彼女は何者?
列車の発車までまだ時間があった。渡欧以来3ケ月が過ぎていて、久しぶりの大和撫子との邂逅である。もっとも元来奥手だった俺は女性との会話など殆どしたことがなく、ただ同じ日本人であるがゆえに得たセルダムな一時と云える。髪を肩の下までたらした、瓜実顔のよく整った目鼻立ち、167センチの俺と同じ位の彼女は然るべき化粧とドレスアップをしていれば、まず人目を引く類の女性であったろう。しかし今は俺と同じバックパッカーの出立をしている。Can I help you?とばかり俺は彼女の言葉を待つ。
「ああ、よかった。日本の方…」といかにも安心したように云ったあと「あのちょっとすいませんが、このリュックを見ていていただけません?わたし、そこで切符買って来ますから」「え?…ちょ、ちょっと」と止める間もなく彼女はすぐ戻るからの言葉を残して切符売り場の窓口へと行ってしまう。いくら同じ日本人だからといって初対面の人間にいきなり荷を預けて行ってしまうとは些か驚きである。異性体験のない俺であるならばただそれだけで胸が躍ってしまう。発車までまだ20分ほどあるがスイス行きDTB(ドイツ国鉄)列車の動向も気になるところだ。いったいどういう人なのだろう?バックパッカーの出立からすれば団体旅行ではなく俺と同じ一人旅の身とも思うが定かではない。さらには、まさかいくらなんでも俺と同じ片道切符でヨーロッパまで来て、帰りの旅費は現地でバイトを…の類ではあるまいな、などと要らぬ憶測までするがしかし想像のし過ぎというものだろう。いくばくもなくその疑問に答えるべき、ヤッケ同様に赤いフレームザックの主が帰って来た。