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プロローグ その一

 唐突ですが、皆様に一つお訊きしたい。


 ある日突然、自分が住み慣れた街から見知らぬ土地に迷い込んでしまったら、昨日まで日常生活を送っていた世界とはまるで異なる別次元のパラレルワールド、異世界にやって来てしまったら。


 あなたならどうしますか?


「ヒャッホ〜! 俺はついに異世界へやってきたんだー!」


 と、諸手を挙げて小躍りしながら大喜びするだろうか?


 いや、それはまずない。

 そういった人種もいるにはいるだろう。だが大概の者は途方に暮れるに違いない。きっと目の前の現実を受け止めきれず、一心不乱にそれを否定するための判断材料を探し回るに違いない。自分の頭の中に記憶された地元の道路。最寄りの駅。大手チェーン店や見慣れたコンビニエンスストア。もしスマートフォンなどの携帯端末を所持していたら、親兄弟や友達などに連絡を取ろうと、必死に電波が届くエリアを探し求めるだろう。


 ――けれど、一向にこの状況を全否定できるような決定的証拠は見つからない。


 ――現状を打破する方法も何一つ思いつかない。


 ――携帯の電波は依然として圏外のまま。


 それどころか。探せば探すほど。現実を知ろうとすればするほど。言い知れぬ不安と恐怖が彼の、彼女の心を支配していく……


「……元の世界に帰りたい……」


 愛する家族、友人、恋人のことを思い、ついに彼等は泣き崩れてしまうだろう。果てしない孤独感と絶望感に耐えきれず、自ら命を絶つ者も少なくないはずだ。


 しかし。


 そんな悪夢のような現実の中で、歓喜の声を上げた強者がいた。その者は、ふてぶてしくもこんなセリフを吐いたのだ。


「どうやら俺は、最高に面白そうな世界に迷い込んだようだ」


 ()の者の名は、花村(はなむら)(てん)


 曰く、常勝無敗の格闘家。

 曰く、食物連鎖の頂点。

 曰く、歴史上最強の人類。


 一般人にとっては絶望的とも言える状況下であっても、この男にとってそれは思いもよらぬ僥倖、まさに幸運そのものであった。


「やばいな、こいつは一生分の運を使い果たしたかもしれん」


 ツイてる。男は猛っていた。彼はこんな非日常をずっと求めていた。以前自分がいた世界は、正直どこか物足りなかった。常日頃からもどかしさを感じていた。


 また本気を出せなかった。


 いつも何かに手加減する日々。全力を出さずとも勝負事ではいつも自分が圧勝。せめてまともな相手がほしい。男はずっと渇望していた。そんな変わらぬ日常の中、ある日突然訪れた人生最大級の転機。手品ではない本物の魔法。いかにも空想上の生き物といった異形のモンスター達。摩訶不思議なマジックアイテムの数々。


 いまだかつて、これほど心を躍らせたことがあっただろうか?


 それは神の悪戯か、悪魔の罠か。

 あるいはその両方?

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 極上の未知が俺を呼んでいる。


「さあ、行こうか」


 そこかしこに魔物が蔓延り、魔法が飛び交う文明社会。驚天動地の異世界を、天下無双の格闘王が行く!




「ハァ……ハァ……」


 肩で息をするなんざ、一体いつぶりだ?


「もう忘れちまったよ、ハァ……そんな昔のこと、ハァ……ッ」


 着ている服はシャツもズボンもすでにボロボロ。全身傷だらけ。体力もそろそろ限界に近い。


「はは……まさかこれほどとはな……」


 まさに満身創痍。それが今の俺である。


「ガォオオオオオオオオオオオオーー‼︎‼︎」


 ボロ雑巾状態の俺を嘲笑うように、地鳴りのごとき咆哮があたりに響き渡る。


「ふぅ……まさか史上最強の格闘と呼ばれたこの俺がまるで子供扱いとはな……」


 この世界に迷い込んで早四日。


「ガウオオオオオオオンーーッ‼︎」


 現在、俺こと花村天は、小山ほどはあろう巨大なドラゴンと対峙していた。


「ったく嫌んなるぜ。これでも、前の世界じゃ向かうところ敵なしだったんだがな?」


「ガヴオッッ‼︎」


 俺が減らず口を叩いていると、ドラゴンはこちらを睨みつけながら、その特大サイズの顎をめいっぱい開いた。次の瞬間、ゼェゼェと息を切らす俺へ、トドメだと言わんばかりに灼熱の業火が降り注ぐ。


「うおっ!」


 間一髪。怪獣映画さながらの火炎放射をギリギリのところで躱すと、俺はそのまま急いでドラゴンの死角へ回り込んだ。


「危ねえ、危ねえ。もう少しで人間バーベキューにされちまうところだったぜ」


 頬を伝う汗を泥だらけの手の甲で拭いながら、俺は短く息を吐いた。もう体力も残りわずか。加えて、今のところ自分の持つ攻撃手段の中で、アイツに有効な決め手が何一つ見当たらない。


「ガヴォオオオオオオオオオオオンッ‼︎」


「……こりゃあ、いよいよヤバイかもな」


 いわゆる絶体絶命の大ピンチというやつである。


 ーーだが悪くない。


 こんな危機的状況にも拘らず、俺は自然と笑みをこぼした。


「こういう窮地を、俺は求めていたんだ」


 ボロボロになったシャツを脱ぎ捨て。眼前で山のように聳えるドラゴンに向かって、俺は一目散に駆けて行く。


「とことんやろうぜ!」


「ガォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ‼︎‼︎」


 激しい力と力のぶつかり合い。その時、俺の世界は真っ白な景色で塗り潰された……




「…………のはずだったのに」


 現実の俺は。現在死んだ魚のような目をして――いるに違いない――半ば投げやり気味にとある一匹のモンスターと対峙していた。


「ブギィイイー!」


 よだれを撒き散らしながらこちらを威嚇するソイツは、大きさは俺より一回りほど小さい人型サイズ。異形なる三本指の手には、ゴツゴツとした太い棍棒が握られている。


「ブヒ、ブヒヒッ」


「……コイツをバーベキューにしたら、それなりに美味いかもな」


 まあぶっちゃけると、まるまると肥えた二足歩行のブタである。


「て〜〜ん!」


 黄色い声援というわけでもないが。俺が全身を脱力させながら突っ立っていると、少し離れた場所から若い女の声が飛んできた。


「ボクが魔技を生成してる間、『オーク』の足止めを頼むのだよー!」


 俺にエールを送ったのは金髪ポニーテールのハーフエルフだった。彼女の名前は一堂ジュリ。エルフの血が半分混じってる癖に、耳の部分はなぜかノーマル仕様だ。ついでにボクっ娘の癖に、やたら胸がでかい。十六歳の癖に、やたら胸がでかい。


「多分あと一分ぐらいで生成できると思うから、それまでせいぜい頑張ってね〜」


 そして態度もやたらとでかい。


「……わかったよ、ジュリさん」


 俺は投げやりモードのままジュリの声に応える。


「もう! いっつも思うけど、天っていまいち元気が足りないよね。……あ、そうだ! ここで頑張ってくれたら、今度ボクが一日デートしてあげるのだよ!」


「はいはい」


 俺は気の抜けきった返事と共に手をヒラヒラさせる。こんな小生意気なガキには、ザ・適当な対応で十分だ。


(……誰がそんな見え透いたニンジンに食いつくか。こちとら見た目はお前らと同世代でもな、中身は枯れかかった三十路過ぎのおっさんなんだよ)


 正直、美少女とのコミニケーションで際限なくテンション上げが可能な時期はとうに過ぎてる。これはもう厳然たる事実なのだ。なによりも今は夢と現実のギャップが激しすぎて、何を言われても心に響かない。


「あ、いいのかな〜、ボクにそんな態度とって〜」


 一方のジュリはますます面白くないといった様子で、もしくは意地になって、オークと戦闘中の俺を誘惑してきた。


「なんなら、そのときにムフフなご褒美をしてあげても」


「おい! いい加減にしろよ、ジュリ!」


 ジュリの軽口をさえぎるタイミングで、俺の背後から怒鳴り声が上がった。


「今は戦闘中なんだぞ! 真面目にやれよ!」


「むぅ、ちょっと天とお喋りしてただけじゃないか」


 ジュリの話し相手が俺からそちらへとチェンジする。とりあえず、耳の短いポニテのエルフもどきにもう話しかけてくるなと念を飛ばしておいた。


「はぁ、ほんと昔から(あつし)って冗談が通じないよね〜」


「だ・か・ら、その冗談を言ってる場合じゃないだろうが、今は!」


 緊張感のないメンバーを叱りつけたのは現在俺が所属しているこのチームの美少年リーダー、一堂淳。ジュリの従兄。十六歳。美形のみ許される長髪男子。そして美形のみ許される美少女に命令できる系男子である。


「天! 俺も攻撃のサポートに回るから、俺にくるオークの攻撃を防いでくれ。くれぐれもよろしく頼むぞ!」


「……了解だ、リーダー」


 必要以上に後半部分を念押してくる見た目美少女系男子の指示に、俺は渋々頷いた。


「ラム! 他にも周囲にモンスターがいないか警戒してくれ! それと、弥生(やよい)は念のために、回復魔技がすぐ使えるよう準備しておいてくれ!」


「了解しましたです、淳さん!」


「かしこまりました、兄様」


 淳が大声で指示を飛ばすと、最初のジュリよりさらに離れた場所から、ジュリとは別の二人分の少女の声が届いた。


「今のところ、周りに他のモンスターさんの気配はありませんです! そこにいるオークさん一匹だけですぅ!」


 元気に返事をした方の少女が淳の指示通り注意深く周囲を見回し、これまた元気よくそう答えた。この少女の名はラム。幼い童女体型。可愛らしい黒色の猫耳と尻尾。エネルギッシュなですます口調。このパーティーの最年少である十一歳の獣人少女だ。ちなみに彼女は、ジュリとは正反対のとても素直な良い子である。


「私も万が一に備え、ただちに魔技の生成を始めますわ」


 そしてこの美少女軍団の中でひときわ光彩を放つ、落ち着いた物腰の女の子。白く透き通った雪のような肌。上質な黒真珠を思わせる深く艶めいた長い黒髪。十五歳と未成熟ながらも絶世の美貌を持つ少女の名は、一堂弥生。重度のシスコン系男子、チームリーダー淳の妹だ。


「よし! 弥生につきっきりで回復してもらえるなら、もう怖いものなんてないぜ!」


 俺はお前の発言が怖いよ。ちなみに俺の中ではこの痛い男の娘系男子の淳君も、美少女軍団の一人としてカウントされる。




「いくぞぉ! タァッ!」


 気勢を上げ、構えていた両手持ちの剣でオークに斬りつけたのは淳。中々に気合いが込められた斬撃である。彼は気合いだけは十分にあるのだ。あとついでに声もでかいが。ただ、この色々な属性を持つ少年の剣術レベルは、剣道をそれなりにやってる奴らからすれば鼻で笑われる程度だったりする。


(……基本的に残念なんだよな、この坊や)


 などと密かに思いつつ。俺は少し引いた視点から淳とオークの攻防を眺める。すると珍しく淳の二合目の斬撃が、見事オークの左肩に命中した。


「どうだ!」


「ブギイイーッ!」


 たまらずといった様子で後退するオーク。


「ブギィ、ブギーーーッ‼︎」


 だが、ブタの魔物はすぐさま体勢を立て直し、怒り狂うった形相で淳に向けて棍棒を振りかざした。


「て、天! たた、盾を、盾を頼む!」


「了解……」


 俺は返事をしつつ、いちいち言わなくても分かってるよ、と内心でぼやいた。そして右手に持っていた盾でやる気ゼロの構えを取りながら、淳を背に庇うようにオークの前へ出る。次の瞬間。


 カンッ!


 という甲高い金属音が周囲に響き渡る。無論、俺が右手に構えた盾でオークの棍棒攻撃を防いだからだ。


「ブヒィッ⁉︎」


 渾身の力で放った攻撃をあっさり跳ね返えされたブタさんモンスターは、見るからに動揺した様子で後ずさる。


「よし、ナイス盾役!」


「……」


 俺は返事をしなかった。とてもする気になれなかった。ただ言いようのない脱力感に苛まれながら、嬉々としてこちらに顔を向けてくる可愛い系男子の淳と、自分の右手にある軽自動車のタイヤほどはあろう鉄製の盾を交互に見たのち、俺は人目もはばからず盛大なため息をついた。


 こんなはずじゃなかった……。


 人知れず落ち込む俺へ、さらに追い討ちをかけるように女性陣全員から無邪気な声援が送られてくる。


「素晴らしいですわ。天さんほど盾を巧みに扱うお方を、私はこれまで見たことがございませんわ」


「うんうん。今の盾を出すタイミングも絶妙だったし。ほんと、盾役は天の天職と言っても過言ではないのだよ」


「はいです! 攻撃を仕掛けたオークも、天さんの盾のあまりの威力にビックリしてますですぅ!」


 声援の色は確かに黄色だ。だが正直全然嬉しくない。なにその盾の威力って? 肩の力をごっそり持っていかれた気分だ。盾盾うるせーよ! と彼女達の方を振り返って叫びたい気持ちでいっぱいだ。そう。ワケあって俺は現在このチームの『盾役(タンク)』に任命されている。


「ブヒ、ブヒブヒィ」


「……」


 そして今さらながらではあるが、ただいま俺達がこのブタマスクと激闘?を繰り広げているフィールドは、怪しげな雰囲気の霧深い森林ステージ、はたまた美しい緑がどこまでも続く草原ステージ、などでは無い。


「あ、兄様。もうそろそろ次のバスがくる時間帯ですわ」


「わかった。じゃあもう少し端の方で戦う。――タァッ!」


「ブギィーーッ‼︎」


「……」


 簡潔に言うと、バス停の近くの道路だ。少し遠くに目を向ければ、コンビニのような店もちらほら見受けられる。ついでながら、もう昼下がりなので人通りは比較的少ない。ぶっちゃけ『駅前ステージ』である。


(……いやいやいや、ここ異世界だよね? 異世界で当ってるよね⁉︎)


 残念ながら『これ』が現実である。


「ブギィイ‼︎」


「てーーん‼︎」


 そうこうしているうちに、また淳が豚野郎の怒りを買い、棍棒でブン殴られそうになっていた。


「はいはい、ちょっとこっちへ退いててね」


 悲鳴のような声を上げて助けを求める美少女な男の娘をそっと後ろに下がらせ、俺はとりあえず盾を前に出す。


 ――カンッ。


 しょっぱい打撃音。それに合わせて、お決まりのように豚型モンスターが派手に体をのけぞらせる。


「凄いですわ! また天さんが盾でオークの攻撃を跳ね返しましたわ!」


「うん。まさに鉄壁だね、天の盾は!」


「はいです! 天さんの盾の威力なら、どんな攻撃もへっちゃらですぅ!」


 そしてその度に俺を、正確には俺の盾を褒め称える女性陣。もはやこれは一種のコントではなかろうか。


「お、おい!さっきからオークに攻撃を食らわせてるのは俺だぜ⁉︎ 褒めるなら俺の方だろ普通は⁉︎」


 などと実に小さいことを口走る、外見はどう見ても美少女なお姫様系男子こと淳君。その傍らで、俺はもう一度、今度はその切実な思いを声に出してつぶやいた。


「こんなはずじゃなかった……」


 

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