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まいごのまいごの……



 ――おうちにかえりたい



***


 溶けてしまいそうなくらい暑い一日だった。


 日が暮れ始めて、いくらか過ごしやすくなったものの、朝から動き回っていた身としては気休めにもならない。


 早く家に帰って、ゆっくりしたい。


 見慣れた上野の街を進んでいき、帰路を急ぐ。


 変わらぬ街並みに――しかし、最近までなかったものを見つける。


 大きな立て看板だ。


 先日起きた交通事故のことが書かれている。看板の足元にはいくつかの献花があり、一緒にお菓子やジュースも置かれていた。



 小学校の低学年だったかな?


 供えられた品々を見ながら、そんなことを思い出す。



 けれど感傷に浸ってる余裕はない。


 立て看板を通り過ぎ、駅の方へ向かう。


 今日の僕は疲れている。早く帰りたい。


 しかし、上野駅手前の交差点で、信号に捕まってしまった。


 その時だ。



 ――ふええええん


 子どもの泣き声が聞こえた。



 信号の向こう岸で、女の子が泣いていた。


 周りにはたくさんの大人がいるけれど、誰一人として彼女に目を向けることはない。


「――」


 女の子は泣き続けている。


 どこかの小学校の制服を着た、低学年と思われる子ども。


 一歩踏み出せば、車道に出てしまいそうな位置で。


「…………」


 さきほどの立て看板が思い出された。



 信号が青になる。


 待たされていた人々が一斉に歩きだした。


 僕も一緒に歩を進める。そして、女の子の前で足を止めた。


「どうかした?」


 声をかける。


 どれだけ疲れていようと気づいてしまった以上、無視はできない。



 ――ふえええん


 女の子は泣き続けている。



「――」


 ここは人が多すぎる。あまり長い時間はかけたくない。


 彼女を安心させようと、僕はなるべくゆっくり話しかける。


「大丈夫。僕は君たちの味方だよ」



 ――――。


 女の子がこちらを見つめていた。


 僕の言葉の真偽を確かめるように。



 こちらの目をじっと見つめて――それから彼女は口を開いた。


 ――おうちにかえりたい


 そう言って、手を伸ばしてくる。



 迷子のようだ。


「わかった。じゃあ、僕が連れていってあげるよ」


 女の子の手を取る。


 まずは彼女の家を調べないと。


 そんなことを考え始めていたが、女の子のほうが僕の手を引っ張った。


 ――あっち、あっち


 家の方向はわかっているらしい。


 一人で帰れなかっただけなのだろう。


 なら、僕は一緒に帰ってあげるだけでいい。




 女の子に導かれて進むこと十数分。


 とある一軒家の前で、足を止める。


「ここ?」


 尋ねる僕に、女の子は無言でうなづいた。


 インターホンを押す。


 しばらく待っていると、一組の夫婦が出てきた。


 まだ若い、どこか疲れた様子の二人。


 見知らぬ僕の姿に、疑問符を浮かべている。


 反応に困っている夫婦に、僕は右手を差し出す。


「あの、これを」


 さきほどまで女の子とつないでいた手には、髪留めがにぎられている。


 ウサギの飾りがついた、少し汚れた髪留め。


 それを見た夫婦は息をのみ、妻のほうはすがりつくように髪留めを受け取った。


「――」


 彼女の願いは叶えた。


 僕にできるのは、ここまでだ。



 大型車両との衝突だったからか、事故後に原型を留めたものはなかったらしい。


 あの髪留めを除いて。


 当時身に着けていたもので、キレイに残っているモノがあった。そのことがあの夫婦をどれだけ救うのかは、僕にはわからない。


 そこまで関与する気もない。


 僕にできるのは、あの女の子の願いを聞くことくらいだ。



 夫婦を慰めたかったのか、それとも持ち主の強い意志を引き継いだのか……。


 ――おうちにかえりたい


 彼女はそう言っていた。



 人に伝えたいことがあるから――叶えたい強い想いがあるから、付喪神は現れる。


 見えてしまうし、聞こえてしまう。


 そのうえ、無視することもできない性分なのだから、こればかりは仕方がない。


 知ってしまっている僕は、あのモノたちの願いを叶えるだけだ。


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