イジメとソノゴ
───なんで、私だけ。
否、理由は分かってる。分かってはいる。
だけど、あんなの、私にはどうしようもない。どうしてみんな、分かってくれないの。
真っ暗な、そして異臭が鼻を焼き潰す。
鼻の奥が焼けるように痛い。拭っても拭っても、涙は次々溢れ出てくる。
そう。ここはゴミ捨て場。今は外から閂が掛けられていて、出られない。
閂はただの木とはいえ、女子中学生1人で折れるわけがなかった。折れるようなら閂の意味が無い。
もう、鉄扉を叩くのも、鉄扉に体当たりするのも諦めた。手には血さえ滲んでいた。
「もう…やだ…」
自分の口から、そんな言葉が嗚咽混じりに勝手に漏れでる。
私を助けてくれる人なんていない。私の周りにいるのは、私の見てくれを利用した女子だけだ。私に、味方なんていない。
──いつの間にか、外から聞こえるくぐもった笑い声は無くなっていた。
代わりに聞こえるのは──私をここに閉じこめた女子の、耳を裂くような金切り声。
何が起きている? 外はどうなっている? 確認する術のない私の恐怖心はどんどん膨れ上がる。
もう一度、鉄扉を叩く。ここに居てはいけないような気がして。だけれど、開かない。ゴミ捨て場から出られない。
不意に、閂と鉄扉が擦れるような音がした。
───ゴトッ。
閂の木が地面に落ちる音だろう。
それと同時に、目の前の鉄扉が開いた。あまりの眩しさに、私は手で目を覆う。
「まさか本当に人がいるとは…って臭!!」
鉄扉を開いたのは、あの3人ではない、メガネをかけた小柄な男子生徒だった。
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「怪我ないか? 大丈夫か?」
僕はゴミ捨て場に閉じ込められていた女子生徒──優奈の手を引き、立ち上がらせる。
「あ、え…うん」
「そか、なら良かった。じゃあここ離れようか」
「…なんで?」
僕は親指で3人が逃げた方向を指さす。
「アイツらがセンセー呼んできたら面倒だろ。『なんでこんな所にいるんだ』とか言われるだろ、どーせ」
「そっ…か」
「荷物は教室か? 僕もついてこうか?」
「…じゃあ、お願い」
運良く、3人と遭遇する事もなく、優奈の教室にたどり着く事が出来、部活についても、いじめについては伏せつつ休む旨を伝えられた。
…どうやって、だって?
そこはまぁ、気合いで誤魔化した。
幸いにも、優奈の家は僕の家と方向がおなじで、送っていくことが出来た。
…まぁ、親は大騒ぎだったのだが。
そりゃあ、娘がとんでもなく汚れていて、それに知らない男がセットでついてきてたらとてつもないアンハッピーセットだろう。おもちゃなんてとても貰えない。
──と言っても、大騒ぎしてた親が、『父親だけ』だったのが、僕には妙に気になった。まぁ、母親が出かけていただけだと、そう信じておこう。実際、居なかったみたいだし。
次の日。
「昨日、ゴミ捨て場の近くでなにかしていた者がいると、蜂篠たちから報告があった」
担任教師は声を荒らげる。絵に描いたような体育教師で、いつもジャージに笛をぶら下げている。
ちなみに、蜂篠というのは昨日の女子3人組のリーダー格だ。
「鈴木! お前だそうだな」
「どの鈴木だよ」
「このクラスにはお前以外居ないだろう、鈴木夢莉!!」
教師は顔を赤くしながら叫ぶ。
「聞けば、A組の優奈もいたそうだな」
「そうなの?」
「お前は当事者だろう!!」
「じゃあ、逆に聞くけど。」
声を荒らげる教師とは対照的に、僕は冷静に言葉を紡ぐ。自分で言うのもアレだけれど。
「本当に蜂篠の言うことを信じるのか?」
「な? それはどういう事だ? 優奈本人はいたと言っているらしいが」
「知らねーよ。ただ、『第一発見者の証言が真実とは限らない。』これだけは言えるんじゃねーの?」
「なんだお前は…なら、蜂篠が嘘を吐いているという証拠を出せ!! 」
「片側だけの味方をするのも良くないと思いますけどねぇ。そのくっそ狭い視点がミスリードを生むんすよ。それともなんすか、デカい体が邪魔して周りが見えませんか」
「なんだとてめぇ!!」
そこでホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「鈴木、お前は後で職員室に…」
「行かねーよバーカ」
僕は担任の背中に中指を立てる。
その後、本当に僕は職員室に行かなかった。
帰りのホームルームでは、担任教師の態度が一変していた。
ただ、僕に対しては変わらず激昴していた。
「お前…いじめがあるならば何故大人に言わなかった!!」
「だから誰もいじめ止めねぇんだろうなぁ」
「なんだその言い草は!!」
いじめを止めれば怒られるとか、誰もいじめを止めに行くことは無くなるだろう。
そもそもイジメに対して何かした教師など僕は見た事がない。
…………まぁ、僕も、1度『見て見ぬ振り』をしてしまった本人なのだが。
聞けば、昼、優奈の父親から通報があったらしい。
昨日、僕が事情を話した事により、優奈が隠し通していたものが全て父親にバレてしまったのだ。
もう隠すのは無理だと判断した優奈が全て打ち明けたのだが。
「…もう隠すことは出来ねぇぜ、どうする、隠蔽軍団」
「…誰が隠蔽軍団だ…」
「お前ら教師以外に誰がいるんだよ、とっとと責任とるこったな」