勇者になれる機会に恵まれましたが、趣味に合わないので帰ります(三十と一夜の短篇第25回)
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
とある無料小説投稿サイトの片隅に、ひとつの広告バナーがあった。
「救世主になろう」という文字と勇者や聖女と思われるキャラクターのイラストが描かれた広告は、似たようなバナーのなかに溶けこんでいる。いや、埋没していると言ってもいい。
それを江草は何気なくクリックした。
ちょうど連載小説の続きを考えるのに疲れていたし、がんばったところでたいしてPVも増えないのだから、と得意の息抜きに走ったのだ。
跳んださきには、なにやら線香のような細い棒状のものの写真が載っている。横にはバナーにあったイラストといっしょに
「すてきな夢を見せるお香。夢のなかで英雄になりませんか?」
あおり文句を読むと、どうやらお香のようだ。詳細が書かれているのであろう細かい文字を飛ばしてスクロールしていけば、色の違う数種類の線香の写真が並んでいた。
色ごとに効能が違うのだろう、とあたりをつけて見ればそのとおりそれぞれの写真のしたには異なる説明が書いてある。
「効能、勇者。聖女。魔王とか竜王なんてのもあるなあ」
お香を焚いて寝れば、その効能どおりのキャラクターになった夢が見られるらしい。
江草に英雄願望はないけれど、もしもそのとおりに夢が見られたら悩んでいる小説の展開に活かせるかもしれない。望んだ夢を見られなかったとしても、こんなの買って使ってみました、ということでエッセイのネタにできる。
「そんな夢が都合よく見られたらめっけもんだ、と」
軽い気持ちでひとつ買ってみることにした。いまならお試し価格で五百円! という文句も背中を押した。
結果から言えば、あおり文句にうそはなかった。
効能どおりの役柄で夢を見られた。それが江草の望む展開であったかはともかくとして。
しかし、おかげで連載小説の執筆がはかどって、人気が出て書籍化でウハウハ、なんてことにはならなかった。江草が書いているのは人気キーワードのほとんどを含まないマイナー小説だからだ。まあ、あまり読まれない理由はほかにもあるのだろうけれど。
ともかく飽きっぽい江草は、一度だけそのお香を使ったきり放っていた。そんなある日。
「うん? 運営からのお知らせ?」
その日も江草はない頭をひねってあいかわらず人気の出ない連載小説のつづきをぼちぼち書いていた。そして息抜きの際に、利用している小説サイトのトップページにあるサイト運営からのお知らせが更新されていることに気がついた。
いち利用者としては見ないわけにいかない。などと理由をつけて、さっそく執筆中の小説を放った江草はお知らせを読みはじめた。息抜きを長引かせるのだけは得意なのだ。
「不審な通販バナーに注意? これ、あのお香ではないか」
なにやら怪しい販売サイトに関する注意を促すお知らせに載せられているのは以前、江草が興味本位で購入したお香だった。
「なんとまあ、あのお香を買ったひとの数人が行方不明になっているのか……?」
お香の購入と行方不明との関連性は現在のところ確認中、とのことだが、念のため該当する販売サイトを見つけても購入しないように、とお知らせは締めくくられていた。
「ふうむ」
椅子のうえにあぐらをかいた江草はお香の商品名と行方不明という単語で検索して、出てきたうちのひとつをクリックしてうなる。
表示された電子掲示板の情報によると、行方不明になっているユーザーのほとんどが小説サイト内で人気のある異世界トリップものを書いていたらしい。とある書き込みによると、数日のあいださかんに更新されたのち、ある日を境に更新されなくなっている小説が多数あるという。
こういうのを調べるのってなにしてるひとなんだろう、なんて思いながら江草はほかのサイトもいくつか目を通してみる。
「うん? お香を持っている方へ?」
そのうちのとあるソーシャルネットワーキングサービスにて、江草は気になるつぶやきを見つけた。
「行方不明者たちは夢の世界に囚われているようです。お香を持っている方、力を貸してください。みんなで行方不明者たちを助けましょう、と」
同じ投稿者のつぶやきを読むと、お香を使って見た夢はみな同じ世界であるらしいこと、使用回数が増えるたびに夢を見る時間が長くなり使い切るころには行方不明になるようだということが書かれていた。
そのうえで、使用回数が少ない方のお力を貸してください、とあり、協力してくれるひとはいついつに夢の世界で会いましょう、と日時が記されている。
「ふむ」
江草は自分の部屋にころがるお香の箱を取り上げて、のぞいてみる。
ひと箱二十本いり。使ったのは一本。のこりは十九本。
「まあ、半分くらいまでなら、だいじょうぶか」
人助けなど柄ではない。けれど、協力者に示された日時がすぐそこに迫っていることで、気が向いた。江草はお香を焚いてみることにしたのだった。
ふわ、と浮遊感を察知した瞬間。江草は鉤爪を投げて天井のすみに身を隠した。
「登場の仕方は前回といっしょか……」
天井に張り付く江草の下では、十人ほどのひとがざわめいている。
部屋の中央にかたまっているのはおそらくソーシャルネットワークの投稿を読んで集まったひとびとだろう。それぞれに鎧甲冑や足首まである衣装を身につけて、剣や錫杖を手にしている。ちなみに江草は全身黒色に覆われた忍者装束だ。
ゲームキャラクターのような格好をした彼らの前に立つ男が二人。江草は笑みを貼り付けたその顔に見覚えがあった。
「宰相と国王、だったか」
前回に夢を見たときにはそう名乗っていたはずだ。そうして、お香で夢の世界に来た者を勇者と呼び、国を救ってほしいと悲壮な願いを告げるのだ。ちょうど、江草の眼下で繰り広げられているように。
このあとの流れとしてはわけもわからぬうちに勇者さまともてはやされ、あれよあれよと言う間に出撃だ。わけもわからず剣をふるい、大勢の敵が倒れるのを見たところでくらりときて意識が暗転したのが前回の江草の記憶。そのあとは自室のベッドで目を覚まし、爽快な夢だったと気持ちよく寝直した覚えがある。
「そんな大立ち回り、すこしも忍者じゃなかろうに」
大暴れしてすっきりはしたが、江草の望む忍者には程遠かった。江草は市井にまぎれて情報を集め、有事の際にこっそりと動く地味なほうの忍者に憧れているのだ。飛び道具をびゅんびゅん飛ばして、マジックショーのごとき技を忍術と称する忍者になりたかったわけではない。
「まあ、今回ばかりはこの大技ばかりの忍者も役立つか」
言って、江草はするりと影に溶け込んだ。
勇者と呼ばれたお香使用者たちの影にひそんでいた江草だが、勇者たちが出撃する段になって宰相の影に滑りこんだ。
国王とどちらにしようか悩んだが、まあそこはカンだ。そしてそのカンがあたり行方不明になっていたひとびとの現状を知ることができた。
「元の世界に戻るためには国を平和にしてもらわなければならない、と聞かされて戦い続けているもよう」
と、行方不明者を探しに来た勇者一行の耳元でささやいたときの反応は、見ものだった。
悲鳴をあげるもの、抜刀するもの、魔法をぶっ放そうとするものとさまざまいたが、中でも耳元でささやかれたリーダーっぽいひとが耳を押さえてしゃがみこみ、真っ赤になっていたのはとても面白かった。耳が弱いらしい。
「間者か!?」
「忍者です」
「だれの差し金だ!」
「そこでもだえてる勇者さまの差し金、かな?」
「なにをしに来た!」
「えーと、助太刀?」
聞かれたことにきちんと答えたのに、怪しすぎると魔法使い風の衣装を着たひとに捕縛の魔法をかけられた。どうやら、夢の世界のひとを遠ざけて勇者一行だけで作戦会議しているところに飛び込んだのがまずかったらしい。
「自分はかまわんのですが、行方不明のひとたちは今も戦いの真っ最中であるもよう。宰相たちは消耗品扱いしているようなので、急いだほうがよいのではないかと」
おとなしく捕縛されたまま言ってみると、勇者一行のひとりに胸ぐらをつかまれた。
「おまえ、なにが目的だ!」
血の気が多そうなお兄さんである。対する江草は説明が面倒だったのであえてずれた返答をすることにした。
「ソーシャルネットワークサービスの投稿を見たひとりでっす」
言って、するりと捕縛から抜いた腕でピースサインをしてみせる。目は死んでいる。それが通常営業だからだ。
そこからは話が早かった。耳への刺激から回復したリーダーのひとが主導して、行方不明者たちの救出がおこなわれた。
宰相や国王らの聞き取り調査は、忍者っぽいことができそうだからと江草が引き受けた。
生命維持やら何やらに必要な力をすべて魔法の出力に回した強い兵を作りたいがために、魔法の使い方を知らない異世界の者を連れてきた、と言われたときはついうっかりやりすぎるところだった。しかし、おかげでお香を焚くとぐっすり眠れたわけもわかった。体が疲れきっていたわけだ。
お香販売のサイトは、擬態の魔法でできていたらしい。怪しまれずにお香を焚いてもらうために魔法の力を注いだら、たまたまああいう形になったとのこと。せっせと萌え絵を描いた異世界人がいたわけじゃ無かったのが、すこし残念だ。
それから、お香の匂いがするあいだは夢の世界に縛られることを聞き出したり(あくまでやさしく)。
今後、異世界の者をだまして戦わせることがないように約束させたり(向こうから言わせるのにすこし時間がかかったが、無理やりではない)。
面倒はそれなりにあったけれどそう時間はかからず事件は解決して、江草たちは夢の世界に別れを告げた。
そうしてお香販売サイトのバナーを見なくなってから、しばらく経ったある日。
あいかわらず人気の出ない小説を書いていた江草は、ふと思いたってとある作品を検索してみた。
「……更新、されてないな」
その作品は、お香が販売されはじめたころの日付を最後に更新が止まっている。やたらと長いタイトルを眺めながら江草はその作品の作者の叫びを思い出した。
「おれは帰らない。おれはここに居たい。ここでなら英雄でいられるんだ!」
そう叫んで戦いの場に戻ろうとしていたはずだ。江草は国王たちとおはなしするのに忙しくて、そのあとどうなったかは把握していない。
耳が弱点のリーダーが説得していたようだけれど、あれきり更新はないようだ。リーダーたちと連絡を取っているわけではないから実際のところは江草にはわからないけれど。
「……未完の作品が増えた、のか」
きっとこのままエタるのだろう。いまはまだいくらか読者が来てくれているようだけれど、じきにほかのエタる作品に埋もれて見つけられなくなるだろう。
そのさまを想像した江草はすこしだけ遠い目をしたけれど、すぐに首を横にふった。
「自分はしがない物書きだ。ならば、つづきを書かねば」
ちいさくつぶやいた江草は、やっぱり需要のない小説をつづる作業に意識をもどす。そしてその数分後には、息抜きの新着小説あさりに精を出すのだった。
なろうっぽさをいしきしつつコメディを目指したはずなのに、思わぬところに着地しました。コメディ、むずかしい。