表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

それでも私は踊り続ける


 ――あの言葉が忘れられない。


 大勢のヒト、ヒト、ヒト。

 カチコチと歯車が音を立てる。

 二本の針がガチリと動いて、頂点を指し示す。


 軽快な音楽が流れて、やっと私の出番。


 くるくる、くるくる、優雅に回る。

 ひらり、ふわり、と陽気に跳ねる。


 たった三分間の夢舞台。

 私の踊りにみんなが足を止める。


 多くのヒトの中で、小さな女の子が目を輝かせる。

 私の踊りを見て、声を漏らす。


 その言葉が、どうしても忘れられない――


***


 珍しい依頼が入った。


 肌寒くなってきた風に吹かれながら、依頼者のところへ向かう。


 僕の自宅である骨董店も軒を連ねる商店街。


 その中心に、今回の依頼人がいる。


 商店街のなかで最も大きな建物。


 といっても、古い商店街だ。大きいといっても、たった六階しかない。


 センタービルと呼ばれるその建物には、古い大きな時計がついていた。


 もうすぐ正午になろうとしている。


「急いだ方がよさそうだね」


 センタービルの正面入口を通り過ぎて、横手にある関係者入口から中へ入る。


 薄暗い階段を上って、鉄製の小さな扉を潜り抜ける。


 扉の先には、すこし狭い空間が広がっていた。


 カチコチ、と音が鳴り響く。


 巨大な歯車が壁面で回り続けている。


 ここは、さきほど見た古い大きな時計の内部だ。


 そこに一人の青年が。


「やあ、よく来てくれたね」


 作業着の上から、黒い油で汚れたエプロンをかけた青年。


 おそらく僕より五つほど年上だろう。


 彼が今回の依頼人だった。


「彼女は?」


 僕の問いかけに、彼はゆっくりと奥を指し示す。



 回る歯車の中心に、彼女は立っていた。


 青いドレスをふわりとなびかせて、こちらを振り返る。



 銀色の美しい髪に、白磁のように透き通った肌。


 ぱっちりした目とぷっくり膨れた唇、その顔立ちは西洋の美しさがあった。


 すらっと伸びた手足には、何ヶ所か包帯が巻かれている。


 彼女は、痛ましいその姿からは想像できないような優しい笑みを浮かべた。


「あら、お客さんとは珍しい」


「俺が呼んだんだ」


 作業着の青年が答える。


 それに青いドレスの女性は、諦めたような微笑みを返した。


「そんなことをしても無駄なのに。誰が来ても、私の気持ちは変わらないわ」


 突き放されるような言葉に、作業着の青年は僕のほうへ向き直る。


「こんな調子でね」


 彼からの依頼内容は、彼女の説得だった。


「わかりました。話してみます」


 ひとつ頷いて、一歩進み出る。


 正面に立った僕に、彼女が首を傾げる。


「あなたは?」


「付喪神の専門家……みたいなものです」


「あぁ、それであなたが呼ばれたのね」


 そう、彼女を説得するのなら、僕の出番だろう。


 だって彼女は人間ではないのだから。


 ――付喪神。


 長い年月を経て、意思を宿した道具たち。


 彼女もその一人だ。


「――」


 そして、近づいて確信を得た。


 一目見た時から、そうかもしれないと思っていたけれど……。


「ご自分の状態は、わかっていますよね?」


「……」


 返事はない。


 しかし、伏せた顔からは肯定の意思が読み解けた。


「そろそろ休んだほうがいいです。このままだと、あなたは壊れてしまう」


 どんなものにも終わりがある。


 いくら大事に扱っても、モノは最終的には壊れる。


 壊れてしまえば、付喪神としての自我も消えてしまう。


 つまり、彼女にとっての死が迫っている。


「ちゃんと保管すれば、まだなんとかなります」


「それでは意味がないの」


 小さくつぶやいてから、青いドレスの女性は平気そうに微笑む。


「大丈夫よ、また修理すれば」


 手足に巻かれた包帯を撫でる。


「これまでも、直し直しやってきたんだから」


 この言葉に、作業着の青年が首を横に振った。


「いや、無理だ。次は取り返しがつかない」


 技師である彼がそう言うのであれば、間違いはないだろう。


 それでも彼女は頷かない。


「踊れなくなったら、それはもう私にとって死んだのと同じなの」


 だから、どうなっても構わない――と彼女は付け加えた。


「でも――」


 僕は説得を重ねようとしたけれど、彼女の言葉が遮る。


「お願い。私は最後まで踊っていたいの」



 踊り続けること。


 それが彼女にとって一番大事なことなのだろう。



「――」


 できることなら、止めたい。


 自ら壊れることが、正しいとは思えない。


 けれども、彼女はとても切実な表情をしていて……。


 消えてしまうことへの恐怖と、譲れないモノがあるという決意の表情。


 そんな表情をされたら、


「……」


 もう何も言えない。


 さて、どうしたものかな?


 頭を悩ませていると、作業着の青年が小さくため息をついた。


「彼女の好きにさせよう」


 この言葉に、青いドレスの女性が驚いたように目を見開く。


「……本当に、いいの?」


「あぁ、うん。結局こうなる気はしていたんだ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、彼女をまっすぐ見つめる。


「あなたはとても美しいから。見た目だけでなく、生き様が」


「ごめんなさいね、私のわがままに付き合わせてしまって」


 しばし無言で見つめ合っていた二人は、同時に視線を外した。


 青年は出口の扉へ。


 女性は回る歯車へ。


「そろそろ時間ね。あなたたちも見ていってくれる?」


「もちろん」


 青年は頷きを返して、僕に視線を投げる。


「すまなかったね。依頼はキャンセルということで」


 そうして、再び扉へ目を向けた。


「もう出よう。彼女の晴れの舞台を邪魔したくない」


「……それでいいんですか?」


 どちらへの問いかけだったのか、僕自身にもわからない。


 これに二人ともが同時に答えた。


「大丈夫、ありがとう」


 どこか満足したような様子で。


***


 カチコチと歯車が音を立てる。

 二本の針がガチリと動いて、頂点を指し示す。


 時代遅れの音楽が流れて、やっと私の出番。


 くるくる、くるくる、優雅に回る。

 ひらり、ふわり、と陽気に跳ねる。


 たった三分間の夢舞台。

 私の踊りに足を止める人はいない。

 こんな古ぼけたからくり時計では、もう誰も楽しんでくれない。


 作られたばかりの頃は、たくさんのヒトが見に来てくれた。


 それも、もう遠い昔。


 でも、誰も見てくれなくても構わない。


 瞼を閉じれば、昨日のことのように思い出せるから。


 ほら、かつての光景が見える。


 ――わぁ、お人形さんが踊ってる

 ――すごーい

 ――もっと踊って


 たくさんのヒトが私を見て、笑顔を浮かべてくれている。


 それが私の仕事。


 いまでは誰も見てくれないけれど、それでも――


「あのお人形さん、すっごくキレイ!」


 ふと子どもの声が聞こえた。


 幻聴ではない。


 過去の思い出でもない。


 声のしたほうに目を向ける。


 そこには、確かに人がいた。


 お母さんにつれられた女の子が、私を見て目を輝かせている。



 ――あぁ、なんて素敵な笑顔



 まだ、私を見て笑ってくれる子がいる。


 それだけで救われた気がする。



 そう、私はこの言葉が忘れられなくて、踊り続けてきたのだから。



***


 ぱきっという、嫌な音が小さく聞こえた気がする。


「――」


 いや、気のせいだろう。



 ――リンゴーン、リンゴーン


 正午を知らせる鐘がこんなにも大きく鳴っているのだから。


 そんな小さな音が届くはずはない。



「あれ~、お母さんおかしいね?」


 子どもの声。


 お母さんにつれられた女の子が、古い大きな時計を見つめて可愛らしく小首を傾げていた。


「お人形さん、止まっちゃったよ?」



「――あぁ」


 彼女はちゃんと満足できたのだろうか?



「……」


 いや、答えなどわかりきっている。


 彼女ならきっと――


 けれど、僕は納得しきれない。


「勝手に満足して、勝手にいなくならないでくださいよ……」


 不満を漏らす。


 けれども、それを聞かせるべき相手はもうどこにもいない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ