プロローグ その二
それは何とも異様な光景であった。
「ふぅ、また勝ってしまった」
そこはとあるジャングルの奥地。ひとりの男が悠然とある生物を見下ろしていた。
「にしても、正直がっかりだな」
はぁ、と何やら残念そうにため息をこぼすその男。鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。丸太のような太い手足。湧き上がる入道雲のごとき広くたくましい背中。獰猛な熊を思わせる無精ひげが生えた強面。おそらくこの男を初めて見る者たちは、彼に対し人型の野獣のような印象を受けるに違いない。見るからに只ならぬ男だ、と。
――が、今はそんな事はどうでもいい。
男は自分が見下ろす『それ』をつまらなそうに眺めながら、
「結局、コイツもてんで大したことはなかったな」
そんなセリフをぼやいた。
「しかし、あまりにも弱すぎる」
その声には、はっきりとした落胆が滲み出ていた。男はボリボリと頭をかきながら、また一つため息をついた。
「ハンター五人を食い殺し、現地住民を恐怖のどん底に陥れた『人食い虎』だと聞かされてたから、少しは期待してたんだがな」
そう。男の足元――否、首元に横たわっている生き物とは、体長4メートルは優に超える超大型のアムールトラであった。
「戦闘開始から三十秒前後ってところか」
この男も人間にしてはかなりの大柄と言える。だがそれでも、男の目の前に倒れている人食い虎と比べると、幼児と大人ほどの体格差はあるであろう。
「……」
虎はピクリとも動かない。どうやら既に絶命しているようだ。だがそれはある意味当然である。なにせその虎の首は百八十度以上ねじ曲がっており、本来許される脊椎動物の首の可動域を大幅に超えた状態で倒れているのだから。
「………………」
一切の光が失われた目を半眼にし、地面に倒れ伏したままぴくりとも動かない巨虎。人間の子供ぐらいなら軽く丸呑みできそうな大きな口からは、これまた大きな舌がダラリと放り出されていた。
「さて」
一方その虎を見下ろしていた男は、ふと思い立ったように空を仰いだ。
「今度はナニとやろうか」
きっとこの男の心の瞳には、もはや自分の眼前に横たわる人食い虎の骸など映ってはいないのだろう。
「この虎よりはいくらかマシなのがいいな」
男の口からこぼれた願望は、ジャングルに住まう数多の生物の鳴き声に混じり、消えていく。
「にしても、たまには苦戦というやつを体験してみたいもんだ」
男の名は花村天。この世に生を享けてから三十二年。幼き頃から弱肉強食、優勝劣敗の世界に身を置き、これまで戦った相手は武術の達人、屈強な軍人、野生の猛獣など数知れず。されど、公式、非公式ともにいまだ闘争においての敗北は皆無。つまりは生涯無敗である。
「まあ、どうせなにが相手だろうと結果は変わらんがな」
自他共に認める最強の名を冠する者。
「さあ、次はどいつが相手だ」
この男を知る者は皆。畏怖の念を込めて彼をこう呼んだ――。
――史上最強の格闘王と。