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たなばたつめ  作者: 一口太郎
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手紙

 南風が吹く夏の季節。夏であることを嘯くかのように、 冷夏が続く。

 今朝、珍しく新紙に目を通してみると、 この冷夏はペルー沖でのエル・ ニーニョ現象が原因であるとの説明があった。

 ま、お堅い話は置いといて、冷夏だと私のみならず、 みんなが嬉しいよね。農家の人や、南米の漁業事情はさておき。 あ、そう考えたら、美味しいものが食べられなくなるのか。 それは面白くない。


「コトちゃん!」


「アルくん。待ち合わせの時間、過ぎてるよ」


 今は大学の夏休み。彼とは大学こそ違うものの、 同じ県内に住んでいるので、 こうやって休みの日には会うことができた。


「ごめん、寝過ごしちゃって」


「普通は女の子の方が遅れるもんだよ」


「コトちゃんは元が可愛いから、化粧に時間がかからないもんね」


「おい、はぐらかすなー」


「でも、照れてるじゃん」


「照れてない!」


 そんなこんなで、 彼に喫茶店の高い宇治抹茶のかき氷を奢ってもらうことになった。

 冷夏とはいえ、夏日であることに変わりはないので、 既に汗をかいていた私は、 まるで逃げるように喫茶店へと足を運んだ。


「二名です」


「はい、こちらにどうぞー」


 店員に誘われた窓際のテーブルに私たちは深々と腰掛ける。 店内は期待通り冷房が効いており、私は一人笑壺に入る。


「アルくんは何か頼む?」


「麦茶でいいよ」


「ん。すみませーん」


 店員を呼び、注文をとってもらった。運ばれてくるまでは、 彼とのたわいもない話で暇を潰すことにした。

 そのうち宇治抹茶と麦茶が運ばれてくると、 私は気品などもろともせず、バクバク口へと運んだ。


「ゆっくり食べなよ」


「うるひゃい」


 その時まで、私は忘れていた。かき氷を一気にかき込むと、 あの厄介な頭痛に見回舞われてしまうことに。


「んー!」


 あの頭痛に見舞われたと一目で分かるくらいに、 私は両目を強く瞑り、 スプーンを持っていない方の手で頭をトントンした。 滑稽極まりない光景である。

 すると、おでこに冷たい何かがピトッと触れた。


「んん?」


「コトちゃん、大丈夫?」


 ふと目を開けてみると、彼が麦茶の入ったコップを持ち、 それを私の額につけられていたのだ。

 すると不思議なことに、 頭痛はまるでコップに吸い込まれるかのように少しずつ引いていっ た。


「あれ、痛くない」


「その頭痛、冷たいものを額につけると治るんだ」


「そうなんだ、ありがとう」


「あはは、やっぱり麦茶頼んでおいて良かった」


「……え、もしかして計算ずく?」


「さぁ、どうだろうね」


 私の方が頭は良いはずなのに、 いつも彼の方が一枚上手でいつも忸怩たる思いに駆られる。

 爬羅剔抉、いつしか彼の弱点をすっぱ抜いてやる。


「そういえばコトちゃん、高校の同窓会のお知らせとかきた?」


「ん、きたよ。クラス単位でやるやつ?」


「そうそう。行こうか迷ってるんだよね」


「私も保留中かな」


「早いなぁ、もう同窓会とかしちゃうくらいの時が経ったんだ」


「まあ、卒業から半年くらい経ったし、時期としては時宜でしょ」


「確かにそうかもね。コトちゃんとも付き合い始めて、 もう半年も経つのか」


「そっか、同じ日か。俺を夫に迎え入れてくれ!だっけ?」


「それは恥ずかしいから蒸し返さないで」


 おや。早速だが、どうやら私は彼の弱点を発見したようだ。 これからはこれを武器に対抗しよう。私も大概コスい女だな。


「でも、あの日にコトちゃんと偶然会っていなかったら、 こうやって付き合っていなかったって思うと、少し感慨深いね」


「偶然って、手紙よこしたのはそっちじゃんけ」


「手紙?」


「うん」


「手紙って?」


「いやいや、アルくん手紙で私を屋上に呼び出したでしょ」


「え、俺は手紙なんて出してないけど」


「……ん?」


「何の話?」


「いや、高校の卒業式の日の話」


「うん、手紙なんて書いてないよ。というか、 高校時代に手紙なんて書いた記憶すらないよ」


 え……じゃあ誰?

 半年越しに知る事実の齟齬に、私は驚きを隠せずにいた。


「ちなみにそれ、どんな手紙?」


「えっと……。好きです。卒業式の後、 B校舎の屋上に来てください、 みたいなニュアンスの内容だったと思う」


「……聞いてもピンとこないな。そしてそれ、 明らかにラブレターだよね」


「うん。あの日、アルくん誰かとすれ違った?」


「いや、少なくともB校舎内では、 誰ともすれ違ってなかったと思うよ」


「じゃあ……アルくんが屋上に着いてから、 何分後に私が来たか大体分かる?」


「5分くらいかな」


 つまり、私は12時50分には着いてたはずだから、 彼は45分くらいから屋上にいたことになる。

 B校舎に階段は一つしかなく、45分くらいから屋上にいた彼が、 誰ともすれ違わなかったとなると、 手紙の差出人は40分くらいまでにはB校舎を出てたと推測できる 。       

 その時間付近に、B校舎のそばにいた人物といえば……。


「……今、色々と推測してみたんだけど……シラトリくんかも」


「ああ、シラトリか」


「私、 シラトリくんとB校舎の近くの中庭で12時45分ごろにすれ違っ たの。シラトリくんは、 頼まれて他の人の写真を撮ってたって言ってたけど……」


「確かに、あの日の中庭は賑わってたね。 あそこにシラトリがいたかまでは覚えてないけど、 あいつがB校舎から出てきて直ぐに、 俺が入れ替わりで入ったのかも」


「シラトリくんがB校舎から出てきたのが40分より前。 それから私と会うまでの幾許かの時間は写真を撮るのに拘束されて いて、アルくんはその間にB校舎に入った……って考えると、 辻褄は合うな」


「まあ、推測してても結局は憶測にしか過ぎないし、 手っ取り早い方法があるんじゃない?」


「何?」


「その手紙ってまだ持ってる?」


「うん。あ、筆跡か」


「正解!シラトリの卒業文集の筆跡と、 手紙の筆跡とを比べてみたら、裏がとれるかもよ」


「じゃあ、今日の映画は無しでもいい?」


「うん。コトちゃんと一緒にいられるなら、どこでもいいよ」


「……え、ウチに来るの?」


「そのつもりだけど」


「まあ、親がいてもいいなら」

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