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天使の涙―王子と奴隷娘―  作者: 星咲ののあ
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ー平穏ー

 気が付くとぼくは美しい庭園の中にいた。柔らかい草たちがそよそよとぼくの顔を撫でる。

「う……ん、くすぐったい……」

 甘い花の香りとお日様の匂いが丁度良い心地よさを誘う。生暖かい風がデュオの美しいブロンズの髪をふわりと靡かせ、少年はようやく目を覚ますのだ。

「あれ……⁈ ぼく、どうしてここで寝ているんだっけ?!」

 ゆっくりと起き上がった瞬間に、頭に鈍い痛みが走った。気が付くと、服はよれよれで何だか少しかび臭い気がする。

「ここは、ハルミトン城の庭園?」

 ぼくはあまり入らせてもらえないけれど、お母様とカリフはよくここでお茶をしている。デュオの部屋から見えるハルミトン城内でも一番美しい庭園だ。

「大変、速く戻らないと!」

 庭園の噴水に備え付けられた、有名な彫刻家が作った彫刻時計の針がⅤ《ご》の数字を指していた。

「急いで準備しないと、夕食に間に合わなくなる!」

 デュオは庭園を薔薇の道なりに沿って全速力で走った。

 走るたびに何故か体のあちこちは痛み、頭痛がデュオを襲ったが、彼は走るのをやめなかった。

 薔薇の道のカーブを差し掛かった所だ。

 デュオは何かにぶつかった。

「きゃぁ!」

「わっ!」

「も~、一体なんですの⁈」

 デュオの目の前に、真っ赤なバラ色のドレスを着た少女が転び、しりもちをついていた。

「ごっ、ごめんなさいっ!お怪我はありませんか?」

 デュオは、慌てて手についた土を掃い、右手を彼女の前に差し出した。

「お嬢さん大丈夫ですか? ごめんなさい! ぼくよそ見をしていて……」

「大丈夫なわけないじゃない! ああん、折角のお気に入りのドレスだったのに汚れてしまったわ」

 少女は長いサーモンピンクの髪の毛を上品に後ろへ払い、文句を言った。

「本当にごめんなさい! わざとじゃないんです」

 デュオは必至に謝った。

「わざとだったら大変よっ! ああ、ほんと災難……、楽しみにしていた未来の婚約者様はいらっしゃらないし、いたかと思えば、まだこんなひよこみたいな赤ちゃんだし……来るんじゃなかったわ」

「……」

「お嬢さん、本当にごめんなさい」

「この庭園は綺麗だったから……最後にもう一度見てみようと思ったけれど……」

 少女の瞳がうっすらと影を帯びる――

 その時だった。

「アンリエッタ様~!アンリエッタ王女~」

 遠くから少女を呼ぶ声がした。

「ああ……もう時間なのね。もっとこのお庭を散歩したかったわ」

 少女は自ら立ち上がり、声のした方向へ消えていった。

「アンリエッタ……? ん? これは……」

 少女が転んだ場所にピンク色のリボンが落ちていた。さっき、髪の毛を払った時に落ちたのだろうか? デュオは慌てて後を追ったが少女はもう遠くにいて馬車に乗り込み、出発した後だった。

 城に戻ったぼくは、少女が未来のぼくの婚約者であることを知った。

 ぼくは、何日間か行方をくらましていて、シャントハイム宮殿のアンリエッタ王女の来日にも顔を見せないだらし無い王子と言うことになっていて、部屋で謹慎していなかったことにお母様は大変ご立腹だった。

 ぼくは数日前カリフを池に落とし、その時監視に当たっていたカタリナという召使いは責任をとり死刑になったと聞かされた……。

 ぼくには、カリフを池に落とした記憶もなければ、カタリナという召使いがいた記憶もない。

 医者によると、強烈なショックで一時的にぼくが記憶を失っているのだろうということだった。

 その後ぼくは……王家の人間が罰を受けるための特別な塔の一室に閉じ込められた。

 食事は一日三食きちんと運ばれてくる。本も机もベッドもある部屋で、一日中ぼくは本を読み過ごした。

 当然ながら話し相手はいない。

 ぼくは塔の窓から見える森を眺めてはひたすら本を読み続けた。

 ひとりでいると、色々なことを考えてしまう……。ぼくが塔に入って一週間、お母様は一度もぼくに会いに来ない。

 夜になると寂しさが増して、涙が出てくるのだ。お父様、お母様、カリフ会いたいよ……。

 お父様が遠征から帰って来たら、こんなぼくをどう思うだろう……。

 ぼくは明日なんて永遠に来なければいいなと思った。

 数週間、ぼくは塔の中で生活した。

 食事を運んで来る召使いは終始無言で、ぼくと会話を交わすことは一切なく、てきぱきと業務を終えて出ていく。

 しかし、書物の入れ替えは定期的に行ってくれた。

 五歳のぼくは、手持ても無沙汰ぶさたからか色々な書物を読み漁っていた。戦の本、政治の本、作法の本。どれも難しく、退屈で面白味のない本だけれど、じっとしているよりはずっと良かった。

 その後、塔から出たぼくは母上に口を聞いてもらえなかった。

 出たその日から、ぼくのご飯は毎朝自室に届けられるようになった。

 父上がいた頃は、大きなテーブルで家族四人笑いながら食事を囲んでいた。それが、今日からぼくはひとり部屋で食べることが義務づけられた。


 理由は、カリフを池に落としたから……。


 母上とカリフに会わせてもらえぬまま、日にちだけが過ぎていく。

 更に、厳しい英才教育が課せられ、剣の使い方の訓練や戦での指揮の取り方、国務の勉強など王族としてのあらゆる知識や実務にいそしむ日々が続く。

 寝る時間以外の一日の大半をぼくは勉強と訓練に費やさねばならなかった。


「デュオ様お可哀想に……まだ五つだと言うのに……。」

「いくら王妃様の命令と言えど、あれではねぇ〜」

「王妃様は毎日庭園で優雅にカリフ様とティータイムを楽しまれているというのに、こちらの様子とは雲泥うんでいの差ね。」

「デュオ様はティータイムにも参加させてもらえないのでしょう? 何だか可哀想で涙が出てくるよ、あたしゃ。」

 城の侍女の間でも、その様子はまたたく間に噂されていた。

「やはり血の繋がりが一番なのかね〜。ソフィア様が生きておられたら、デュオ様もカリフ様のように……」

「しっ!エマ様のお耳に入ったら大変よ!」

「……それに、デュオ様はエマ様が本当の母親だと思っているのだから、それはこの城では禁句なのよ!」

「エマ様も嫁がれた時に幼いデュオ様に母親がいない事を不憫に思って、陛下の前で自分がこの子の母親になってあげたいって立候補したのだから。」

「あぁ、あの時のエマ様は本当、天使様のようにデュオ様を抱き抱えて、私達まで涙しちゃったわよね。この世にこんなに優しく、慈悲深い女性がいるのかってくらい、お優しい瞳でデュオ様を見つめていたっけね。」

「それが陛下の再婚の決め手になったんですよね♪ 」

「全ては、まだ幼いデュオ様を思っての再婚だったからね。」


 カキンカキン!キィィィーン!シュルルカシャン!

「あっ」

余所見よそみしない! デュオ様それでは直ぐに首を取られてしまいますよ!」

「剣を拾って来てください!次!」

「はぁはぁ」


「隊長少し休ませて差し上げても……立て続けにもう二時間になりますよ!」

「問答無用だ! 王妃様より手を抜くなと了承を得ている。全てはデュオ様の将来を思ってのこと! デュオ様行きますよ! 次!!」

「はぁはぁ……でやあああぁ」

  大勢の騎士達が見守る中、ぼくは厳しい訓練に勤しんでいた。

 次期国王になるという重圧が五歳のぼくにリアルにのしかかった。ぼくには沢山の課題が与えられ、それは、他の騎士達の訓練と大差なく本当に厳しいものだった。

 手には血豆ができ、全身キズだらけになっても、頑張れば母上とカリフに会うことが出来ると信じ自らに言い聞かせた。

「今日はここまで!」

 実務訓練が終わったら勉強に勤しむ……、

 こんな日々が何日続いただろう?


「デュオ様夕食の支度が整いました。」

「うん。ありがとう」

「では、何かあればこちらの呼び鈴を鳴らしお申しつけ下さい」

 召使いのお決まりの対応にも慣れた。

 ひとりで食事をとる事もだんだんと当たり前になってきた。

 

 その後、母上とカリフに会えぬまま秋になると、ぼくは自室でひとり六歳の誕生日を迎えた。

 この日ばかりは、ケーキを食べながらひとり泣いた。五歳になったばかりの楽しかった誕生日の思い出が蘇ってははかなく消える。


「こんなにたくさんケーキがあるのに、どうしてこんなに悲しいの――? 」

 ぼくはケーキには殆ど手を付けず、その日は眠りについた――。



 季節は移り変わり、やがて春になった。

ぼくにとって、とても待ちわびた日がやって来る。父上との再会だ。

 南部地方の遠征に出ていた父上が勝利の旗を掲げて帰って来る。国をあげての盛大なパレードが開かれ、ぼくは一年ぶりに父上と再会した。

 カリフの事があってからずっと再会する事が怖かった父上は、黙って話を聞いてくれて、ぼくに『辛かったな』と一言いってくれた。

 それだけでぼくは胸がいっぱいになった。

 ぼくは父上との取持ちで母上とカリフにも再会する事が出来た。

 同じ城に居ながら一年近くも顔を合わせていなかった事はとてもおかしな話だけど、母上は父上の目の前で優しくぼくを抱きしめてくれた。

 何も恐れることなどなかったのだと、この時安堵したのを覚えている。

 何より驚いたのが二歳年下のカリフの成長だった。一年前はよちよち歩きだったのに、今は元気に走り回り言葉まで話している。

「にいしゃま」と言われた時には、思わず顔が綻んで抱きしめてしまった。父上も母上も笑顔だった。

 また前のような生活が戻ってきた……ぼくは、そう……思っていたんだ……。


 父上が遠征を終えて、暫くは平穏な日々が続いたけれど、ぼくに対する教育や訓練は何ひとつ緩まる事はなかった。

 朝から昼までの勉強と、昼から夕方までの実務訓練のルーティンがぼくの日課になっていた。

 毎日くたくたになりながらも、少しずつ剣術が上達しているのを感じた。

 身交わしだってお手のものだ。

 何より嬉しかったことが、父上に剣の手合せをしてもらえたことだ。

「デュオは上達が早いな! 」

「ほんと? 父上?!」

「ああ。」

 嘘でも褒めてもらえたことが嬉しかった。

「デュオは頭の回転が早いな! 次にこうくると予測して移動するのに長けている。」

「それってただ逃げ回ってるって意味じゃ……」

「そうではない。戦場では予測出来ない事が多々襲ってくる。その時、瞬時に判断し行動する力があるかどうかはとても大事なことなんだぞ。」

「そう……なんだ?」

「うむ! だから、今の動きを忘れず毎日継続して訓練に勤しめ。お前はいつか、この国を守れるくらい強くなる!」

「うん! 父上! ぼく、がんばる! がんばって将来立派な王様になるよ!」

「ふっ!頼もしいな!」

 父上の言葉が励みになって、ぼくはどんなに苦しい訓練でも決して弱音をはかなかった。

(ぼくの目標は、何でも出来る大人! 強くなってずっとずっと父上のそばで父上を支えて国を守ること! ハミルトンの平和を守る立派な大人になるんだ!! ぼくがんばるから、父上、母上、見ていてね)



「デュオ様大丈夫かしら? 立て続けに特訓と勉強もしているのでしょう? お体を壊さないといいんだけど……」

「食事の時以外はずっとああやって集中なさっているから心配よね」

「ほうら! 油売ってないでそう思うなら、私らは王子様がゆっくり休めるように部屋の環境整えるよ! ほらっ、仕事しごと!」

「んも〜マゼンタさん、今お尻叩きましたねー! セクハラですよぉ?!」

「女同士でセクハラもなんもあるもんかい! とっととおいで」

「はぁ〜い」

 デュオの頑張りは、城の騎士や召使いの間でも有名になっていた。

「今日は東洋から伝わった薬膳料理を作ってデュオ様を喜ばせるぞい! ああん♪ や〜くぅ〜ずぇ〜んりょお〜うぅりぃ〜で〜心も体もぽっかぽか〜♪」

「そんな変な歌いいから! とっとと手ぇ動かしておくれシールさん! 」

「そうですよシールさん!」

「そうですよ! シールさん! その歌気持ち悪いからやめてください!」

「なっ……!」

 王子を気遣い、厨房のコック達も張り切っていた。


 その後もデュオは厳しい訓練を重ね、どんどん

成長していった。

「はぁあああ! てやああああ!」


「よし! 今日はここまで!」


「お疲れ様です、デュオ様! さすがです! どんどん腕を上げられてますね。」

「陛下もこんなに優秀な跡取りがいて、さぞやお喜びでしょう。」

「跡取りだなんてまだ早いよ! それに父上はまだまだ健在だよ。ぼくは、父上の補佐が出来ればそれで良いんだ……」

「は! これは大変失礼致しました。」

(父上が亡くなるなんて、そんな縁起でもないこと考えたくない……。

だからこそ、ぼくは、誰よりも強くなって側で父上を支える。そう――、決めたんだ)

「よし! もう一回!」

カキンカキンカシャーン

「もう一回!」







 









 




















 











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