うさ耳くんと、約束
強い兎になる、と宣言した俺の言葉にノアレは頷いてくれた。
それからノアレが村に滞在する間、俺はノアレの父親であるサッレグさんに睨まれながらもノアレの周りをうろうろしていた。兄さん——好きな人も出来たし、にぃに呼びをやめたら凄く凹まれた——には「それはストーカーだぞ?」と呆れられたけど、三歳児なら許されるはず……と思いたい。
だってノアレはずっとこの村に居るわけではない。それならばノアレがいる間に俺の事をずっと知ってほしいってそればかり俺は考えている。
「まだ小さいのに……恋をするなんてびっくりだわ。でもノアレちゃんは確かに可愛いものね」
母さんはにこにこと笑って、そういいながら応援してくれてる。父さんは「まだ早いんじゃないか」とかいってたけど、それ娘を持つ父親の台詞じゃないか? 俺息子だからね? って思ったけど、まぁ、うん、俺が末っ子だからか? まぁ、俺、転生者だから色々考えているけれど、まだ三歳だしな。
「ノアレ」
「また、来たの?」
ノアレは俺が傍に寄ると、呆れた顔をする。また来たのかと。でもそんな顔も可愛いなぁと惚れた弱味からか思ってしまう。前世も含めて初めての初恋だからこそ、俺は浮かれているのあもしれない。
ノアレの事を知りたくて、ノアレに俺を知ってほしくて。
そんな思いでいっぱいだった。
俺はノアレの側によって、ノアレについていく。ノアレはそれに呆れながらも俺を追い払いはしない。それだけでも最初にあれだけ拒否された身としてみれば、ちょっと嬉しかったりする。
ノアレの側で棒を振る。ノアレも同じような事を前からしているらしい。ノアレの方が俺よりも体力があって凹む。凹んでいたら俺が小さいからだって慰めてくれた。いつか、ノアレよりも、体力をつけたい。ノアレよりも、強いって認めさせたい。
ノアレは猫の獣人だからか俊敏だ。俺も兎だからあれぐらい素早く動けるようになるだろうか。
ノアレが村に滞在している間、ずっと俺はノアレの側に寄っていった。そしてまだ三歳でそんなに離せないけど、一生懸命にノアレに話しかけた。ノアレはそんな俺の様子に呆れながらも小さな俺の話をちゃんと聞いてくれた。
ノアレと話したいって気持ちが溢れていて、そのために話す力が益々強くなったと思う。
―――そして、ノアレが帰る日になった。
「ノアレ……」
俺は悲しかった。まだ小さいからかすぐに泣きそうになる。涙が溢れそうになりながら、俺は男だから泣くものかと涙をこらえる。でも、ノアレが帰るのが悲しいと思ってならない。
「もう……男の子なのに、なに泣きそうになっているのよ」
そういいながらノアレは俺に近づいてくる。
ノアレは俺より年上だから、俺よりも背が高い。いつか、ノアレの背を追い越せるだろうか。……追い越せない可能性もあるけど、追い越せたらいいな。
「ユーリ、もう少し大きくなったら、私と戦おう」
「戦う?」
「うん。戦うの」
ノアレの突然の言葉に目をぱちくりしてしまう。ノアレと戦うなんて考えた事もなかったから。ノアレとどうして戦わなければならないか分からなかった。
ノアレは挑発するような笑みを向けてくる。
そんな表情もいいなぁと思う俺は重症なのかもしれない。
「私は強くなる」
「うん」
「ユーリも強くなる」
「うん」
「……私とユーリ、戦う。それで、ユーリが勝てたら……私、ユーリの事、考える」
ノアレは確かにそういった。
――ノアレは強くなるために努力する。そして俺も強くなるために行動する。ノアレと俺が戦って、俺が勝てたならば俺の事をノアレが考えてくれる。
俺が強くなれたら、ノアレが俺のお嫁さんになってくれるかもしれないと、そうノアレは言ってくれた。
「うん! 俺、強くなる!」
ノアレがその提案をしてくれた事が嬉しくて、俺は笑顔で頷いた。
それはノアレと俺の約束だ。
俺はノアレをお嫁さんにしたい。一目ぼれしたから。好きだから。そう、三歳にして心から思っているから。
「――ふふ、楽しみにしてるわ」
ノアレは笑みを零した。
そんな風にノアレが笑いかけてくれるようになったのは、俺の本気がわかってくれたからだろうと思うとより一層嬉しかった。
そんな俺達の約束を聞いて、サッレグさんが俺にとびかかろうとしていたり、それを他の獣人が止めてたり——。母さんがあらあらという顔をしていたり——。
皆がそんな風に注目していたけれども、俺はノアレの事しか見てなかった。
ノアレがサッレグさんに連れられて、村を出ていくのを見送りながら、俺は強くなる事を決意した。
初恋は実らないと前世ではよく言われていたけれども俺はノアレを諦めたくないから。