デネブ
卒業式を終え、時間は11時半。私は教室で、 家から適当に持ってきた菓子パンを小鳥のようについばんでいた。
「コトちゃん、一緒に写真撮ろ?」
「うん、良いよ」
クラスメートの友達にそう水を向けられ、 私は二つ返事で了承した。そういえば、中学卒業の時にも、 色々な人と写真を撮ったものだ。
あれからもう三年も経つのか。私はふと、 昔読んだ小説に登場した《日月逾邁》 という四字熟語を思い出した。
物書きよろしく難しい言葉を使いたがるな、と、 当時はやや冷ややかな目で見ていたが、 今となってはこの言葉が心によく沁みる。
「コト、俺とも撮ってよ」
「シラトリくん。いいよ。あ、私自撮り棒持ってるから待って」
シラトリくんとは三年間クラスが一緒で、 私ともとても仲良くしてくれた男子だ。
恋文の差出人が彼かとも思ったのだが、 よしんばそうだったとしても、ここで尋ねるのは非常に野暮だ。
「あざっす!メールで送るね」
「うん、お願い」
瞬く間に彼から写真が送られてきた。保存保存っと。
それからも、私は色々な人から写真のアプローチを受ける。友人、 後輩、あまり話したことがない他クラスの人まで幅広く。
そうこうしているうちに、 ラブレターの指定時間である12時を回っていた。しかし、 断ることが苦手だった私は、 誘われるがままに止めどなく写真を撮り続けていた。
本当は、怖いだけなのかもしれない。 私は告白なんてされたこともないし、 初めての経験に尻込みしてしまっている自分がいるのかもしれない ……。
ようやくフォトラッシュが落ち着いた頃には、 時計の長針は8を指していた。 食べかけの菓子パンはカチコチになっていて、 時間の経過を思わせた。焦った私はパトラッシュの如く、 B校舎の屋上へ向かって走った。今はもう学校の生徒じゃないし、 廊下を走ってもいいよね。
「コト?」
「シラトリくん」
A校舎とB校舎を繋ぐ中庭で、私はシラトリくんとすれ違った。 その中庭は、未だフォトラッシュで賑わっていた。
「校内を走ったら危ないよ」
「うん、そだね。シラトリくんは何してたの?」
「ちょっと頼まれて、中庭で他の人たちの写真を撮ってた」
「そっか」
「…………。学校で会うのは今日が最後だけど、 また暇があったらメールしてきてね」
「うん。シラトリくんもメールしてね。それじゃ、また」
「うん。またね」
私は彼の言いつけを破って、また直ぐに走り出した。