①
エピローグと繋げました
ある偉人は言った、「人は二度死ぬ」と。
一度目の死は己の身体が完全に機能を停止し、生物的行動を執らなくなることである。
そして二度目の死は誰の記憶にも留まることなく忘却の彼方へと誘われてしまうことである。
その言葉を踏まえて話すなら、これから書き記す物語は僕個人の生きた証として後世に残すためのものであり、これを読む子孫に継承することで僕はずっとこの世界で生きていけるのではないかと思っている。
もちろん僕自身は不老不死を望んでいるほどこの世の中に固執していないし、生きていたいと熱望するほど未練がましくはない。
では何故か。
それは僕の、いや僕達の冒険を知っている人がこれからもいて欲しいからだ。
そしてこの話を知ってこれからの人生のほんの少しの糧としてくれたら、こんなに嬉しいことはない。
それでは前置きもここまでとして語るとしようか。どんな困難にも抗い続け、その過程こそが今この世界の根幹となった僕達の冒険譚を……
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僕の名前はケイム=フォーン、今日で15歳になる。
この村では珍しい黒い髪をしているけど、他はあまり特徴の無いどこにでもいる少年だ。
身長はそれほど高くないけど、この前友達のルーの身長を追い越したからこれからぐんっと伸びると思ってる。
好きな食べ物は野菜と果物。特に真っ赤な木の実、リンガは大好物だ。そしてまさに今その果実を手に入れようとしている。
「セシルおばちゃん! リンガひとつちょうだい!」
「あら今日は早いねぇ。 ほら、ひとつ50ブロンズだよ。 今日はちゃんとお金を持って来ているかい?」
「あっ! また僕を馬鹿にしてー。 僕だって怒るときは怒るんだよ?」
「はっはっはっ! 坊やが怒ってもこれっぽっちも怖くないよ。 だけどいつまでも臍を曲げられていても困るからねぇ。ほら、おまけでもうひとつプレゼントしちゃる」
「本当ッ!? やったー! セシルおばちゃん大好きっ!」
顔の皺が目立つが、それでも声の張りから衰えを感じさせない老婆はセシルおばちゃん。果物屋を営んでいて、僕がちょっと人より抜けてるからっていつもからかうんだ。
でもすごく優しい。今だって冗談で言った言葉を優しさで返してくれる。でもこんなに愉快なのはセシルおばちゃんに限った話じゃない。
「お? ケイムじゃないか! どうだ最近は? ルーちゃんとの仲は?」
「べっ別に普通だよ! そもそもルーとは友達ってだけでそんな関係じゃ……」
「そうは言ってもお前、ルーちゃんと話すときいつも顔を赤くするじゃないか」
「う……うるさいなー! ゲイルおじさんには関係ないだろ!?」
この褐色肌で筋骨隆々、逆らったらひとたまりも無いと想像させる男はゲイルおじさんだ。
八百屋の店長で、毎回合うたびに僕とル-の関係性を尋ねてくる。本当にデリカシーが無いな、この人は。そんなことを考えているとゲイルおじさんの背後から1人の女性が現れた。
「こらあんたっ! また坊やをいじめてるのかい!? あんただって坊やくらいの年頃は女の子と話すだけで赤面するくらいのませガキだったじゃないかい」
「おっおい、グレイヤ! ケイムの前でなんてことを!」
ゲイルおじさんを焦らせている女性はグレイヤさんという。
全てを燃やす深紅の炎を連想させる赤い髪が特徴的で、その体は大人の魅力で溢れている。
とてもこんな熊男と結婚していると思わえないほど若く美しい容姿をしている。今でもゲイルおじさんと夫婦であることを懐疑的に捕らえてしまうのは仕方の無いことかもしれない。
この際いつまでも馬鹿にされるのは癪に障るのでいっそゲイルおじさんの恥ずかしい話でも聞かせてもらおうかな。
「グレイヤさん、その話詳しく聞かせてよ!」
「あら、別に構わないわよ? えっと、あれは確か私たちが13歳の……」
「ちょッ!? ケイムくん? 急ぎの用事があるんじゃないのかい?」
普段とは違う口調で、胡散臭い笑みをしながらゲイルおじさんは僕に目配せをする。
もちろん自分の黒歴史なるものをこんな昼下がりに公表されるのはたまったものじゃないだろう。
それに約束で向かっている場所があるのは本当のことなので、残念だけど詳しく話を聞くことは出来ない。
ここは大人しく従っておくとしよう。弱みを握ったことには違いないし、また聞けばいいのだから。
「うーん。 ゲイルおじさんの言うとおり用事があるのは本当のことだから、話はまたの機会に取っておこうかな?」
「そうかい? 急ぎなら仕方ないね。 聞きたくなったらいつでも来な。 今度は野菜も買っていってくれると助かるよ」
「うん、ありがとう。 次からはそうするよ。 ここで買う野菜は美味しいからね!」
この村で採れた野菜は本当にみずみずしくて食感がいい。
それは栄養を蓄えた肥沃な土壌に、清らかな山の水、燦々と眩しい陽の光を十分に取り込んだ野菜がこの村で栽培されているからだ。
その中でもこのゲイル八百屋で売っているものは、他の店とは格段に違いが分かるほど美味しい。
何でも他の農家とは違った生産方法で栽培している所から卸しているそうだ。
そもそもこの村で野菜を販売しているのはここ以外に少数しか無いし、売っている種類も限られているから試行錯誤するのも当然のことなのかもしれない。
野菜のことは置いておくとして、そろそろ行かないと彼女を待たせてしまうかもしれない。いつも彼女が一番早くそこにいるのは知っている。
「じゃあ僕はもう行くよ」
「気をつけるんじゃよ。 坊やは時々ぼけーっとしているから見ているこっちがヒヤヒヤするんじゃ」
「確かに坊やはどこか抜けているところがあるからね。 今だってリンガを忘れそうになっているし」
「え? あっ! リンガが無いッ!?」
辺りを見渡すと、貰ったはずのリンガの袋が木の台に乗っていた。どうやら話に夢中になって置いていたことを忘れていたのだろう。
このケイム一生の不覚!!
「ほら、気をつけろよ」
「ありがとゲイルおじさんっ!」
「ほんとそそっかしいったらありゃしねぇな。 まぁケイムらしいつったらケイムらしいけどな」
馬鹿でかい声で笑っているけど、今回は僕の失態で間違いないので反論することは少々子供っぽい。自制が効くなんて僕も大人になったものだ。
……って、本当の理由はこの醜態をいつまでも晒しているのが我慢できないだけなんだけどね。
「じゃ、じゃあね! また来るよ!」
「あっそうそう、一応分かっているけど念のためどこに行くか教えてくれるかい?」
柔和な笑みで問いかけるセシルおばちゃんに僕は大きく息吸って答えた。恥ずかしさを誤魔化すといった意味でいつもより大きい声で。
「――セフィロスの木だよっ!」
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セフィロスの木。それはこの村のシンボルである。
人口1000人程度しかいないこの小さな村で誇るべきものと言えばこの木である。
それは辺鄙なこの村で唯一エピソードが語れるのはこの木だけだからだ。セフィロスの木には様々な伝説がある。
まず樹齢が分かっていない。年輪を確認しようにも、この木はどんな鋭利な工具を使っても切ることが出来ないらしい。
だが村の人はその理由を知りたいとはあまり思っていない。もちろん僕自身も伐採してまでセフィロスの木の樹齢を知りたいとは思わない。
そう感じるのは、村民が遺伝子レベルでセフィロスの木を汚すものではないと魂に刻まれているからではないかと、この村唯一の自然研究家であるグロス博士は語っている。
そう語る本人ですら木を傷つけてまで知りたいとは思っていない。
結局この事は謎に包まれたままだが、僕はそれ以上に気になっていることがある。
それはこの木がある場所にはセフィロスで生まれた人しか辿り着くことが出来ないと言うことだ。
ある流浪者がセフィロス村に訪れ、木を見たいと1人で向かったところ辿り着くことは愚か、何故か村の入り口へと戻ってきてしまったのである。
何度も繰り返し挑戦したが、結局辿り着くことは出来なかった。
次に村民の案内と共に向かうと無事に辿り着くことが出来たという。これについても未だ解明されていない。
一説では村民以外近づけないように、この村を護る女神セフィロスが結界を張っているといった説もあるが根拠となるものは見つかっていない。
僕自身も勘ではあるがこの説が一番濃厚ではないかとは思ってはいる。だがこれを知り得るというのは、人が踏み入れてはいけない領域なのかもしれない。
これ以外にも伝説がまだまだあるセフィロスの木だが、村民がそれを公言することはあまりない。
僕達はただセフィロスの木があって、その周りを彩る幾万の花々に癒やされているだけでそれ以上は何も望んではいないからだ。
この豊かで長閑な環境を仲間達、家族と過ごすこと以外、他に何も望んでいないのだ。
そんなことを考えていると、銀色の長髪が風で揺れる少女がセフィロスの木の下で花を愛でているのを見つけた。きっとルー=グラスターに違いない。
「お、おーい! ルー!」
「──あっ、ケイムなのです! 今日は早いのですね」
振り向いた彼女の笑顔はまさに天使と言っても過言では無いと思うし、周囲の色鮮やかな花と映えるような美しい銀髪だった。目も綺麗な紫色で、庭先に咲くアザレアのように可憐である。すっと伸びた鼻や柔らかそうな唇も整っていて、純白の雪のように白い肌は純粋無垢な彼女にふさわしいと言える。さらにそれを包む白のワンピースも完璧だ。
この広大な風景とのコントラストを今この瞬間独り占めできる僕は世界でも類を見ない幸せ者だ。
「……」
「……ぇ、ねぇったら、聞いてるのですか?」
「……あっ! あぁこの花ね! 綺麗だねー」
「違うのですよ。 何でリンガを持っていると聞いているのです」
ついつい魅入っていたら怒られてしまった。全く見当違いの回答をしてしまったのはそれくらいルーがかわいいからなのだけどそんなの恥ずかしくて言えない。
「あぁリンガね。 セシルおばちゃんにおまけして貰って、2つあるからルーと一緒に食べようかなっと思ってさ」
「それは嬉しいのです! ありがとうなのです!」
好きな食べ物を好きな人と食べるのはこれ以上無い幸福であると僕は思う。
彼女もリンガが好きなのは知っていたし、心なしか頬が赤いのはそれくらいリンガが好きなのかともっと嬉しく感じる。
「でも私ばかり頂いてよろしいのですか? ミーナ達の分は残ってないのです?」
「今日僕が早く家を出たのは偶然だけど、一番早くここにいるのはルーっていつものことだから知ってたし、僕と一緒でリンガが好きだからそれはルーへのお裾分け。 みんなには内緒だよ?」
「……ケイムは時々ずるいのです」
リンガのように顔を赤らめるとは。本当に好きなんだな、リンガ。今度は多めに買って来よう。僕の脳内にあるルーとの仲良しメモに刻み込む。朝早く目が覚めたかいがあったもんだ。
昔の人はこれを早起きは三文の得っていったらしいけどまさにその通りかもしれない。三文がどれくらいかわんないけど。3ゴールドぐらいかな。
そして僕達はリンガを囓りながら話していると、ひとりの男が近づいてくるのが見えた。
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