アルタイル
B校舎といえば、今は使われていない部屋が多く、 取り壊しの話も出ている校舎だ。故に、人気はほとんど無い。
そんな校舎の屋上へと向かうと、 そこには一人の男子生徒が手すりに肘を置き、 グラウンドを見下ろしていた。
指定時間よりも50分も遅れたため、 彼が手紙の差出人か否か分からなかったが、 私は彼のことは知っていた。
「あ、コトちゃん」
「アルくん。久しぶりだね」
彼とは最初の一年間だけクラスが同じだった。 当時はよく話していたが、クラスが離れてからは、 会う度に会釈をしたり、軽く会話を交わす程度だった。 最後に会話したのは一ヶ月以上前か。
「アルくんは何してるの?」
「ああ、サッカー部の後輩の練習を見てた。去年の今頃は、 俺もあそこで練習してたなぁっていう、サウダージ?」
「あはは、何それ」
「部活ってさ、やってる最中は凄く嫌だけど、 いざこうやって引退してみると、 凄く楽しかったんだなぁって思う」
「あー、分かる。私もバレー部のスパルタ練習は嫌だったもん。 今となっては、またやりたいって思うけど」
「まあ、お互い一生懸命にやってたってことだね」
「そうだったらいいなぁ」
しかし、僭越ながら今はそんな話はわりかしどうでもよく、 あの手紙の差出人のことで頭が一杯なのだ。 差出人は貴方でいいのか?
とりあえず色々と探りを入れたいので、 私も彼と同じように手すりに肘を置いてグラウンドを見下ろし、 話を続けることにした。
「高校生活も今日で終わりかぁ」
「アルくんは楽しかった?」
「まぁね。ただ、サッカー部は基本モテるのに、 彼女ができなかったのが唯一の心残りだけど」
「そうなんだ。顔は良いのにねぇ」
「"顔は"って何だよ」
「顔はカッコいい方じゃない?身長とか性格は知らないけど」
「うるせー。コトちゃんだってノッポで貧乳のくせに」
「う、うるさいぞ」
「それに、俺だって告白自体は何回か受けてるし」
「つき合えばよかったのに」
私は少し鎌をかけた。恋愛漫画ならここで『 君が好きだから付き合えなかった』 的なニュアンスの台詞を吐露してくれるはずだ!
……まるで自惚れているようで、少し自己嫌悪に陥る。
「いやいや、俺は好きな人としか付き合えないし」
「付き合ってるうちに、好きになるかもよ?」
「俺はそんな気質じゃないしね。コトちゃんはそのタイプ?」
「うーん、どうなんだろ。付き合ったことないからね」
「そっか。じゃあ試してみない?」
「試す?」
「うん」
「……いや、どういうこと?」
「えっと」
「おっと」
「そう!おっと」
「おっと?」
「俺を、コトちゃんのおっと役に迎え入れてくれないかな?」
「……おっと?夫?ハズバンド?」
「うん」
「…………え、キモ」
「えぇ……」
「あ、いや、アルくんがいきなり段階すっ飛ばした表現するから… …」
「あ、うん、ごめん」
「こちらこそ、ここに来るの遅れてごめんね。写真撮ろうって、 色んな人にせがまれて」
「…………。あぁ、そうなんだ。大変だったね」
「確認するけど、それって告白……だよね」
「うん。実は、一年生の時からコトちゃんのことが好きだった」
「そう……だったんだ。私なんかのどこを?」
「冗談が通じるし、落ち着いてるし、所々に知性を感じるし…… 良い意味で女子高生らしくないところかな」
「それ、褒めてる?」
「あっ、ごめん。他にも……」
「いや、もういいよ。……こっぱずかしくなってきちゃった」
「……それ、照れてるってこと?」
「うるさいぜー」
「とにかく、返事は今日じゃなくていいから」
「……いや、今日するよ」
「えっ、もう?」
「うん。返事はもう決めたから」