side B
ようやく俺は、腕から神崎を解放した。
神崎はゆっくりと瞳を開いた。
神崎……。
シャープな顎のライン、知性を感じさせるきゅっとかみしめた紅い口唇。
何より俺をストレートに見つめるそのまなざしは、在りし日の玲美そのものだった。
俺は……。
神崎が俺から視線を外し、俯いた。
その両の瞳から涙が零れ落ちる。
「神崎……」
俺は、あいつを抱き締めようとした。
しかし。
俺の右手は宙を彷徨い、虚しく俺は拳を握る。
玲美──────
二年前のあの夏に自ら逝った俺の亡き最愛の彼女。
その玲美と同じ顔を持つ神崎……。
俺は、神崎の涙を見ているのか、それとも玲美の幻に憑かれているのか。
俺には自分の気持ちに自信がなかった。
息詰まる空気が流れていく。
それでも俺は、それ以上動くことが出来ずにいた。
「……帰る」
そう不意に呟くと、神崎は踵を返した。
「神崎」
俺はとっさにその後ろ手を掴んだ。
「離して!」
神崎は俺の手を振り払おうとしたが、俺は掴んだその右腕を離さない。
神崎は俺に背を向けたまま尚、強く腕を引いていたが、とうとうだらりとその腕をおろした。
「帰ろう。送っていくよ」
そう言うと俺は、神崎の肩を抱き寄せる。
何の躊躇いもなく女に触れられる俺の慣れた行為。
俺はしょせん、そんな男だ。
肌を刺す冬の夜の冷気は、そんな俺の冷たい性のようだと、思った。
了
本作は、黒森冬炎さま主催「劇伴企画」参加作品でした。
参加させて頂いた黒森さま、お読み頂いた方、どうもありがとうございました。