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-2-『大体のことは火力でカタがつく』

「妻と死に別れたワイは酒におぼれ、路上に墨を吐く怠惰な毎日を過ごしてとった。まさに惨めな世捨てタコやったんや。そして、海洋汚染の進んだ小汚いこの惑星は世の無常を知るにはぴったりで、ただ生きる意味もなくさすらとった」


「おい」

「お兄ちゃん。むかつくのはわかるけど聞いてあげようよ」


 横から合いの手を入る。

 片目を閉じてウィンク。何かしらの意図。

 タコの身の上話を聞くのは苦痛だが、こらえろとのことか。


「海流に流されるまま、伊勢エビや肥えたアワビ、馬ふんウニやたらば蟹を食ってもワイの心は寂寞の念から逃れられんかった」


「単なるグルメ旅行になってるじゃねえか」

「地球外生命体ってこんなもんだよ。皆、自分勝手なの」


 言いながらもクーナは身をよじってジャケットの袖から手を引き抜こうとしていた。

 なるほど、服と身体のわずかな隙間を利用してタコの拘束から逃れようとしているらしい。


 幸いにしてタコも気づかず、明後日の方向を見てたそがれている。


 話すことに夢中で注意力が散漫になっているのか。やはり言動や外見通り人語を解しても知能は低そうだ。


「安穏とした毎日ばかりやなかった。たまに目を光らせた漁師の地引き網がワイを狙ってきよった。そりゃあ、ワイは宇宙で一番のプリティなタコや。狙うのもわからんでない。そやかてのろまなやつらに捕らえられるワイやなかった。だが、その自惚れがあかんかったんやろな。三日前に不覚を取ってまった。あくどい密漁ダイバーがいきなり銛で突いてきおったんや。予期せぬ襲撃やった。深夜、草木も寝静まる頃に人間がやってくるなんて思わなかったんや……そう、その密猟者がそこのお嬢ちゃん……あれなっ!」


 タコは振り向くと、唖然とした。

 捕えていた俺たちがとっくに脱出したからだ。


 吸盤が貼りついていたのが衣服であったので脱ぎ捨てなければならなく――結果として俺はトランクス一丁になり、クーナはワイシャツと下着という際どい姿になってしまった。


 横をチラ見するとレースのブラジャーに覆われた釣鐘型の巨乳がやはり目につく。ちょうど谷間が顔を出しているし、布地も透けて見えている。きゅうっとしまったウエストがおりなす腰回りのふくらんだカーブは色濃く女を感じさせる。


 デルタ地帯を護っている水玉パンツのしわは嫌でも目に付くし、むっちりとした太ももは思わず生唾を呑み込んでしまう。


 我が妹ながら絶大な破壊力だ。目を逸らさなければ理性が死ぬ。


「やーん、お兄ちゃん、寒いよー」

「半裸で抱きつくな。止めろ。首に手を回すな。首筋に生暖かい吐息をかけるな。先にいっとくが、あとで密漁の件を吐いてもらうぞ」


 密着する人肌はほんのり暖かい。

 右腕から伝わってくるイスカンダルへの導きを極力気にしないようにしながらの問いに、クーナはぶぅーっと頬を風船みたいにふくらませて唇を尖らせた。


「違うって。この馬鹿タコさー、ハーレムを構築したんだよ。こんなのが繁殖したら生態系が狂っちゃうからとっ捕まえただけだよ。だから、害獣駆除だよ」

「なるほど、そうなのか?」


「そりゃあ、ワイかて……教養や慎みのない未開のメスタコって無防備やし興奮してまうし……まだまだ青春したいんやああああああああああああ!」


 タコは逆ギレしながら再び襲いかかってくる。全然、世を捨ててない。俗悪にまみれてやがる。


 ――二度も同じ手を食らうほど俺はマヌケではない。


 クーナを突き飛ばして掃除機のホースを手に取った。

 身体を半回転させながら弧を描いて迫り来る一本の軌道を見切り、勢いをつけてホースを斜め上から振り下ろす。肉を打った確かな手ごたえが両腕を震わせた。


 触腕が地面に叩き落ちたところですかさずカカトで踏みつける。


 びったんびったんともがいてくるタコ足。丸太並の太さは伊達ではなかった。しっかりとパワーがありやがる。これは御するのは難しそうだ。しゅるっと先端が俺のふくらはぎに触れた。


 ――絡んでくる意図。


 危機感を覚えてサッと横に跳躍した。


「うがぁあっ! ま、負けへんでぇっ!」


 ラッシュとなって放たれる赤い足。猛攻をかわすためにリビングのテーブルを持ち上げて盾にしたり、手近なところにあった書架の雑誌を投げつけて目くらましにしたが、手数ではやはり不利だ。


 この野郎の動きにはキレがある。俺とは種族的な意味で運動機能に差がある。恐るべき軟体動物よ。室内の狭さもあるせいでいったん距離を取ることも難しい。


 迫る触腕をすんでのところで身をよじって躱し、足と足の間に隙を見つけて掃除機のホースをやつに向かって投擲する――正直、T型の吸い込み部分ががっくんがっくんして使いにくかったこともある。


 回転するホースがタコの顔面に当たる寸前。パシン、とあっけなく弾き落とされた。


 野郎――攻撃だけではなく防御のための足も数本残している。なんて狡猾な野郎だ。


 気の抜けない攻防が続いた。腕に絡みついてきたものに俺は噛みつき、吸盤の端をワイルドに食いちぎる。肉片をそぐと痛覚はあるようでタコは悲鳴をあげた。それでも激痛をこらえ、眼を鋭く光らせながら風を巻いて足技を繰り広げてくる。


 ひゅおんと重苦しい風圧を頬を感じながら俺もステップを踏んで避ける。たまに反撃とばかりに蹴飛ばしたり、隙を見つけて腰を入れて殴ったりしたが一本一本に重量がありすぎるし、肉が詰まっていてダメージが浸透しない。


 害意を持った巨大な怪物が攻撃してきているので当然だが、これは肉弾戦で勝てるかどうか危うい。


 立場を弁えたのか非戦闘員のクーナは足の届かない場所へ後退して様子を見守っている。


 よほど、顔芸や面白ポーズをやらされたのが堪えたのか。


「なんや、やるやないかっ! あんさんほんまに人間か!?」

「人間に決まってるだろうが。俺だって昔はちびっ子空手やってたからな」

「そうかい、ならこれでどないや」


 呼吸を整えている暇もなかった。

 伸縮を繰り返す二本の足が左右からムチのようにしなって襲い来る。


 死角から挟撃。かろうじて屈んで躱した。上空を交差した両足がぶおんと物騒な風切り音が走る。それも囮で真上からの一撃が本命だった。逃げられない――頭にきたので迎え討つためにアッパーを叩き込んだ。


 どむっ、とゴムまりを打ったような鈍い手応え。勢いは殺せたが切断や破壊には至らない。


 舌打ちしながらカーペットの上を飛んだ。間断なくしなり、襲いくる追撃から逃れながら前転する。俺が先ほどまでいたフローリングに肉の塊がダダダッとぶつかった。タコは俺に殴られるのを覚悟し始めている。その上で満身の力を込めてきている。


 正直、やや厳しいか。


 硬柔合わせ持つというか、殴っても踏みつけても物を使っても決定打に欠ける。


 一応はタコ側も痛みを恐れているのか、意外にすばしっこい俺を制圧するための隙を見つけようとしているのか、慎重になってきているのが救いか。


 俺も動きを止めた。自然と拮抗状態へ変化した。

 お互いが出方を探っている。


「ごめん。お兄ちゃん。お願いがあるんだけど」

「あとにしなさい」

「私の胸の谷間に手を突っ込んでくれる?」

「……何をいってるんだお前、状況を考えろ。心配するな……こんなやつ、すぐに火星まで吹っ飛ばしてやる」


 息切れで荒くなりつつある呼吸を整え、腕で額の汗をふく。

 タコから目を離さず強がったがこうなると特攻するしかないように思えてくる。


 絞め殺されたとしても喉笛を食いちぎってぶっ殺す。

 こうなれば大和魂を見せてやるしかない。


 この場にいるクーナはもちろんのこと、二階にいる二人目の妹のミーナもこの怪物から護らねばならない。


「お兄ちゃん。よく聞いてね。エージェントには特殊能力が付与されていて、こういう緊急の場合のみに使用は許されるの」

「それとお前の胸元に手を突っ込むことの関連性がわからないな」

「まあまあまあ、触っちゃって」

「おおっ」


 親戚のおばちゃんみたいに俺をいなすと、クーナは俺の手首を両手でつかむと自らの胸に中央へと導いた。


 するりと指先が温かいものに圧迫される。

 ぷにっとしてまろやかで柔らかく、なめらかな感触が手の皮膚から脳髄へと伝わっていく。

 柔肌は弾力に富んでいて、微動させればぷるんとした肉が跳ね返してくる。

 人肌のぬくもりがじかに伝わる。背徳感がぞくぞくと背筋を駆けあがる。


 妹だというのに――この感触は危なすぎる。


 年頃の乙女らしくクーナは頬をほんのり桜色に染め、耳まで充血させている。心持ち顔を斜め下に向いているのは羞恥にかられているのか。


 なぜだか――柔らかな場所に手を入れているはずなのに――指先にかつんと硬いものが当たった。


 それは絡まってきて、金属質な何かをつかませた。


 更に手首がずぶりと奥へと入っていく。温かさが手の甲から手首付近まで伸びてくる。とろけてしまいそうな感覚だ。


「んっ……ふっ、ああっ……」

「う、おおおお!?」


 クーナの色っぽいため息にどきりとし、募った背徳感が腕を高速で引き抜かせた。

 気付けば俺の手にはバズーカ砲が握られていた。

 全長は約一メートル。口径は六十ミリくらいか。射出の方向を定めるグリップを左手で握り、引き金を右手にかけた。


 背負うとずしんと重量がくる。

 目先に輝くメタリックシルバーの下地には不思議な模様が刻まれている。直角に広がる光の線は電子回路のようでもある。

 信じられないことにクーナの胸の谷間は四次元空間に繋がっているようだ!


 いやいや、ありえないだろ。


 しかし、れっきとした現実だった。

 かしゃんかしゃん、とスコープが自動的に飛び出して標的を定めるための十字線が視界に入る。

 さあ撃て、とバズーカがいっているようだ。


「お兄ちゃん。それで撃っちゃって!」


 乱れたワイシャツの裾を引っ張って直し、何やら熱冷めやらぬクーナは叫んだ。


「お、お、おっしゃあ、なんだかわからないけどテンションあがってきたぜっ! やってやれって気持ちだっ!」


「ちょ、まっ、落ちついて話し合おうや! ていうか、銃火器は卑怯やない!?」

「くたばりやがれええええええええ!!」


 天井にタコに狙いを定め、俺はトリガーをためらいなく引いた。

 パァアアアと発射口が淡い光がきらめいていく。


 大気に発生した蛍火のような輝きは一気に収束し――白刃の帯線となってタコ目がけて光速で放出されていく。


 それは小径のバズーカ砲から放たれたにしては巨大すぎる放射線であって、光の柱といっても過言ではなかった。


 狙いはうまくいった。タコを見事に射貫き、命中した。

 我が家に侵入した不届き者は跡形もなく光の奔流の中に消え去ったのだ。

 それまではよかった。タコを灰燼に還したまではよい。素晴らしい。


 ――問題は威力だ。


 壁は綺麗さっぱり消失し、家の骨組みがさらされてしまっている。


 切り口は刃物でくり貫かれたかのようにはっきりしており、修復しようにも残骸も見当たらない。


 からら、と屋根のタイルがフローリングに落ちて砕けた。空気中に砂埃が舞う。


 茫然自失に陥った俺はギギギッと錆びた機械のように頭を動かし、クーナに視線をやった。

 我が妹君はグッとガッツポーズしていた。


「お兄ちゃん、やったねっ!」

「いや……やったはやったけどさ……我が家の天井に馬鹿でかい穴が空いたんだが」

「妖精さんが直してくれるって。それよりも私のおっぱいどうだった?」

「ぷにってした」

「うっわ……ドン引きだよ。妹を変な目で見るなんてサイテー」

「お前が突っ込ませたんだろうが」

「あははっ、不可抗力だってわかってるって、もう、怒っちゃだめ」


 非難のために半眼になった目をすぐに緩み、クーナはるんるんたったとキッチンへ向かった。

 浮き足立った気分が透けて見える。

 俺は壁の修理費を見積もって死にたくなっている。


 ああ、なんてこった。父さんと母さんの遺産が消し飛ばないだろうか。


 いっそブルーシートでなんとか……。


 ふと、思い出したかのような面持ちをしたクーナがひょこっと、キッチンに繋がるのれんから顔を出した。


「あ、ごめんねお兄ちゃん。食材がなくなっちゃったから晩御飯は素麺ね」

「えっ、ま、まさか……あのタコがそうだったのか……嘘だろ?」


「あれさー、無限に足が生えてくるから生殺しにして冷凍庫に保管してて使ってたんだけど、うっかり逃げられちゃったんだ。食費を浮かせようとしたんだけど、失敗しちゃった」


 てへっ、とすべての元凶がちろりと赤い舌を出した。


 ああ、そうか。そりゃあ、エンドレス部位破壊されたらタコも怒るよね。拷問だもんね。


 俺は衝動的にバズーカ砲をクーナに向けた。ちょっとした脅しをかけるためだ。


 しかし――手のなかの重みが消え、急に軽くなった。


 輪郭がぼやけ、霞の如く霧散してしまった。

 開いた両手を見る。何も残っちゃいない。忽然となくなった。


「ま、これから一緒に地球を護っていこうねお兄ちゃん」




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