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シーフの俺が酔っぱらいにしてあげられること

もう少しで山場にいくはずです!もうすこしお付き合いください!


 日も傾き、空に夕闇が広がる頃。


 ジークはスラム街の外れの一角にある古い屋敷を見上げていた。壁に取り付けられた松明が辺りを照らしだしている。


 朽ちかけた建物が密集したこの一帯において、門扉からして場違いに仰々しい屋敷だ。


 屈強そうな門番が一人、すぐそばの壁に腕を組んでもたれていた。ジークは早足に近付く。


 「よぉ、入れてくれ。あんたの飼い主に呼び出されてるんだ。」


 暫しの沈黙の後、男が気だるげに動いて人一人通れるくらい扉を開く。


 「ちっ、入れ」


 ジークは男を横目に言われるがまま素直に入る。中は全体的に薄暗く肌寒い。時折何処かの部屋から品のない笑い声等が聞こえてくる。


 ここは言わば非合法のシーフギルドと言うべきか。集団で盗みを行い、あまつさえ非合法なドラッグをさばいている。


 スラムをスラム足らしめている要因の一つだろう。殺しなんかのきな臭い黒い噂が絶えず流れてくるような場所だ。


 しかし、それだけにここスラムや裏社会では一定の力を保持しているのも事実。ドブネズミたちの生きる術の一つでもあるのだ。ここに出入りするジークもそんな一人だ。


 少し見上げるほどの大きな重い応接間の扉をあけるとまず始めに目に入るのが趣味の悪い絵達だ。


 間接照明のようなぼんやりとした灯りで照らされた部屋の奥には、一人の男が高そうな椅子にふんぞり返っていた。


 まるでどこかの国の王であるかのように振る舞うこの男こそ、レイグリッチ・ファミリーのボスであるレイグリッチだ。


 レイグリッチはいわゆる成金趣味な身なりの男だが顔はなかなか端整だ。顎髭を丁寧に整えており、その指にはおよそスラムの出身とは思えない金のリングがいくつも嵌っている。


 「来たぞ。用件はなんだ?」


 ジークがぶっきらぼうに問うとレイグリッチお付きのいかつい男が一歩前にでる。


 「てめぇ、口の聞き方がなってねぇなぁ」


 「これは失礼、犬にも言葉がわかるなんてね」


 「噛みつかれてからじゃあ遅いんだぜ?」


 「だから首輪がしてあるんだろうよ、なんなら骨もいるかい?」


 「てめぇ……」


 男がもう一歩近づこうとしたその時、低い笑い声が遮る。レイグリッチだ。


 「はっはっはっ!お前は凄いな、その度胸には目を見張るものがある、例えそれが虚勢だとしてもね」


 ジークもここは口をつぐむ


 「前戯はそのくらいにしておけ……」


 レイグリッチの言葉を聞くとお付きの男はすんなりと下がった。


 「俺はお前の事を気に入ってるんだ、言われたことを忠実に守るからな」


 レイグリッチはワインを一口飲むと満足げに続ける。


 「正式にファミリーに入る気はないか?こそ泥のようなケチな仕事ばかりやっていても食うのには困るだろう?」


 ジークは冗談だろと言わんばかりの顔をして毒づく。


 「困ってるのはあんたがほとんど持って行っちまうからだろうが」


 「おっと、そうだったな。だがスラムのガキが私以外から薬なんて買えるのかな?」


 レイグリッチは始めから分かっていたように嫌みったらしく笑う。


 「……ファミリーになる気はねぇ。入ったが最後死ぬまであんたの飼い犬になるんだろう。そんなのはまっぴらごめんだ。」


 「金があっての自由だと思うが。」


 「金で買う自由なんていらねぇよ、俺は妹さえいればそれでいいんだ。」


 「しかし、その妹もタイムリミットが近づいているのではないかね?薬の代金が貯まるのとどちらが先か……」


 「てめぇ……」


 今にも飛びかかりそうな自分を必死に押さえようと、ジークは震える拳を握りしめた。それを見たレイグリッチは頃合いを見計らったように口を開く。


 「まぁ、いい。起死回生のチャンスをやろう。」


 「チャンス?」 


 警戒心もあらわにジークが問いかける。うまい話には裏がある。安易に飛びつけば痛い目を見るのだ。


 「この街になんと勇者様が来ているらしい。驚くだろう」


 「いや……勇者も所詮人の子だ」


 感動のかけらも見えないジークの言葉を聞きレイグリッチは少し眉をひそめた。


 「夢のないガキだな…まぁいい。そいつから勇者の記章を奪ってこい」


 ジークは沈黙していた。


 「くく、返事は分かっているぞ。お前は忠実だからなぁ……」


~~


屋敷を後にしたジークはつてを辿って勇者の情報を集めた。集まってきた情報によれば、ブロンドの髪に青目で帯剣しているらしい。


勇者の名は「アレクシス・ヴァン・クルス」だ。


 「けっ、名前まで清められてそうな響きだぜ」


 ジークは悪態をつきながら夜の繁華街を歩いてゆく。


 繁華街は夜も明るく華やかでそこらじゅうの酒屋(パブ)から楽しそうな笑い声や音楽、それに怒声が響いてくる。


 ジークはこの雰囲気が嫌いだった。自分とは到底違う世界のような気がして取り残されたような感覚に陥るからだ。


 それからジークは目的のパブを見つけると吸い込まれるように入っていった。

同時にうまそうな料理の匂いと、きついアルコール臭が鼻を刺激する。


 軽快な音楽が辺りをつつみ華やかな広い木造の店内では多くのウェイトレスが立ち働き、数十人は客が入っているだろうか。


 勇者の宿の提携店らしい。夜になればおそらく勇者はここに来るだろうと踏んでの偵察だ。


 「いらっしゃーい!!空いてる席にどうぞー!!」


 どのウェイトレスが叫んだかもわからないが、よく通る高い声がジークを誘導した。


 ジークは店の比較的空いている角の一席に座った、かなり活気のある店内だ。客の雰囲気も良く、少なくとも怒号はない。


 「なんにするかい?とりあえずはエール?」


 いつの間にか目の前に綺麗なウェイトレスが立っている。そうは言ってもジークはあまり酒に馴染みがない。


 「あぁ…じゃあ…それで」


 促されるままにエールを一杯頼んでしまう。ウェイターが去ってから無駄な出費をしたと顔を顰めた。


 そんなことより勇者一行だと辺りをそっと観察する。一行にはわかりやすい目印がある。


 黒い三角帽に赤目の女のウィザード。それに青髪の女の神官(プリースト)だ。青髪はなかなか目立つはずだが、辺りには見当たらない。


 神官(プリースト)がいないとなると金髪青目の勇者か三角帽のウィザードを探すほかない。


 「へいおまち!!」


 いきなり近くで大きな声がして少し驚く。どうやら勇者探しに集中しすぎて周囲への警戒が疎かになっていたようだ。振り向くと今度は長身の綺麗なウェイトレスがエールの大ジョッキを持って立っており、音を立ててテーブルに置いた。


 「ここは食い物も最高だよ!!」


 忙しいのかそれだけ言うと足早に去ってゆくウェイトレス。取り残されたジークは少し気圧されていた。


 見渡してみると、他のテーブルにもズドンズドンと荒っぽくエールが置かれている。 


 やや戸惑った顔をしながらジョッキに口をつけるが、そのまますぐに置く。


 「こんなものに金を払うのか。だが残すわけにもいかないか……」


 出てきてしまったからには仕方がないとジークが二口目を飲もうとしたその時だった。大きな音と共に男が吹っ飛んできた。巻き込まれたジークのテーブルがエールを派手に巻き散らしながら横転する。


 「てめぇが私の体をさわったんだろうがよ!!」


 響き渡る女性の声。賑やかだった店が一瞬静まりかえり、「なんだ?」「どうした?」とざわめきが広がってゆく。すると、倒れ込んだ男が


 「ちょっとくらいでピーピー叫ぶんじゃねぇよ!!減るもんじゃあるまいし!!」


 「なんだと!!てめぇ!!」


 良く見ると女も男も泥酔しているようだった。男が顔を真っ赤にして大きく拳を振りあげる。


 「女だからってなめてると!」


 鈍い音が響き、酒場が一瞬静まり返る。


 「いってえ……」


 ジークが口の血を拭いながら男を睨み付ける。間に割って入ったのだ。


 「な、なんだお前、すっこんでろ!」


 男は急に割って入ったジークに動揺しつつも声を荒げた。


 「女に手をあげるようじゃ腰の立派な剣もお飾りだな」


 「なんだと!!」


 ジークはまじまじと男の顔を見る、ブロンドの髪に青い眼、物々しい剣。

こいつが勇者で間違いないだろう。


 「てめぇ、俺様が誰か分かって言ってるのか?」


 「お前が誰だろうと関係ないね」


 周囲から嫌な歓声が起こる。騒ぎを肴に酒を飲もうという空気だ。


 「あのさ、格好つけてるとこ悪いけど私の問題だから下がってな」


 女がジークの肩に手をかける。


 「は?別にカッコつけてるわけじゃねぇ、俺は自分のエールを溢された事に腹がたってるだけだ」


 「え?そうなのか?」


 女も驚いたような顔で答える。


 「まだ一口しか飲んでねぇんだ。このツケはどう返してもらおうか……」


 すると男が剣に手をかける


 「お前の血をジョッキに注いでやる。それでツケはチャラだ。」


 「俺の血じゃあこの店だと釣りが足りねぇ。お前の安く穢れた血なら丁度いいんじゃないのか?」


 「てめぇ!!」


 ジークの挑発を受けた男が剣の柄に力を込めた瞬間、女将の怒声が飛ぶ。


 『あんたたち!!外でやんな!!!』


 ジークはその忠告を無視し、問答無用で間髪いれず男の膝を正面から蹴り飛ばした。


 相手はネズミを潰したような声を出し、四つん這いに倒れる。


 床に転がった剣の鞘からは少し刀身が出ていたが、完全に抜かれる前の一瞬の出来事だった。


 『あんたたち!お代はいいから出ていきな!ここは決闘場じゃないんだよ!!』


 周りで酒を飲んでいた男達からの歓声を受けながらジーク達は女将に酒場から放り出された。


 街路でそれを見ていた人達は白い目を向けながら3人を避けるように歩く。

恐らくタチの悪い酔っぱらいに見えていることだろう。


 「悪いな、あんた」


 ダークブラウンの髪の女がフラフラしながら言った


 「まぁ俺のエール代が浮いたからいいよ。殴られた分はこいつに返してもらうけどな。」


 「お、おれは勇者だぞ……!こんなことして、ただですむと思うなよ!?」


 足を押さえながらうずくまる男は叫ぶ。


 ジークが男に手を伸ばす、勇者の記章を探ろうとした瞬間耳元で叫ばれ手が止まる。


 「あんたが勇者!?笑わせないでよこのブス」


  ジークの動きが完全に止まる、男がプルプルと震えながらまさかと声をだす。


 「ブ、ブスぅ?」


 「そうよ、本物の勇者はもっとイケメンだしあんたみたいに勇者を権力に威張り散らかす小物じゃないわよ」


 「な、なんでわかんだよ!!そんなことを!!」


 「なら、あんた勇者の記章を出せるのかしら?」


 「き、記章?ねぇよ……」


 そこで女はバカにしたように手を振りながら高笑いをした。


 「アハハハハ!記章もないなんてギルドにすら加入してない野良冒険者?その剣はやっぱりお飾りなの?いや、冒険すらしてないただの詐欺師かしらね、どうせ勇者の噂を聞いて美味しい思いをしようって魂胆なんでしょ?」


 「ぐ……言わせておけば……」


 ジークはその一部始終を黙って聞いていた。この話が本当ならばこいつは偽勇者で、おまけに記章も持っていないということになる。


 つまりは今日一日は殴られ損ということなのだ。


 こいつから記章を盗もうと算段していたが、そのアテが外れることになる。


 そうなるとこの髪の長い女と、ブロンドのバカ男に構っている場合ではなくなってしまうのだ。


 「くそ、ハズレか……」


 「はずれ?なんのこと?」


 『あー!いましたね!』


 一人の剣を携えた青年がこちらへと歩いてくる。


 美しいブロンドの髪を揺らし、すんだ蒼い瞳。

 

 繁華街から一人浮いて見えるほど綺麗な身なり。それに相反するような白を基調とした物々しい剣。


 聞いたことのある高く優しい声が響く。


 「グレース、酒場から追い出されたらしいですね。宿にすぐ注進がきましたよ?」


 「アレク……私別に悪いことはやってないよ?」


 「はは、そうだね君は不当に誰かを傷つけたりはしないと信頼していますよ」


 「それより、この人たちは?」


 青年は申し訳なさそうにジークを見る。


 「あ、君は昼間の……!」


 「あ、あぁ……」


 「そう、名はたしかジークだったね。今回は迷惑をかけたみたいで……」


 「いや、そうでもねーよ……」


 『ああああ、あんた!?』


 偽の勇者の男が震えるように続けた。


 「あんた!勇者のアレクシスか!?」


 青年は不思議そうな表情をしたあと笑顔で答えた。


 「そうですよ、私は勇者アレクシス・ヴァン・クルスです。


 『力無き者の剣であり、弱き者の盾であれ』


 これが私を育ててくれた方の教えです。


 あなたも困っているのならお力添え致しますよ……」


 アレクシスはまっすぐな瞳で男を見据え、手を伸ばした。


 男は怯えたようにその手を避け、自力でなんとか立ち上がると足を引きずりながら逃げていった。


 「どうやら、私はこの街で嫌われ者なのかもしれませんね」


 アレクシスは悲しそうな顔をする。


 「なんでよ?」

 

 グレースが直ぐに問う。


 「ここに来て手を取ってくれなかったのは二度目です」


 そういうと、ちらっと顔を覗かれたジークは


 「あんたは眩しすぎんだよ、クズにはな」


 と自分に言い聞かせるように呟いた。


 「じゃああなたは手を取るはずですよ。」


 「はぁ?なにをいってるんだ……?」


 「だって私には、あなたがクズになんて到底思えません」


 ジークは沈黙で答えるしかなかった。こそ泥のような事ばかりやってきたが、その中で大きな声では人に言えないことも多くしてきたのだ。


 「あなたはいつだって妹のために動いているのでしょう?」


 ここまで来るとジークはやはりすこし笑いそうになった。人をまるきり信用するこのお人好しに対してだ。


 「……それだってあの時咄嗟についた嘘かも知れないだろ」


 「嘘なんですか?」


 ジークはまた言葉につまる。


 「ほら、本当なんでしょう……まぁ、ここだとなんですから宿に来ませんか?」


 「わたしも飲み過ぎたし寝たいよ……」

 

 「グレースは自業自得ですね」


 ジークはそんな二人のやりとりを見つつ言った。


「あぁ、分かった……」



~~ 


まさかこいつが勇者だったなんて……


まぁそうだよな…こんな純粋な目をした人間そうそういやしない…


俺は気付きたくないだけだったのかもしれない……


ジークなりに考えを巡らせながら華やかな繁華街を後にする。まだあの時の大きな音楽が耳の奥で響いていた。





ありがとうございました!


次は1,2日後に更新します!


良ければレビュー添削ブクマお願いします!

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