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天使の涙―王子と奴隷娘―  作者: 星咲ののあ
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―疑問―

 夕方、ハミルトン城内の厨房ちゅうぼうには世話しなく動き回るコックや召使の姿があった。

「あんた、新人だろ! 忙しいんだから、だまって見てないで手伝っておくれよ」 

 太っちょ女が大きな声で指示を出す。

「は、はい! な、何をすればいいですか?」

その中に、せかせかと忙しく厨房を動き回る幼い少女の姿があった。


アリーチェだ。


「窯の中にそこの生地きじを入れておくれ」

「わ、わかりました!!」 

 アリーチェは、自分の肩より倍以上も大きな鉄板てっぱん両端りょうはしをしっかりとにぎめ、熱気を放つかまの中に力いっぱい押し入れた。

「あんた名前は?」

「アリーチェです」

「そうかい、まだ子どもだね。ああ、シールさん! そっちはどおだい?」 

 太っちょの女が世話しなくアリーチェに問いかけたかと思ったら、今度は向かいでパスタを炒める痩せ型男性に話を振る。


「あと1分30秒、29、28、27……23……」

 パスタの男性は、麺にバターを手際よく絡めながらカウントダウンを始める。

「ああ、アリーチェ、それが終わったら今度はこっちのスープをたのむよ」

「はい! かしこまりましたっ」

 額から流れる汗を軽く拭うとアリーチェは手際よくスープの入った大釜おおがまの中身をかき混ぜた。

(まさかこんなところで料理のスキルが役に立つなんて思っていなかった。メアーナの厨房に頻繁ひんぱんに出入りして、料理のお手伝いやコックさんの仕事ぶりを観察していた甲斐かいがあったわね)


「よ~し! パスタあがり! マゼンタ!」

「はいよっ! こっちもオッケーさ!」

 魚介やトマト、ハーブの香りが混ざり合った美味しそうな匂いにつられ、きゅるるとアリーチェの腹の虫が小さく鳴った。


 アリーチェが厨房から開放されたのは夕方に差し掛かった頃だ。

「もういいよ。あんたは王子様の所に戻って。ほらさ、いろいろ準備とかあるだろう。デュオ様はカリフ様と違って気性が激しいからね。くれぐれも粗相そそうのないようにね」 

 太っちょ女のマゼンタは気立てのいい、厨房の姉御肌的あねごはだてき存在そんざいのようだ。もの言いははっきりしていて男らしい気質きしつの持ち主だが、実はとても面倒見がよくアリーチェは今日だけで何度この女性のフォローと声掛けにに助けられたかわからない。


(デュオ様に……さっきの今で、いったいどう接すればよいのか……)

 どんな処分を下されるのか考えただけで恐ろしかった。けれど、

(行くしかないんだ! )

 アリーチェは一度深く深呼吸をして、恐る恐るデュオの部屋のドアをノックした。



「失礼いたします」

 部屋に入ると、沢山の本の山に囲まれ、机に向かう少年の姿があった。少年はすでに真っ白なスーツの装いで、装飾をほどされた木製机もくせいづくえに向かい真剣に書き物をしている。

 窓から差し込む夕日が逆光ぎゃっこうとなり、アリーチェには顔まで確認はできなかったが、彼のブロンズの髪の毛がキラキラと光をびて一瞬宝石のように見えた。しかし、直ぐにデュオ様だとわかった。


「何だ? 準備ならもうんでる」

 

 無視をされるかと思ったが、そうはならなかった――。

「あ、あの……、先ほどは大変失礼な言い方をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 アリーチェは机の目の前まで向かうと、深々と頭を下げ謝罪しゃざいした。


 デュオが木製椅子もくせいいすからカタンと立ち上がりゆっくりとアリーチェの目の前まで近づいてくる。


すると……


彼は突然アリーチェの襟元えりもとつかみ上げ言った。


「――!! ……っ!」

「お前の目的はなんだ!父上はいったい何をたくらんでいるのだ」

「???!!! ……目的……? なん……の……ことですか」 

 掴み上げられた襟元にぎゅっと力が込められるのを感じた。


とぼけても無駄だ。 ……そうか、まるで人形だな、ぼくは」


(え?)


デュオの瞳が一瞬悲しそうに見えた。

 

 少年はゆっくりとアリーチェの襟元から手を離すと、アリーチェを残し静かに部屋を出て行った。力から解放されたと思った瞬間、アリーチェは呆然ぼうぜんとその場に立ち尽くした――

(どういうこと?)


『デュオ様は気性が荒いから』


 ふと、マゼンタが厨房で言っていた言葉が頭を過ぎる。

(デュオ様? なんだか焦ってた? そして……とても切ない顔をしていたわ……怖かった……)

 掴まれていた襟元は軽く乱れ、心が落ちつかない。


 困惑こんわくした表情のアリーチェは慌てて服装を整えると呼吸を整え部屋を後にした。


 デュオが出て行ってまもなく、城では盛大な宴が開催される。



「ハミルトン王国万歳! 国王陛下万歳!」 


 大広間に兵士達の大きな歓声かんせいひびき渡る。


「……我々は今回の遠征により、イザックを無事ぶじ統一とういつすることが出来た。皆の者、今回は大変ご苦労であった。心から礼をいう。しかしながら、イザックではまだまだ治安ちあんの悪化が深刻しんこくな問題となっている。続いてはトゥリトス国境をて直し、衛生管理えいせいかんり徹底てっていするとともに、急病者きゅうびょうしゃ救護人きゅうごにん後日ごじつ派遣はけんすることとする。皆の者、どうか宜しく頼む――」


「ハミルトン王国万歳! 国王陛下万歳! ハミルトン王国万歳! 国王陛下万歳!」

わあぁと歓声がわき上がる。


 大広間いっぱいのテーブルに並べられた沢山の煌びやかで豪勢なご馳走と酒、今回のイザック制圧による達成感で兵士達の士気しき一層いっそう高まった。


 そして盛大な宴は夜遅くまで続いた――。

 アリーチェは、宴の間中デュオが心配で彼が見える位置で待機していたのだが、デュオは疲れた顔をいっさい見せずに、わずか十歳とは到底とうてい思えないほどりんとした様子だった。

 城の者が代わる代わるデュオに話しかけるも、彼は毅然としたままの態度で応対おうたいを繰り返す。三時間以上も綺麗な姿勢や礼儀作法れいぎさほうを保つことは一般の大人でも難しいというのに、自分よりも二歳も年下の少年が愚痴ぐちのひとつも吐かずに行っている。


(疲れていてもおかしくないのに……やっぱり王家の人間ね。性格はかなり問題あるけれど、礼儀作法はとてもしっかりしているわ。デュオ様は行儀に対して、相当厳しく教えられてきたのかも知れないわ。人形……あれは一体どういう意味だったのかしら?悲しそうな表情の意味は? ……何か、深い事情がありそうだけれど……)


 朝から働き通しだったアリーチェの体は疲れてくたくただったが気合いと気力をふるい立たせ、何とか平静を保っている。あと少し、あと少しと自らに強く言い聞かせていた。

 すると突然とつぜん背後はいごから声が聞こえ、アリーチェの視界がいきなり暗くなった。


「お・ね・え・さん」

「きゃあ⁉︎」

「へへっ! やっぱりそうだ!」

 目隠しをされて、一瞬視界がさえぎられたのがわかった。

 直ぐに手は外され、アリーチェの後ろからひょっこりと小さな男の子が顔をのぞき込む。

「へ⁈ カリフ様⁇」

 びっくりして、思わず声が裏返った。

 急に話しかけられてトクトクと胸の音が鳴り響く。

「えへへ、びっくりした?」

 アリーチェの前で男の子は白い前歯をにぃ〜っと出し、はにかんで笑うと、

「おねえさん、ここで何をやってるのー?」

 、と笑顔でたずねてきた。

「あ…えっ、と私は……」

 アリーチェが答えに詰まっていると、男の子は気にせず話しを続ける。

「ぼくはねっ、おとなの話しが退屈たいくつだから、抜け出して来ちゃったんだ」

 へへっと男の子はイタズラっぽく笑って見せた。

「だ、か、らぼくがここにいることはぜったいにぜったいに秘密にしてね!」

「は……い。承知しました、カリフ様……」

 

(なんだか調子がくるうわ……)

(今朝も思ったけれど、人当たりが良くて、とても明るいお方)


「……ところでカリフ様?こんな所にいて本当に大丈夫なのでしょうか?」

「うん! 大丈夫だよっ」

(いえいえ、大丈夫ではないと思うのですが……)

「名前……」

「え?」

「おねえさんの名前、まだ聞いていなかったよね?」

「あ……! これは失礼しました。えっと……改めまして、カリフ様。私の名前はアリーチェ。アリーチェ・テュアル・メアーナと申します。本日から、デュオ様のお世話係としてこのお城につかえさせていただいております。どうかよろしくお願いいたします」

 アリーチェは、スカートのはしを持ち上げ丁寧にお辞儀じぎした。

「ふふっ、かしこまらないでよ。アリーか。可愛い名前だね」

 カリフは太陽のような笑顔で微笑びしょうした。

 わぁ……可愛いらしいお方――。

 アリーチェの胸がきゅんと高鳴った。

「今度はぼくね!」 

 カリフは右手を胸に当て、王家ならぬ奥ゆかしいお辞儀をして自己紹介をする。

「改めてアリー。ぼくはハミルトン王国第二王子、カリフ・アレクサンダー・ハミルトン。よろしくね」

「宜しくお願い致します、カリフ様」

「こんなに可愛い召使いさんは初めてだよ。嬉しいな、ぼくとも是非ぜひ仲良くしてね、アリー」

「まぁっ。はい! もちろんでございます。わたくしでお役に立てることでしたら、なんなりとお申し付けください、カリフ様――」

(不思議な男の子……。小さいけれど、なんてよくできたお方なのかしら)


 白銀色はくぎんいろに輝く指通りが良さそうな白髪はくはつは、そこらにひとりといないこまやかな繊維せんい集結しゅうけつで、笑顔は昔読んだ書物の中に登場するだまりの英雄えいゆうのようだ。

(何という本だったかしら……?)

 アリーチェはうっすらとした記憶を辿たどろうとする。

 男の子は、紅色のマントを身につけ、その高級感と鮮やかさに負けないくらいの自信と笑顔に満ちているにもかかわらず、ひかえめで場の雰囲気にとても順応じゅんおうしている。


「ここにおられたのですね、カリフ王子」

「げっ⁈ エドガール⁈」

 男の子は、焦って気まずい顔をした。

「げとは何です? いきなり居なくなるので捜しておりました。さぁ、席にお戻りになりますよカリフ王子」

「えー⁈ 見つかるの早いよ……」

 カリフは観念かんねんしたようにひとつ溜息ためいきいた。


「……はぁ、仕方ないか。アリー、ぼくそろそろ戻らないと。話せてすごく嬉しかったよ、ありがとう。じゃあまたね」

 男の子は最後まで笑顔だった。

「おや、あなたは……先程さきほどの……」

「あ……」

 アリーチェはエドガールに深々とお辞儀じぎする。

「本日はご苦労さまでした……訳もわからず大変な思いをされたことでしょう」

「いいえ……」

 はいとは言えず、アリーチェはただ首を横に振った。

「あなたはデュオ様を……」

「はい……?」

「いえ……。何でも……。しばらくの間は先ほどのお部屋をお使いください。後日、具体的な城内業務についてお知らせ致します――。では私はこれで」

 深々とお辞儀をした後エドガールはアリーチェの前からいなくなった。






























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