うさ耳くん、戦うも負ける。
「私の勝ちね」
俺の目の前でノアレが不敵に笑っている。
そんな笑みを零しているノアレにドキッとする。胸が高鳴るのは、俺がノアレの事を好いているからだろう。
――ノアレに出会ってから一年が経過していた。
今度はこちらの村からノアレの住んでいる村に人を向かわせるということで、俺もついていった。理由はもちろん、ノアレに会うため。頼み込んだら連れていってくれたのだ。
ノアレと約束をしてから、俺は強くなりたいと思って必死に棒を振るった。そして体力をつけるためにノアレに出会う前以上にひたすらに体を動かすようになった。
それは全て、ノアレより強くなって、俺の事を考えてもらうためだった。
そして一年が経ち、ノアレと模擬戦をしたわけだけど、普通に負けてしまった。
……まだ四歳の俺と、五歳になったノアレ。一歳の差は大きいし、何よりやはり長いうさ耳というのは弱点である。うさ耳の防具は何とか作ってもらったりしたけれど重くてどうしようもなかったりと問題点が多すぎた。
とある鍛冶師は「面白い事を考えるな」と笑ってくれて、必死に改良案を出してくれているけれど実用性のあるものは完成していない。
耳。
この長いうさ耳。
やわらかくて刃物とかで切られたら致命傷になりそうな部分がうさぎの獣人の場合、長く伸びている。
この耳に関してどうにかしなければ上手くいかない。逆にうさぎの獣人は尻尾が短いのでそれは問題はないのだが……。
「負けた……」
「当然。私、体鍛えてるもの。ユーリ、私より年下」
「……でも、いつか勝つ」
「期待してる」
負けた後、俺とノアレはそんな会話を交わした。
ちなみに俺とノアレの話は俺とノアレの村、双方に詳細まで含めて全部伝わってしまっている。そのため村で棒をふるっていたりするとニヤニヤした目で見られたり、今回の模擬戦も見学者が多かったりと、少しだけ恥ずかしかったけれどまぁ、あれだけ人前でノアレで約束をしたりしたのだから仕方がないと諦めている。
ノアレの父親であるサッレグさんには相変わらず娘はやらん!という目で見られるけれど……いつかノアレに勝って、そしてサッレグさんに認められるのが理想。
俺は冒険者になって冒険したいという願望を抱いているけれど、ノアレはどうなんだろうか。例えば俺がノアレに勝って、ノアレが一緒に居てくれるとして、冒険者になる道に対してどう思うのだろうか。そういう部分も大人になるまでに確認しておかなければ。なんて、ノアレが俺の事を好きになってくれるかもわからないのに、そんな未来を期待して考えてしまう。
「ノアレ」
「ノアレ、これ」
強くなったら。
俺がノアレに勝つ事が出来たら。
そしたら考えるという約束だけど、それ以外の場でもノアレと関われる場があれば常にノアレの側に居たいと思った。
ノアレの事をもっと知りたいと思った。
ノアレが俺の事をもっと知ってくれればいいと思った。
そう思うからノアレの村に滞在する間、ノアレに何度も何度も話しかけた。
道端で見つけたお花をあげたりすると、ノアレは喜んでくれた。ノアレは強くなりたいと努力をしていて、同年代の男の子よりも強いらしいけれど、そういうお花とか女の子らしいものも好きな女の子だった。
そういうノアレのこと、可愛いなぁと思う。
少しでもノアレと限られた時間の中で交流を深めていきたいと俺は必死だった。滞在期間もそんなに長くはない。だからこそ、ノアレともっと交流を深めたくて俺はノアレの側に常にいた。
サッレグさんには相変わらず睨まれたりしているけれど、ノアレの母親に咎められていた。
もちろん、ただ交流を深めるだけではなくかけっこをしたり、模擬戦をしたり、何でもいいからノアレに勝てないかなと必死になった。
ただ、どれもノアレに勝てない。
ノアレはそういう体を動かすことに関する才能が高く、村でも一番動けるらしい。
そんなノアレに俺はいつか、勝てる日が来るのだろうかと不安が沸かないわけではない。だけど、俺はノアレの事が好きだから。ノアレの事を……いつかお嫁さんに出来たらってやっぱり思うから。だから頑張ろうと思う。
「ノアレ、好きだよ」
そういうと、ノアレはそっぽを向くけれどぴくぴくと耳や尻尾が動いていて恥ずかしがっているのが分かる。
いつでも会えるわけではないから、恥ずかしいけれど俺は好きだと伝えようと思っている。
……前世ではこんな風に好きになった人いなかったし、前世の自分が今の自分を知ったら驚くだろうなぁなんて考えたりする。
でも恥ずかしくても、恥ずかしがっているノアレが可愛いし、こんないつ死ぬかも分からないような異世界だからこそ伝えられるものは伝えたいと思ったんだ。
そんな風にノアレと交流を深めながらノアレの村への滞在期間はあっという間に過ぎていった。
……俺はその間、一勝も当然のように出来なかった。