シーフの俺が妹にしてあげられること
よろしくお願いします!!なるべく毎日か二日おきに更新しようと思います!
表現や描写の添削大歓迎です。膨らましたり削ったり自由にどうぞ
「はぁ、はぁ……」
一人の青年が息を切らしながらレンガ造りの裏路地を走っている。歳は18前後だろうか。
茶色い髪に切れ長の目、細身の体躯。腰までもない薄汚れた上着をはためかせ、彼は何かから逃げていた。
「待ちやがれクソガキ!!」
どうやら商人のようだ。
ふくよかな体型で身なりは小綺麗だが、そのゆとりのある服装は走るのには向いていない。
「待てと言われてっ、待つバカがいるかよっ!」
青年の少し低い声が響いた。もう少しで裏路地を抜ける事を確認し、逃げ切れると確信した彼は飄々と軽口をたたく。
大通りは最高の逃走経路だ、人混みに紛れればどうとでもなる。目の前に眩い光が溢れてくる、そのときだった。
唐突にドンと鈍い音をたて、彼は光射す地面に放り出された。
「大丈夫かい?」
今の彼のおかれた状況には似合わない、すこし高く優しい声がした。
見上げると、身なりのよい剣士の様な青年がこちらを覗き込んでいる。
綺麗なブロンドの髪に青い瞳、透き通るような白い肌はまるで女の子のようだ。
そんな彼には似つかわしくない物々しいブロードソードのような剣を腰に下げている。
彼の純真な瞳に映る自分は妙に薄汚れて見えてしまう。彼から差し出された手を、青年は終ぞ掴む気にはなれなかった。
「おお!よかった!そこの人!そいつを捕まえてくれ!!」
すこし遅れて商人がふらふらと走ってくる。
事態は最悪だ。剣士は一体どう言う事だという表情で商人の方を振り返った。
「くそ……」
青年はぼそっと悪態つき剣士を睨む。
「止めるんなら容赦しないぜ」
「止める?なんでだい?」
「え、えぇ……?」
思わず変な声が口から漏れる。そんな青年に当たり前のようにつづけた。
「まだ状況も聞いてないのに君を止めるなんて事しないよ、それに彼が悪人って可能性だってあるからね」
青年は心のなかで考えを巡らせる
(こいつはなんなんだ、お人好しとは少し違う……今まで自分が出会った誰とも違うような気がする)
その目には虚偽や謀略なんて濁った光を感じない、青年はその辺りの判別に関しては少しだけ自信があると自負していた。
「はぁ、よかった、おい盗人!!てめえ殺してやるからな!!」
追い付いた商人は憎しみのような物がこもった眼差しで青年を見やる。
(そうだ、人間とは本来みんなこうだ。これが今まで向けられてきた目だ)
この状態でも捕まってはいない、すぐに逃げられる。冷静に逃げる算段を付けながら、青年はゆっくりと立ち上がる。
「まぁまぁ、落ち着いて…いったいなにがあったのですか?」
「なにがあったなんて話じゃねぇよ!こいつぁうちの食い物盗みやがったんだ!」
勇ましく歩み寄る商人を剣士が冷静に諌めると、それをふりきらんばかりに叫ぶ商人。ざわざわとギャラリーも増えてくる。
「はぁ、そうですか。それでは君はなぜ食べ物を盗んだんですか?」
あまりの発言に思わず笑いそうになる。
(なぜ盗んだか?そりゃあ金がないからだろうよ。しかし、こいつはどうするか……)
「妹が……腹を空かせているんだ……」
すると青年は落ち込んだ表情で言った。
(さぁて……どうなるか)
「それは大変だ、えーと、代金は私が払います。これで今回の件はチャラになりませんか?」
剣士が商人を指差しまっすぐに言う。あまりに想像と違ったのか、商人は拍子抜けな顔をしてまたすぐに怒り始めた。
「バカを言うんじゃねぇよ!!こいつは衛兵に突き出さねぇと気がすまねぇよ!今ここで殺してもいいんだぞ!?」
「殺す?」
その言葉が周囲の雰囲気を変えた。剣士の気の抜けた表情が一転し、張り付いたような真顔になる。
「もう一度だけ言いますよ、この金でどうにかなりませんか?1シルバーもあれば足りますよね」
剣士はゆったりとコインを前に突きだしただけだが、商人はオーバーに後退りする。
「あ、あぁ、次はこれじゃあ許さねぇからな!小僧!!」
そう吐き捨て、コインを掴むと商人は逃げるようにして人混みに消えていった。
「あ、本当に1シルバーで足りたかな!?足りないなら残りの代金も……!」
「は、十分お釣りが来るよ」
いつの間にか、剣士は最初に出会った雰囲気に戻っている。
「所で、流れとはいえ君を助けたんだ。お礼はいいけど名前くらいは聞きたいな」
「名前?名前はジーク。この辺りじゃあ盗人ジークって呼ばれてるよ」
「へー、シーフというとギルドの?」
ギルドとはあらゆる職業自治団体の事を指し、この場合は盗賊ギルドという自治団体を指す。
盗賊という正式な職業があり、非合法な盗みはせず主にダンジョンや悪質な組織団体に対してシーフ・スキルを使い情報や物品の収集や暗殺などを請け負うのだ。
「いや、悪いほうだ、ただの盗人だよ」
「そうなんですか、妹さん悲しみませんか?」
「……さあな」
「ギルドに入ってみたらいいんじゃないんですか?」
「簡単に言うな。紹介状もねーし入団金もねーんだ。ツテもカネもねーんじゃどうしようもないだろうが」
その言葉を聞くと、剣士は腕を組んでなにかを考え込む様子を見せた。誰がみても分かりやすい表情だ。
(くそ、なんだこいつ……ずけずけと……人の事を……)
ジークはすこし苛立っていた。優しさやお節介という名の偽善には心底飽きているのだ。そうやって騙し騙されるのが彼の世界だったからだ。
幼くから身寄りのない彼は自分で自分を守るしかなかった。それでも幼かった彼は、より力や知恵のある者に搾取されてきたのだ。守る力などたかが知れていた。
「まぁ、今回はありがとうよ、もう会うことはねーと思うがな……」
ジークはニコりと笑うと、剣士の肩を軽く叩き人混みに消えていった。
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「帰ったぞ……」
ジークの少し低い声がやけに響く。
物の少ない石造りのうす暗い部屋を、空の酒樽に置かれた古いランプがやんわりと照らしている。
部屋の隅には古いベッドがひとつあり、咳き込む少女の姿が見えた。
「おかえり、ジークお兄ちゃん……」
今にも壊れそうなか細い声。この声を聞くたびに、ジークは安心するとともに、明日にもこの部屋の闇に消えてしまうのではないかと恐怖を感じる。
「ごめんなニーナ、果物しか持ってこれなかった」
ジークは盗んだ果物袋を樽の上に置き、ベッドの縁に座り込んだ。
「ううん、私果物だいすきだよ?お兄ちゃんと食べれたら何でも美味しいしね」
満面の笑みで答えるニーナに少し安堵する。ジークの生きる意味は妹だけだ。
しかしここ数年でニーナの調子も悪くなってしまった。このスラムでの流行り病が原因だとジークは推察している。
スラムの地下には地下水道があり、不法投棄されたゴミや得たいの知れないヘドロが時折病の原因にもなる。
しかし腐りきった現王政府は見向きもしない。臭いものには蓋だ。庶民以下の彼らには人権など端から用意されていないのだ。
「すぐに皮剥いてやるからなー」
ジークは腰に差している大きめのナイフを抜くと、器用にリンゴの皮を剥き始めた。
「お兄ちゃんが剥いてくれてるの好き」
「え?」
ニーナは毛布から目より上だけを覗かせ、少し照れたように続けた。
「お兄ちゃんがナイフで皮をむくと、まるで魔法のように皮が無くなっていくの。みててとっても気持ちがいいの」
「そうか?誰でも出来るんじゃねーかな、知らないけどさ」
目を細めながら優しく答えた。
「うーん、そうかな……それでも私にとってはやっぱり特別。だってこんなに近くにお兄ちゃんがいてくれるし」
「はは、いつもいるだろ」
「ううん、いつもはいない。私最近お外に出れないから寂しいもん、お部屋も暗いし」
「……もう少しだけ我慢してな、お前の薬さえ手にはいれば外にだって出れるんだ。
そうなればもっとお前のそばにもいてやれるよ。だからもう少しだけ我慢してくれな」
ジークは、張り裂けそうな胸を心のなかで押さえながらそういった。
「うん、わかってるよ。ありがとうお兄ちゃん」
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ジークが叩いた肩に無意識に触れながら、剣士はまだ何かしてあげれたのではないか、という罪悪感を感じていた。
それでも万人を助ける方法がないことも、同時に理解していた。
「おー、いたいた!探したよ!」
背後から軽やかな女性の声がかかる。
剣士が振りかえると、いかにも「魔法使い」というような大きな黒の三角帽を被った剣士と同年代くらいの女の子が、やれやれという表情で近寄ってくる所であった。
黒のローブに内側にカールのかかったダークブラウンの長髪。目元はすこしつり目だが大きくパッチりとしていてなかなか美人だ。
剣士と歳こそ近いがスタイルも大人の女性を感じさせる。
彼女の名前はグレース・モリス。剣士のパーティーの魔法使いで、ムードメイカーでもある。剣士自身、表裏のない彼女の性格と強力な魔法力を信頼している。
「グレース……その件はすみませんでした……どうも人混みが苦手で……」
その言葉に、グレースは分かりやすく肩を落とした。
「人混みが苦手は分かるけど、迷子になるのはまたちがうでしょうよ……」
「そうですか?なにしろ田舎者なもので。人波に流されると抗えないんですよ。押し返すのも悪いじゃないですか?」
「ちょっと肩がぶつかったところで怒るような人は早々いないわよ。これくらい人の多い都会じゃね」
「はぁ、そうですか」
納得のいかない様子で考え込む。その様子にグレースはまたやれやれと手を振ると、彼の手をぐいぐいと引っ張り歩き出した。
「もう、迷子にならないでね!アイツがもう王宮に入る手続きは終わらせたはずよ。後はあなたの紋章を見せればすぐに話が通るわ」
「あぁ、そうなんですね。ありがとうございます」
「あれ?あなた首にかけた記章は?」
グレースはすこし焦った表情を見せる。
「え?……あれ……?ない?」
「ちょっとぉ!!」
昼下がりの賑やかな大通りに一組の男女の痴話喧嘩の様なものが木霊していた。先行く人たちは時おり目をやりその状況を見てクスクスと笑っている。
この日を境に盗人ジークの人生は大きく変わることとなる。
続きます!よろしくです!