1.聖女
この作品はアンリ様主催 《クーデレツンジレドン》企画参加作品です。
静かに風が吹いている。
風は運ぶ。花々の種、微かな香り、病や災害、良い物も悪い物も平等に。
今吹いている風は何を運んできたのだろうか。
悪い物では……ありませんように。
※
シスタリア王国の王都、スコルアの西、アイゼン平原の真ん中より少し上。のどかな草原の中に、静かな存在感を放つ教会が建っている。ここは聖女になるべく、幼い少女達が勉学に励む場所。
この国の聖女というのは少し変わっていて、一番高い称号を得た聖女の仕事は王都にある王宮の管理。その影響力は騎士団よりも高く、王族護衛団……騎士のエリート集団のような人達をも管轄に入れてしまう程の立場だ。
これを聞いて驚く私は、恐らく聖女に対して偏見を持っていたんだろう。聖女というのは教会に居る優しい笑顔のシスターさんだと思っていた。でも私がなろうとしている聖女というのはまるで違う。王族の身の回りの世話、王宮の管理、王族護衛団の管理……などなど。
勿論、王宮に入るような聖女は優秀な人達ばかり。むしろ私は王宮には入りたくないと思っていた。単純に激務だし、王族に仕えるなんて……私のような田舎貴族の娘には荷が重い。
「一雨、来そうね」
私は今、一緒に勉学に励んでいる少女達と共に洗濯物を取り込んでいた。一雨来そうだと嘆く少女はアルタ。少女達の中では一番年齢が高く、お姉さん的な存在。ちなみに私はアルタの次に年齢が高い。しかし姉御肌な彼女の存在感には敵わず、少女達は皆アルタを姉として親しんでいる。勿論私も含めて。
暗い雲のかかった空を見上げつつ、多少急いで洗濯物を籠の中に放り込んでいく。すると私の頬に水滴の感触が。不味い、早速来た。
「皆急いで!」
急に空が黒くなってきたと思えば、雷の音も聞こえてくる。そして次の瞬間、水滴は一気に滝のような雨へと変化。私達は折角干した洗濯物が濡れないよう、自分達の体で雨から籠を守って抱えつつ教会の宿舎へと走る。すると宿舎の扉を開けはなち、私達へ急げ急げと手招きする女性が。その女性こそ、私達が目指すべき職に就いている方。すなわち聖女。
「急いで急いで、風邪曳いちゃうわよ……!」
雨に濡れる私達を宿舎の中に招き入れる、聖女のリューネ様。腰まである長い赤髪が特徴的な、基本優しい美人な女性。元々魔術師だったらしく、その手の話をしだすと止まらないのが玉にキズだ。もう調子のいい時は一晩中、魔術について語られる。少女達が皆、船を漕いでいてもお構いなしに。
宿舎に飛び込み、リューネ様から受け取ったタオルで頭を拭きつつ、取り込んだ洗濯物の様子を伺う。どうやら少し濡れてしまった程度で済んだようだ。このくらいならすぐに乾いてくれる。たぶん。
「ほらほら、お嬢さん達、風邪ひく前に着てる物脱いで、暖炉の前に集合!」
アルタの指示に、年齢が一桁の少女達は素直に従う。ちなみに私は今年で十六だ。良くもっと年上だと思われがちだが、誰がなんと言おうと十六歳だ。
そんな私より、一つ年下のサリナは反抗期の真っ最中。アルタの指示などお構いなしに、濡れたままの服で籠を持ち、一人だけ違う部屋で洗濯物を畳もうとしている。
しかしそんな事をアルタが許すはずがない。ここぞとアルタは怪しい笑みを浮かべながらサリナへと後ろから抱き着き……
「サーリーナー! ワシのいう事がきけんのかぁー?」
まるで酔っぱらったオッサンの如くサリナに絡むアルタ。
うわぁ……あんな絡み方されたら反抗期でなくても正直ウザいんだが。
しかしサリナは溜息を吐きながら、もう慣れた……と言わんばかりに、抱き着いてきたアルタを剥がすと目の前で服を脱ぎ始める。そしてそのまま濡れた服を、アルタの顔面へと投げつけた。
「うぷ……サリナ、もっと私に優しくしてくれないと泣いてしまうぞ」
「知るか」
そのまま一人、ズンズンと下着姿で暖炉室へと向かうサリナ。その後を年齢一桁の、幼すぎる少女達が追う。私も籠を両手に持ちつつ暖炉室へと……
「ちょっと待ちな。リュネリア」
今更だが、リュネリアというのは私の名前。
アルタに呼ばれ振り返ると、そこには酔っ払いのオッサンが……いや、アルタが。
「あんたもぉ……服さっさと脱ぎなさいー!」
「ぎゃあぁぁ! 脱ぐ! 脱ぐから! その顔で迫ってこないで!」
※
薄暗い部屋の中を淡い暖炉の炎が照らしている。少女達は皆、毛布を被りながら洗濯物を畳んでいた。まだ生乾きの物があれば、アルタが率先して暖炉に翳し乾かしている。
そんな中、私は微笑ましい光景から目が離せなかった。反抗期のサリナがソファーで洗濯物を畳みながら眠ってしまい、その周りを固めるように年齢一桁の少女達が子犬のように群がっている。
サリナは現在反抗期。誰にでもぶっきらぼうな態度を取る。それは勿論、自分よりも幼い少女達にも。でも少女達はそんなサリナに心を奪われてしまったようだ。いくら反抗期とは言っても、サリナは優しい。普段ツンツンしていても、何か困った事があれば助けてくれる。私も何度かサリナに助けてもらった事がある。例を言えば、本棚の高い所にある目的の書物に手が届かない時……無言で取ってくれたり。
「サリナ、寝ちゃったか。昨日頑張ってたもんねぇ」
「……? 何かあったの?」
アルタは若干濡れてしまった洗濯物を暖炉で乾かしつつ、サリナを見て優しい笑顔を向ける。
「明日、リュネリアの誕生日でしょ? あんたのためにサリナったら……プディング作ってるのよ」
「え……プディングって……あの恐ろしく手間のかかる……」
「そうそう、あれって寝かせれば寝かせる程美味しくなるじゃない。何気にサリナ、あんたのために数か月前から仕込んでんのよ。それで昨日それを仕上げてて……結構遅くまで」
「…………」
何だそれ。普段はクールで話しかけるなオーラ出しておいて、他人の誕生日のためにプディング作るって……。やばい、惚れてしまいそうだ。今すぐサリナに抱き着いて頬ずりしたい。でもそんな事をしてしまえば、サリナの苦労を台無しにしてしまう。サリナはきっと……私に驚いて欲しいと思って……
「って……アルタ、その話……私にしたらダメな奴じゃない?」
「アンタ、心構え無いと号泣して何も喋れなくなるでしょ。サリナはあんたに喜んで欲しいのよ。号泣して喜びを表現するのもいいけど、泣き過ぎて雰囲気ぶち壊しになったら可哀想でしょ。サリナが」
「ま、まあ……心当たりが無いわけじゃ……無いけど……」
そういえば毎年毎年……私は自分の誕生日で泣かされてきた。なんだったら他の子の誕生日でも泣いてしまう。どうしても実家を思い出してしまうから……。私はずっとホームシックなままだ。ずっと、私は実家で両親と兄弟達と共に過ごすのが当たり前だと思っていた。
アルタは洗濯物をサリナの分まで全て畳み終える。そのままサリナに近づくと、その柔らかそうな頬を指で揉むようにぷにぷにと……あ、それ私もやりたい……。
「ほら、サリナ、ちびっ子達に湯あみさせてベットに運ぶよ。起きた起きた」
「ん……」
目を覚ましたサリナはギョっとする。自分の周りに、ちびっ子達が群がって眠っているからだ。でもサリナは冷静に、自分の両脇にくっついている少女二人を抱えると、そのまま湯あみ場に。なんてパワフルなんだ。そういえば元々は騎士になりたかったとか聞いた事がある。サリナの実家は王都の騎士名家だ。兄達はみんな騎士になるのに、何故自分だけ聖女なんだと……駄々を捏ねた末、ここに放り込まれたらしい。
※
ちびっこ達に湯あみさせ、それぞれのベットに寝かせる。計六人を二人一組で寝かせるのだが、組み合わせは日によってバラバラにしている。理由はあれだ、親睦を深める云々という感じだ。
「さてと……じゃあ今日は私一人で寝るから。サリナとリュネリアは一緒のベッドで寝なさい」
「……今日は私一人で寝る」
そのまま一人用のベッドへと向かうサリナ。そんなサリナの肩を掴み、アルタは不穏な笑みを浮かべ……
「サリナぁ……リュネリアの事……嫌い?」
そんな事を言い出した。
「…………」
するとサリナは無言で二人用のベッドへ。なんてことだ。サリナってば……こんな可愛い性格しているとは。いや、知ってたけど。
「じゃ、おやすみー」
言いながら一人でベッドに潜り、就寝に着くアルタ。私もサリナと同じ布団の中に潜る。二人用のベッドとは言え、体が触れ合うくらいには狭い。一人で寝たがっていたサリナに少し申し訳ない気持ちで、出来るだけ縮こまる。しかし……
「……ん? さ、サリナ?」
サリナは私の腰に抱き着きながら、そのまま胸に顔を埋めてきた。まるで私を抱き枕のように足も絡めてくる。
な、なんだ、一体何が起きている。
「……嫌いじゃないから……」
思わず鼻血が吹き出そうになった。
なんだったら血の涙でも何でもいい。何か出さないと顔が熱くて熱くて脳が沸騰してしまいそうだ。私はそのくらい顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。サリナとここで暮らし始めて二年程経つが、こんな大サービスをされたのは初めてだ。
「う、うん……私も……サリナの事大好きだよ……」
焦りまくって嘘っぽくなってしまっただろうか。
普段はクールでツンツンしているサリナが……こんなにも可愛い。
焦るなと言うほうが無理だろう。
そのまま私は、サリナを抱き返しつつ……興奮して眠れぬ夜を過ごした。
使用キーワード(ツンデレ、抱きしめ、三話で床ドン?)