うさ耳くんと、街のイベント ⑦
「お嬢様が、あなたと話をしたいと言っている」
――翌日になってそんなことを言われてしまった。どうやらあの女の子と、その実家は大分律儀らしかった。だってそうじゃなければ平民の、獣人である俺達と話をしようなんて思わないだろう。
「申し訳ございません。俺たちはもう村に帰るところなんです」
俺はそう口にして、関わることはやめようと判断した。だって権力者と平民が関わって良いことってあまりないのだ。
俺がもっと特別な存在か何かだったらここからの展開が広がっていくのだろう。俺が平民の出でも、圧倒的な力を持ち合わせているとかなら別。
でも普通にそういうことはない。
俺は幼いころからひたすら鍛錬は欠かさずにやっているし、同年代の子供と比べると強い方だとそうは思っている。
自惚れとそう言われてしまうかもしれないけれど、客観的に見ると俺は強い方……だと思いたい。
ただこの世界って見た目がどれだけ強く見えなかったとしても、実は強者だったみたいなロマンの溢れる展開って幾らでもあるんだよな。例えば俺の大切なノアレみたいに。
――俺は冒険もしたいなとそうも思う。だって折角異世界に来たんだから。とはいえ、異世界らしいことはちゃんと経験したいなどと思っている俺である。というか異世界に来たにも関わらず地球に居た頃と同じ生活をするのってもったいなさすぎるし。
ただ俺はあくまで平民なので、その辺は弁えているつもりだ。俺は大勢にとっての英雄になんてなれるか否かと言えば違うだろう。うん、将来的にはともかくとして今は普通に無理。俺自身が権力者相手でもどうにか出来る力を手に入れられたなら別だけどさ、まだ俺は子供だし。もし権力者と関わるにしてももっと大きくなってから。
せめて自分で全ての責任がとれるようになってからが一番だと思うんだよな。あくまで個人的な言葉だけど。
「……お嬢様およびなのですよ?」
俺の返答を聞いて、呼びに来た従者らしき人は不機嫌そうな顔になった。子供の俺に分かるぐらい顔に出るのって問題じゃないか?
俺的には、貴族に仕える人ってもっと冷静であってほしいというかそんな気分。別にプライベートまでそういった理想を押し付けたりはしないけどさ。せめて初対面の相手がいる場所ではもっとちゃんとすべきじゃね? って思う。
うん、口には出さないけれど、この人が仕えているお嬢様もそんなに凄い人に思えなくなるっていうか。
やっぱり下の人達がこういう態度だと周りから侮られてしまう要因の一つにはなりそうだし。なんて、俺が考えても仕方がないことをひたすら考えていた。向こうは俺なんかにこんな風に語られたくはないだろうけれど。
それでも思う所はやっぱりあるんだよな。
さて、これはついていかないとまずいやつか? しかし出来ればこんなものに関わりたいわけじゃない。俺はただ単に放っておけなかったから助けただけであってそれ以外の何でもないし。見返りを求めているわけじゃない。
関わって更にリスクを負う方がずっと嫌だ。
――うーん、なんて返事をするのが正解?
頭を悩ませていると母さんと父さんが俺の前に立つ。
「申し訳ございません。私達は急いでおります」
「早く帰らなければならないため、お伺い出来ないことをお嬢様にはお伝えください」
そんな風に俺を庇うように口を開いてくれて驚いた。
俺の両親って、普通の人なのだ。ただの村人だし、権力者と関わったりなんて全然しない。村でのんびりと過ごしている、ただの獣人の平民。
それでも俺がついていくことを嫌がっているのを知るとこうして庇ってくれるのだと思うとびっくりした。近くにいる兄さんも俺を心配するように見ていて、俺って家族に恵まれているとも思った。
こういうピンチの時こそ、その人本来の性格って出るよな。これが権力者に対して断ることのできないタイプの大人だったら、俺を差し出して終わりだっただろう。
それでいてそのお嬢様を不快な目にさせないようにと、そんな風に言いくるめられたことだろう。
そういう親じゃなくてよかったと改めて感じる。今世の俺って凄く可愛い見た目をしている。うさぎの獣人だし、変わった戦い方もするし。だからこそ興味本位で俺に近づいてくる人って多分いる。家族が俺のことを守ろうとしてくれているのも、俺の見た目が目立つからというのもあるだろうし。
両親の言葉を聞いて、従者の人は諦めて帰っていった。権力者相手にこんな態度問題では? とも心配したけれど、そのあたりはちゃんと問題なさそうな人だからこそこういう態度だったみたい。従者は不満そうだったけれど、お嬢様やその家は平民相手にもそこまで横暴にはしないだろうって算段はあったらしい。
「ありがとう、父さん、母さん」
俺がそう言ってお礼を言ったら、「子供を守るのは親の役割だから」って当たり前みたいに笑ってくれた。
――それから俺はお嬢様に会うことなく、村へと戻るのだった。




