心を奪われる、うさ耳くん ①
俺は気づいたらもう三歳になった。この一年、あっという間だった。まだ小さいのもあって、行動範囲は狭いけれど、異世界での生活はとても面白いものだった。地球では考えられなかったものが沢山あって、将来、冒険者をしたいという目標があるからその目標のために頑張ろうと思うとやる気が出てくる。
冒険をしたい。
沢山のものを見たい。
そのために、もっと体を鍛えたい。そう思うから、風邪で死にかけたあとから健康に気を付けて、体を動かすようにしていた。兄さんは、5歳ぐらいで狩りに出かけていたわけだけど、三歳でもう小さな棒は持たせてもらえるようになった。これを振る事は最近の日課である。こんなに小さなものを振るうのにもこれだけでも大変である。もっと簡単に振るう事が出来るようになりたい。そのために体力をつけようとしている。
そういえば、今年八歳になるらしい兄さんは相変わらずもてもてである。羨ましい限り。兄さんならハーレムとかでも上手く出来そうな気がなんとなくする。俺はハーレムとかドロドロしそうだし、出来たらたった一人のお相手が出来たら嬉しいなぁと思うけど。
相変わらず兄さんの呼び方はにぃにのままだけど、もう少し大きくなったら兄さんって呼ぶつもりだ。……兄さんは落ち込みそうな気がするけど。
それにしても、獣人になったからか人間であった頃よりも体を動かすのが楽でいい。兎の獣人は戦いに向かないという話だけど、うまくすれば十分戦える……と期待したい。
とりあえず耳の防具というものが欲しいと母さんと父さんに言ってみた。二人とも、そんなものなくても俺の事は守るとか言っていたけれど、欲しい欲しいと訴えたら、村に来る商人に聞いてみると言っていた。この村は小さくて、村に住んでいる鍛冶師というものはいない。狩りで狩った物と物々交換したりというのが現状である。武器とかはそうやって手に入れているのだ。
それにしても改めて今小さな棒を振るという行為をしながら考えてみると、頭の上に長く伸びた兎の耳は本当に敵からしてみれば狙いやすい急所でしかない。耳に棒が当たっただけでも痛いし。
いっそのこと、弱点である耳を最大の武器に出来るぐらいの何かがあればいいと俺は思うわけだけど。ただ、現状どうこう出来るものではないから、冒険者になるまでの間に対策を考えていかなければ。
そんな風に考えている中で、近くの村から人がやってきた。
その村と俺の住んでいる村は昔から交流が深いらしい。何かあった時に助け合っていく関係にあるんだそうだ。
毎年どちらかの村で話し合いをするらしい。今年はこっちの村でやるんだそうだ。去年村の人たちが何人かどこかに出かけていたのはそのためだったらしい。二年前は俺まだ、一歳だから知らなかったけれどこちらに来ていたそうだ。
やってきたその村の者達も、俺達の村と同じく獣人たちの村であるらしい。目の前に映るのは、俺と同じように獣の耳と尻尾を持つ者達だ。
十人近く居るよその村からやってきた集団。その中の一人を視界に留めて、俺は視線を外せない。
小さな女の子。年は俺よりも少しだけ上ぐらいだろうか。目の色は黄色。髪は黒みがかった灰色。その頭には、真っ黒な猫の耳。長い黒い尻尾を持つ少女。
……その少女を見て、俺は心臓をばくばくとさせていた。一瞬で目を奪われた、というべきか。俺は転生していて、前世の記憶もちゃんとあって、精神年齢はずっと大人のはず……なのに、見た瞬間奪われていた。これが前世でも経験する事の出来なかった一目ぼれというものなのだろうか。
正直それを理解すると同時に、俺はどうしたらいいか分からなかった。少女からは視線を外すことも出来ないままに、一人焦りまくっていた。
「……何、見てるのよ」
じっと見つめすぎていたのだろう。その少女は俺の事を訝しそうに見ている。声も可愛い、ってそうじゃない。何か、何か言わなければ。
折角この子が俺に話しかけてくれているのだから。
そう思った俺の口から出てきたのは、
「好きです!」
とかいう、恥ずかしい告白だった。
何を言っているんだ、何をしているのだと思われるかもしれないけれど、予想もしない一目ぼれをして、しかも話しかけられて、焦りまくっていたのだ。だからこそ、出てしまった本音というか。
一瞬でその場の注目が俺に映っていて恥ずかしいやら、なんやら。というか、この状況どうしたらいいんだ?
「いや、ちが……違うくない、けど。えっと」
俺の顔は絶対に真っ赤になってると思う。母さんはあらあらという顔をしてみているし、多分、女の子の父親らしい猫耳の男は俺の事を睨みつけているしで、俺は何を言えばいいのか分からなかった。
そんな俺に、少女は———、
「私は強い男が好き、兎は嫌!」
とばっさり答えるのだった。