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第七話 帝国皇女からの爆弾


「ほ、本日は、遠路はるばる……ようこそお越しくださいました」


 わたしが引きつった笑顔でお迎えすると、リィン皇女は優雅な微笑みを返しました。

 洗練されたデザインのドレス、赤い紅が似合うはっきりとした顔立ち、自信に満ち溢れた立ち振る舞い……。

 大陸で一、二を争うほど巨大なメーテルシア帝国。

 その皇帝の第五子にして第二皇女様です。わたしよりも一つ年上、十八歳にして完成された美貌と貫禄をお持ちです。わたし負けましたわ……。


「ええ。本当に遠かったわ。馬車が余裕を持ってすれ違えるよう、街道を整備したほうがよろしくてよ? 次期女王陛下」


 おー、わたしの即位の件もご存じですね。もう言い逃れできません。


 先制パンチを受け、わたしはすでにノックダウン寸前です。

 タスケテ、と息も絶え絶えにアイコンタクトを送信すると、臣下たちはさっと目を逸らし受信拒否の構えです。唯一動じていないエミルはわたしを射殺さんばかりに睨みつけてきます。

 ホームなのにアウェイです。孤立無援です。なぜですか。


「姉上、そうやって威圧するのはおやめ下さい。……失礼しました、プラム殿下。礼を欠いた訪問にもかかわらず、温かく迎えて下さり感謝いたします。私はシュナグ・イサ・メーテルシア。こちらが姉のリィンです。お会いできて光栄です」


 助けてくれたのは異国の皇子様でした。

 シュナグ皇子はリィン様の同腹の弟君で、帝国の第四皇子。わたしと同い年です。

 来日の予定はなかったのですが、前日になって急きょいらっしゃると聞き、てんやわんやですよ。連絡を受けたときは「めんどくさいわ!」と怒りすら覚えましたが、実際お会いすると怒れません。


 彼に優しく微笑まれると、目が、目が……。

 邪眼に目覚めたわけでもないのに疼いてしまいます。

 長身で美形の皇子様です。ほのかに輝く金髪と、真珠のような滑らかな肌、透き通るようなブルーの瞳……眩しくてお顔を直視できません。

 姉弟揃ってオーラがありすぎます。本当に同じ人間ですか?

 妖精たちも天井に張り付いてざわついています。気持ちは分かるけど、「イケメン」と騒ぎ立てるのはやめて。恥ずかしい。


 しかし、婚約解消の件で本人がやってきたことも驚きですが、なぜシュナグ皇子までご一緒なんでしょうか? 

 謎です。彼の詳しい訪問理由は教えていただけませんでした。会って話すの一点張りで。


「こちらこそ、こ、光栄です。父が体調を崩しておりますので、失礼ながらわたしがご用を伺います。ど、どうぞこちらへ」


 あ、ちなみに今、わたしは大陸の共通言語を喋っています。グリトン語と元は同じ言語なので通じないことはないんですけど、訛りがあって田舎者丸出しなのです。それを矯正しています。ルイス先生の指導の賜物です。


 ガッチガチになりながらも、何とかお二人を特等の客室に案内しました。この日のために徹底的に掃除と模様替えをした部屋です。重いものを運ぶため兵士の方にも手伝っていただきました。ダグさんが意外と綺麗好きで、便利グッズとして商品化できそうな自作アイテムでピカピカにしてくれました。


 長旅でお疲れのお二人を、最上級茶葉の紅茶とグリトン伝統の焼き菓子でもてなします。これはミカルドさんに頼んで用意してもらいました。舌が肥えていそうなリィン様にも満足してもらえたご様子。さすがアレイドラサ商会。

 

 ぎこちないながらも、表面上は和やかな時間が過ぎていきます。

 やがてリィン様がティーカップを置き、妖艶な赤い唇を笑みの形に歪めました。ぞっとするほど色っぽいです。


「さて……まどろっこしいのは嫌いですの。本題に入りましょうか。本来ならば現国王陛下に直接お話ししたいところですが、ご病気なら仕方ありませんわ。代わりにあなたにお伝えいたします。レザン殿下……行方知れずになったんでしょう? その件です」


 つ、ついに断罪のときが来た!

 こんなに美しくプライドの高そうな女性に恥をかかせ、ただで済むはずがありません。

 どんな額の賠償金を請求されるのでしょうか。

 いえ、もしかしたら土地や宝物をご所望で? それとも不平等な条約を結ぶつもりかも。

 まさか戦争に発展することはないと思いますが……。


 気張るのよ、わたし。

 これが女王(仮免)の初仕事。

 馬鹿王子の尻拭いを完璧にこなせば、臣下達も少しはわたしのこと認めてくれるでしょう。


 最大限の人払いがなされた部屋で、リィン様は高らかに告げました。


「今回のこと、不問といたします。婚約解消に伴い、慰謝料などの賠償金の要求は一切いたしません。これは私の父、メーテルシア皇帝も了承済みの決定ですのでご安心を」


「……え!?」


 わたしも宰相も、エミルまで目を丸くしました。


「実は、私にも非があるのです。レザン殿下の名誉を傷つけ、焚きつけてしまいました」


「ど、どういうことですか?」

 

 結構とんでもない内容でしたが、リィン様は淡々と説明なさいました。


 半年前、リィン様は十八歳の誕生日パーティーにお兄様を招待しました。婚約者ですし、結婚式も年内に執り行われる予定でしたから、その打ち合わせも兼ねてです。

 そのときお兄様は真面目な表情でリィン様に尋ねたと言います。


『正直に言ってくれ。グリトンに、俺のところに嫁ぐこと、どう思っている?』


 リィン様は、妖精に味方されているお兄様に嘘をついても仕方がないと思い、それはもう正直に答えたそうです。


「いくら未来の王妃とはいえ、大陸の端の田舎、それも貧乏な小国に嫁ぐなんて本当はまっぴらですわ。あなたの見た目だけは好みなので、我慢するつもりではいますけど。ああ、でも、妖精に夫婦の営みまで覗き見されるのかと思うと卒倒してしまいそうなので、そこは何とかしてくださいませ……と申し上げました」


 ぶっちゃけすぎ!

 巨大な帝国の皇女ゆえの見下し高飛車発言です。


 お兄様もさぞショックを受けたでしょう。

 しかしお兄様は『そっか。やっぱりそうだよな。ありがとう、参考になったよ。愛のない結婚は心に毒だ』と、なぜかさっぱりした顔をしていたらしいです。

 これで心置きなく出奔できるぜって感じだったのでしょう。


「レザン様が姿を消されたと聞いたとき、十年ぶりくらいに反省いたしました。あの方は私が『何とかしろ』と言ったのを真に受けられたのでしょう。まさかこのような形で婚約の解消を図るとは思いませんでしたが……レザン様のしたことは非常識ですけども、私もまた一国の皇女にあるまじき無礼を働いてしまいました。双方に非があったということで、水に流してなかったことにいたしませんこと?」


 国としてはそう言っていただけるのはありがたいです。

 この一週間、重臣たちは緊張のあまりヘロヘロでしたから。


 でも、わたし個人としては、少々リィン様が憎いです。

 あなたが余計なことを言わなければ、お兄様が逃げ出すことはなかったかもしれないんです。どうしてくれるんですか。


「姉上、ちゃんと謝罪してください。今回のことでより痛手をこうむったのは、王位継承者を失ったグリトン側です。特にプラム殿下には多大なご迷惑をおかけしているのですよ」


 すかさずシュナグ様がフォロー。よくできた弟君ですね。


「分かったわよ。……大変申し訳ございませんでした」


 リィン様が見惚れるくらいお美しい所作で頭を下げられました。うぅ、これで「許さん」なんて言えるわけないです。むしろ自国の至らなさを突き付けられた気分。


「か、顔を上げて下さいませ。こちらこそ愚兄がとんでもないことをしでかし、申し訳ございません。本来ならばこちらから足を運んで事情を打ち明けるべきだったのに、それも……あと、リィン様の経歴に傷をつけてしまって……」


 顔を上げたリィン様は髪を掻きあげてにっこりです。


「いいえ。痛くもかゆくもございませんわ。婚約者に逃げられた惨めな皇女と嘲笑う者もおりますが、そういう輩は残らず沈めていきますので」


 発言も清々しい笑顔も怖いです!

 すでに何人か葬ってそうです!


 それから正式に婚約解消と、今後もグリトンとメーテルシアの変わらぬ友好を約束する旨を書面で取り交わしました。

 一件落着、と肩の荷を下ろそうとしたわたしですが、リィン様はぽいっと爆弾を投げてきました。


「ああ、そうそう。今回のことのお詫びと言っては何ですが、貴国にシュナグを差し上げますわ。この子は優秀ですから、きっと役に立つでしょう。どうぞお好きになさって下さい」


 わたしが驚きの声を上げる前に、宰相が腰を抜かしました。



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