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第八話 まさかのパーフェクトプリンス


 メーテルシア帝国は三つ巴の後継者争いをしております。

 第一皇子、第二皇子、第三皇子……三人とも野心家で、ご自身が次期皇帝にふさわしいと名乗りを上げました。母親が異なることもあって諌める者はおらず、国を三分して争うお家騒動へと発展、いつ内乱やクーデターが起きてもおかしくないようです。


 兄妹どころか父娘でも王位を押し付け合っているグリトンとはえらい違いです。いえ、グリトンの方が頭おかしいんですけどね。


 さて、メーテルシア帝国にはもう一人の皇子様がおります。

 それが第四皇子のシュナグ様です。ちなみにリィン様とシュナグ様は皇帝の四番目の側室のお子です。

 彼は賢く、心穏やかな人柄でした。

 皇帝の地位に興味はなく、兄三人の醜い争いに参加するのはまっぴら。無用な争いを避けるため、早々に帝位継承権を放棄しようといたしました。


 しかし周りは放っておいてはくれません。

 三人の兄皇子は、優秀な弟を味方に引き入れようと躍起になりました。シュナグ様が誰を支持するかに注目が集まり、三つの陣営はさらにヒートアップ。賄賂、脅迫、マッチポンプなどなど、あらゆる手を使ってシュナグ様を絡め取ろうと暗躍します。


 また、皇帝陛下もシュナグ様の帝位継承権の放棄を認めません。

 このまま争いが続いて国が荒れるくらいなら、シュナグ様を次期皇帝に指名する可能性もあるのでは……。

 そんな噂が囁かれるようになってしまいました。


 シュナグ様は身の危険を感じました。

 誰か一人を選んだら、他の二人に恨まれる。父が自分を選んだら、兄三人に命を狙われる。


「このままでは焦れた兄たちに暗殺されるのがオチ。というわけで、しばらく私の大切な弟を預かってくださいませ。我が国の慣習では国を長く離れていれば、帝位継承権の放棄が認められます。その期間中は兄たちも様子を見るでしょう。危険はないはずです。よろしくお願いしますね」


「えぇ!?」


 話は済んだと言わんばかりにリィン様は立ち上がります。

 その取りつく島もない感じ、大帝国の皇女です。「従わないはずないわよね?」という絶対の自信に基づく圧力。

 しかしさすがに黙っていられません。


「こ、困ります。そんな勝手に……」


「もう少しで義姉になるはずだった私の頼みです。聞いていただけませんか?」


「そ、そんなこと言われましても」


「できれば本物の義姉になりたいものですわ」


 リィン様は意味ありげな目つきでわたしとシュナグ様を交互に見ました。

 ……え? まさか?


 わたしがあわあわしている間に、リィン様は辞去の挨拶を述べ、従者を伴って出ていかれました。宰相たちが慌てて追いかけていきます。

 部屋に残ったのは呆然自失のわたしと無表情のエミル、そしてそわそわしていらっしゃるシュナグ様のみです。


「プラム殿下。姉上の傲慢な振る舞い、大変失礼いたしました。それに、本来内々に打診すべきところ、いきなり押しかけてしまったことも……深くお詫び申し上げます」


「え、あ、はい。びっくりしました……」


 シュナグ様はすっと立ち上がり、わたしのそばで跪かれました。そして身構える私の手を取り、凛々しいお顔で見上げてきます。一般的な乙女なら「きゃっ」と胸をときめかせるところですが、わたしは冷や汗をかいて「うぅ」と呻き声を漏らしてしまいました。


「どうか私を貴国に置いて下さい。政権の変わり目でお忙しい中、ご迷惑だとは重々承知ですが……他に私が生き延びる術はないのです」


 美少年の苦悶の表情が間近に迫ってきます。

 容赦ない眩しさです。こちとら穴倉から最近出てきたばかりのモグラやバンパイアみたいなもんですよ。皇子の人間離れした輝きで目が潰れます。灰になりそうです。


「もしも願いを聞き入れて下さるのなら、一生をかけてご恩をお返しいたします。どうか私にご慈悲を……」


 ど、どうしよう。

 こんな展開はさすがに想定外です。わたしが対応するにはレベルが足りません。ヘルプ。

 わたしが藁にもすがる思いで振り返ると、エミルはため息混じりに言いました。


「……シュナグ様。出過ぎた発言をお許しください。苦しいお立場、お察しいたしますが、姫の一存では決められません。国王陛下と相談する時間をいただけますか」


「あ、ああ、そうですね。すまない。ウィンフリーくん」


 シュナグ様は我に返ったように頷きました。その妙に気安い声掛けに、わたしは首を傾げます。


「ご存じありませんでしたか? 私はフワンツの学術院に短期留学したことがありまして、彼とは元級友です」


「確かに同じクラスでしたが、覚えていて下さったとは……光栄です」


「もちろんです。きみには親切にしてもらったからね。また会えて嬉しく思っています」


 きらきらっとした邪気のない微笑みに、エミルまでも「うっ」と後ずさりました。魂が浄化されそうになったのでしょう。そのスマイルは凄まじい威力です。


 それにしてもエミルはお友達が多いのですね。大帝国の皇子様の覚えもめでたいなんて、主として誇らしい。まぁ、今のわたしには厳しいですけど、基本的に優しくて面倒見がいい有能な従者なので当然です。

 ……でも、ちょっぴり寂しい。みんなズルくない?

 





 なぁんてこと考えている場合ではありませんでした。

 お父様と相談した結果、シュナグ様には国賓として滞在していただくことになりました。


 だって、詳しく話を聞いたところ、シュナグ様はこの一か月で既に三回ほど暗殺されそうになっているそうなのです。食事に毒を盛られたり、寝室に刺客が入ってきたり、馬車が突然暴れ出したり、心身の休まる時間が全くありません。超ハードです。

 グリトンへの訪問の連絡が前日になったのも、兄皇子たちを欺いて出国するためだとか。まさに命からがら逃げだしてきたのです。


 お父様は頼られると張り切る性分ですし、お兄様の件で帝国側には負い目がありますし、見捨てるのはあまりに薄情……。

 わたしもシュナグ様の立場には同情します。お互い無鉄砲な兄に苦しめられて辛いですよね。エミルのお友達ということもありますし、助けない道理はありません。


 亡命となると話がややこしいので、ホームステイ的な軽いノリで受け入れたことにし、しばらく様子を見ることになりました。

 メーテルシアの皇帝陛下にはお父様からちゃんとお手紙で連絡しましたよ。「おたくの息子さん、なんか悩んでるみたいだからしばらくウチに泊めるね。え、全然迷惑じゃないよ。任せて~」みたいなノリで。


 シュナグ様は従者をほとんど連れて来ませんでした。大所帯で押しかけるのはさすがに憚られたようですし、信用できる者がそもそも少ないそうです。

 ちょうどお兄様に付いていた使用人たちが余っていたので、彼らにお世話を任せます。

 妖精たちもシュナグ様をたいそうお気に召したらしく、周りをうろちょろしているので何かあっても大丈夫でしょう。


 心身ともに疲れていらっしゃったようなので、シュナグ様には城内を好きに歩いて下さいと伝えました。

 堅苦しいのはナシです。グリトンのありのままの姿をお見せすることにしました。

 他国の皇族の方に見られて困るような書類は……正直に言いましょう。特にないみたいです。

 天井の蜘蛛の巣とか壁の汚れの方がよほど恥ずかしいですね。


「何か手伝えることはありませんか? 少しでもご恩を返したいのです」


 シュナグ様はそう言って、いろいろと城の仕事を手伝って下さいます。書類の整理、兵士の訓練、インテリアのチェック……中庭の草むしりをなさろうとしたときはさすがに止めました。というか、わたしは生まれて初めて臣下達を叱りました。お客様に何をさせているんですか。甘えるな。


 大帝国の皇子、それも絵に描いたような高貴な美少年の心配りの数々に、最初は戸惑っていた城の人間も有頂天になり、完全にハートキャッチされたようです。

 そしてその存在が国民に知れ渡るや大フィーバーとなりました。

 暗殺や後継者争いの話は一部の者しか知りません。事情を知らない人たちはそりゃ浮かれますよね。


 そして伝言ゲームのようにある噂が広まっていきました。


 レザン王子が帝国皇女と婚約解消、国王が退位してプラム姫が次期女王になる、そんなときに帝国の皇子が現れた……じゃあ、プラム姫とシュナグ皇子が結婚するんじゃね!?

 兄皇子たちの妨害工作が激しく、彼がこの年まで婚約者を作れずにいたという事実も噂を加速させました。

 バンザーイの声が城下町に響きます。


「私、ふて寝するから後はよろしく」


 お父様はご自身の退位を惜しむ声よりも、美しい皇子を歓迎する声が大きいことにへそを曲げてしまいました。いい歳して拗ねないで下さい。

 帝国へ賠償金を払う必要はなくなったのですが、やはり腰の具合が悪く、舞夜の宴は開けないようです。 はいはい、わたしが即位しときますよ。今更前言撤回なんて期待していませんでしたー。


 それより、シュナグ様です。

 いつの間にかわたしと結婚することになっています。

 わたしは人に問われるたびに否定しておりますが、全然信じてもらえません。人徳なさすぎですね。それとも既成事実にしようとしてます?


 しかもてっきり他の婚約者候補の方たちから抗議があるかと思ったんですけど……。


「シュナグ皇子は素晴らしい方ですね! あの方の慧眼には感服して言葉もありません!」


 ルイス先生はシュナグ様と教育論や政治経済についてディスカッションして以来、すっかり心酔してしまわれました。


「……シュナグ様になら、姫様をお任せできるっす」


 ダグさんもです。兵士の訓練に参加した殿下と手合せされ、魂がぶつかるような名勝負をされたとか。シュナグ様は剣の腕にも優れているようです。


「さすがに分が悪いな。あ、でも姫様のことは諦めないよ。俺は愛人でも全然オッケーだし」


 ミカルドさん、わたしはグリトンを一緒に支えていく夫を求めているのです。火遊びならよそでお願いします……とか、偉そうなこと言っちゃいますよ。もう!


 三人とも婚約者候補を辞退することはなくとも、シュナグ様を認め、彼がその中に加わることに意義はないようです。

 文武両道で人柄も良く、妖精にも国民にも受け入れられつつある。しかも大帝国の皇子様。後継者争いの問題も時間が解決してくれます。

 確かに女王の結婚相手として、文句のつけようがございません。


「いっそ本当に婚約されたらいかがです? 留学中も学術院中の女生徒がシュナグ様に夢中でした。彼を射止めたとなれば、姫は大陸中の国々に一目置かれるでしょう」


「エミルまで!?」


 つーん、とそっけない態度です。

 本気で言っているんでしょうか。言ってるんでしょうね……。

 わたしはがくがくぶるぶるして首を横に振りました。


「正直、シュナグ様を見ていても劣等感しか沸かないの。完璧すぎるのって罪だよ。それにわたし、プリンスって聞くとなぜか寒気が……」


 エミルは無言でしたが、その視線は「とことんダメ姫だな」と言っていました。



 大体、肝心のシュナグ様のお気持ちを聞いてないでしょう。

 こんな田舎のダメ姫なんか願い下げですよね?


「めっそうもないことです。こんな状況で厚かましいとは思いますが……プラム殿下さえ良ければ、その、私との結婚を前向きに考えていただけないでしょうか?」


 なん、だと……?



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